やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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ものすごく難産でした。
納得できないままの投稿です。なので、変なところもあると思います。
もっと頑張りますです……。



え?テスト?
知らない子ですね。


LEVEL.44 結局のところ、群青少女も捻くれぼっちもお互いのことが好きなのである

「今日のおやつはシフォンケーキでーす!」

「わー!」

 俺の鞄からシフォンケーキの入った箱を取り出して叫ぶサイと両手を上げて喜ぶ由比ヶ浜。なんか見覚えのない箱だと思ったらシフォンケーキだったのか。甘い香りがしたからサイが何か作ったんだろうとは思っていたけど開けなくてよかった。開けていたら普通に食ったわ。

「いつからここは喫茶店になったのかしら」

 騒いでいる2人を見ながら雪ノ下は小声でため息交じりに呟く。しかし、その頬は少しだけ緩んでいるようにも見えた。素直じゃないのね。もっと自分に正直になっていいのよ?

「はい、ハチマン!」

 シフォンケーキを切り終えたサイは紙皿を俺に差し出す。由比ヶ浜や雪ノ下にあげた奴より少し大きめだ。

「おう、サンキュ」

 本を鞄に投げ入れて紙皿を受けとる。手に持っただけで甘い香りが俺の鼻を擽った。とりあえず、一口。

「どうかな?」

 それを黙って見ていた彼女は少しだけ不安そうに問いかけて来る。毎度毎度そんな不安そうにしなくても大丈夫だってのに。

「……美味い」

「ふふ、それならよかった」

 美味いと聞いたからか照れくさそうに笑うサイ。軽く彼女の頭を撫でた後、シフォンケーキの攻略に戻る。口の中の水分が取られるがそこは紅茶でカバー。甘いシフォンケーキと少しさっぱりとした紅茶はよく合う。普通に喫茶店とかで出せるレベル。うちの子は天才のようだ。

「そういや、もうすぐ修学旅行だねー」

 幸せそうな表情を浮かべていた由比ヶ浜がポロッと俺たちにとってデリケートな話題を振る。サイも表情には出さないようにしているが一瞬、肩を震わせていた。

「もうどこに行くか決めた?」

 だが、俺たちの様子に気付かなかった由比ヶ浜は更に聞いて来る。ちょっともういいんじゃないですかね? サイちゃんが俺の袖を掴んでいるんですよ。俺には行って来いって言ったけど寂しいに決まっているじゃないですか。サイマスターの俺がわからないわけがない。ただどうして行って来いって言ったのかはわからない。サイマスターの名が傷つくぜ。

「これから決めるところよ」

「……」

「ヒッキー、どうし……あ」

「……そう、だったわね」

 何も答えない俺を彼女たちは不思議そうな表情を浮かべて見てすぐにサイの様子に気付いた。その視線を受けてぷいっとそっぽを向くパートナー。修学旅行に行って欲しい気持ちと俺を引き止めたい気持ちがぐちゃぐちゃに混ざっているのだろう。魔物と言ってもまだ子供だ。

「修学旅行は別にいいんだが……やっぱり、な」

「むぅ。私のことなんか気にしなくていいのに」

「確かサイさんは……比企谷君と一緒じゃないと眠れないのよね?」

「あー。そういやそうだった。サイ、どうするの?」

「徹夜」

 2人の質問にたった漢字2文字で答えた後、俺の紙コップに紅茶を注ぎ始める。いや、そんなことしなくていいから。もうちょっと話し合おうよ。

「て、徹夜って……もしかして3日間も?」

「そうだよー。3日ぐらいなら何度もしたことあるし。それ以上の徹夜も経験済み。まぁ、ゲームして暇を潰すよ」

 『何のゲーム買おうかなー?』とぼやきながら俺の膝の上に座り直す。その様子からこれ以上、答える気はないと察することが出来た。まだ聞きたそうにしている2人に首を横に振ってみせて止めさせる。サイの機嫌が悪くなったら夜の訓練が激しくなるのだ。昨日だって小町に問い詰められて不機嫌のまま訓練したら記録更新したし。え? 何の記録かって? 俺の骨が折れた回数に決まっているじゃないですかやだー。

「なぁ、サイ。やっぱり――」

 骨が折られるのを覚悟で話しかけたがその途中でノックの音が聞こえた。

「……どうぞ」

 ちらっとサイの方を見た雪ノ下だったがすぐに入室の許可を出す。今は来客の方が優先だからだ。その来客はすぐに扉を開ける。そこには『ただしイケメンに限る』が通用するサイの苦手な人の1人、葉山隼人。その後ろから葉山がいつもつるんでいる戸部、大和、大岡の3人。ちょくちょく部室を訪ねて来る葉山はいいとして後ろの3人は物珍しそうに部室を見渡し、俺とサイの方を見て視線を止めた。その視線の意味は『困惑と疑問、そして納得』。

 困惑――奉仕部にあの比企谷八幡がいるとは思わなかった。

 疑問――どうして、ここにあの比企谷八幡がいるのだろう。

 納得――ああ、子供を陥れたのはやっぱり嘘だったのか。

 おそらくそんな感じだろう。葉山が入って来たのを見てサイが小さく悲鳴を上げながら俺に抱き着いて来たし。おーよしよし、あのイケメンは怖くないよー。ただ爆発すればいいとは思っているけどねー。

「何かご用かしら?」

 葉山+3人を見て少しだけ冷ややかな声音で問いかける雪ノ下。由比ヶ浜も4人が一緒に来るとは思わなかったようで意外そうな表情を浮かべていた。

「ああ、ちょっと相談事があってね。連れて来たんだけど」

 そう言いながら振り返って戸部たちの方を向く。つまり、後ろの3人の誰かが相談師に来たのだろう。

「ほら、戸部」

「言っちゃえよ」

 すると大和と大岡が戸部を促す。じゃあ、戸部が今回の依頼者か。何となく嫌な予感。警戒心を強めたのかギュッと俺の服を掴むサイ。俺たちが見守る中、戸部は何度か口を開きかけ、俺の方を見てまた閉じる。あー、これはあれですわ。完全に警戒されていますわ。

「……もしかしてハチマンがいるから言えないの?」

 サイもそれに気付いたようで子供とは思えない低い声で戸部に問いかけた。あまりの迫力にサイを見た戸部たちは半歩後ろに下がる。

「おい、ビビらせるんじゃねーよ。先に進まんだろ」

「あいたっ!?」

 ベシッとサイの額を平手で叩き、正気に戻す。本当にこいつは俺が関わるとすぐに我を忘れる。その気持ちは嬉しいが暴走するのはいただけない。これも今後の課題だろうか。

「まぁ、俺がいて言いにくかったら出てくけど」

 そう言いながら立ち上がる。俺、空気読みました感を醸し出しつつ、颯爽と部室から出て逃走するこの作戦。完璧である。

「いや……ヒキタニ君には夏休みに話してるから関係ないわー。ただ、そのー。言い辛いと言うかー、まぁ、結構デリケートな話っつうかー」

 そう言えば、千葉村の時に何か話したような気がしなくもない。あの日は魔物に襲われて死にそうになったからそっちの方が印象強くてほとんど覚えていないけど。

「……それで、結局何の話なのかしら?」

 何故か俯き気味の雪ノ下は先を促した。それから戸部は本当に言い辛そうに話し始める。簡単にまとめると『海老名さんが好きだから修学旅行で告白して付き合いたい』。つまり、その手伝いが今回の依頼だ。正直言って無理。第3者が関わった恋愛は十中八九失敗する。それが世の常。世界の真理。テンプレート。

 雪ノ下も上手く行くビジョンが思い浮かばなかったようで俺に視線を向けて首を傾げた。『どう思う?』と言いたいらしい。それに対して首を振って無理だと答えた。そんな俺を見て雪ノ下は頷く。

「悪いけどお役に立てなさそうね」

「だな」

「私も反対」

 俺たちに加え、サイも反対だった。まぁ、妥当だな。それこそ“デリケート”すぎるから関わらない方がいい。触らぬ神に祟りなし。

「えー、いいじゃん。手伝ってあげようよ」

 しかし、由比ヶ浜は手伝うことに賛成のようだ。由比ヶ浜は優しいし年頃の女の子はこう言った話が大好きである。関わりたくなるのも無理はない。戸部たちも由比ヶ浜に便乗してお願いして来た。これで反対3、賛成4。葉山は中立の立場なのか黙って俺たちを見ている。

「ゆきのん、とべっちも困ってるみたいだし」

 更にそこへ由比ヶ浜の追撃。目をうるうるさせた会心の一撃は雪ノ下にとって効果はバツグン。急所にも当たって倍率は通常時の8倍以上。

「……まぁ、そこまで言うなら考えてみましょうか」

 雪ノ下は陥落した。

「……やめておいた方がいいと思うけどなー。私には関係ない話だけど。修学旅行行かないし」

 ここでサイも反対意見から中立の立場へ移動。これで俺は孤立した。いつも俺って少数派だよね。しょうがない。俺も折れるしかないようだ。

「じゃ、やりますか……」

 こうして、『ドキドキ! とべっち告白大作戦!』が開始された。俺は何度か戸部に止めておいた方がいいとか、リスクが高いとか言ったけど聞く耳持たれず。結局、やるしかないらしい。触らぬ神に祟りなし。でも、お供えをしなくては祟られる。触っても触らなくても祟られてしまうのだ。不機嫌なサイに骨を折られるのと同じ。人生って言うのは理不尽の積み重ね。全てが上手く行く人なんていない。たとえ、完全無欠の魔物っ娘、サイであっても。修学旅行に付いていけないと言う理不尽には勝てないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから戸部を交えて何度か告白プランを考えた。一応、戸部と海老名さんを同じ班にすることには成功した(男子グループを俺、戸塚、葉山、戸部。女子グループを由比ヶ浜、三浦、海老名さん、川崎)。しかし、正直言って厳しい。戸部と海老名さんとの関係がただの友達……いや、それ以下かもしれないのだ。由比ヶ浜も誤魔化していたぐらいだし。

 そんなこんなで明日から修学旅行である。時間は経つのって早いね。サイもどんどん不機嫌になっちゃってゲームも大量に買い込んでいるし。小町も親父たちもサイの事情を知っているからゲーム代は出してくれたけど。平塚先生にもサイを連れて行ってもいいか聞いてみたが、やっぱりダメらしい。そりゃそうだ。因みに魔本はサイに預けることにした。人間の俺が持っているより安全だろう。

 そして、今は出発前の最終打ち合わせ。どこに行こうか3人(サイは俺の膝の上でゲームをしている。話し合いに参加する気はないらしい)で話し合っている。だが、その途中でサイがピクっと体を震わせ、扉の方を見た。それにつられて俺たちもそちらを向いた瞬間、トントンと扉が叩かれる。え、サイさん。どうして叩かれる前にわかったの?

「どうぞ」

「失礼します」

 雪ノ下の声が聞こえたのか若干、噛み気味で挨拶をしながら扉が開かれる。そこにいたのは戸部が恋している海老名さんご本人。

「あれ、姫菜じゃん」

 由比ヶ浜が椅子を鳴らしながら立ち上がる。海老名さんも由比ヶ浜の存在に気付いたのだろう。笑みを浮かべた。

「結衣、はろはろー」

「やっはろー!」

 俺には大抵理解できない言語でコミュニケーションを取る2人。これを相手にする三浦って結構、大物……いや、女王様だったわ。

「雪ノ下さんもヒキタニ君、サイちゃんもはろはろー」

「どーも」

「お久しぶりね。どうぞ、適当にかけて」

 海老名さんの挨拶に適当に答え、雪ノ下は冷静に対処する。しかし、サイは海老名さんを一瞥した後、ゲームの視線を戻した。

「あれ? サイちゃんどうしたの?」

「あー……明日から修学旅行だから寂しいみたいで。サイ、ヒッキーのこと大好きだから」

「別に寂しくないし。眠れないだけだし」

「それ結構重症だと思うけど……ヒキタニ君、大丈夫なの?」

「……こればっかりは、な。俺も修学旅行休もうとは思ったんだが、サイがそれを拒んで」

 そう言った瞬間、サイが俺の膝から降りて部室の出口の方へ向かう。

「サイ?」

「……バーカ」

 それだけ言い残して出て行ってしまった。サイの行動に戸惑う俺たちだったが空気を読んだ由比ヶ浜が引き攣った笑みを浮かべて海老名さんの方を向く。

「え、えっと! 姫菜、何かあったんじゃないの?」

「そ、そう! ちょっと相談したいことがあったんだ」

 サイのことも気になるが仕方ない。こっちに集中しよう。

「あ、あのね……とべっちのことで、相談があって」

「と、とととととべっち!? なになに!?」

 由比ヶ浜の食いつきっぷりがやばい。まぁ、戸部の気持ちを知っているこちら側からしたら『もしかしたらもしかする?』というこの展開は意外に思う反面、『おお?』と思うだろう。戸部、まさかの大勝利か? 『戸部だいしょうりいいいいいい!』と言って叫びながら走り去るのか? 絶対に許さない。

「言い辛いんだけど……とべっちが」

「とべっちが!?」

「……とべっち、最近隼人君とヒキタニ君と仲良くし過ぎてて大岡君と大和君がフラストレーション! 私はもっと爛れた関係が見たいのに! これじゃトライアングルハートが台無しだよ!!」

 ……こいつは一体、何を言っているのだろうか。

 海老名さんの話を訳すと戸部が最近、俺と仲良くなっていて修学旅行のグループ分けもちょっと不自然だったし、大岡と大和とちょっと距離が出来ているのが気になった、とのこと。めっちゃ疑われているじゃないですか。まぁ、クラスの奴らも今回のグループ分けに疑問を抱いているだろうけど。大岡も大和も納得していることだが、それを言うわけにもいかない。なんと説明しようか悩んでいると海老名さんが皆まで言わずともわかっていると言わんばかりに首を振った。

「ヒキタニ君、あのね。誘うなら皆誘ってあげて欲しい。そして、受け止めて欲しいの。率直に言うと誘い受けて欲しいの」

「嫌だ……無理だ……」

 一瞬だけ想像してしまい、小鹿のように震えながら拒否する。ああ、恐ろしかった。あんな絶望、苗木君でも論破できない。

「そっか……そうだよね。ヒキタニ君、誘い受けじゃなくてヘタレ受けだもんね。無理言ってゴメンね」

「いやいやいや違うから。全然違うから」

 もうやめて。超高校級の絶望になっちゃう。感染しちゃう。由比ヶ浜も諦観めいた表情でそっとため息を吐いていた。

「つまり、どういうことなのかしら? 説明して貰えるとありがたいのだけど」

 唯一、堪えた雪ノ下が詳細を聞く。後は頼む俺では何を言っても海老名さんを興奮させるだけだ。

「うーん、なんかね。今までいたグループがちょっと変わって来ちゃったかなって感じがして」

 海老名さんは少しだけ悲しそうな表情を浮かべながら呟く。グループ内の変化を敏感に察知したのだろう。それを見た由比ヶ浜がすかさずフォローに入る。

「ほ、ほら! 大岡君も大和君も男子同士で……こう何か複雑なことあるんじゃないかな? 人間関係とか」

「男同士の複雑な関係? やだ、結衣ったらはしたない」

「え!? あたし、変なこと言った!?」

「いや、まともなこと言ってたぞ。大丈夫だ」

 おかしいのは海老名さんの脳内である。腐海でも広がっているのだろうか。覗きたくないけど。

「まぁ、色々あるからな。人の思ってることなんてわからんだろ。表に出してないだけで仲良いのかもしれないし」

 サイが今、何を考えて何を思っているのかわからないのと同じように。

「それはそうかもね。でも、やっぱり何かが違うのは確かで……違ったままでいるのはちょっと嫌かな。だって、今まで通り、仲良くやりたいもん」

 そう言った彼女の顔は腐臭も邪気も一切ない自然な笑みだった。皆仲良く。俺とサイが嫌いな言葉。しかし、皆と仲良くしたいと願う人もいる。だが、何と言うか海老名さんの言ったことはそういう単純なことなのだろうか。どうしても彼女の人間性が見えて来ない。どこか誤魔化しているような、隠しているような感覚。だからこそ、彼女の言葉の真意を確かめたくなる。

(……いや)

 止めておこう。相手の言葉の裏を読もうとするのは俺の悪い癖だ。そのせいでサイの行動の意味がわからないのだから。サイの言葉、行動、性格、癖。その全てを把握し、裏を読むなど不可能に近い。だから、俺はサイが何を考えて俺に修学旅行に行って欲しいのかわからないのだ。子供なら子供らしく我儘を言えばいい。行かないでと泣けばいい。そうすれば俺は喜んで修学旅行をサボってサイと家でにゃんにゃん――遊ぶのに。どうして、“我儘を言ってくれないのだろうか”。

「あ、でも! ヒキタニ君が男子グループに加わって仲良くしてくれる分には全然オッケー! むしろ、参加して私の目の保養になって!」

「いや、参加しねーし。もっと目、大事にしろ。今度、サイにブルーベリークッキー作って貰えよ。めっちゃ美味いから」

「ふふ、ヒキタニ君ってサイちゃんのことが大好きなんだね。じゃ、そういうことで。サイちゃんといちゃいちゃするみたいに修学旅行でおいしいの、期待してるね」

 笑いながら立ち上がった海老名さんが俺にウインクする。期待しないで。サイがいない時点で俺のテンションだだ下がりだから。

「ヒキタニ君、よろしくね」

 去り際、俺に一声かけて部室を後にした海老名さん。それを見届けた後、俺たちは顔を見合わせて首を傾げた。まぁ、とりあえず戸部の依頼をクリアしよう。そうすれば仲良く出来るはずだ。元々仲がいいグループだし。それこそ、今回の依頼は彼らの友情の証ではないのだろうか。仲の良いグループを2つに分けるほどだ。彼らの絆が深くないと出来ないことである。俺たち奉仕部の懸念事項は戸部の告白のみ。俺の懸念事項はサイのことのみ。つまり、修学旅行に関してはそこまで心配しなくていいだろう。サイのことは胃に穴が開きそうになるほど心配だが。

 ただ、俺の頭の中で海老名さんが去り際に残した言葉が何度も反響していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の廊下はとても静かだ。特に奉仕部の部室があるこの校舎はあまり人も来ないため、足音が不気味なほど響く。そして、声も。

「ねぇ、ちょっと待ってよ」

 だからこそ、私はヒナの後を追いかけた。部室からハチマンたちの声が聞えたから。

「っ! さ、サイちゃん?」

 まさか“天井から落ちて来る”とは思わなかったようで目の前に着地した私を見てヒナが目を丸くする。簡単なことだ。天井を移動して追い抜いたのである。

「ヒナ、私がどうして追いかけて来たか、わかる?」

「……ゴメン。わかんないや」

 私の問いかけに彼女は首を振って答えた。

「それが答えだよ」

「え?」

「はっきり言わなきゃ伝わらないでしょ。言わずにわかって貰おうなんて卑怯だと思うな」

 私は常に人の言葉や表情の裏を読む。それが癖になっているから。もう“騙されたくないから”。だからこそ、気付いた。

「……」

「色々わかってるんでしょ?」

「それは……そうだけど」

 ヒナはそれだけ言って黙ってしまった。わかっているからこそ言えないのだ。言ったら変わってしまうから。変えたくない日常を自分の手で変えてしまうから。だから、言えない。言えないからわかって貰うしかない。

「でも、ハチマンを巻き込まないで」

 だからと言って他者を巻き込んでいいわけじゃない。だから、卑怯。自分の手じゃどうにもできないから他人を頼る。そんな安直な考えが嫌いだ。常に誰かに頼れると高を括っていることが……大っ嫌い。

「っ……ごめん」

「別に謝って欲しいわけじゃないの。ただ、ハチマンが気付かなくてもハチマンを責めないでね。それこそお門違いだから」

「それはもちろん……でも、やっぱり期待しちゃうかな」

「……はぁ。しょうがないか」

 ため息を吐きながらハチマンのポケットから拝借した携帯を操作する。最初はハチマンに迷惑をかけちゃうから断ったけど、間に合うだろうか。

(それに……)

 ハチマンにはもっと学校行事を楽しんで欲しい。トベの依頼はもちろん、ヒナの依頼なんか気にせず、楽しく、自由に。だからこそ、行って欲しいと言ったのだが彼はずっと私の心配ばかり。私がいるだけで八幡の迷惑になっている。それが何だか悔しくて情けなかった。好きな人の枷になるのって本当に、辛い。だから、枷の私がハチマンの役に立てばいい。少しでも彼の役に。そのせいで彼に怒られることになったとしても。

「サイちゃん?」

「……あ、それともう1つ」

 携帯を操作しながら言いたいことを思い出してヒナの目を真っ直ぐ見る。彼女は生唾を飲み、私の言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハチマンはヘタレ受けじゃなくて捻くれ受けだと思う」

 

 

 

 

 

「サイちゃん詳しく」

 ハチマン、ごめん。余計なこと言っちゃったかも。

 


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