やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
深い深い海の底からゆっくりと浮上する感覚。これはあれだ。深い眠りから覚める直前の感覚だ。
『ねぇ、ハチマン』
その時、群青少女の声が聞こえた。その声はとても嬉しそうだった。
『私と一緒に、戦ってくれる?』
――お前は何で戦うんだ?
気付けばそんな質問をしていた。これは夢だ。答えるわけがない。
『決まってるよ。私は――』
「……ぅ」
ゆっくりと目を開けて電気の眩しさに思わず、唸った。
「あ! ハチマン!」
近くにいたのかサイは心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。すでに傷はなくなっていた。
「……ここは」
だるい体を起こそうともがきながら周囲を見渡す。俺の部屋だ。時計を見れば午後10時となっている。4時間ほど眠っていたようだ。
「大丈夫?」
そっと俺の背中に手を添えて支えてくれたサイ。おお、気遣いがすごい。俺の心がピョンピョンしてしまいそうだ。
「ああ……相手は?」
「本を燃やしたから魔界に帰った」
「そうか」
後処理をしてくれたようだ。
「サイちゃーん!」
ドタバタと階段を駆け上がる音が響いたと思ったら小町がノックもせずに俺の部屋に突入して来た。
「お? お兄ちゃん、起きたんだ」
「うん」
サイは嬉しそうに頷く。そんなに嬉しいものなのだろうか。まぁ、パートナーが死んだら戦えないもんな。そこ重要だよな。
「そっかそっか。お兄ちゃん、やるねー!」
よくわからない賞賛を残して小町は『お風呂の準備して来るー』と言って出て行ってしまった。
「何だったんだ?」
「あー、私の言い訳のせいだと思う」
「言い訳?」
「ハチマンが倒れちゃってここまで運んで来たんだよ? 『魔物との戦いで疲れて倒れました。なのでここまで運んで来たんで家に入れてください』なんて言えないでしょ」
全くのその通りである。そんなこと言われても信じられるわけがない。
「じゃあ、なんて言い訳を?」
「そのー……私が悪いおじ様たちに虐げられてたところを助けて貰ったって」
「……信じたのかあいつ?」
「ほら、私の服ボロボロだったでしょ。しかも、私の事情も知ってたし……あれよあれよと」
サイの事情――もしかして魔物だと小町も知っているのだろうか。
「あ、コマチは知らないよ。ただ私が路頭に迷ってたって」
「路頭? なんでまた」
「私が人間界に来て1年ほど経ってて。最初の頃はこっちに知り合いなんかいなかったし。それこそ路頭に迷ってたんだけど。召喚された場所の近くに駄菓子屋があってそこのお婆ちゃんに拾われて。ここの近くにある駄菓子屋」
その駄菓子屋は知っている。俺も小さい頃、よく通っていたからだ。だが、あそこのお婆ちゃんは1か月ほど前に老衰している。
「そっか」
事情を察した俺はそれしか言わなかった。俺が察したことを察したようでサイも頷くだけで止まる。
「それでお葬式の時に常連さんだったコマチも来てね。路頭に迷ってた私に少しだけお金くれたの。3000円だったけど」
まぁ、うん。小町のお小遣いじゃそれが限界だろう。だが、サイゼで言っていた小町からお金を貰った件は把握できた。よかった。小町ちゃん、弱み握られてなかったのね。お兄ちゃん、安心したよ。その代わり、変な戦いに巻き込まれそうになってるけど。
「お前の事情はわかった」
「え、まだ大事なこと話して――」
「そんなことはどうでもいい。何で俺は気絶した?」
何か言おうとしているサイを遮って一番気になっていた事を質問した。確かにずっと緊張していたが気絶するなんてありえない。それに何か体の力がスッと抜けていく感覚があった。
「それは心の力を使い過ぎたからだよ。まさか気絶するとは思わなかったけど」
「心の力?」
「うん。呪文を唱える時、人間は心の力を消費するの。ゲームで言うMPみたいな感じ」
「へぇ」
「使い過ぎたら術は発動しないし、下手したら動けなくなっちゃう。ハチマンみたいにね」
なるほど。俺はガス欠で倒れたのか。なんか変な病気なのかと思って焦って損した。それにしてもMPか。ゲームっぽいな。攻撃が一撃でも当たれば人間なら即死するレベルだが。
「サイちゃんサイちゃん! 許可降りたよ!」
その時、また部屋に突入して来た小町が満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「あ、ホント!? ありがと!!」
「ううん、困った時はお互い様だよ! じゃ、お兄ちゃんよろしくね!」
「は?」
俺は一体何をお願いされたのだろうか。この子のお守り? この子の場合、自衛はおろか人を殺せるほど強いのだが。
俺が首を傾げる中、小町は鼻歌を歌いながら出て行ってしまう。え、俺の不思議そうな顔見てたよね? なんで頷いたの?
「サイ、説明してくれ」
「もう、人の話は最後まで聞いてよね。私が襲われたのが路頭に迷ってたって思ったらしくて……ここに住むことになりました」
「……は?」
何言ってんだこの群青は。頭でも打っておかしくなったか。
「私だって吃驚してるんだよ? そうなればいいなーって思ってたけどまさか本当にそうなるなんて……」
「もうわけわかんない。でも、なんで小町は俺によろしくって言ったんだ?」
「私、この部屋で寝るから」
「……何で?」
「……内緒」
まさかの黙秘権である。魔物にも人権があるとは思わなかった。
「ちょっと小町にかけあって来る。お前だって男の部屋と一緒とか嫌だろ?」
「え、あ、いや……」
何か言いかけた彼女だったが結局何も言わなかったのでフラフラする体に鞭を打って部屋を出た。
「小町」
「およ? もう大丈夫なの? 頭打ったんだよね?」
お風呂掃除が終わったところだったのか濡れていた手をタオルで拭いていた小町が問いかけて来る。どうやら、俺はサイを助けるために脳震盪を起こしたようだ。便利だよね、脳震盪。
「あ、ああ。それより聞いたぞ。サイがこの家に住むって」
「うん、そうだよ」
「何で俺の部屋で寝ることになってるんだ。サイも嫌だろ」
「え?」
なんでそこで不思議そうな顔をするんですかね。普通嫌に決まっているだろう。
「あー……なるほど。そういうことね」
「何勝手に納得してるんだ」
「お兄ちゃん、そこは察してよ。小町だよ?」
「いや、知らんよ」
小町だからなんだ。あ、妹だからわかるだろ、みたいな感じかな。これは兄として当てなくては。
「とりあえず、今日のところはサイちゃんと一緒に寝てあげて。布団も出してないし」
「……一緒にって俺は床で寝ればいいのか?」
「内緒」
こいつも黙秘権を使って来た。じゃあ、俺も人権を使おう。何使おうかしらん。やっぱり生存権か。
「あ、それとお兄ちゃん」
悩んでいると小町がちょいちょいと手招きしながら俺を呼んだ。
「ん?」
内緒話のようなので耳を小町の口元に近づける。
「サイちゃんを守ってあげて」
「……」
「小町、1年前ぐらいからあの子知ってたけど……最初の頃は本当に不安定だったの。今じゃ明るいけど何かあった時はお兄ちゃんに任せるね」
「何で、俺なんだ?」
確かに先ほど魔物との戦いで異常なまでのコンビネーションを発揮したが、それとこれとは話は違う。メンタルケアは俺よりも小町の方が適していると思う。俺にはそんな気遣いできないから。
「お兄ちゃんが一番適してるって思ってるから。あ、今の小町的にポイント高い!」
「はいはいそうかい」
「でも、本当にそう思ってるから」
おお、小町が俺をそんなに評価しているとは思わなかった。この子、俺にくれませんか。あ、できませんか。そうですか。
「それじゃサイちゃんをよろしくね」
「出来る限りのことはしてみるよ」
まぁ、俺にできるようなことはないが。
そう思いながら自分の部屋に戻る。今日は色々あって疲れた。風呂は明日の朝に入ろう。
「あ、ハチマンおかえり」
「……」
「ん? どうしたの?」
「俺のいない間に何があった」
「パジャマに着替えただけでしょ」
いや、そのパジャマが問題なんだよ。なんで怪獣パジャマなんだ。フードが怪獣の顔になっており、被ればあら不思議。たちまち可愛らしい怪獣さんになるあのパジャマだ。
「コマチから貰った」
「そう言えば昔、そんなパジャマ着てたような……」
「ほら、ハチマン! 早く寝ようよ!」
そう言いながら俺のベッドに潜り込むサイ。何だか楽しそうだ。
「俺は床で――」
「――早く来て」
その声は微かに震えていた。表情は明るいのに声だけは悲しそうだった。
「……おう」
床で寝るとは言えなかったので寝間着に着替えた後、ベッドに入る。
「消すぞー。真っ暗でいいか?」
「うん、大丈夫だよ」
サイのお許しも出たので電気を消して枕に頭を預けた。その直後、俺の左腕に何かが絡みついて来る。サイの腕だ。
「おい」
「何?」
「暑い」
「少しぐらい我慢して」
暑いものは暑いのだ。それに小学生のようだとは言え彼女は美少女である。ドキドキして眠れない。更に文句を言おうとするが、俺は気付いてしまった。
「お願い、このままでいさせて」
彼女の体が震えていた。何かに怯えるように。
「……」
「ハチマン……今日はゴメンね」
驚愕のあまり言葉を失っているとサイが言葉を紡いだ。その声はとても弱々しく、先ほどの彼女とは全く違った印象を受ける。
「怖かったと思う。あんな戦いにいきなり巻き込まれて。でも、戻って来てくれて嬉しかった。新しい術も増えて、私の考えてることが面白いようにハチマンに伝わって……すっごく楽しかった」
サイは言っていた。人間界に来てからすでに1年ほど経過していると。1か月前まで駄菓子屋のお婆ちゃんのところでお世話になっていたと。
「嬉しさのあまり貴方の疲労に気付かなかった……倒れるほど頑張ってくれたのに私、自分の力に酔ってた。誰よりも強くなれるって思ってた」
「俺は呪文を唱えただけだ」
『サシルド』は守りの術だし、『サルク』も眼力強化というだけで攻撃力が高くなるとかスピードが速くなるとかわかりやすい肉体強化ではなかった。どれだけ相手の攻撃が視えてもそれを活かせる身体能力、バトルセンスがなければ宝の持ち腐れである。
「それは違うよ」
しかし、彼女はそれを否定した。とても優しい声音で。
「ハチマンが戻って来てくれたから私、頑張れたの。こんな私を心配してくれるんだって。私と一緒に戦ってくれるんだって。貴方と一緒ならどんな相手でも勝てるって」
ギュッと俺にしがみ付くサイ。まるで、俺と言う存在を確かめるように俺の腕を抱きしめていた。
「ハチマン……お願い、これからも私と一緒に戦って。独りにしないで……もう、独りは嫌なの」
彼女はこの1年間、独りで戦って来た。お世話になっているお婆ちゃんに迷惑をかけないようにして来たのだろう。サイは強い。戦い方を知っている。だからこそここまで独りで戦って来られた。
しかし、だからと言って独りでも平気だとは限らない。
彼女は仕方なく独りで戦っていたのだ。独りで戦うしかなかったのだ。どれだけ苦しくても誰にも相談できずにたった独りで敵と対峙して来たのだ。
「……俺は」
正直言ってしまうと彼女の気持ちは理解できたが、共感できなかった。だって、俺は現在進行形でボッチなのだから。何でも独りで熟して来た俺は独りでいることが当たり前だった。
「俺は、お前の気持ちに共感することはできない。俺だってボッチなんだ。それを苦しいと思ったことがない」
「寂しくないの?」
「寂しくないね。だって俺には小町がいるから」
こんな駄目な兄を見て『仕方ないなー』と呆れた顔で笑ってくれる小町。俺にとってそれだけで十分だ。
「……」
彼女は小さく息を吐いた。俺に断られると思ったのだろう。
「だが……その、なんだ」
「え?」
歯切れの悪い言葉を聞いて意外そうに声を漏らすサイ。
「小町は……お前のこと気に入ってるみたいだから。なんだ、お前が魔界に帰ったら悲しむと思うし、勝手に消えたら後々説明が面倒だから……協力、してやる」
「……ぐすっ」
群青少女は唐突に泣き始めました。
「え、ちょ、マジでやめて。何か悪いことでも言ったか?」
「違うの……私、嬉しくて」
「……あの、俺の話聞いてた? お前の安否より小町のことを優先してるんだけど」
聞く人によっては傷つくだろう。まぁ、わざとそう言った言い方したのだが。
「コマチから聞いてるよ。ハチマンは捻デレだって。だから本当は私の心配してくれてるんでしょ?」
「……」
明日小町には説教が必要みたいだ。久しぶりにお兄ちゃん、怒っちゃうぞ。
「ハチマン」
「お、おう。なんだ?」
「よろしくね」
小町が心配するから。説明が面倒だから。もちろん、これらは本心である。
でも――きっと、俺は嫌なのだ。こいつが俺のように独りになってしまうのが。
サイは言っちゃなんだが、少し歪んでいる。気遣い、感情の読み取り、バトルセンス。それらは子供が取得していいスキルではない。このまま放っておいたらいつか壊れてしまいそうだった。そして、壊れてしまったらこいつの大切な物まで壊してしまいそうだった。それが、嫌だった。俺でもあまりよくわかっていないが、これだけははっきり言える。
「おう、よろしく。サイ」
俺はこいつのパートナーだ。
次の日、お互いに抱きしめ合うように眠っていたらしく、こっそり俺の部屋に侵入した小町に写メを取られて俺とサイはその写真を消すようにお願いするのだった。
八幡が戦う理由でした。こんな感じでいいんでしょうか。自信ありません……。
次は日常系のドタバタを書こうかなと思っております。奉仕部の2人も出せたら嬉しいです。
後、今日まで連続で投稿して来ましたが次から一気に更新が遅くなると思いますのでご注意ください。
では、次回もお楽しみに!