やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.39 彼と彼女はハイタッチを交わし、一世一代の大勝負に出る

 文化祭2日目。今日は一般公開の日で生徒の他に様々な人が訪れる。だからこそ、トラブルも多くなるのだが、そのために文化祭実行委員全員が働く。そう、この俺でさえ働かされるのだ。もうゴールしていいよね? 俺の仕事はカメラで文化祭の様子を記録するというもの。最初は適当にパシャパシャ撮ればいいと思っていたのだが、そう簡単には行かず写真を撮ろうとすると『……あの写真とかやめてください』とマジトーンで拒否られる。その度に『文実・記録』と書かれた腕章を見せなければならないのだ。そろそろ泣いてもいいと思う。

「お兄ちゃん!」

 その時、唐突に背中に衝撃。振り返ると小町が俺に抱き着いていた。やだ、この子。可愛い。お持ち帰りしてもいいですか?

「おお、小町」

「久々の再会! 最近、お兄ちゃん忙しかったからね!」

「それだと家でも顔合わせてないみたいな感じになるぞ」

 まぁ、家に帰っても文実の仕事とかあってあまり話せなかったけど。

「そうそう! お兄ちゃん、これどういうこと!」

 俺の背中から離れた小町がプログラムを勢いよく突き出して来た。後数センチ近かったら顔面に直撃していた。あ、危ねぇ。

「プログラムがどうしたんだよ」

「ここ! どうして、サイちゃんがステージパフォーマンスすることになってるの!」

「あー……俺も昨日知ったんだよ。しかも、サイが雪ノ下を懐柔して無理矢理、企画を突っ込んだらしい」

 因みに懐柔方法は猫である。俺も試してみようかしらん。

「むー、じゃあお兄ちゃんが無理矢理、ステージに立たせたとかじゃないんだね?」

「むしろ、俺は止めたかったぞ」

 あんな小さな子がステージに立てばどこからクレームが来るかわからないからな。『あんな小さな子を働かせるなんてどうかしてるザマス!』とか。

「そっか……サイちゃんのことよろしくね?」

「ああ、わかってる」

「それじゃ、小町そろそろ行くね。またね、お兄ちゃん」

 そう言って小町は去って行った。サイのことも心配だったが、文化祭を楽しみたい気持ちもあったのだろう。あれでも小町は受験生だ。しかも、志望校はここ総武高校である。志望校の文化祭は色々と刺激になるはずだ。頑張れ、受験生。

「あれ? 八幡じゃない」

 不意に後ろから名前を呼ばれ、そちらを見るとティオが俺を見上げていた。まさかこんなところにいるとは思わず、驚いてしまう。

「何でいんの?」

「いいじゃない、私がどこにいたって。サイに呼ばれたのよ。『ステージでパフォーマンスするからおいで』って。ガッシュと清磨も来てるわ。ガッシュに引きずられてどっか行っちゃったけど……」

「ああ……」

 その姿が容易に想像できた。高嶺、頑張れ。でも、騒ぎが起きる前にガッシュを何とかしてくれ。仕事が増えるから。

「じゃあ、お前1人なのか?」

「……恵は仕事で遅れて来るのよ。べ、別に1人になっちゃってどうしようかうろうろしてたら知り合いに会って安心したとかじゃないから!」

 ティオさんや。見栄を張るならせめて涙目を隠せ。ツンデレ乙。まぁ、知らない場所で1人になったら寂しいよな。遠足の時とかいつの間にか独りになっていたからわかるよ。あれ、かなり心に来るよな。

「とりあえず、一緒に行動するか? 俺、仕事中だからそんなに構ってやれないけど」

「どうしてもって言うなら」

「じゃあ、どうしても」

「なら、しょうがないわね。ついて行ってあげるわ。ねぇ、クレープとか売ってる場所知らない?」

 完全に文化祭満喫する気じゃないですか。俺、仕事あるって言ったでしょう。俺と並んで歩きながら問いかけて来る。

「プログラム見ればいいだろ。どのクラスがどんな店やってるのかわかる」

「ぷろぐらむ?」

「……ほれ」

 持っていなかったようなので少しくしゃくしゃになったプログラムを渡す。別に必要ないし。サイのステージの時間だけ覚えていれば大丈夫。

「色々な店があるのね。あ、ここ面白そう! ミュージカルだって!」

 それ、俺のクラスだな。

「今、公演時間じゃないから見れないぞ」

「えー、なら何時からやってんのよ!」

「確か……って、プログラムに書いてるだろ」

「……あ」

 自分が見落としていたのに気付いたようで顔を赤くしてそっぽを向くティオ。サイとはまた違った可愛さだな。

「あー……魔界にも昔話とかあるのか?」

「え? あ、うん。あるわ。魔界のお姫様のお話とか。後は人間と魔物の恋の物語とか」

「へぇ」

 それからティオから魔界の昔話を聞いた。途中でお昼になったため、適当な店に入ってお昼ご飯を済ませ、ブラブラと校内を回る。一応、仕事中なので適当に写真を撮ったのだが、隣にティオがいたからか変な目で見られることなく写真を撮ることが出来た。まぁ、ティオに指示されて写真を撮る羽目になったのだが。大海の仕事について行くことがあったからかティオはかなりセンスがいい。撮った写真から文化祭の賑やかさが伝わって来る。ティオ、マネージャーにならない? もしくはプロデューサー。アイドルのマスターになれるよ。あ、すでに大海がアイドルだったわ。

「八幡、ティオ!」

 次はどこに行こうか話していると前から見覚えのある男の子が走って来る。ガッシュだ。その後ろから疲れ切った様子の高嶺が駆け足でガッシュを追いかけている。高嶺、マジでお疲れ様。

「あ、ガッシュ、清磨! もうどこに行ってたのよ!」

「色々な場所へ行ったのだ!」

 ガッシュの見当違いな返答にティオの怒りゲージが高まる。近くにいたら火の粉が飛んで来そうなのでちょっと距離を取るために高嶺の方へ移動した。

「八幡さん、こんにちは」

「うす。大変だな」

「……ああ。そっちは?」

「文化祭の仕事。ティオと途中で会ってな。さすがに放っておくわけにも行かなかったし。仕事も手伝って貰った」

 腕章を見せながら言うと状況を理解したのか高嶺は頷く。後ろからガッシュの悲鳴のような呻き声が聞こえるが知らない。首を絞められるような音も聞こえるが知らない。高嶺も見てはいるがガッシュの自業自得なので無視する方向のようだ。

「それにしてもまさか文化祭に来るとは思わなかったぞ」

「サイに誘われて。恵さんも来る予定なんだが、間に合うかわからないらしい」

「まぁ、忙しいからな。この前の遊園地の時も苦労したみたいだし」

 メールでそんなことを言っていたような気がする。確か『無理してスケジュールを詰めてよかった』とかだった。

「でも、恵さんも楽しみにしてるってティオが言ってたぞ。新曲のレコーディング一発で終わらせて駆けつけるって」

「……ただの文化祭なのにな」

「『八幡さんが通ってる学校の』文化祭だな」

 そう言った後、高嶺がティオに話しかけて『首絞め』を止めさせる。その隙に携帯で時刻を確認するとそろそろサイのステージが始まるところだった。

「もう少しでサイのステージパフォーマンスが始まるけど体育館まで案内するか?」

 俺の提案に3人は頷いて一緒に体育館へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイの動物ショー!」

 マイクを通じて体育館にサイの可愛らしい声が響く。観客も拍手をして場を盛り上げた。だが、すぐに皆、気付く。ステージに立ったサイの傍に動物など1匹もいないことを。

「皆さん、こんにちはー! 文化祭、楽しんでますかー?」

 ピンマイクの位置を調節しながらサイが問いかける。歓声が上がった。それを聞いてうんうんと頷き、満面の笑みを浮かべるサイ。なかなか様になっている。とりあえず、写真を1枚ぱしゃり。

「さて、タイトルでわかると思いますが私、サイが動物さんたちと一緒に色々な出し物をしますので楽しんで行ってくださいね! では、さっそく呼びましょう! 動物さーん!」

 サイが叫ぶと体育館の出入り口が開き(開ける担当の人がいる)何十匹もの犬や猫が登場した。お客さんの足元や通路を通ってステージへ上がる。まさかそんな登場の仕方をするとは思わなかったようで観客たちは驚いていた。

「よしよし、集まってくれたね。それじゃまず何からやろうか?」

 近くにお座りした子犬の頭を撫でながらサイが動物たちに問いかけると1匹の子猫がにゃーと言いながら手を挙げる。その愛くるしい仕草を見て女性客が『可愛いー!』と声を漏らす。

「お、意見があるのかな? ふむふむ、合唱ね。よし、まずは合唱にしよう! 整列!」

 すると、動物たちは綺麗に横に並ぶ。しかも、きちんとパート分けされているのかソプラノ、アルト、テノール、バスで集まっている。動物たちが整列したのを見て指揮者担当のサイは手を振るう。それから動物たちがタイミングを合わせて鳴き始めた。曲名はすぐにわかった。『きらきらぼし』である。基本的に猫の『にゃー』が主旋律。犬の『ワン』が合いの手だ。サイの指揮に合わせてにゃーにゃーわんわんと鳴くと『きらきらぼし』の歌詞が思い浮かぶ。それほど上手かった。

 合唱が終わると次の演劇が始まる。犬の勇者が猫魔人を倒す旅の物語だ。サイがアテレコして動物たちが演じる。終盤の勇者と魔人の戦いなどサイは途中から解説になるほど燃えるような戦闘シーンになった。

「おーっと! ここで勇者ドッグの尻尾ビンタだー! しかし、デーモンキャット、猫パンチで勢いを相殺! キャット、すかさず猫パンチの連打! 勇者ドッグ大ピンチ!」

 観客からも動物たちを応援する声援が飛び、ものすごく盛り上がった。俺も写真を撮ることを忘れて夢中になって見ていたほどである。

(そろそろ準備しないとな)

 サイの持ち時間も減って来たので俺は舞台裏に向かった。サイのステージは最後から2番目。次のステージが終わったらエンディングセレモニーが待っている。その準備の手伝いだ。

 舞台裏に着くともうそこは戦場だった、エンディングセレモニーの準備やら葉山たち(ステージパフォーマンスのトリ)の準備でてんやわんやだった。そんな中、雪ノ下だけはあっちに行ったりこっちに行ったりして落ち着きがない。たまに人に話しかけているが求めていた解答を得られなかったようで渋い顔をしている。あ、こっち来た。

「ねぇ、相模さん見てないかしら?」

「いや……見てないけど、なんかあったのか?」

「エンディングセレモニーの最終打ち合わせしたかったのだけれど」

 それから電話を掛けてみたり、放送で呼び出しても相模を見つけられなかった。平塚先生も放送を聞いて駆けつけてくれたが、正直言って状況は絶望的だった。実行委員長である相模はエンディングセレモニーで挨拶、総評、賞の発表をする。しかも、賞の結果を知っているのは相模のみ。集計結果を断片的に知っている人はいるものの、それをまとめたのは相模なのだ。

「……」

 おそらく相模は逃げた。実行委員長のプレッシャー。罪悪感。実行委員たちからの憎悪。ストレスが積りに積もってエンディングセレモニーから逃走。ここに来て耐え切れなくなったのだ、逃げたくても逃げられない罪悪感の重みに。そして、その罪悪感を抱かせたのは他でもない。俺である。

「時間を稼ぐしかないな」

 俺の呟きは不思議と空気が冷え切った舞台裏に響く。

「時間を稼ぐと言ってももうステージは葉山君たちのしか……」

「ちょっと待ってろ」

 雪ノ下の発言を遮って舞台袖に移動し、軽く床をノックした。動物たちにサーカスのような曲芸をさせていたサイが俺の方を向く。そして、1つ頷いた。

「では、最後に! お客さんにも楽しんで貰えるようなことをしたいと思います。参加したい人は手を挙げてください!」

 そう、サイのステージを引き延ばす。これで5分から10分は稼げるはずだ。急いで、舞台裏に戻る。

「サイに引き延ばすように合図して来た」

「……声を一切出さずに?」

「視線だけでだいたい伝わる」

 だから、雪ノ下さん。そんなあり得ない物を見た時の様な目で見ないで。

「これで10分稼げたとしましょう。でも、そんな短い時間で見つけられる保証はない」

「……副委員長、プログラムの変更申請をしたい。もう1曲、追加でやらせてくれないかな? 時間ないし口頭承認でいいよね?」

 葉山が更に時間を稼ぐらしい。彼によると最大でも10分が限界らしい。これで20分。しかし、これでも足りない。例え、見つけられたとしてもまだエンディングセレモニーの最終打ち合わせすらしてないのだ。そんな状況で上手く出来るとは思えない。

(……やるしかないか)

「……平塚先生、ちょっといいですか?」

「ん? 何だ?」

 腕を組んでいた先生に近づいて思い付いた案を話す。

「……それは可能なのか?」

「さぁ。上手く行けばって感じです。一応、許可取っておいてください」

「わかった。雪ノ下も時間稼ぎの方法を思い付いたようだ。私も動くとしよう」

 そう言って先生は舞台裏から消えて行った。さて、俺も行動しようかね。舞台裏から出て携帯を取り出しながらチラリとステージの方を見る。

「動物さんたち、やっておしまい!」

「ぬおおおおおおおおお!!」「うわああああああああああ!」「きゃあああああああああ!」

 ステージでガッシュと高嶺、ティオが動物たちに襲われていた。なるほど、観客をステージに上がらせて動物たちのもふもふを文字通り、全身で味わうのか。サイも楽しそうだ。体育館から出て電話を掛ける。これが俺の責任の取り方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ヒッキー」

「うす。どうした?」

 舞台裏に戻ると由比ヶ浜が少しだけ顔を青くさせていた。こんな短時間に何があったのかしら。因みにすでに葉山たちがステージに立って演奏している。サイには頼みごとをしたのでもう少ししたらここに来るだろう。

「な、なんかあたしもステージに立つことになっちゃって。うぅ、緊張する。でも、ゆきのんの頼みだから頑張るよ!」

「……おう、頑張れ」

 なるほど、葉山の後にもう1組ステージに立たせて時間を更に稼ぐつもりなのか。これで30分。まだ微妙か。

「比企谷」

 その時、先生が帰って来た。そして、1つ頷く。許可は取れたらしい。

「雪ノ下」

「何かしら」

 ギターを持って確認するように弾いていた雪ノ下に声をかける。由比ヶ浜と一緒にステージに立つのだろう。他にもドラムスティックを持っている陽乃さん。ピアノを弾くように膝を指で叩いているめぐり先輩。最後にベースを手に持ってチューニングしている平塚先生。そこに由比ヶ浜を含めた5人でステージに立つようだ。

「正直言って今から相模を見つけてもエンディングセレモニーが上手く行くとは限らない。そもそも、30分足らずで見つかる保証もない」

「……それでもやるしかないのよ」

 ああ、そうだ。文化祭を成功させるためには藁にもすがる思いで時間を稼ぐしかない。見つかるかもわからない。見つかっても上手く行くかもわからない。そんな賭けのような勝負。そんな勝負は勝負とは言わない。賭博だ。賭けるのは時間。報酬は文化祭の成功。倍率は低い。まず、当たらないだろう。だからこそ、更にベットする。

「そうだ。やるしかない……だから、時間稼ぎのための時間を稼いでくれ」

「それは、どういうことかしら。他に時間稼ぎの案が?」

「おう。とびっきりの時間稼ぎだ」

「ハチマン! 連れて来たよ!」

 珍しく肩で息をしているサイが舞台裏にやって来た。その後ろにはもう1人。

「八幡君、許可取れたよ。これから色々な学校の文化祭にも出ることになったけど」

 ゆっくりとその人は俺の傍に近づいて来る。その途中で気付いた人が目を丸くして驚愕していた。

「それに関してはマジですまん。お前しか頼れるのいなかった」

「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな。でも、気にしないで。今度は“私が助ける番”だよ」

 そう言いながら、彼女は右手を挙げる。すぐにその仕草の意味を把握して俺も同じように手を動かす。

「それじゃよろしく頼む。大海」

「ええ、こちらこそ」

 俺たちは軽くハイタッチを交わした。さぁ、一世一代の大勝負だ。

 




アイドルがそう簡単に文化祭でゲリラライブ出来るかよ!ってツッコミはなしの方向で……一応、前々からここのシーンを書きたくてたまらなかったんです。許してください。


次回、最初に大海との関係について聞かれた後、例のシーンに移ります。
さぁ、皆さん、心が痛くなる覚悟は出来ていますか?

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