やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
休みも終わり、また面倒な文化祭実行委員の仕事が始まった。サイからデジカメを借りてたまに会議室の光景を記録し、押し付けられた仕事を熟す。因みに『写真撮るからお仕事無理です作戦』は不発に終わった。『あ、じゃあ写真撮った後でもいいからやっておいて』と言われて分厚いファイルを俺の席に置くだけだった。しかも、俺が写真を撮るために席を離れている隙に小さな仕事を置いているようでいつの間にか仕事が増えていることもある。これも全て相模のせいだ。委員の人もどんどん少なくなっている。そのせいで何故か、葉山と一緒に仕事する羽目になった……てか、何で君ここにいるの? クラスの方はいいの? 君、クラスでやる星の王子様のミュージカルで『ぼく』役だったよね?
ため息を吐きながらお茶を一口、口に含んで周囲を見渡す。今日は今まで以上に忙しい。執行部の人たちもてんやわんやで色々な対応に追われている。こんな日に限っていつも手伝いに来ていた陽乃さんはいない。俺の隣で作業している葉山も疲れているのか笑顔が引き攣っていた。会議室に作業している人の悲鳴のような声が響く。『誰かわからないけどコピーありがと!』、『有志の書類今、誰持ってる!?』、『何で今日に限って雪ノ下さんがいないのおおおお!』、『誰かこの書類まとめておいて!』などもうカオスだ。
「雪ノ下さん、今日はどうしたの?」
「さぁ」
生徒会長の城廻めぐり先輩が何故か俺に問いかけて来た。いや、知りませんって。あいつの連絡先さえ知らないんだから。多分、俺だけじゃない。ここにいる全員、答えられないだろう。その時、会議室のドアが開き、平塚先生が入って来た。
「比企谷」
「はい?」
何ですか、また新しい仕事ですか。そう思いながら先生の顔を見るとその表情は神妙であることに気付いた。別件か。
「今日、雪ノ下は体調を崩して休みだ。学校には連絡はあったんだが、こっちには伝わってないと思ってな」
まぁ、そうだろうな。雪ノ下から連絡を受ける奴がいないから伝わるわけがない。それに昨日、決裁印を押し忘れるなど凡ミスをしていた。相当疲れていたのだろう。
「あれ、あいつ1人暮らし……」
そこで雪ノ下は1人暮らしだったことを思い出して声を漏らした。大丈夫なのか、あいつ。俺の声が聞こえたのかめぐり先輩が見に行った方がいいと言ってその役目は俺になった。葉山の方が気遣いが出来る分、こういうことに適しているだろうがこの場所に必要なのも葉山だ。なら俺が行った方がいいだろう。
「そうか、では行きたまえ。ただ生徒の住所を教えたりはできないのだが……」
「それは大丈夫です」
雪ノ下の家を知っている奴を知っている。急いで荷物を纏めて立ち上がった時、葉山と目が合った。すっと細められた眼光が鋭い。
「じゃあ、よろしく頼む。俺から一応陽乃さんに連絡しておくから」
「……ああ、助かる」
それだけ言って俺は会議室を後にし、携帯を取り出した。歩きながら電話を掛ける。コール音が響く。7コール目辺りでやっと電話相手が出た。
『ど、どしたの? いきなり電話とか……』
弱々しい声音で言ったのは由比ヶ浜結衣だ。こいつなら雪ノ下の住所を知っている。
「雪ノ下が今日、休んでるのは知ってるか?」
『え……知らな、かった』
雪ノ下が休んでいることがショックだったのか、雪ノ下が休んでいることを知らなかったことがショックだったのか。由比ヶ浜の声は掠れていた。
「体調を崩してるらしい。今からあいつの家に行くつもりだ……お前も行くか?」
『うん、行く』
即答。こいつなら頷くと思った。
「じゃあ、校門前で」
『わかった』
それから校門前で由比ヶ浜と合流し、雪ノ下の家に向かった。
由比ヶ浜の案内で雪ノ下の家に着いた。彼女の家は高級で知られるタワーマンションだった。やはり、実家はかなり裕福なのだろう。由比ヶ浜が事前にメールや電話で行くことを伝えたが応答はなし。今もベルを鳴らしているが出なかった。
「居留守か?」
「それならいいんだけど出られないほど体調が悪かったら……」
そう言いながら由比ヶ浜はもう一度ベルを鳴らした。すると、一瞬だけスピーカーからノイズが聞こえる。
『……はい』
すぐに消えそうな声で雪ノ下が応答した。声だけで辛そうなのがわかる。
「ゆきのん!? あたし、結衣! 大丈夫!?」
飛び付くように由比ヶ浜も答えた。本当に心配していたのだろう。
『……ええ、大丈夫だから』
「だから、なんだよ。開けろ」
面倒くさくなったので割り込んで雪ノ下に言った。
『……どうして、いるの?』
「頼まれたんだよ。それと話がある」
『……10分だけ待ってもらえるかしら』
「わかった」
とりあえず、待っている間、エントランスのソファにでも座っているか。
「どうぞ、あがって」
雪ノ下がドアを開けながらそう言った。俺と由比ヶ浜は彼女の後に続いて中に入る。雪ノ下の家は3LDKのようだ。こんな広い家に1人で住んでいる。それを知った時、一瞬だけ彼女の背中とサイの背中が重なった。たった独りで努力し、目の前に立ち塞がる壁を乗り越えて来た孤高の背中だった。
「そこへかけて」
リビングに通された後、2人掛けのソファを勧められた。素直に由比ヶ浜と一緒に座る。雪ノ下はそのまま近くの壁にもたれかかる。
「座れば?」
「いいえ、ここでいいわ。それで話って何かしら?」
由比ヶ浜の言葉を拒否して話を促して来た。いつもの威圧はどこへ行ったのだろう。彼女は視線を下に向けていた。
「え、えっと……ゆきのん、今日休んだって聞いたから」
「1日ぐらい休んだからって大げさよ。連絡もしていたのだし」
「1人暮らしだからな。心配もされるだろ」
「それにまだ体調悪いんじゃない? まだ顔色悪いし」
由比ヶ浜の指摘に雪ノ下は顔を隠すように下を向いた。だが、その仕草は『調子が悪いです』と言っているようなものだ。
「多少の疲れがあったけれど、問題はないわ」
「……それが問題なんじゃないの?」
これは痛いところを突かれたな。体調がいいならそもそも休んだりしない。
「ゆきのん1人でしょい込むことないじゃん。他のひとだっていたんだし」
そう言いながらチラリと俺の方を見る由比ヶ浜。こっちみんな。俺はそんな気遣い出来るような人間じゃない。それどころか俺に回って来る仕事が多すぎて雪ノ下まで気にしてられなかった。
「わかっているわ。だからちゃんと仕事量は割り振ったし、負担を軽減するように――」
「できてないのに?」
そこで由比ヶ浜が雪ノ下の言葉を遮った。今の由比ヶ浜はいつもと違って迫力がある。
「あたし、ちょっと怒ってるからね」
雪ノ下はその言葉を聞いて小さく肩を震わせた。由比ヶ浜が怒るのも無理はない。1人でやると言ったのにこうして体調を崩しているのだから。
「ヒッキーにも怒ってるから。困ってたら助けるって言ったのに」
他人事のように2人を見ていると突然、由比ヶ浜が俺に向かって言う。ここまで来る間、ずっと黙っていたのはそのせいか。弁解の余地はない。俺がどんなに仕事をしようとも雪ノ下が倒れたのには変わりないのだから。
「ユイ、貴女が怒るのはお門違いでしょ」
その時、ここにいるはずのない人の声が部屋に響いた。俺も含めた全員が目を丸くして周囲を見渡す。しかし、声の主はどこにもいない。
「ここだよ」
そう言いながら天井から下りて来たのはやはりサイだった。え、何でいるの? てか、天井から下りて来たけどどうやったの?
「サイ……何でここに?」
「ハチマンたちの後を付けて来たんだよ。この部屋に入ってからは天井に貼り付いてた」
アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?
「簡単だよ。角であれば手と足で体を支えられるから。そんなことより、ユイ」
「う、うん……何?」
「貴女は……文化祭実行委員がどれぐらい忙しいかわかって言ってるの?」
「それは……」
「わかるわけないよね? だって文実じゃないんだから」
サイの指摘に由比ヶ浜は顔を引き攣らせた。由比ヶ浜が知っている情報は『雪ノ下雪乃が文化祭実行委員の仕事が忙しくて倒れた』、『比企谷八幡は雪ノ下雪乃を助けられなかった』のみである。
「考えてみてよ。あの『雪ノ下雪乃』でさえも倒れたんだよ? それにユキノ自身が言ってたでしょ。『仕事は割り振った』って。それはハチマンにも含まれるんだよ。それだけじゃない。ちゃんとユキノが割り振った仕事を他の文実の人は『記録雑用』っていう曖昧な役職であるハチマンに仕事を押し付けてたんだよ。雑用って付いてるからハチマンに仕事が集まって来るの。ハチマン、デジカメ」
「お、おう……」
珍しく怒った表情を浮かべているサイの気迫に逆らえず、彼女にデジカメを渡した。サイはすぐにデジカメを操作してとある写真を由比ヶ浜に見せる。
「これは?」
「ハチマンが撮った会議室の写真。ここがハチマンの席」
サイが見せたのは会議室の全体を収めた写真だった。すぐに俺が使っている席を指さす。
「え……なにこれ」
それを見た由比ヶ浜は目を見開いて声を漏らす。俺の席には山積みになったファイルで溢れ返っていた。あー、懐かしい。この時はさすがに死ぬかと思った。サイの訓練がなかったら俺も倒れていたかもしれない。
「多分、ユキノの次に仕事してるのはハチマンだと思う。こんなに仕事があったからユキノを助けたくても助けられなかった。それどころか倒れたのはユキノじゃなくてハチマンだったかもしれないんだよ」
「なんで、こんなことになってるの?」
さすがの由比ヶ浜も違和感を覚えたようで怪訝な表情で問いかける。まぁ、今の運営は正直言って異常だ。遅刻もサボるのも自由。参加している奴だって可能であれば人に仕事を押し付けようとする。『自分の仕事が忙しいから代わりにやっておいてね。どうせ、暇でしょ? 雑用なんだから』と言うように。
「とある実行委員長様が遅刻とサボりを許容したんだよ。『文化祭なんだから楽しまなくちゃ。クラスの方にも出ていいよ』ってね」
「っ……だから、さがみん、クラスの方に出てたんだ」
「あれが出てたって言うの? ただ友達と話してるだけで」
由比ヶ浜の呟きを容赦なく叩き潰すサイ。その目は鋭くかなりイラついている。
「由比ヶ浜に当たっても仕方ねーだろ。それに仕事が少なくても雪ノ下を助けられたわけじゃない。遅かれ早かれ運営が崩れるのは目に見えてたしな」
サイの頭に手を置いて宥める。今日、雪ノ下がいないだけであれだけ荒れたのだ。これからもっと酷くなる。それぐらい容易に想像できた。
「比企谷君、今日の様子はどうだったの?」
俺の言葉を聞いて察したのか雪ノ下は静かに問いかけて来る。隠すようなことでもないので包み隠さず教えた。
「え……ちょっと待って! 確かヒッキーがゆきのんの次に仕事したんだよね? じゃあ、今、運営はどうなってるの?」
「……由比ヶ浜さん、確か葉山君の連絡先、知っていたわよね?」
「う、うん」
「ちょっと状況を聞いてみてくれないかしら?」
「わかった!」
急いで携帯を操作し、メールを送信した。すると、すぐに返信が返って来たようで由比ヶ浜は顔を引き攣らせ始める。
「……酷いって。仕事はたまるし、雑用を熟す人もいないからめちゃくちゃになってるみたい。ヒッキーに戻って来て欲しいって言ってる」
「まぁ、そりゃそうだよね。皆、今まで楽して来たんだもん。このままじゃ文化祭自体、なくなっちゃうかもね」
サイは呆れたように言葉を吐き捨てる。だが、言っていることは合っていた。この状態が続けば文化祭は良くて日を改めて開催される。最悪のケースは――文化祭がなくなる。さすがにそこまで行かないとは思うが、総武高校の歴史の中で最も酷い出来の文化祭にはなるだろう。
「……」
雪ノ下は顔を下に向けて考え事をしている。どうやって乗り切ろうか思考を巡らせているのだろう。
「おい」
そんな彼女に俺は声をかけた。
「……何かしら?」
「今の問題は仕事をさばけなくなって来た――いや、相模の提案でサボりが増えたからだよな?」
「ええ、そうね」
「……俺に考えがある」
目の前にサボっている人がいます。どうやって仕事をさせますか?
その答えは簡単です。
罪悪感を抱かせましょう。