やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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とりあえず、何も言わずに読んでください。
あとがきで色々解説します。


LEVEL.32 群青少女の実力に彼以外、目を丸くする

 午前11時30分。俺はいつもより早く自転車を漕いでいた。大海たちの話ではモチノキ遊園地に11時待ち合わせらしいから30分も遅れていることになる。サイのことだから俺が来るまで駅で待っているだろうし急いで行かないといつまでも待たせてしまう。まぁ、遅れた理由もあるからサイも怒りはしないだろうけど。八幡、何も悪くない。冤罪駄目絶対。

「ん?」

 そろそろ遊園地に着く頃、不意に空に何かが撃ち上がった。そちらに目を向けると雷が消えていくところだった。こんな昼間に雷が落ちたのかと思ったがそれにしては雷鳴は聞こえなかった上、件の雷は下から上へ昇って行ったのだ。そんな自然現象は聞いたことない。俺が聞いたことないだけかもしれないが。

 じゃあ、あれは何なのかという話だが、一つだけ心当たりがある。ガッシュだ。聞いた話だとモチノキ遊園地には俺とサイ、大海とティオ、そして高嶺とガッシュが来るらしい。その中でガッシュの術の主体が電撃なのだ。まずあの電撃がガッシュの口から出たものだと考えていいはず。問題は“何故、そうする必要があったのか?”だ。ガッシュは意味もなく暴れ回らない魔物である。多分。そんなに話したことないから知らないけどこの前、俺の家に遊びに来た時はそう感じた。暴れると言っても子供らしくやんちゃする程度である。これらのことから考えられるのは1つ。

「……はぁ」

 魔物に遭遇でもしたのだろう。そして、その途中で真上に撃ってしまった。

「……」

 あれ、でもそんなこと起きるのか? 飛び回る相手であればあり得る話だが何だか腑に落ちない。もしそうなら電撃が一発だけ撃ち上がるのはおかしいからだ。魔物相手であの電撃一発で終わるとは思えない。飛び回る相手ならなおさらだ。空を自由に飛んでいる相手に術を当てるのは困難だし、確実に当てるには術を連発して誘導するしかない。自転車を漕ぎながら空を観察しているがあれから電撃は一度も見ていないので相手の魔物が飛び回っているという仮説は成り立たない。

(じゃあ、どうしてだ……高嶺は頭がいいってサイが言ってたし。意味もなく空に術を放つとは思えない)

 そもそもあんな目立つことは避けるはずだ。魔物同士の戦いに一般人を巻き込みかねない。電撃を目にして好奇心で近づいて来る人もいるだろう。しかし、あれじゃ俺以外にも電撃を見られるに決まって――。

「……あー、そうか」

 答えに行きついたからか思わず、声に出してしまった。なるほど、状況は芳しくないわけだ。それに加え、俺も急いだ方がいいらしい。もし、ガッシュと高嶺が遊園地で魔物と戦っているとしてサイがそれを見逃すとは思えない。魔力感知はまだ扱い切れていないと言っていたが魔物同士の戦いであれば気付くだろう。術を放つ時、魔力は普段よりも高まるからだ。サイなら気付く。そして、助けに行く。

 ここで問題となるのはサイが助けに行ったのに空に電撃が昇ったことだ。あの電撃は遊園地に来ているであろう俺や大海たちに高嶺たちがいる場所を教えるためである。そのおかげで俺もここまで推理することができた。じゃあ、どうして自分たちのいる場所を教えたのか。答えは救助要請。高嶺たちではどうすることも出来ず、助けを求めたのだ。“サイが助けに行ったのにも関わらず”。まぁ、サイがまだ到着していないとも考えられるが、高嶺が最初から救助要請を出すとは思えない。自分たちで何とかしようとするはずだ。サイなら戦いが始まってすぐに気付く。魔力感知で場所もわかるからものの数分で現場に辿り着けるだろう。つまり、『救助要請を出す』前にサイは高嶺たちに加勢できるのだ。それなのに救助要請が出た。すなわち――あのサイですらお手上げ状態、ということだ。

 もう一度、ため息を吐いて俺は自転車を漕いでいる両足に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 11時35分。遊園地に到着して俺はすぐに入場して困り果てた。電撃が昇った場所がわからないのだ。急いでパンフレットを開く。高嶺とガッシュなら一般人を巻き込まないところで戦っているはずだ。それに該当する場所を探せばいい。遊園地の人に使われていない場所を聞けば早いがそこはボッチとしてのプライドがある。人と関わりたくない……てか、絶対噛む。『い、今使われてにゃい場所はどこでしゅか!』ってなっちゃう。それにそんなこと聞く奴は絶対怪しまれる。そのままどこかにしょっぴかれてもおかしくない。囚人谷君にはなりたくない。

「……」

 どこだ。この遊園地で今使われていない場所は。探せ。きっとすぐにわかるはずだ。そう自己暗示しながら1つの施設が目に留まった。

「……プールか」

 9月にもなってさすがにプールもないだろう。プールがある方に視線を向けた瞬間、不自然な爆音がそちらから聞こえる。魔物同士の戦い特有の音だ。パンフレットをポケットに突っ込み、鞄から魔本を取り出して脇に抱えた。いつでも呪文を唱えられるようにしておくのだ。サイがいるのにまだ戦闘が続いていると言うことはきっとサイでも苦戦する相手だと判断したから。

 俺は人の隙間を縫うように目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いた……」

 11時40分。軽く息を切らせながらプールエリアに到着する。物陰から様子をうかがうと大海とティオに向かって王冠を被った魔物とそのパートナーらしき女がものすごい形相で走っているところだった。うわ、何あれ。めっちゃ怖い。大海たちの後ろにはボロボロになっている高嶺と地面に座り込んでいるガッシュ。サイの姿はない。その代わり、ヒゲの男とトカゲみたいな魔物は見つけた。

(どこだ……どこにいる)

 目を動かしているとプールの壁に何かが貼り付いていた。両手両足と頭がぺったりとくっ付いていて動けないらしい。

「……何やってんだ、あいつ」

 それはサイだった。顔を歪ませて戦っている他の皆を見ている。何がどうなってああなったのかはわからないがサイは身動きが取れない状況らしい。ため息を吐いていると王冠の魔物が液体を吐き出しているところだった。しかも、山なりに。ああすれば空中で液体が散らばり、広範囲に攻撃できる。

「『マ・セシルド』!」

 だが、それはティオが真上に展開した盾で防ぐ。あれなら液体がかかる心配もないだろう。そう判断してサイに視線を戻した時、ヒゲとトカゲがサイに近づいていくのが見えた。

「ッ……」

 それを見た瞬間、俺は走り出していた。ここからサイのところまで距離がある。術を撃たれたらその時点でアウトだ。

(サイ!)

 心の中でパートナーの名前を叫ぶ。間に合え。

「『ドグラケル』!」

 だが、俺の願いは通じなかったようでトカゲの口から大きな球体が撃ち出された。

「……?」

 撃ち出された術を見て思わず、立ち止まってしまう。あまりにも術の進むスピードが遅かったのだ。あんな攻撃では当たるわけがない。右か左に躱せばいいだけだ。でも、サイは今動けない。多分、あの王冠の魔物が何かしたのだろう。向こう、手を組んでいるみたいだし。急いでサイのところに向かった方がいいと考え、再び走り出した。

「『ザケル』!」

 そこで高嶺が呪文を唱え、ガッシュの口から電撃が放たれる。電撃は球体に直撃するが相殺することはおろか軌道を逸らすことすらできなかった。プールはすでにボロボロでその中でも大きな穴がいくつか存在している。あの球体のせいだろう。それほどあれの破壊力が凄まじいと言うことだ。あれが直撃でもしたらサイでも大けがは免れない。

 そこまで推測して俺はやっと彼女の前に辿り着く。すでに球体は目の前まで迫っていた。さすがのサイでも怖かったのかキュッと目を閉じて震えている。もしかしたら泣いているかもしれない。

 

 

 

 

 そう考えただけで脇に抱えている魔本から凄まじい光が漏れた。

 

 

 

 

「『サシルド』」

 呪文を唱えると目の前から群青色の盾がせり上がる。しかし、いくら心の力を溜めたとしても『サシルド』程度の盾ではあの球体を防げるとは思えない。急いでサイを庇うように『サシルド』に背中を向けた。そのまま魔本を右手に持って両手を広げ、その時が来るのを待つ。案の定、背後から『サシルド』が破壊される音が聞こえ、その破片が俺の背中に当たる。鋭い痛みが走った。破片が背中に刺さったのかもしれない。でも、これぐらいの痛みなら慣れている。

 いつまで経っても衝撃が来ないのが不思議だったのかおそるおそる目を開けたサイが俺を見つけて大きく目を見開く。その拍子に一粒の涙が彼女の頬を伝った。

「ハチ、マン?」

 そして、震える声で俺を呼ぶ。“頬を赤くしながら”。

「……おう。助けに来たぞ、教官どの」

 少しおどけた感じで言うとサイは更に顔を赤くして口をわなわなさせ始める。あれ、なんか予想していた反応と違う。いつものサイなら泣きながら俺のことを呼ぶのに。

「え、あ、そ……なんで、ここに……」

「いや……お前が危なかったから助けに来たんだけど」

「そ、そう……」

「お、おう……」

 なんか気まずい。何というか、サイがサイじゃないというか。普段と違うのでどうしていいのかわからないのだ。

「って、ハチマン! 背中、大丈夫!?」

 その時、心配そうな顔をしながら叫ぶサイ。今にも泣きそうだ。

「痛くないって言えば嘘だけどお前との訓練の方が痛いし」

 普通に腕へし折るからね、この子。しかも、俺が油断した時とか音もなく近づいて来て俺の顔を1回見てニッコリ笑った後、バキってして来るからね。『油断したよね? はい、お・し・お・き♪』みたいな感じで。折った後、その部分握り潰したこともあったし。あれはヤバい。意識失いかけたもん。サイもそれを見て握り潰すことはなくなったけど。俺が気絶したら『サルフォジオ』を唱えられないからだ。

「あ、そうだね……なんかゴメン」

「そのおかげで今、動けてるって言えるけどな」

 申し訳なさそう……というか顔を青くして謝るサイにそう言ってから振り返る。そこには防がれたからか驚愕しているヒゲたちと俺の登場に安堵のため息を吐いている高嶺たちがいた。

「くそ、本の持ち主が来たか……作戦変更だ! そっちの奴らからやる! どうせあの女は動けない!」

「ええ、わかったわ! フォーメーション2よ!」

 ヒゲとアフロが叫ぶとアフロとトカゲ、ヒゲと王冠に分かれて動き始める。それを見て俺はそっと息を吐いてサイに向き直った。

「サイ」

「は、はぃ!」

「……いや、そんなに吃驚しなくても」

 名前呼んだだけじゃん。どうしちゃったのかしら、この子。そんなに顔を赤くしちゃって。磔にされているのが恥ずかしいのかしらん。

「まぁ、いいや。今の内に何があったか教えてくれ」

「う、うん」

 それからサイは手短に状況を説明してくれる。途中でティオの『サイと一緒にジェットコースターに乗るのよおおおおおお!』という怒鳴り声が聞えたが振り返らなかった。絶対、怖いもん。見ない方がいいよね。サイも顔を引き攣らせていたし。

「とりあえず、サイを開放しないとな」

「でも、上手く力が入らなくて……ハチマンに引っ張って貰っても駄目だと思う」

「……もっと簡単な方法あるだろ」

 確信はないけど、多分いけるはずだ。

「え!? どうやって!?」

「逆になんで思い付かねーんだよ……『サウルク』」

 呪文を唱えるとペリッとサイは壁から剥がれて地面に立った。『サウルク』はサイがどんな状況でも動くことのできるドーピング効果がある。つまり、拘束されていてもサイは動けるようになるのだ。あくまで俺の予想でしかなかったが、サイ本人が言っていた。『例え、この体が引き千切れたって、動けなくなったってハチマンやハチマンが守りたいと願った人を守るために駆けつけられる。それがこの術の効果だよ』と。

 何とか成功したのを見て『サウルク』を解く。ずっと発動しておく必要もあるまい。

「……剥がれたね」

 腕を回したりジャンプしたりして体の具合を確かめて頷いた後、サイは苦笑する。彼女の背中を見てみると原因となった紫色の液体すら付着していない。術の効果で動けなくなったらその術を無効化するらしい。手錠とかの場合は知らないが。

「行けるか?」

「うん! 足手まといになった分、挽回するよ!」

「おう、そのいきだ」

 笑顔を浮かべるサイの頭に手を置くとピシリと硬直してしまった。あれ、いつもなら少し恥ずかしそうに笑うのに。

「『マ・セシルド』!」

 首を傾げていると大海の声が聞こえて振り返った。丁度、破壊球をティオの盾が受け止めたところだ。

「ッ……サイ!」

「行って来る!」

 俺の呼びかけでサイも気付いたのか駆け出した。俺が見たのは盾で防いだティオに迫るヒゲ。そして、そのヒゲごと攻撃するつもりなのか、魔本に心の力を溜めているアフロだった。それに気付いていないヒゲはティオに向かって拳を振るう。しかし、それを毒の効果が切れ始めたのかガッシュが顔面で受け止める。

「さぁ、あのヒゲごと痺れさせるわよ!」

「やっちゃえ、ルーパー!」

「『ポレイド』!」

 そこへ王冠が再び、毒を放った。ヒゲの図体はでかいがあのままではガッシュやティオにも毒がかかってしまう。ヒゲも目を見開いて後ろを見ていた。まさか仲間に攻撃させるとは思わなかったのだろう。サイの話を聞きながら後ろの音を聞いていたが、何やらヒゲたちは仲間割れをしていたからやりそうだとは思ったが。

「『サシルド』」

 毒が3人に当たる一歩手前でサイがその間に割り込む。俺も呪文を唱えて群青色の盾を出現させる。毒は盾にぶつかって防がれた。それに加え、サイはせり上がって来た盾を足場にして大きくジャンプしている。サイにも毒はかかっていない。

「『サルク』」

 すぐに『サシルド』を消して第1の術を唱える。これでサイの目は強化された。そこへ更に術を重ねる。

「『サグルク』」

 先月、発現した第5の術。本来の使い方はできないが、副産物の肉体強化はかなり助かる。体が群青色のオーラに覆われたサイはジッと下を見て状況を確認し、目的の場所へ降下を開始した。それを見て何となく彼女の思惑を察する。まず、サイが攻撃を仕掛けたのはアフロたちがいる場所へ戻っているヒゲだ。そいつに向かって真っ直ぐ落ちている。

「く、来るなっ!」

 まさか上から来るとは思わなかったのかヒゲは叫びながら走る。だが、それで止まるサイではない。頭を下にして落ちていたサイはその場でくるっと1回転し、踵落としの体勢に入った。

「せいっ!」

 タイミングを合わせて踵を落としたサイ。元々当てるつもりはなかったようでヒゲのすぐ後ろに落とした。その刹那、地面が粉々に砕けて小さなクレーターができる。さすがにそこまで威力があるとは思わなかったのか俺以外の人は声を失っていた。狙われたヒゲも冷や汗を流しながら自分の真後ろにできたクレーターを見ている。

「ふふ、早く逃げないと壊しちゃうぞ」

 パンパンとワンピースに付いた汚れを手で落とし、ヒゲたちに向かってサイは笑いかけた。その無邪気な笑みとその足元にできたクレーターのギャップにやられたのか相手の4人は涙を流しながら悲鳴を上げて逃げ始める。

「『サウルク』」

 しかし、そうはいかない。『サウルク』で速くなったサイはいつの間にか4人の目の前にいた。

「逃がすわけないでしょ?」

 そう言って右拳を地面に叩き付ける。たったそれだけで地面が陥没した。また4人が悲鳴を上げて右へ逃げる。サイもその後を追って地面を殴ったり蹴ったりしていた。

「おい、高嶺、大海」

 その隙に唖然としている2人に近づく。

「は、八幡さん……あれは、一体?」

 高嶺はサイを指さしながら問いかけて来る。今、彼女は笑いながら4人を追いかけていた。

「あいつは時間稼ぎをしてる。今の内に攻撃呪文で攻撃しろ」

 サイのスピードなら相手の背後に回り込んでジッポライターで魔本に火を付けられるだろう。しかし、それは魔物が1人の場合だ。もしかしたら2人同時に相手できるかもしれないが、時間がかかる。

「でも、それだとサイちゃんが……」

 俺の指示に待ったをかける大海。今、攻撃呪文を唱えればサイにも当たってしまうかもしれないと危惧しているのだろう。

「サイは大丈夫だ。あいつなら躱せる。急いでくれ、時間がない」

 現在、サイに重ね掛けしている呪文は3つ。そのせいで俺の心の力の消費が激しいのだ。その証拠に俺の持っている魔本は今までとは比べ物にならないほど輝いている。そろそろ限界だ。

「……わかった。ガッシュ、やるぞ!」

「ティオ、私たちもよ!」

 それを見て高嶺と大海は察してくれたのか未だにサイの暴挙を見て硬直している2人に声をかけた。ビクッと肩を震わせて振り返った2人は一度、顔を見合わせて頷く。サイなら躱すと信じているのだろう。

「タイミング、まかせていいか?」

 魔本に心の力を込めながら高嶺が問いかけて来る。サイの動きは出鱈目でタイミングが掴めないのだろう。魔力感知で高嶺たちが術を放とうとしているのがわかったのか俺の方を見たサイはウインクする。そろそろガッシュとティオの正面に敵を誘導するのだろう。

「わかった」

 頷いた俺はジッとサイを観察する。何度も地面を殴って敵をどんどん追い込んで行く。

「今だ!」

「『ザケル』!」「『サイス』!」

 俺の声に合わせて高嶺と大海が呪文を唱え、ガッシュの口からは電撃が、ティオの両手から衝撃波が発生し、4人に向かって飛んで行く。そのまま直撃した。

「成功だね!」

 俺の隣に移動したサイは笑顔を浮かべて頷く。すでに彼女の体から群青色のオーラは漏れていない。さすがに心の力が限界だったのだ。

「お疲れさん」

「え、あ、うん……ありがと」

 パートナーを労ったらお礼を言われながらそっぽを向かれた件について。俺、何かしたっけ。首を傾げながら視線を前に戻すと丁度、ガッシュとティオの傍に高嶺たちが到着したところだった。俺たちもその後を追う。

「ゾボロン……ゾボロオオオオオオン!!」

 どうやら、トカゲの名前は『ゾボロン』と言うらしい。魔本が燃えてもう消えたのであまり意味のない情報だが。

「ほほほ! まだよ! まだ私たちには新呪文が残ってるわ!」

 その時、アフロの女が叫ぶ。あの攻撃から魔本を守ったらしい。すごい根性だ。

「く、恵! 防御を!」

「うん!」

 新呪文と聞いて警戒したティオと大海が前に出て呪文を唱える準備をする。一応、俺も高嶺の隣に移動して対処できるようにしておいた。

「第3の術、『モケルド』!」「『セウシル』!」

 俺たちの周囲にドーム状の盾が展開される。するとその盾の周囲が黒い煙に覆われた。

「え!? こ、これは……煙幕!?」

 ティオが目を丸くして叫んだ。まさかこのタイミングで煙幕を使うとは思わなかったのだろう。

「ふふ、ふはは! これは逃げるにはうってつけねええええええ!」

 そう言いながら凄まじいスピードで逃げていくアフロと王冠。警戒したせいでまんまと逃げられたわけか。

「はぁ……」

 ぎゃあぎゃあ騒いでいるティオを見てそっとため息を吐いた。逃げられたが何とかやりすごせたのだ。いやー、一時はどうなるかと思ったわ。特にサイが磔にされている時。

「ハチマン、怪我見せて!」

 煙幕が晴れて『セウシル』が消えると同時にサイが泣きそうになりながら俺の背後に回った。それを聞いて高嶺たちも俺の傷の具合を確かめる。

「これは……酷い。急いで病院に行った方がいいな。破片が刺さってる」

 高嶺が冷静に診断してくれた。この人、医学の知識でもあるのかしら。てか、一番最後に駆け付けた俺の怪我が一番酷いってどういうこと?

「いや、大丈夫だ。サイ、頼む」

「うん!」

 その場に胡坐を掻いて魔本を開いた。頷いたサイは高嶺たちに少し離れているように言った後、俺の背後に回る。

「『サルフォジオ』」

 サイの頭上に大きな注射器が出現し、俺の背中に突き刺さった。すでに慣れてしまった『サルフォジオ』特有の痛みと硬直を乗り越え、俺の傷は完全に治った。破片も無事に抜けたみたいだ。

「すごい……回復呪文ね」

 立ち上がって背中の調子を確かめていると大海が感心したように呟いた。

「まぁ、体力とか心の力は回復しないけどな」

 でも、もし体力と心の力も回復したら夜の特訓は一生終わらないことになるからよかったかもしれない。

「八幡さん、もう大丈夫なんだな?」

「ああ、疲れた以外は大丈夫だ」

「八幡も無事だったし……これでやっと遊べるわ!」

 高嶺の質問に頷いた俺を見てティオが笑顔を浮かべた。ガッシュも毒がほとんど抜けたのか『ウヌ!』と喜んでいる。

「……遊ぶ?」

 あ、そう言えば遊園地に集合するつもりだったのか。つまり、今日の予定は俺を含めたこの6人で遊ぶことだったのだろう。魔物との戦いですっかり忘れていた。

 ……え、これから遊ぶの? 疲れたから帰りたいんですけど。

「ハチマン……一緒に観覧車、乗ってくれる?」

 俺の手を握ったサイはもじもじしながら聞いて来る。顔も少しだけ紅いし、何より上目使いは反則だと思う。目をそんなに揺らしちゃって。君は恋する乙女ですか! こんなの誰でも頷いちゃうでしょ! もう少しでロリコンになるところだった。俺じゃなきゃ危なかった。でも、俺は疲れているんだ。今日は、今日だけはサイのお願いは聞けない。すまん、サイ。

「ああ、一緒に乗ろうな!」

 

 

 

 

 

 

 …………あ。

 




トゥンク……


というわけでサイが自分の気持ちに気付くお話しでした。元々、恋愛フラグは立っていた……というより好感度MAXだったのできっかけがあればすぐに落ちてました。


まさかサイが落ちるとは思わなかった方、サイには純粋無垢でいて欲しかった方、申し訳ありませんでした。ですが、サイが八幡に恋するのはどうしても必要なことで、これについてはサイの過去に関わってきます。後、成長ですね。まだ芽吹いたばかりの気持ちですが、サイ自身ものすごく戸惑っています。ずっと独りで生きて来た彼女にとって初めて抱いた感情でしたし。


因みに八幡に夜の特訓について聞いて顔を青くしたのは『私……今までなんてことを』と後悔している感じです。そりゃ、好きな人の腕を折ったりその部分を握り潰せば、ね。


これからサイちゃんには恋愛的な気持ちに戸惑ったり空回りして貰うつもりなので……素生暖かい目で見守ってくれたら幸いです。


なお、八幡はまだ気付いていません。『え、何この子。急にどうしたの?』程度です。
八幡だから仕方ないよね。多分、はっきり言えばわかると思うんですけど、八幡の場合、そういう素振りを見せても『まさかあいつ俺のこと……なんて、その手にはもう乗らないぜ。そういうのないってわかってるよー』と決めつけているので……。
私自身、そう決めつけて泣かせてしまったことがあるので皆さんも気を付けてください。


では、最後に一言だけ……



ラブコメの波動を感じるッ!!

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