やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.28 相模南のせいで比企谷八幡の仕事が増え、群青少女は作戦を開始する

「ただいま……」

 疲れ切った体に鞭を打って何とか帰って来られた。あー、しんどい。これはあれだな。心労ですね。明日、学校休まなかったら死にますね。お薬出しておきます。

「ハチマン! おかえりー!」

 居間に入ってソファに倒れ込むと同時に2階から降りて来たサイが俺に飛び込んで来た。サイのブームで横になっている俺に飛び込み、それを俺がキャッチするというものだ。だが、精神的に疲れていて反応が遅れ、サイをキャッチしそこねてサイの頭が俺の鳩尾にクリーンヒットした。

「ぐ、ぐぉぉ……」

「だ、大丈夫!?」

 呼吸困難に陥り、悶えていると顔を上げてサイが叫んだ。まさか俺がキャッチできないとは思わなかったのだろう。日頃の訓練のおかげで俺もそれなりに強くなったからだ。多分、何か武道を習っている人相手でも一方的にやられはしないだろう。まぁ、サイとの訓練ではほとんど防御しかしておらず、攻め方を知らないので硬直状態になるだろうけど。その代わり、防御に関してはサイにもお墨付きを貰っている。サイ曰く、『ハチマンはよく人の表情とか周囲の状況を観察しているから戦闘にも向いている』とのこと。俺からしたらあまり戦いたくないけどね。

「げほっ……しばらくこれ禁止な」

 これからもキャッチは出来ないと思う。訓練に加えて文化祭実行委員の仕事もあって毎日、くたくただからだ。

「あー……ゴメンね。疲れてたんだ」

「ああ……文化祭実行委員長殿が余計なことを言ったせいでな」

「どういう事?」

 首を傾げるサイに愚痴るように教えた。数日前、文化祭実行委員長である相模から『文化祭なんだから楽しまないと。仕事のペースもいい感じだからクラスや部活の方にも行ってもいいよ!』という帰農令ならぬ帰組令が出された。そのせいで遅刻する委員や欠席する委員が増えてちょっとずつ崩れ始めている。俺の仕事も増えたのだ。

「うわぁ……」

 それを聞いたサイは相模に引いていた。6歳ほどの子供にすら引かれる相模には同情……しないわ。自業自得というやつである。

「それに雪ノ下も疲れてるみたいだし」

「え? ユキノが? そこらへんもどうにかできそうだけど」

「さっき言った相模の依頼で補佐……にしちゃやりすぎなほど補佐してるし、陽乃さんも来てるから肉体的にも精神的にも疲れてんだろ」

「そのサガミって子、無能なんだね」

 辛辣ですね、サイさん。だが、実際にそうだ。俺から見ても相模はリーダーに向いていないと思う。それ以上に雪ノ下が有能すぎるのだ。だからこそ、相模南という人間はそれに甘える。誰だって目の前に好物があって食べてもいいと言われれば食べるだろう。俺はまず疑うけど。

(でも……)

 何と言うか雪ノ下は一体どうしてしまったのだろう。いつものやり方と違う。今回はあまりにも助けすぎている。いつもならとりあえず相模に仕事をさせ、ミスがあれば毒を吐きながら丁寧に教えて冷気を置いていくのに。

「……」

 そっとため息を吐いていると俺の腹の上に乗ったまま、サイは考え事をしていた。傍から見たら色々ヤバいからそろそろ降りてくれませんか。

「おい、何を考えてる」

 嫌な予感がしてジト目で問いかける。何を企んでいるんでしょうね、この娘は。

「いや、ハチマン大変だなーって」

 しれっとした顔で感想を漏らすサイ。答える気はないらしい。

「……まぁ、な。今はまだ何とかなってるけど今後どうなるかわかったもんじゃない。猫の手も借りたいぐらいだ」

「ふむふむ、なるほどねー。猫の手も借りたいんだー。でも、カマクラは手伝ってくれないと思うよ? サイの手ならあるけど」

 そう言いながら『にゃん』とサイが呟いた。サイにゃんならずっと抱きしめながら撫で続けたいわ。できれば縁側でお茶でも飲みながら。

「いや、無理だろ」

 確かにサイは奉仕部の一員だ。平塚先生も認めている。だが、これは文化祭実行委員の出来事だ。依頼が無い限り、サイは手出しできない。相模の依頼もあるがこれは雪ノ下が個人で受けたため、奉仕部は動けないのだ。

「むぅ。それはそうだけど……」

 そう言うと頬を膨らませてそっぽを向いた。手伝いたかったらしい。しかし、さすがに6歳に運営の仕事はできないだろう。今回は諦めて貰おう。

「その気持ちだけで十分だ」

 そんなサイの頭を撫でて俺の上から降ろす。そろそろ夜の訓練の準備をしなくてはならない。俺の方をジッと見ている彼女を放って俺の部屋に向かう。

「……ふふ」

 なんか居間の方からそんな笑い声が聞こえたけど、関わったら面倒なことになりそうなので無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。放課後になり、今日も雑用を片づけるロボットにならなくてはならない。

「ん?」

 鞄の中に教科書類を仕舞っていると鞄の奥底に見覚えのない物を発見した。取り出してみる。

「これ」

 サイの誕生日に家族全員(両親含む)で買ってあげたデジカメだった。普段ならサイが持っているのに何故こんなところに。魔本を入れる時に紛れてしまったのだろうか。

(……まぁ、何とかなるか)

 グルグルと思考を巡らせた後、一つの結論を出して俺はそのまま教室を後にした。文化祭までもう2週間もない。廊下で生徒たちが笑顔を浮かべながら行き来している。そんな中俺はただ1人ため息を吐きながら歩き続けた。この後に待っている面倒事に頭を抱えながら。

「どうした比企谷。いつもより目が濁っているぞ」

 その道中で平塚先生とエンカウントする。元はと言えば貴女のせいなんですけど。

「文化祭実行委員の仕事を喜んでやる人なんていませんよ」

「そうとは限らないだろう。少なくとも私は嬉々としてやる」

「先生、こういうの好きそうですもんね……」

「ん? 何でデジカメなんて持っているんだ?」

 そこで俺の手の中にあったサイのデジカメを見つけたのか不思議そうに問いかけて来る。何となく鞄に仕舞っておくのも気が引けたのだ。壊したら泣きそうだし。

「これサイのですよ。なんか鞄の中に入ってたんです」

「ふむ……確か比企谷は記録雑用だったよな」

「そうですけど」

 ビビビッと八幡レーダーが面倒事を察知した。今すぐにでも逃げ出したい。

「なら、文化祭実行委員の仕事ぶりを記録しておこう。何かに使えるかもしれん」

「……あ、わかりました。適当に写真撮ればいいんですよね」

「ん? いつもなら捻くれた発言の一つでも吐くところなのに今回は素直だな」

「だって、写真撮るって言えば仕事断れるかもしれないじゃないですか」

「お前って奴は……まぁ、いい。話は私の方からしておく。サイにはお前から言っておいてくれ」

 サイに? 何を? あ、そうか。俺が持っているのはサイのデジカメだ。少しの間、借りると言っておかないと。

「わかりました」

 俺が頷いたのを見て先生は颯爽と去っていた。あの人、去り方格好いいな。

 それから少し歩いて会議室に到着した。扉を開けて中を見ると昨日よりも人がいない。こりゃ大変だ。

「やっほー、比企谷くん」

 いつもの席に座るとスッと陽乃さんがやって来た。こりゃ面倒だ。

「……ども」

「今日もサボらず来たんだね。えらいえらい」

「俺だってサボりたかったんですけどね。仕事がありますから」

 そう言いながら置いてあったお茶を飲む。うむ、美味い。

「君が真面目に仕事、ねぇ……どんな仕事?」

「記録雑用の仕事ですよ」

 適当に陽乃さんに返事をしてそっとデジカメを置いた。

「なるほどね、皆の仕事ぶりを写真に残すわけだ」

 いや、なんでこれだけでわかるんですか。

「ええ……まぁ、そうですけど」

「じゃあ、はい」

 何故か俺に向けてピースをする陽乃さん。これでそう言うことですか。

「……いや、仕事してる様子を撮るんですって」

「仕事してるじゃない。ほらほら、早く早く」

「はぁ……はい、ぽーず」

 パシャ、と一枚。それで満足したのか陽乃さんは手を振って離れて行った。それを見送っていると突然、背中が凍りつくような悪寒に襲われる。

「……仕事しに来たのよね?」

 振り返るとものすごい量のファイルを持った雪ノ下がいた。その眼は人を凍りつけられるほど冷たい。凍傷になっちゃいそう。

「あ、ああ……」

「じゃあ、何で姉さんといちゃいちゃしてたのかしら?」

「いちゃいちゃなんてしてねーよ。仕事だ仕事」

「いちゃいちゃすることが?」

「……平塚先生にここで働いてる奴らの写真を撮れって言われたんだよ」

 手に持っていたデジカメを見せながら教える。最初は訝しげな表情を浮かべていた彼女だったが、納得したのかため息を吐きながら俺の前にドンとファイルの束を置いた。

「これ、よろしく」

「……」

 え、ちょ、これはさすがに無理じゃないですかね。

「写真もお願いね」

 やめて! これ以上仕事増やさないで!

「はぁ……」

 ため息を吐いていつもの席に座ってお茶を一口飲んだ後、仕事を再開した雪ノ下をデジカメで撮る。こう見ると絵になるな、こいつ。

「比企谷くーん、私にもお茶ー」

 お茶を飲みながら仕事をしているとそれを見たのか陽乃さんがお願いして来た。

「いや、雑用ってそう言う仕事じゃないと思うんですけど、多分……」

 だが、この人に何を言っても無駄だろう。一気にお茶を飲み干した後、仕方なく、別の容器にお茶を淹れて渡した。

「……」

 お茶を受け取り、飲んでいるのだが何故か俺から目を離さない陽乃さん。お茶、美味しくなかったのかしらん。

「ねぇ、比企谷くん」

「は、はい……何ですか?」

「何か武道習ってる?」

「……はい?」

「んー、歩き方が素人っぽくなかったと言うか。戦い慣れてる人の歩き方だった」

 それがわかるってことはこの人も何か武道をやっているのだろうか。そんな疑問の視線を向けているとそれだけでわかったのか陽乃さんは頷いた。

「私、合気道習ってるからね。わかるんだよ。それで? 君は何で戦ってるの?」

 スッと目を細めて陽乃さんが言葉を紡ぐ。逃がさないよ、と言いたげな瞳。俺がどんなに誤魔化しても見抜いて追究して来るだろう。なら、誤魔化さなければいい。誤魔化すだろうと高を括っているのならその不意を突く。それがサイの教えだ。

「俺は自分のために戦ってる、それだけですよ」

 俺がサイと一緒に戦うと決めたのはサイのためではない。俺自身が一緒に戦いたいと思ったからだ。人のためとか言って動くのは人に理由を押しつけているだけだ。そんな物、何の価値もない。そんなの俺は認めない。

「……ふーん」

 俺の答えを聞いた彼女はつまらなそうな表情を浮かべて視線をずらす。それにつられてそっちを見ると雪ノ下がこちらを睨んでいた。

「……おたくの妹さんに氷漬けにされそうなんで仕事に戻ります」

「うん、教えてくれてありがと」

 陽乃さんから離れて自分の席に戻る。そして、お茶を一口。ああ、落ち着くわぁ。

 それから時々、写真を撮りちゃんと写っているのか確認してそっとため息を吐いた後、雑用を片づけて行った。

 


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