やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.253 彼らは少しずつ作戦を進める

「『ファノン』!」

 おそらく初期呪文と思わしき術をバニキスが唱え、リオウの腹部から先端が丸い目と牙を模したようなエネルギー弾が放たれる。その威力は同じ初期呪文であるガッシュの『ザケル』やティオの『サイス』を遥かに凌駕しているようでサイは試しに相殺しようと右手に持った『サルド』を前方に振るい――一瞬で弾かれ、千切れてしまった。

「ちっ」

 迫る『ファノン』に舌打ちしながら左手に持った地雷を下に向けながら跳躍。そのまま下へ群青色の衝撃波を放ち、上空に逃げた。

「『グルガ――』」

「『サルド』」

 空中にいて身動きの取れないサイを見て勝ち誇ったように笑うバニキスは強めの呪文を唱えようとするがその間に俺は呪文を唱え終え、サイの右手に群青色の綱が再び出現する。

「『――ドルファノン』!」

 そして、サイが綱を近くの柱に巻き付けるのとほぼ同時にリオウの腹部から獣の目や牙が付いた細長いドリル型の術が放たれる。そのドリルは先ほどまでサイがいたところを通り抜け、別の柱に激突して爆発を起こした。少し遠くにいる俺のところまで爆風が届き、その威力の高さに思わず生唾を呑んだ。

「『サルジャス・アグザグルド』」

 駄目だ、怯むな。ここで動きを止めたらそれこそサイがピンチになる。そう言い聞かせながら魔本に心の力を注ぎ、呟くように呪文を唱えた。

 サイが左手で地雷を掴んだのを見た俺は柱の陰で戦況を窺う。サイとの特訓でそれなりに戦えるようになったとはいえ、リオウを相手に真正面からぶつかるのは無理だ。そもそもサイのような人間の姿に近い魔物相手ならともかくリオウは怪物のケンタウロスのような姿をしている。そんな相手を想定とした訓練は受けていないから思わぬ反撃を受けて倒されてしまうだろう。

 だから、狙うなら本の持ち主(バニキス)だ。常にリオウの背後に立ち、呪文を唱えているので簡単には近づけないが隙は必ずできるはず。

 それにすでに俺のことを見失っているらしく、警戒するようにたまに周囲を見渡していた。そのおかげでリオウとの呼吸が僅かに乱れ、術を放つタイミングがほんの少しだけズレている。そのおかげでサイ一人でもリオウの攻撃をやり過ごせていた。

「ちょこまかと躱しやがって! バニキス!」

「『ファノン・ドロン』!」

 何度も術を回避され、さすがに煩わしくなったのかリオウは本の持ち主(パートナー)の名前を叫び、それに応えるように呪文を唱える。具体的な指示を出されずともリオウが望む術を放てるほどの信頼関係。やはり、ここまで生き残っていた上、数体とはいえ強力な術を持つ魔物たちを従えていたことだけはある。

 リオウの腹部から放たれたのはたてがみが生えた獣の頭部だった。ライオンに見えるそれはサイに食らいつこうと大きな口を開けながら咆哮する。

(このタイミングで新しい術を使ってきた、ということは――)

 綱と地雷で縦横無尽にメインステージを駆けるサイを捉えられる術。自由自在に操れるのか。それとも追尾するのか。その正体は不明だが、綱と地雷では逃げきれないだろう。

「ッ――」

「甘いッ!」

 綱を柱に巻き付け、左へ逃げたサイだがリオウがそれを見て笑うと鬣が動き、逃げたサイを追いかける。あの鬣そのものには攻撃性はなさそうだが、身動きを止められて追撃を受けてしまう。左手の地雷を起動させても鬣が広がりすぎて衝撃波では吹き飛ばしきれない。

(でも……)

「甘いのは、そっちでしょ!!」

 サイが絶叫しながら綱から手を放ち、地雷を後方へ向ける。そして、床や柱に貼りついていたいくつかの地雷が起動し、四方八方から群青色の衝撃波が発生。衝撃波を受けた鬣はその軌道を逸らされ、僅かに隙間ができる。それを視認したサイは左手に持っていた地雷を起動させ、一気にその隙間へと体を滑り込ませた。

「何ッ!?」

 その隙間の先にいたリオウは目を見開く。その間にサイがリオウの懐へと潜り込んだ。潜り込まれたリオウは一瞬、顔を引きつらせたが俺たちに攻撃呪文がないことを思い出したのかニヤリと笑みを浮かべる。

 ああ、そうだ。俺たちには攻撃呪文はない。吹き飛ばせる地雷も移動に使ってしまったので手元になく、術を唱えても地雷を手に取った時点でリオウなら離脱、もしくは反撃の一手を撃ってくるだろう。

 だから――。

 

 

 

 

 

「――『サザル・マ・サグルゼム』」

 

 

 

 

 

 放つのは強化呪文(『サザル・マ・サグルゼム』)だ。サイの右手から放たれた群青色の球体はリオウの体にぶつかり、奴の体から群青色のオーラが溢れる。

「強化呪文だと!? 血迷ったか!」

「『ギガノ・ファノン』!」

 群青色のオーラを纏った状態のリオウは腹部の口を大きく開け、巨大な群青色の獅子を放った。『ファノン・ドロン』よりも大きく、『サザル』の効果で強化されているため、サイが全力で後退しても間に合わない。

「『サウルク』」

 だからこそ、速度強化呪文(『サウルク』)を使い、俺も柱の陰から飛び出す。速度の上がったサイは即座にその場から離脱し、群青色の獅子は床へと激突して爆風を巻き起こした。

「また貴様か!」

 それと入れ替わるように俺はバニキスへと迫る。奴の魔本に手を伸ばすがその直前に気づかれ、リオウが俺の進路を塞ぐように間に割り込んだ。だが、それは予定範囲内。『サウルク』のおかげで機動力の上がったサイが体を逆さにした状態でリオウの頭上に移動し、右手を奴に向かって突き出す。

「『サザル・マ・サグルゼム』」

「――『ファノン』!」

 バニキスも俺相手だったので短い呪文である『ファノン』を使ったが、俺の方が呪文を唱え始めたのが早かったため、リオウの体が再び群青色に染まる。そして、群青色のエネルギー弾が放たれるが『サウルク』状態のサイが俺を抱えてその場から離れた。

「さっきから何故、強化呪文を使う!?」

「さぁ、なんでだろうね?」

「『サフェイル』」

 『サウルク』を解除してサイに妖精の羽を与える。強化呪文は発動している間、心の力を消費し続けるので頼りすぎると俺がガス欠を起こしてしまう。でも、『サザル』を使った直後に『サフェイル』を使うことは事前に話し合っていたので問題はない。

「それに私たちに集中してていいの? 『ファウード』は残り70分ぐらいで魔界に帰っちゃうでしょ?」

 羽を動かして柱と柱の間を飛び回りながらサイが挑発するようにリオウに話しかけた。その間、バニキスは呪文を唱えるが床や柱に貼りつけている地雷を駆使しながらサイはそれをやり過ごす。

「うるさい! それぐらいわかっている!」

「ほらほら、『ファウード』止まっちゃってるよ? そこの端末を使いたかったら早く私たちを倒さなくちゃね!」

「はっ! そんなことせずとも鍵で遠隔操作できる!」

「ッ――」

 サイの言葉を否定した瞬間、リオウの額にある宝石が一瞬だけ光った。見つけた、あの額の宝石が『ファウード』の鍵だ。おそらく使うつもりはなかったのだが『ファウード』の鍵に意識を向けてしまい、それに鍵が反応したのだろう。

 しかし、あの宝石が鍵だとすると少し面倒だ。リオウの動きを完全に止めなければ奪うことはできない。やはり、リオウを倒さなければ『ファウード』を止められないのだ。

(別にやることは変わらない)

 サイの挑発のおかげで『ファウード』の鍵があの宝石だとわかったし、奴らの意識をまたサイに向けることができた。その隙に『気配分散』を使い、柱の陰に身を潜めながら俺は魔本に心の力を注ぐ。

 リオウとの戦いはまだ始まったばかり。気を引き締めていこう。


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