やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
因みに朗読動画は8本中4本完成しています。残り4本、頑張って作ります!
体が動かない。何かに締め付けられているのだろうか。それにしてはすごく温かい。
「ん……」
その声でよく耳を澄ませてみると可愛らしい寝息が聞こえる。サイか。
「八幡、サイちゃん、起きて。朝だよ」
それとほぼ同時に天使の囁きが俺の耳を通り抜けた。ああ、幸せだ。そうかここが天国なのか。俺を抱きしめるように寝ている妖精さんとそんな俺たちを微笑ましそうに見ている天使さんに囲まれる場所なんて天国ぐらいしか考えられない。よかった。俺は天国に来られたのか。
「八幡ってば。そろそろ起きないと朝ごはんに間に合わないよ」
おお、天使さんの手作りご飯か。それはもう天にも昇る美味しさなのだろう。メニューは何だろうか。MAXコーヒーはあるとして甘く味付けしたスクランブルエッグだろうか。付け合せにサラダとか。想像しただけで涎が出そうだ。
「……」
そこまで考えて目を開ける。視界に入ったのは綺麗な黒髪だった。ゆっくりと視線を下に向けると幸せそうに眠っているサイを見つける。もう離さないと言わんばかりに俺に抱き着いて顔を胸に沈めていた。そこでやっと昨日のことを思い出した。
サイに戦い方を教えて貰う約束をした後、俺たちは寝ようとしたのだが、さすがにボロボロなまま寝るわけにも行かず、一度着替えることにした。俺の服は血だらけだったし、サイのワンピースも止血するために破っていたのだ。着替え終わり、服を小さく千切り、ゴミ袋に入れてゴミ捨て場に捨てた。そのまま捨てた場合、見つかってしまう恐れがあるとサイが言ったからだ。後はいつも通り、サイが俺の傍を離れたがらず、一緒に寝ることになった。サイが着替えに帰った時に『ハチマンと一緒にねる!』と置き手紙を残すと言う徹底ぶりだった。
「あ、ハチマン、おはよ」
「……おお」
思いに耽っていると俺の顔を覗き込んでいた戸塚が挨拶して来る。その神々しさに思わず、息を呑んでしまったが何とか返事はできた。
「ふふ。サイちゃん、幸せそうだね」
「あ、ああ……そうだな」
今の会話、眠る我が子を見ている夫婦みたいな感じだったな。やっぱり、俺と戸塚は結婚する運命だったようだ。一緒にサイを育てよう。
「ハチマン……」
その時、サイが寝言を漏らした。それを見て俺たちは顔を見合わせ、苦笑する。
「ハチマンはサイちゃんを起こしてあげて」
戸塚はそう言いながら俺たちが使っていた掛布団を回収して畳み始めた。おお、夫婦っぽい。
「サイ、起きろ」
「……にゅ?」
ナチュラルに『にゅ』って言ったぞ、こいつ。さすが妖精さん。あざといはずなのにあざとくない。ああ、胸がキュンキュンするんじゃぁ。
「朝だぞ」
「あ、さ?」
やっと目が覚めたサイは目を擦りながら俺を見上げ、にへらと笑う。八幡にクリティカルヒット。八幡は悶えた。
「ハチマーン」
まだ寝惚けているのか抱きしめていた両腕に力を入れてぎゅーとして来る。止めてー。吐血しちゃう。これ以上、ライフポイントを減らされたら八幡、血を吐いちゃうからー。あと、力入れ過ぎて背骨が折れそうです。
「ぬ、お、おぉ……」
俺の口から情けない声が漏れ始めた頃、やっとサイが力を抜いてくれた。
「ハチマン、おはよー」
「おう。とりあえず、離れろ。起きれない」
サイは俺の腕ごと抱きしめているので身動きが取れないのだ。
「えー」
「早くしないと朝ごはんがなくなるぞ」
「ハチマン! 早く起きないと朝ごはんがなくなっちゃうよ!」
目にも止まらぬ速さで立ち上がったサイ。本当にこの子の身体能力はどうなっているのだろうか。
「あ、サイちゃん。おはよ」
畳み終わったのか戸塚がサイに声をかけた。
「サイカ、おはよー!」
妖精さんが天使さんに笑顔で返事をする。その光景を見て反射的に目を背けてしまう。あのまま見ていたら俺の目が浄化されてしまいそうだったのだ。
「それじゃ、飯食いに行くか」
「うん!」
サイが笑顔で頷きながら床に置いてあった携帯を手渡してくれる。
「あ!」
それを見た戸塚が何か思いついたようで声をあげた。
「どうした?」
「ハチマン、連絡先交換しない? 昨日の夜、長い時間八幡帰って来なかったから心配だったんだよ」
俺の心配をしてくれていた、だと。
「でも、寝てたはずじゃ?」
「目が覚めた時、八幡の姿がなくて……帰って来るのを待ってみたけどいつの間にか寝ちゃってて」
やだこの子天使。
「昨日、サイが眠れないって言って少し外で運動しててな」
咄嗟に嘘を吐く。戸塚の様子を見るに着替えに帰って来たところは見られなかったようだ。
「もう、夢中になるのはいいけどちゃんと連絡しなきゃ駄目だよ?」
「わ、悪い……」
「それじゃ交換しよ?」
八幡は戸塚の連絡先を手に入れた。テンションが上がった。
朝ごはんを食べた後、平塚先生から今日の予定を聞いた。好きだよな、キャンプファイヤーとか肝試しとか。苦い思い出しかないから嬉しくないけど。それから色々と準備を進めた。サイも元気そうに女子たちと話している。昨日のことはもう引き摺っていないようだ。俺も一時的に怪我したとは言え、無事だったし何より『サルフォジオ』を習得した。
(危なかったけど……結果的にはよかったのか)
しかし、あくまで『結果的に』なのだ。悪く言えば運が良かっただけ。
サイが雪ノ下と会わなかったら。
俺が魔物に捕まっていたら。
飛び降りて即死したら。
俺をサイが見つけられなかったら。
魔物が強かったら。
『サルフォジオ』を習得できなかったら。
全ては『たられば』。それでも次に同じようなことが起こり、取り返しのつかない結末を迎えるかもしれない。可能性があっては駄目なのだ。そんな楽観的では生き残ることは出来ない。
「ヒキタニ君?」
キャンプファイヤーの土台を作っていると一緒に作業していた葉山に声をかけられる。考え事をしていて手が止まっていたようだ。
「何でもない」
一言だけ言って再び、作業に戻る。
答えを導くためには何が必要だろうか?
まず、問題を読む。どんな条件で、何が問題で、どんな答えを求めているのか把握する必要があるからだ。
じゃあ、問題を読んだ後はどうすればいい?
もちろん、解き方を考える。国語でも数学でも英語でも、何かしら解き方はある。国語であれば問題の中に答えはあるし、数学の場合、公式だ。英語も単語の意味を思い出して英文のルールにのっとり、和訳する。
俺は今回の事件で問題を読んだ。そして――解き方をサイに提案した。一緒に戦うために俺を鍛えると言う少し荒い解き方だ。これが合っているかはわからない。だが、どんな問題でもシャープペンシルを動かさなければ答えを導くことはできないのだ。もし、間違えてしまったら消しゴムで消してまた解き直せばいい。まだ、テストが終わるチャイムはなっていない。まだ、解き直せる。
「はぁ……」
そこまで考えてそっとため息を吐いた。
何とか作業を終わらせ、俺は1人で歩いていた。少しだけ1人に……いつも1人だったな。まぁ、最近だとサイがいたから1人だって感覚はなかったが。
(本当に救われてたのは俺だったのかもな)
どれほど歩いていたのだろうか。気付くと川のせせらぎが聞こえた。そう言えば、先ほどの作業で汗だくである。川の冷たい水でも被って涼もう。音の聞こえる方へ向かうと綺麗な河原に出た。なかなかいい場所じゃないか。そんなことを考えつつ川沿いを歩いていると騒がしい声が聞こえ始める。
「つめたーい!」
「気持ちいいですねー」
そちらに目を向けると小町と由比ヶ浜が川に入ってはしゃいでいた。水着を着ている。何で水着着ているんだ、あいつら。
「あ、ハチマーン!」
不思議に思っていると真新しいワンピースを来たサイが走って来た。少しだけ重心を低くし、構える。
「ドーン!」
「ぐふっ……」
身構えたのを見て遠慮しなくてもいいとわかったのかいつもよりタックルの威力が高かった。でも、何とか持ち堪える。
「お、お前なぁ……」
「ふふ、鍛えるんでしょ? これぐらいの衝撃で音をあげてたら耐えられないよ」
含み笑いを浮かべて俺を見上げるサイ。その顔にはもう迷いはなかった。
「あんなに反対してた奴の台詞じゃねーな」
「私を守りたいって言ってくれたから……すごく、嬉しかったんだよ?」
「……え?」
俺は彼女を見て声を漏らしてしまった。
「そんなに意外だった?」
「え、あ、いや……そう言うわけじゃ」
「私だって女の子だよ? 男に守りたいって言われてキュンって来ないわけないでしょ」
『まぁ、パートナーとしてだけどねー』と笑うサイだったが俺はそれどころではなかった。
(今……一瞬)
サイの目の色が群青色じゃなくなったような気がしたのだ。一瞬だけだったからどんな風に変化したのかまではわからなかったが。
「それよりお前は水着着て川に入らないのか?」
「あー……水着持ってないし。今日はいいや」
少しだけ誤魔化すように断ったサイは俺の手を引いて木陰に座った。俺もその隣に座る。小町たちは俺が来たのに気付いているようだが、昨日のサイの様子も関係しているのか声はかけて来なかった。サイの精神を安定させる方が重要だからだろう。まぁ、すでにその問題は解決しているけどな。てか、いつの間にか人増えてるし。
「さて、ハチマン君」
「あ?」
突然口調が変わったので声を漏らしてしまう。
「これから君は私の元で訓練するのだが、まずは訓練メニューを決めなくてはならない。今、決めてしまおう」
「……え、その口調で行くの?」
「こういうのは形が大事なのだよ。私の考えたメニューは朝にランニング。昼に筋トレ。夜に軽い組手だ。どうだろう?」
口調は気になるが仕方ない。気にしないようにしよう。
「朝のランニングはいいと思うぞ。今回で体力が圧倒的に足りないってわかったしな。だが、問題は昼と夜だ」
「ほぅ、その心は?」
「……昼の筋トレは休日ならまだしも平日はどうするんだ? 学校があるぞ」
「え? 夏休みの間だけじゃないの?」
どうやら俺の訓練は夏休みの間しか行わないと思っていたらしい。
「いや、こういうのって長く続けるのが大事なんじゃないのか?」
「あー、確かにそうかも。うん、そうしよう。それじゃ、筋トレは朝のランニングの後に行うってことで。夜の問題点は?」
「場所がない。小町にばれるわけにも行かないからな」
「あちゃー、そう言えばそうだった。それは家に帰っていい場所がないか調べようか」
「それが妥当だな」
それから『ランニングはどのくらい走るのか』とか、『筋トレのメニューは』とか、『組手の細かいルールは』とか、色々話し合った。
「ん?」
その途中で不意にサイが草むらの方を見る。それに釣られてそちらを見ると丁度、鶴見留美が草むらから出て来るところだった。