やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.213 戦いは唐突に始まれば、唐突に終わる

「……へぇ、よく躱したわね」

 ハイルが振り下ろした『ギガノ・ガソル』が地面(・・)を叩いたことで舞い上がった粉塵が風に流され、無傷の私とウマゴンを見て彼女はニヤリと笑った。

「はぁ……はぁ……」

 乱れる息を整えながら後ろにいるウマゴンに視線を向ける。彼は何が起きたのかわかっていないようで目を白黒させ、キョロキョロとしていた。

(あ、危なかった……)

 『ギガノ・ガソル』がウマゴンを捉える直前、あの状態(・・・・)になってウマゴンの尻尾を掴んで全力で後ろに後退。ハチマンの目を盗んであの状態になる練習は何度かしたし、アースと戦った時にも使ったが咄嗟だったこともあってあの状態から戻って来られなくなりそうだった。攻撃呪文もなく、身体能力も遅れ始めた私にとってあの状態は武器になるがやはり、多用はするべきではないだろう。

「じゃあ、これはどうかしら!」

「『ギガノ・ハバガルルガ』!」

 エネルギー体の巨大な剣を手放して消した、ハイルが次に手に取ったのは巨大なエネルギー体の長柄武器だった。その武器は先端が槍のような鋭く尖り、その根元に斧と鉤爪が左右に付いている。俗にいう『ハルバード』と呼ばれる武器だ。

「どんどん行くわよ!」

 調子を確かめるためにハルバードをブンブンと振り回したハイルは翼を広げ、一気に跳躍。そして、急降下するように私たちへと突貫してきた。これまでハイルと戦ってきてわかったのは彼女の呪文は多種多様な武器とそれに様々な効果を付与すること。彼女の動きを見てから動いてからでは遅い。術なしの私では彼女に狙われてしまえば動きについていけないだろう。ならば――。

「ウマゴン、背中借りるよ」

 そう言いながら私は『ディオエムル・シュドルク』で大きくなったウマゴンの背中に飛び乗る。いきなり飛び乗られた彼は『どうしたの?』というように私に目を向けた。

「私が攻撃を弾く。だから、あなたは好きに動いて」

 こうして的を一つにしてしまえばハイルの動きも予測しやすい上、私が防御、ウマゴンが攻撃に集中すれば効率もいい。また、ウマゴンの足ならばサンビームさんたちが狙われても十分追いつけるし、『魔力探知』でハイルの魔力を観察し続ければその動きもすぐに感知できる。

 問題は術なしでハイルの攻撃を弾けるかどうかだが、もしできないようなら最悪、あの状態になればいい。多用したくはないが、今回ばかりは仕方ないだろう。飲み込まれることを恐れてやられてしまえば元もこうもない。

「せいっ!」

 ハイルは私たちに向けてハルバードの斧部を振り下ろす。魔力量に変化はなし。追加の呪文はない。私はウマゴンの背中からジャンプしてハルバードの柄を全力で横から蹴る。ハルバードの斧部はウマゴンのすぐ横を叩きつけ、地面が蜘蛛の巣状に割れた。

「メルッ!」

 ハイルが手に持つハルバードは彼女の身長の倍ほどある巨大なものだ。斧部がウマゴンのすぐ横を通り過ぎてもハイルとウマゴン自体の距離はそれなりに離れている。馬本の速度で角による攻撃を仕掛けても彼女は飛翔して逃げてしまうだろう。だからこそ、彼は炎をハルバードを伝うように炎を噴出した。

 これならばハルバードを地面から引き抜く前に炎がハイルを捉える。彼女が炎から逃れるためにはハルバードを手放すしかない。エネルギー体の武器だからか、彼女は武器を消す時、いつも捨てるように手放していた。消えるまで数秒ほどかかるようだが、新たに武器を出すために心の力は使うだろうし、その隙に攻撃できるかもしれない。

「ッ――」

 しかし、ハイルはハルバードを手放すどころかチラリとユウトの方へ視線を向ける。その途端、彼女の魔力量が膨れ上がった。武器に効果を付与する呪文を使うつもりらしい。

「『ブオ・ロン・ガルルガ』!」

 ユウトが唱えたのは武器を伸ばす術だった。ハルバードの柄が凄まじい勢いで伸び、ウマゴンのすぐ近くの地面に埋まっていた斧部が更に地面を抉る。だが、本来であればヘッド側が伸びるはずの術なのにハイル側の柄が伸び、彼女の体は炎から逃げるように後方へ移動し始めた。ヘッド部分が地面に埋まっていたせいでハイル側の柄が伸びたように見えたのだ。

「よっと」

 炎から逃げながらハイルは腕に力を込め、ハルバードを地面から引き抜き、炎を散らすように左右へ乱暴に振り回した。あれだけ伸びた状態で振り回せるとは彼女は筋力もそれなりにあるのかもしれない。もしくはエネルギー体だからこそさほど重みはないのだろうか。

「じゃあ、これはど、う!!」

「『ブオ・ブル・ガルルガ』!」

 数メートルほど離れたハイルが長くなったハルバードの先端を私たちに向かって突き出す。その直後、再びユウトがダガーを分裂させた術を唱えた。ハルバードを分裂させたところで一体、何を――。

「なっ……」

 術が発動すると私たちに向かっていたハルバードの先端――槍のように鋭く尖った頂端がいくつにも増えた。まさに槍の雨。ダガーとは違い、武器を爆発させる効果を付与する呪文(『ブオ・バオ・ガルルガ』)は使っていないのでウマゴンの炎では防げない。このままでは――。

「『ギガ・ラ・セウシル』!」

「きゃああああああ!」

「ッ! チェリッシュ!」

 しかし、槍の雨が降りかかる前にティオたちの方からチェリッシュの悲鳴が聞こえ、ハイルはハルバードを捨てて彼女の元へ文字通り飛んで行ってしまう。どうやら、ずっとチェリッシュの術を防いでいたティオが術が自身へ跳ね返る自業自得のバリア(『ギガ・ラ・セウシル』)を使って反撃したらしい。

「大丈夫? まだ戦える?」

「え、ええ……ニコル」

「ああ」

 心配するハイルに頷いてみせたチェリッシュはパートナーのニコルに声をかけた。すると、ニコルが魔本に心の力を溜め始める。あの魔力量は……まさか、最大呪文を使うつもりなのだろうか。あれだけの魔力量ならティオの『マ・セシルド』でも防ぎ切れないかもしれない。

「ユウト!」

「『ギガノ・シルガルルラ』!」

 心の力を溜めている間、チェリッシュを守るつもりなのかハイルはエネルギー体の巨大なタワーシールドを出現させ、構えた。武器だけでなく、防具まであるのには驚いたがあのままチェリッシュを放置しておけば私たちが危ない。

「ウマゴン、行くよ!」

「メルメルメ~!」

 私の声に応えるように可愛らしく吠えたウマゴンはトップスピードでチェリッシュとその前にいるハイルへと突撃。あの盾に突進を阻まれても今のウマゴンならある程度炎を自由自在に操ることができる。盾を迂回するように炎を伸ばせばそれを回避するためにニコルは心の力の供給を止めるしかない。その隙に私が本を奪うことだって可能だ。

「すぅ……はぁ……」

 迫るウマゴンを前にハイルは深呼吸を行い、重心を低くして衝撃に備えた。そして、ウマゴンが盾に全力の突進を繰り出し、カッ、と盾が輝く。

「メルッ!?」

 その刹那、凄まじい衝撃がウマゴンを襲い、彼の大きな体が浮く。咄嗟にジャンプしてウマゴンの背中から離脱し、後ろを見ればウマゴンは大きく吹き飛ばされていた。あの頑丈な鎧に皹が走っているところを見ると相当な衝撃だったらしい。

(まさか『ラシルド』や『ギガ・ラ・セウシル』みたいに攻撃を跳ね返す盾!?)

 あそこまで吹き飛ばされてしまったらウマゴンの炎は使えない。だが、まだ私がいる。このままハイルの盾を飛び越え、ニコルから魔本を奪ってしまえば――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない」

 

 

 

 

 

 

 

「え――ガっ」

 突然、真横から聞き覚えのある男の声が聞こえ、横っ腹を思い切り蹴られてしまう。軽い私の体はウマゴンの後を追うように蹴り飛ばされ、彼とぶつかり、ゴロゴロと無様に地面を転がった。

「……頃合いね。殿は任せて」

「ああ……掴まれ」

 横っ腹に広がる激痛に視界がチカチカする中、ハイルと私を蹴った男の声が耳に届く。ハイルの魔力に集中していたせいで別の魔物が近づいていたことに気づかなかった。もう少し周囲の魔力にも気を配っておけばあんな不意打ちを受けなかったのに。

 自分の失態を悔しく思いながらもフラフラと立ち上がるとすでに彼らの姿はなかった。逃げられてしまったらしい。だが、みんなは彼らが逃げたであろう方向をただ茫然と見つめていた。

 まるで、ここにいるはずのない誰かを見てしまったように。


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