やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.20 暗い森の中で比企谷八幡は逃げ惑う

 シン、と静かな部屋の中、私は布団の中で震えていた。

「……」

 今まで寝る時はいつも傍にハチマンがいた。いつも彼の腕に抱き着いて寝る私を見て苦笑いを浮かべるハチマンがいた。でも、今日はいない。

(怖い……)

 こうやって寝ている間に彼が消えたらどうしよう。私の知らない間に彼が怪我をしていたらどうしよう。私が寝ている間に彼が泣いていたらどうしよう。そんな思考が頭の中でグルグルと渦まき、私の心を蝕む。

「……」

「あれ? サイちゃん、どうしたの?」

 布団から出た私に声をかけたのはコマチだった。お風呂上りなようでドライヤーで髪を乾かしている。

「ちょっと風に当たって来る」

「……気を付けてね。暗いから」

「うん」

 少しだけ心配そうに見ていたが、コマチは止めなかった。ちょっと色々あったので気を使ってくれたのかも知れない。まぁ、十中八九私がハチマンのところへ行こうとしていると思っているのだろう。当たっているけど。

 コマチに手を振りながら外に出る。外は真っ暗だ。でも、“暗視”能力を持っている私には関係ない。

「ねぇ」

 誰もいない虚空に声をかける。すると、近くの建物の屋根にいたのか一羽のフクロウが私のところまで飛んで来た。

「周囲の状況はどう?」

 昼間、野生動物たちを集めてこの辺に魔物らしき人物がいないか聞いていた。その結果はグレー。数頭の動物が魔物らしき人物を見かけたらしいが、その詳細は不明。なので、小鳥にこの辺にいる動物たちに注意するように呼びかけて欲しいとお願いした。小鳥も頷いてくれた。だからこそ、目の前にフクロウがいるのだろう。

「……そう、ありがと」

 フクロウからの報告によるとまだ魔物らしき人物は見つかっていないらしい。

(あの時……気が動転しなかったら……)

 普段私は自分の魔力を隠して暮らしている。そう散々、“訓練”された。この技術は魔界の王を決める戦いでかなり有効だった。私もそうだが、魔物の子の中には魔力を感知できる子もいる。そのせいで不意打ちを受けて魔本を燃やされた魔物だっているはずだ。

 それを私は警戒してずっと魔力を隠し続けている。その成果もあってほとんど魔物と出会うことなく今日まで生きていた。しかし、魔力を隠すのは結構骨がいる。特に私の気が動転した時とか魔力を隠すことは愚か、放出してしまうのだ。

 そして、今日ハヤトに挨拶されて私は思わず、魔力を放出してしまった。しかも、結構な量と勢いで。

「あら、サイさん?」

 後悔しているとユキノが声をかけて来た。そう言えば、部屋にいなかった。

「どうしたの?」

「それはこっちの台詞よ……フクロウ?」

 私の目の前にいるフクロウを見て目を丸くする。『じゃあ、引き続きお願いね』と言ってフクロウを開放した。

「……本当に動物と話せるのね」

「話せるって言うか……動物の心を読むって感じかな?」

 読心術を覚えようとして何故かこの技術を習得してしまった。習得出来た理由は自分でもよくわかっていないが、便利なので放置している。

「私は風に当たりに来たの。眠れないから」

「……そう。そう言えば、さっき比企谷君に会ったわ」

「ハチマンに!?」

 興奮のあまり、ユキノの脚に抱き着いてしまった。ハチマンとは違って細い。少しでも力を入れたら折れてしまいそうだ。

「ち、近い……離れてくれるかしら」

「どこに!? どこにいたの!?」

「……はぁ。教えるから離れて」

「うん!」

 それからユキノにハチマンと会った場所を教えて貰った。

(ハチマン、今行くよー!)

 先ほどまで沈んでいた気分なんかどこかへ飛んで行った。彼に会うのが楽しみで仕方ない。彼はきっと私と一緒に戦ってくれるから。

 ――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。

 彼はきっと泣きながら私に最期のお別れの言葉を言わないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 群青色の魔本を胸に抱えて俺は真っ暗な森の中を走っていた。

「『ギケル』」

 しかし、後ろから飛んで来た衝撃波に煽られてバランスを崩してしまう。何とか態勢を立て直して走るが後ろから迫る魔物たちとの距離は縮まってしまった。

「くそ」

 魔物たちを出会ってからまだ数分しか経っていない。でも、たったそれだけなのに俺はすでに満身創痍だった。今のところ躱しているけど当たったら走れなくなってしまい、魔本を燃やされてしまう。そうならないためにも今は走って逃げるしかない。

「おー、頑張るねぇ」

「『ギケル』」

 魔物の子の呟きと共に聞こえる呪文。すぐに右へ飛んで衝撃波を躱した。奴らは俺の足を狙っている。なら、呪文を唱えた直後に左右に躱せばいいだけのこと。

(問題は……)

 こちらに対抗手段が全くないことだ。幸い、携帯は持って来ていたので由比ヶ浜に連絡しサイを呼ぶことは可能だ。しかし、問題が二つ。

 まず、繋がるかどうか。ここは森の中なのでもしかしたら電波が届かないかもしれない。確認しようにもそれどころではない。

 そして、もう1つが由比ヶ浜も一緒について来てしまうかもしれないことだ。サイが止めてくれることを祈るしかない。まぁ、携帯を取り出すことすらできないこの状況で助けを呼ぶなんてできるわけがないのだが。

「おいおい、逃げるだけかぁ? 助けを呼びに行かなくてもいいのかぁ?」

 魔物の挑発には乗らない。確かにそんなに離れていないから森を脱出して助けを求めることはできる。しかし、そうすれば由比ヶ浜はもちろん、他の奴らも巻き込んでしまうだろう。それだけは避けなければならない。

(頼むぞ、サイ)

 今、最も期待するのはサイの“魔力感知”だ。彼女の魔力感知がどの程度の性能なのかわからないが、魔物の魔力を感知してくれればすぐに駆けつけてくれるはず。それに期待するしかない。

「『ギケル』」

 その時、また呪文が聞こえた。左に回避。

「ガッ!?」

 だが、それを読まれていたのか俺の右足に衝撃波が直撃し、転んでしまった。痛みで魔本を落としそうになったが気合で抱え直す。

「あーあ、当たっちゃったぁ」

「これで逃げられない」

 振り返ると魔物とそのパートナーが俺を見下ろしながら笑っていた。このままでは魔本を燃やされてしまう。

「……最後に聞かせてくれ」

 時間を稼げ。何か思いつくまで時間を稼ぐのだ。

「何だぁ?」

「さっき魔力を感知したって言ってたけど……どういう事だ?」

 目だけで周囲の状況を確認しながら質問する。彼は言っていた。『微弱な魔力を辿って来た』と。サイと同じように魔力を感知できるのだろうか。

「ああ、最後に教えてやるよぉ。俺はな、魔力を音波として感知できるんだ」

「音波?」

「ああ、魔力特有の波長って言うのかなぁ。そう言うのを感知する。今日の昼間に結構でかい魔力を感知したんだけどよぉ。ここに来たらすでにその魔力はなくなってたんだ。だからこの辺をうろうろしてたってわけぇ」

 多分、その魔力はサイの物だ。どうしてそうなったのかはわからないが、こいつらを除いてこの辺にいる魔物と言えばサイしかいない。

「それにしても最期までお前のパートナーは現れなかったなぁ。逃げたのかぁ?」

「あいつに限ってそれはないと思うぞ」

 なんたってバトルジャンキーだからな。

(さて……そろそろ頃合いか)

 右をチラリと見てタイミングを計る。

「なぁ? 知ってるか?」

「あ?」

 俺の問いかけに魔物は首を傾げた。

「俺のパートナーは『孤高の群青』なんだ」

「なっ!?」

 まさかこんなところで『孤高の群青』という名前を聞くとは思わなかったのだろう。魔物は目を丸くして驚愕する。

(『孤高の魔物』を知ってる奴で助かった)

 ティオ曰くサイの二つ名は結構有名らしい。少なくともサイたちが通っていた学校で知らない人はいないほどだ。だからこそ、ティオはサイを見て驚いていた。それを利用したのだ。

「じゃあな」

 そして、俺は痛む足に鞭を打って右に飛んだ。その飛距離はたったの1メートルほど。でも、それだけでいい。何故なら――。

(サイ、すまん)

 ――右は急な斜面になっているからだ。

 俺の体は空中へ投げ出され、真っ暗な闇の中に落ちて行った。

 




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