やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
サイゼに到着した俺たちは店員の訝しげな表情を掻い潜り、席に着いた。小学生みたいな女の子と一緒に店に入るだけで犯罪者を見るような顔を向けないで欲しい。八幡泣いちゃう。
「ここは私の奢りでいいから好きなの頼んで」
「金持ってるのか?」
「うん、コマチから少し貰ったから」
小町ちゃん、この子に弱みでも握られているのかしらん? お兄ちゃんが助けてあげなくては。
「それで話ってなんだ?」
「ちょっとそんな低い声出さないでよ。目もすごい腐ってるし」
「いやね? 声は意識したけど目は何にもしてないよ? そんなに腐ってる?」
「ドロッドロだよ」
「何……だと……」
だって、小町は言っていた。『お兄ちゃんは格好いいと思うよ、目と性格以外! あ、今の小町的にポイント高い!』。あ、駄目だ。実の妹にも受け入れられてないわ。ちょっと整形して来る。あ、でも目の整形ってどうやるんだろう。眼球取り出すの?
「とりあえず、注文しよ?」
慣れているのか群青の女の子はボタンを押して店員さんを呼ぶ。そのままテキパキと注文し、俺に笑顔を向けた。
「お兄ちゃんは何にする?」
「あ、ああ……じゃあ――」
動揺しながらいつも頼んでいるメニューを頼み、いつの間にかドリンクバーに行っていた彼女からコーラの入ったコップを受け取る。何、この子。すごい気配りが出来る。俺じゃなかったら惚れていた。
「まず自己紹介からしようかな。私はサイ。貴方のパートナーだよ」
「は? パートナー?」
ドリンクバーに行っている途中で頭でも打ったのだろうか。それともあれか。これが結婚詐欺なのか。まさか小学生詐欺師が出て来るとは。この世界も住み辛くなったものだ。
「目のドロドロ具合が増したけど絶対違うからそれ」
「俺の考えてる事がわかるのか?」
「だって、いきなりパートナーだと言われて『はいそうですか』ってならないじゃん。質問して来ないってことは勘違いしてるってことでしょ」
「……なるほど」
質問しないのは自己解決しているからだ。そして、それを読んだ上で彼女はそう指摘した。
「それで俺とお前はどんなパートナーなんだ?」
「あれ? なんか急に真剣になったね」
俺の雰囲気が変わったのを感じたのか意外そうに目を丸くしながらサイ。
「もうお前を子供として見ないことにした」
「その理由を聞いても?」
「……そうだな。とりあえず、気配りが出来過ぎる」
「空気の読める女の子なので」
「じゃあ、そんな空気が読める女の子は店に入った瞬間、店員さんの訝しげな顔を見て事情を察し、俺の妹を演じることで店員さんを納得させるんだな」
だからこそ『気配りが出来過ぎる』。相手の表情のみで考えていることを察するなど子供に出来るわけがない。もし、出来るとしたら“そのスキルが必要な暮らし”をして来たことになる。それはつまり――。
「――親、もしくは周囲の大人の顔色をうかがいながら生きて来た。違うか?」
「……それが何?」
目を鋭くさせたサイは低い声で問いかけて来る。それだけで彼女の逆鱗に触れたことがわかった。
「別に何もねーよ」
「え?」
「だって、今更だろ」
育った環境が悪い。育ての親が悪い。確かに本人の努力次第でその状況を変えられたかもしれない。だが、サイは行動力のある子だと思う。じゃなかったら見知らぬ人の自転車の荷台に乗ったりなんかしない。
でも、彼女は身動きが取れず、歪んだ子供になってしまった。
「それに相手の感情を読み取るスキルは便利だぞ? 言葉の裏に隠された意味を察することができる」
「……」
「俺なんか相手の視線だけでその感情が読めるんだぞ? これがもし犯罪なら今頃、俺は死刑だな」
俺だってまだ子供だ。人のことなんか言えたもんじゃない。
「つまり、お前がどれだけ表情で考えていることを察することが出来ても俺の方がすごい」
ほら、見てみろよ。右斜め前の席に座っている奥様方が俺をすっごい目で見てるんだぜ? あれ、絶対犯罪者を見る目だな。そろそろ誤解を解かないと店内で職務質問されそうだ。
「まぁ、そんなことより……っておい!」
本題に入ろうとしたがいつの間にか俺の隣に座っていたサイを見て驚いてしまう。あ、ちょっとそこの奥様方、携帯を取り出さないでください。冤罪です。
「……」
そして、サイ本人は俺の目をジッと見上げていた。
(それにしても……)
こいつの目、ものすごく綺麗だ。群青。その色は何でも吸い込んでしまいそうなほど澄んでいた。
「あ、あの……」
その時、注文した料理を持って困惑している店員さんに声をかけられた。このままでは本当に職務質問されてしまう。だって、目が腐っている怪しさ満点の高校生と可愛らしい小学生が見つめ合っているのだ。俺だったら速攻で警察に連絡している。
どうやってこの危機を切り抜けようか悩んでいると不意にサイが俺の目元に手を逃す。反射的に目を閉じた。
「……取れたよ、お兄ちゃん。もう目、痛くない?」
本当にこいつは気配りが出来過ぎる。
「お、おう。サンキュ。あ、すみません。ちょっと目にゴミが……」
「そ、そうでしたか。拭く物でもお持ちしましょうか?」
「いえ、もう大丈夫です」
『わかりました』と首を傾げながら料理をテーブルに置き、店員さんは去って行った。
「……助かった」
『目にゴミが入ってしまった兄のためにゴミを取ってあげた妹』を演じたサイにお礼を言う。咄嗟にできるとはこいつ、女優とか向いている。
「元はと言えば私が変なことしちゃったからね。じゃあ、食べよ?」
ニッコリと笑って彼女は料理にスプーンを伸ばす。
(え、ここで喰うの?)
まさか俺の隣で食べ始めるとは思わず、困惑してしまう。なんでこんなに距離が近いんだ。逃げ出さないように見張っているのか?
「食べながらでもいいから話せよ」
「うん。えっと、何から話せばいいんだろ。まずは私の正体から話そうかな」
オレンジジュースを一口飲んで俺の方に顔を向けた彼女の目はとても真剣だった。
「私は魔物なの」
「……はい?」
何を言っているのだ、この群青少女は。俺は鼻で笑って誤魔化そうとするが――。
「……」
――彼女の群青はそれを許さなかった。
「……冗談だろ?」
「冗談のためだけにサイゼで奢ると思う?」
「証拠は?」
「後で体力テストでもする? 人より握力もあるし足の速さだって世界記録を塗り替えちゃうかも。何より……」
自分の隣に置いてあったリュックサックから群青色の本を取り出して俺に見せつけた。
「この本に書かれている呪文を唱えてくれれば一発だと思う」
「……呪文だと?」
『サルク』。先ほど見た意味のない文字の羅列を思い出して俺は思わず、顔を歪めてしまう。
「『サルク』、だったか?」
「あ、ちょっと危ないでしょ。もし、本を持ったまま呪文を唱えたらどうなってしまうかわかったもんじゃないって。『サルク』は周囲に影響のある呪文じゃないからいいけど」
「……続きを話せ」
喉の渇きをコーラで誤魔化しながら続きを促す。情報が足りな過ぎる。
「信じてくれたの?」
「お前の話を全部聞いて判断する」
「それでも十分。さて、私が魔物だって言ったけど、この本は魔本。私が術を使うために必要な物。それでもう1つ必要な物があって……それが貴方なの」
「……」
「この本に書かれてる呪文を読めるのは私のパートナーのみ。『サルク』って文字だけ色が違ったでしょ?」
彼女の言う通り、『サルク』だけ群青色だった。
「貴方がこの本を持ち呪文を唱えて初めて私は術を使える」
「待て」
矛盾を発見し止める。それすら見越していたのか『どうぞ』と俺に発言権を与えた。
「さっきお前は『サルク』がどんな術が知ってたよな? だが、俺とお前が会ったのは今日が初めて。その術がどんな物か把握する機会なんてない。その辺はどうなんだ? お前はお前が使える術を全て把握してるのか?」
「ううん。してないよ。成長すれば呪文は増えるんだけど使ってみるまで私ですらどんな術かわからないの」
「じゃあ、何で知ってる?」
「……それは貴方が使ったからだよ」
「はぁ?」
意味がわからず、首を傾げた。そんな覚えなど全くない。群青色の本を持ったことも、『サルク』って言ったことなど一度も――。
「――あれ?」
いや、ある。一度だけあった。
入学式の日、1時間も早く登校してしまった俺が自転車に乗っていると道端に本が落ちていたのだ。何だろうと拾って中身を開き、そこに書かれていた文字列を読んだ。その直後に道路に飛び出した犬を見つけて本を放り投げてそのまま――。
「……思い出した?」
「……ああ」
「あの時はありがと。おかげで助かったよ。もう少しで負けちゃうところだった」
その一言で俺は全てを察する。
これは面倒なことに巻き込まれた、と。
「じゃあ、本題に入るね。私は今、1000年に一度開かれる魔界の王を決める戦いに参加してるの。ルールは簡単。魔物の子供と人間が手を組んで他の魔物の子の魔本を燃やすだけ。そして、100人の魔物の子がたった1人になるまで戦う。最後に残った1人が王となる」
グッと両手を握り、俯きながら語るサイの横で俺はテーブルの下に潜り込んだ。
「お願い、私と一緒に戦って! あれ?」
隣にいたはずの俺がいなくなっているのに気付いて変な声を漏らすサイを置いて脱出した俺は店員さんに『あ、連れが残ってるんで』と言ってサイゼから抜け出した。
えー、ここで設定を一つ。
八幡が事故に遭ったのは1年前です。なので、サイが人間界に来たのは1年前となります。
ですが、それだとガッシュ側と矛盾してしまうので『人間界に送り込まれた魔物たちはそれぞれ召喚される時間軸が若干違う』という設定を付けました。
サイは結構早めに召喚された魔物です。ガッシュたちは遅めです。範囲は1年ほど。早めに召喚された魔物は不利ですが、それも試練の一つとしてます。
詳しい内容は少しネタバレになってしまうので本編をお待ちください。