やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

189 / 259
LEVEL.186 彼らは彼女の過去の一部に触れる

「えー、であるからして」

 数学担当の教師が教科書片手にカツカツと音を立てながら黒板に数式を書きこんでいく。それをクラスメイトたちは黙々とノートに写し、勉学に励んでいる。数人ほど教師に聞こえないように内緒話をしてクスクスと笑っているクラスメイトもいるが。

「……」

 そして、俺もまたそんな教師の話を聞く気のない生徒の1人である。

 元々、数学は捨てているし昨日の戦いの疲れが取れず、今すぐにでも眠ってしまいそうだ。

 それに今日も『サジオ』の制御をしているため、気を抜けばクラスメイトから確実に『ぼっち』から『いきなり体が白いオーラに覆われるヤバい奴』に認定されてしまう。それだけは避けたいところだ。まぁ、これだけ過酷な状況で『サジオ』をコントロールすればいずれ意識せずに制御できるようになるだろう。

 だが、授業に集中できない最大の理由は昨日、テッドから聞いた話について考えているからである。テッドは魔界にいた頃のサイを知る数少ない魔物。それもサイが学校に通う前の知り合いである。

『……最初にあいつと会った時、チェリッシュが保護した魔物の子と同じだと思った』

 そんな『孤高の群青』になる前のサイについて話し始めたテッドだったが、その物語の出だしは俺たちにはよくわからない始まり方だった。

『チェリッシュ? それに保護って』

『ん? ああ、チェリッシュってのはオレが探してる女の魔物だ。あいつは親のいない魔物の子を保護して一緒に暮らしてたんだよ』

 高嶺の質問に答えたテッドは振り返りながら『オレもその1人だ』と言ってどこか嬉しそうに笑っていた。親がいないという不幸など彼女と出会えた幸福に比べればなんてことないと言わんばかりに。

『あれは……そう、月が綺麗な夜だったな。晩飯の後片付けをしてたら焚火に使う木を探しに行ってたチェリッシュがサイを連れてきたんだよ』

『月が綺麗な夜……』

 

 

 

 

 

 

 ――私が独りで月を見上げてる時に話しかけてくれたんだ。彼女の髪に月の光が反射してすごく綺麗だった。『よかったら、一緒に行かないかい?』って手を差し出してくれた。もう誰とも関わらないって決めていたのに私は黙ってその手を掴んでた。

 

 

 

 

 

 

 不意にサイの願いを聞いた時の言葉が脳裏を過ぎる。独りだったサイに手を差し伸べてくれた魔物がいた。そして、サイはその魔物に憧れを抱き、『背中を支える王様』を目指すことになった。つまり、その人物――チェリッシュこそ『サザル・マ・サグルゼム』が生まれたきっかけになった魔物。

『あの頃のあいつは……あー、なんつーか、とにかく喋らなかった。正直、今のあいつとはクソも似てねぇ』

『でも、その割にはすぐサイだってわかったな』

『まぁ……黒髪とか群青色の目はそのまんまだったし、なによりあの蹴りを体が覚えてただけだ』

 『中身は何も変わってなかったしな』とどこか苛立った様子で呟いたテッドだったが俺たちの視線に気付いてすぐに咳払いをした。

『とにかく、あいつは何も喋らなかったがオレたちについてくるし、ふらっとどこかに行ったと思えば飯を持ってきて皆に分けてたし。言っちゃあわりぃけど不気味なやつだった』

 そう言った彼はちらりと俺の方を見て気まずそうに頭を掻く。パートナーである俺の前ではさぞ言い辛かっただろう。それでもテッドは俺のためにサイを見て感じたことを教えてくれている。おそらくサイのことを知りたいと思う気持ちは同じだから。

『それからしばらく経って丁度、サイが飯を探しに行ってる時にオレたちに因縁つけてきた魔物がいてな。チェリッシュがその魔物に殴られたんだ。そんなことオレたちにとっちゃ日常茶飯事だったし、すぐにチェリッシュも起き上がって対抗しようとしたんだ……その瞬間、魔物が吹き飛んだ。帰ってきたサイがその魔物を思い切り蹴り飛ばしたんだ。それからその魔物がどんなに泣き叫んでも殴るのを止めなかった。オレとチェリッシュが止めに入らなかったらあの魔物は死んでたと思う』

 サイは味方には甘く、敵には容赦のない性格をしている。今は緩和されているが昔はその容赦のないところが前面に出ていたらしい。いや、『孤高の群青』時代も他の人に関わろうとしなかっただけらしいが、もし敵対する魔物がいたら同じようにボコボコにしていたかもしれない。

『まぁ、そんなことがあってサイが強い奴だってわかったから……頼んだんだよ、鍛えてくれって。あの頃のオレは弱くてチェリッシュが傷つくのを見てるしかなかった。それが悔しくて……普段、喋んない奴だったし無理だってわかってた。でも、頼んだ。あいつに鍛えてもらえば強く慣れると思ったから。そん時だよ、オレが初めてあいつの声を聞いたのは』

 

 

 

 

 

 

 

 ――覚悟は、できてる?

 

 

 

 

 

 

 

『そう言ったあいつの目は真っ直ぐオレの目を見てた。いつも俺たちとは顔すら合わせようとしないサイが、オレを見てたんだ。それからオレはあいつに鍛えてもらった。まぁ、ほぼ組手でずっとボコボコにされてたけどな』

『だから、お主……サイと同じような動きを』

『それはこっちの台詞だ。あん時、マジでビビったんだからな』

 どうやら、ガッシュとテッドは一度戦っていたようでお互いに苦笑を浮かべていた。ガッシュも最近、サイと組手をしているので彼女の動きを参考にするようになっていた。それはサイに鍛えてもらったテッドも同じ。2人はサイの弟子のような存在だったのである。

『あー、まぁ、これで最後になるんだが……あいつと出会って1年くらいした頃か? 急に学校関係者の奴がサイを訪ねてきてな、『編入』の話を持ちかけてきた』

『『編入』?』

『ああ、よくわからんがサイはその話を承諾して俺たちと別れた。そん時にしばらく暮らしていけるぐらいの金を置いてったから俺たちのために『編入』したのかもしんねぇ』

 テッドは悔しそうに拳を握り、空を見上げた。そこには雲に隠れながらも輝いている月が浮かんでいる。

 おそらくテッドがサイのことを知りたいと思ったのはそれがきっかけだったのだろう。そのお金がサイなりの『手切れ金』だったのか。それともテッドが言ったように彼らのために『編入』する代わりに要求した『お金』だったのかはサイにしかわからない。だから、彼女のことを知りたかった。今の俺のように。

 だが、本当かどうかわからないが、サイが本当にチェリッシュに憧れていたのなら俺は後者だったと思う。どんなに敵に容赦がなくてもサイは味方には甘い(・・・・・・)のだから。

『……じゃあ、サイと一緒にいたのは1年ぐらいだったんだな』

『わりぃな、期待に応えられなくて』

『いや、十分だ。助かった』

 お礼を言った俺を見て目を見開いたテッドだったが照れ臭くなったのか居心地悪そうに視線を前に戻す。これで『孤高の群青』になる前のサイが少しだけ知れた。

(でも……)

 テッドと出会った時点でサイは他の魔物と関わろうとしていなかった。つまり、そうなったきっかけは未だ不明のまま。アースは何か知っていそうだったがサイに止められてしまった。アースが言っていたのは確か――。

『……なぁ、テッド。『魔界の脅威』について知ってるか?』

 高嶺も俺と同じことを考えていたのか、テッドに質問した。ガッシュは魔界にいた頃の記憶はないし、サイは絶対に教えてくれない。ティオたちには後で聞けるがテッドに質問できるのは今だけである。

『脅威、なぁ』

『アースは『バオウ』とあの謎の建造物を『魔界の脅威』と言っていた。そして、サイに対して『三つの脅威』の一つとも』

 それはサイが『バオウ・ザケルガ』とあの巨大建造物と同格の存在であると言っているようなものだ。確かにサイは色々と規格外な魔物であるが『魔界の脅威』と言われれば首を傾げてしまう。認めたくないが術ありとはいえテッドやアースに遅れを取ったのだから。

『……いや、脅威ってのには心当たりはねぇ』

『なら、サイに関して変に思ったことはないか?』

『あいつ自体、相当変だろ……えっと、喋んないところだろ。どっか行って飯持ってくるし、やたらめったら強かったところか? それから……あー』

 俺の質問に呆れながらも答えていたテッドだったが突然、言葉を詰まられ視線を彷徨わせる。しかし、すぐにこちらに顔を向けて話し始めた。

『オレたち、家なんてなかったからさ。川とか湖を見つけたら水浴びしてたんだよ。でも、サイは絶対にオレたちと一緒に入らなかったんだ』

 それは今も同じだ。サイは俺と一緒でなければ眠れないがお風呂には1人で入る。たまに小町がサイをお風呂に誘うが頑なに拒むレベル。千葉村の時など『1人で入らせて欲しい』と泣き出してしまうほどだった。

『んで、あの頃のオレ、サイのことスゲー警戒しててさ。皆が寝静まった頃、ふらっと1人でどっか行くのに気付いて付いてったことがあんだよ。そしたら……あいつの水浴び、覗いちまって』

『あ?』

 サイの水浴びを、覗いた、だと? おいおいおい、その冗談は笑えないぞ。『サジオ』最大出力の八幡パンチをお見舞いするぞ。だから、離せガッシュ。あいつ殴れない。

『お、落ち着けって。そん時はサイにすぐ気付かれてボコボコにされたんだからよ……でも、こっちに来てからテレビを見る機会があってさ』

 ボコボコにされたと聞いてスッと俺の体を覆っていた白いオーラが静かになったのを見て続きを話し始めるテッド。危なかったな、当時のサイがやっていなければ俺がやっていた。なお、その後すぐにやり返されるもよう。

『それで……そのテレビでは男が女の風呂を覗いてたんだけどよ。覗かれた女は悲鳴をあげながら前を隠したんだ。でも、サイは――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――背中(・・)を隠したんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん! 八幡ってば!」

「っ……あー、なんだ?」

 考え事に没頭し過ぎていたようで戸塚に揺さぶられてやっと我に返った。辺りを見渡せば俺と戸塚以外の生徒はいない。いつの間にか数学の授業は終わっていたようだ。

「次、移動教室だよ? まだ寝惚けてる?」

 どうやら、戸塚は俺が教室に残っていることに気付いて起こしてくれたらしい。眠っていたわけではないが助かったのは事実である。本当に、健気で可愛い女の――男の子だ。疲労のせいで一瞬、彼女……じゃなくて、彼の性別を間違えそうになってしまった。

「お、おう……そうだったな。すまん」

 謝った俺はすぐに立ち上がって教科書を取り出すために鞄に手を突っ込んだ。だが、その途中で俺はその動きを止めてしまった。

(……背中、ね)

 頑なに一緒にお風呂に入ろうとしないこと。

 着替えもちょっと目を離した隙に済ませてしまうこと。

 そして、あの異様なほどボリュームのある長い髪。

 もしかして、あの髪型は彼女の背中を隠すためのものなのかもしれない。

 彼女の背中に一体、何があるのだろう。それが気になって仕方なかった。

「はぁ……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 黒板の上に設置された時計を見れば次の授業が始まるまで余裕はほとんどない。急いで教科書と筆箱を持ち、戸塚と共に教室を後にした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。