やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
本館に荷物を置いた俺たちを待っていたのは100人近い小学生たちだった。もう、圧巻だよ。全員が一斉に喋っているから騒がしいのなんの。平塚先生、よくこんな子たちとコミュニケーション取れって言ったな。あの由比ヶ浜ですらドン引きしているぞ。
『みんなが静かになるまで○分かかりました』という伝説の台詞を聞いた後、小学生たちは5~6人のグループに分かれてオリエンテーリングが始まった。
「さて、このオリエンテーリングの仕事だが、ゴール地点での昼食の準備だ。弁当と飲み物の配膳を頼む」
そう先生に言われた。ゴールまで車で連れてってくれませんか? あ、駄目ですか。そうですか。
小学生たちを追いかけるように歩き始めた俺たちだったが、小学生たちはチェックポイントを経由して行くので結構、余裕がありそうだ。そのためか葉山や三浦たちは小学生たちに話しかけ始める。
「ふふーん……ん? あ、ハチマン、ちょっと降ろして」
それを遠巻きに見ていると鼻歌を歌っていたサイ(もちろん肩車している)がお願いして来た。断る理由もないので降ろす。
「さぁー、出ておいでー」
ちょこちょこと草むらの方へ歩いて行った群青少女の胸に小さな生き物が飛び付いた。どうやら、リスのようだ。
「ハチマーン! ほら、リスー」
「……お前、本当にすごいな」
リスに懐かれるのもそうだが、どうやって見つけたのだろう。『サルク』使っていないのに。それからリスを肩に乗せたサイだったが、手当たり次第に動物たちを懐柔させていく。おい、そこら辺にしておけ。小学生共が俺たちをキラキラした目で見てるから! 葉山たちもめっちゃ驚いてるから!
「サイ、すごい……ね、リス触ってもいい?」
「由比ヶ浜さん、止めておいた方がいいわ。野生動物にはどんな病原菌が付着しているかわからないから」
「だねー。私は病原菌なんかへっちゃらだけど」
まぁ、魔物ですからね。でも、イノシシに乗るのは止めて貰えない? 結構、威圧感すごいのよ?
「あ、お願いねー」
俺のお願いを聞いてくれたのかイノシシから降りたサイは飛んで来た小鳥に何かお願いしたようだ。飛んで行く小鳥に手を振って俺の肩に戻って来た。それと同時に周囲にいた動物たちも解散する。あの、サイさん。あなたのプリティーなヒップにイノシシの病原菌が付着しているのではないでしょうか? 八幡、感染してゾンビ化しちゃうよ?
「じゃあ、ここのだけ手伝うけど他の皆には内緒な?」
頭の上にいる群青少女に呆れていると葉山が女子5人の小学生グループにそう言っていた。何があったからわからないけど手伝うらしい。
「……」
そして、俺は見つけてしまった。その班が他の班に比べて少しだけ歪なことに。
「……ハチマン」
ギュッと俺の頭を抱きしめながらサイが俺を呼ぶ。どうやら、彼女も見つけたようだ。
だいたいの班は1つにまとまっているか、2つに分かれている。だが、この班は4対1。つまり、1人だけあぶれているのだ。紫がかったストレートの黒髪、身長はサイより大きい。そのせいか他の小学生よりも大人っぽい印象を受ける。どことなくサイと雰囲気が似ていると言うべきか。でも、決してその雰囲気はいいものではない。
可愛らしく笑う異常なサイと似ているということは少なくともこの子も他の子とは少し違うのだから。
件の少女はデジカメを首から提げていて時々、手持ち無沙汰にそれを撫でた。
「はぁ……」
雪ノ下が小さなため息を漏らす。我が部長様も気付いたようだ。ぼっちはぼっちを見つける能力でもあるのだろうか。
「ハチマン、どうにかできない?」
「無理だ」
サイの苦しそうな声を一刀両断する。それとほぼ同時に葉山が少女に話しかけて名前を聞き出し、4人のところへ連れて行った。だが、それを見た他の4人の間に少しだけ緊張感が走る。
「……あまりいいやり方ではなかったようね」
「ああ、全くだ」
多分、あの4人はわざと少女を孤立させている。そう言う遊びなのかどうかわからないが、正直見るに堪えない。
「小学生でもああいうのあるんだな」
「小学生も高校生も変わらないわ。同じ人間なのだから」
「……なら私は人間じゃなくていい」
俺と雪ノ下の会話を聞いていたサイは小さく呟く。目の前にはチェックポイントを見つけたらしく、俺たちにお礼を言って次のチェックポイントを探しに行く4人の少女達とその後ろをただ黙ってついて行く孤独な少女の姿があった。
無事にゴールに着いた俺たちは梨の皮を剥いたり(サイが両手に包丁を持って梨を空中に投げてほぼ一瞬で全裸にしたり。いやーん)、カレーを作ったり(サイが両手に包丁を持ってジャガイモを空中に投げてほぼ一瞬で全裸にしたり。あはーん)してあとじっくりコトコトコンポタージュのように煮込むだけだ。
「暇なら見回って手伝いでもするかね?」
えー、嫌だよー。面倒じゃん。俺の頭の上でジュースを飲んでいるサイのお世話もしなきゃならないし。サイさん、水滴! 水滴落ちてるよ! 俺の前髪が濡れてるよ!
「小学生と話す機会なんてそうそうないしな」
まぁ、話しかけたらロリコン扱いされるからな。葉山は乗り気みたいだが面倒なので拒否させて貰おう。
「いや、鍋、火にかけてるし」
「そうだな。だから近いところ1か所くらいかな」
な、何。まさかそう言う解釈をされるとは思わなかったぞ。で、でもまだ俺には手札がある!
「俺、鍋見てるわ」
「気にするな比企谷。私が見ていてやろう」
な、何……だと……。逃げ道を的確に塞いできやがった。しかも、先生の表情を見るに俺が逃げようとしているのを把握した上で潰して来た。ニヤニヤしているし。これは『うまくやる』ための訓練らしい。
「カレー好き?」
小学生たちを見ていると葉山が例の孤立していた少女に話しかけた。
「……はぁ」「え……何やってるの?」
それを見ていた雪ノ下がため息を吐き、サイはあり得ない物を見たような目で葉山を見ていた。俺だって同じ気分だ。あの人、本当にぼっちの扱い方、間違っているわ。
ぼっちに話しかける時は秘密裏に、密かにやるべきなのだ。しかも、葉山の場合、目立つ高校生。それは体育の授業で組む人がいなくて先生と組まされるのと同じこと。つまり、めちゃくちゃ目立つ上にぼっちという特性が引き立ってしまうのだ。
『うわぁ、あの人先生と組んでるよ?』
『ださーい』
『あー、あの人。高校生に気を使われちゃってかわいそー』
『あんな格好いい人に話しかけて貰うためにぼっち気取ってんじゃないのー?』
『調子乗ってるよねー』
まぁ、だいたいこんな感じになるだろう。手を差し出されても差し出された時点で詰んでいるのだ。差し出されない方がマシである。ましてや差し出された手を掴んで握手などしてみろ。それこそ悪手だ。
「ねぇ、ハチマン。あの人ってバカなの? 死ぬの?」
「ちょ、お前、落ち着けって……」
ぼっちだったサイにもわかるのだろう。人目に晒される恐怖を。ぼっちだと無音の言葉で言われる苦痛を。ぼっちから脱出できない悔しさを。だからこそ、葉山の行動に怒りを覚えているのだ。
「……サイさんも、なのね」
俺たちの様子からサイも異常だと気付いたのか雪ノ下が呟く。それに答えようとするが逃げて来たのか件の少女が俺たちの近くで立ち止まった。お互いがなんとなく視界に入る程度の距離である。
葉山は少し困ったような寂しげな笑顔を浮かべて少女を見ていたがすぐに他の子たちの相手に戻る。なんか隠し味をどうのとか言っているけど、入れない方が美味いと思うよ。あ、由比ヶ浜がなんか喚いている。小学生に混じって何やってるんだ、あいつ。しかも、葉山にやんわりと邪魔者扱いされて肩を落として俺たちの方に歩いて来てるし。
「バカか、あいつ……」
「ホント、ばかばっか」
俺の隣でボソッと呟く少女。その声はとても冷たく響いた。
「世の中は大概そうだ。早めに気付けて良かったな」
「……」
「あなたもその大概でしょう?」
少女の値踏みするような視線を受けていると雪ノ下の氷のような毒が飛んで来た。
「あまり俺を舐めて貰っては困るな。大概とかその他大勢でも1人になれる自信がある」
「それを誇らしげに言えるのはあなたくらいでしょうね……。呆れるのを通り越して軽蔑するわ」
え、そこ尊敬じゃないの?
「名前」
俺たちの会話を聞いていた少女が不意に言った。何言ってんだろうこいつ。
「そう言い方じゃ駄目だよ。名前を聞く時は自分から言わなくちゃ」
俺の頭の上からサイの注意が飛ぶ。まさか年下にそんなこと言われるとは思わなかったのか少女は少し気まずげに視線を逸らす。
「鶴見留美」
普通、小さな子に注意されると小学生なら拗ねるのだが、自分が悪いと理解したのか留美は素直に小さい声で自分の名前を言った。留美か。あだ名はルミルミだな。
「私の名前はサイだよ。よろしくー」
俺の肩から下りて留美に手を差し出すサイ。まさか手を差し出されるとは思わなかったのか留美は目を丸くしてそれを見ていた。
「大丈夫。ここはぼっちしかいないから」
あの、確かに事実なんだけどもう少しオブラートに包んであげて。雪ノ下さんが少しムッとしていますから。
「……よろしく。サイ」
少し遠慮がちにサイの手を握る留美だったが、何だろう。本当に雰囲気似ているな、こいつら。
「……なぁ、雪ノ下。ちょっと頼みがあるんだが」
「何かしら?」
「ルミルミの隣に立ってくれない?」
「ルミルミ言うな、八幡」
どうやら、サイが俺たちのことを紹介してくれたようだ。
「……これでいいのかしら?」
訝しげな表情を浮かべて留美の隣に立つ雪ノ下。丁度、留美を挟んで右にサイ、左に雪ノ下が立っている構図だ。
「おい、由比ヶ浜」
「ん? どったの?」
丁度、俺たちのところに到着した由比ヶ浜を呼ぶ。不思議そうな顔で俺の隣まで来た。
「これを見てどう思う?」
「これ? うわあ!」
並んだ3人を見て由比ヶ浜は目を輝かせる。無理もない。この3人、髪型が似ているからまるで3人姉妹のように見えるのだから。
「なにこれ! 可愛い!」
携帯で写真を取る由比ヶ浜。ちゃんと許可取ってから撮ってね。
「早くしてくれないかしら?」
「まぁ、待て。ここで解説を入れたい」
「解説?」
見世物にされていると理解したのか雪ノ下は不機嫌そうに呟く。しかし、構わない。どうしてもこれだけは言いたいのだ。因みに留美は逃げようとしているがサイに捕まっていて逃げられない。あ、肩を落として諦めた。
「まず、サイだな。小学1年。これからできる友達に夢を膨らませ小学校に入学した」
「友達できるかなー!」
空気を読んで一言述べるサイ。その表情も楽しそうだ。
「……しかし、小学6年生になって現実が見え始めた。それが留美。現実とは厳しいもので全てが上手く行くわけではないと理解し始めたのだ」
「……バカなの?」
「そして……時は流れ。高校生になった雪ノ下雪乃は現実を受け入れ、孤高の存在になった。周りの人? そんなもの捨て置け。間違っていることは間違っている。合っていることは合っている。相手の気持ちなんか知らない。私が正しい」
「そこまで考えてないわ。事実を言っているまでよ」
「……何だろう。3人を見てるとサイの将来がものすごく、心配に」
結論を述べたのは由比ヶ浜だった。いや、本当にサイの将来が心配になって来る。ぼっち三姉妹だから仕方ないね。
「……もういい?」
「ああ、サンキュ」
留美が俺を睨んでいるのでいい加減、ふざけるのを止める。他の2人にも謝っておいた。怖いし。
「でも……なんかそっちの3人はあのへんの人たちと違うような気がする」
唐突に留美が俺たち(由比ヶ浜以外)を見ながら言う。まぁ、ぼっちだしな。
「私も違うのあのへんと。周りはみんなガキばっか。その中で上手く立ち回ってたけどなんかそういうのくだらないから止めた。1人でもいいかなって。別に中学に入れば余所から来た人と仲良くすればいいし」
確かに留美は現実を見始めている。だが、まだ見始めたばかりなのだ。だからこそ、そんな希望などないことを“見ようとしない”。
「残念だけどそうならないわ」
ぼっち代表として雪ノ下が留美の言葉をぶった切る。それを見てサイが少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。
「あなたの通っている小学校からも同じ中学に進学する人もいるのでしょう? なら、同じことが起きるだけよ。今度は余所の人も一緒になって」
「……やっぱり、そうなんだ」
それを聞いた留美は諦めたような声で小さく呟く。それから彼女は教えてくれた。誰かがハブられることは何度かあり、しばらくしたらまた話し始める。誰かが言いだすと他の子もそういう雰囲気になり、また誰かを孤立させる。そして、留美の番になっただけ。
「中学校でも……こんな風になっちゃうのかな」
嗚咽が入り混じった震える声音。それが印象的だった。
来週のお話しは少し短めです。本当は2話続けて投稿しようと思ったのですが、今週から期末テストが始まるので執筆時間が取れないと思い、2話目は来週分の更新に回します。ご了承ください。