やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.167 桜が咲いても彼らの距離は縮まらない

「あ、そっか。今日、小町ちゃんの合格発表だ」

 はてなを浮かべていた由比ヶ浜に事情を説明すると納得してくれたようでリュックの中を漁り、ポータブル充電器を貸してくれた。今から充電すれば2限目が始まる頃には半分ぐらいまでバッテリーも回復しているだろう。

「さんきゅ、助かった」

「ううん、これぐらい全然……体の方は大丈夫なの? 昨日まで寝込んでたんでしょ?」

 さっそく、ポータブル充電器に携帯電話を繋いでいると不意に由比ヶ浜が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。おそらくサイが日本に帰ってきた報告と一緒に俺が熱で倒れたことも教えたのだろう。

「ああ、もう大丈夫だ」

「そっか……よかった」

 ホッと安堵のため息を吐いた彼女は笑顔を浮かべ、教室に向かって歩き出した。急がなければ遅刻してしまいそうなので俺もポータブル充電器を携帯電話と共に鞄の中に突っ込み、由比ヶ浜の後を追うように歩みを進める。

「でも、ホントに心配したんだからね? 連絡も全然つかないし」

 俺の前を歩く由比ヶ浜が声音に少しだけ怒りを乗せながらこちらを振り返った。後ろ歩きは危ないですよ、由比ヶ浜さん。前を見て、前。いくらホームルーム前の廊下だからって人がいないわけじゃないんだから。

「出発前に連絡取れないって言っただろーが」

「むぅ、そうだけど……心配だったんだもん。さがみんも行方不明だったし」

「っ……相模が?」

 あまりにも唐突に出てきたその名前にドキリとしながらも表情には出さずになんとか言葉を紡ぐ。それを質問だと受け取ったのか彼女は再び前を向いて続きを話し始めた。

「2週間ぐらい行方不明だったんだって。あ、でも、無事に見つかって昨日から学校に来てたよ! あんまり元気そうじゃなかったけど」

 千年前の魔物との戦いに巻き込まれた人間たちはアポロによって無事に故郷へと戻った。その中でも相模は俺の知り合いだったこともあってスムーズに帰国の手続きが済み、一足先に帰ったらしい。しかし、2週間前からいなかったのか、あいつ。全然気づかなかったわ。

「ふーん」

「ゆきのんがね。最近、世界中で行方不明事件がたくさん起きてるって言っててさ。しかも、カエルが犯人なんだって……なんかさ、もう完全にアレ(・・)関係じゃん?」

 アレ――魔物か。確かに千年前の魔物が封印されていた石版や彼らのパートナーを探していたのはカエルの魔物、ビョンコである。バレンタインデーの日に魔物関係の事件でアメリカに行くことを2人に伝えたので『行方不明事件に関わっているカエルの魔物』と『アメリカで起きている魔物関係の事件』を結び付けてもおかしくはない。

「ねぇ、ヒッキー……もしかして、さがみんも何かに巻き込まれたの?」

 立ち止まった彼女は顔をこちらに向け、不安そうに問いかけた。世界中で行方不明事件が起きている時に行方がわからなくなり、俺が日本に戻ってきたとほぼ同時に学校に復帰した相模。これでは『魔物とは無関係です』と言っても納得してくれないだろう。

「……さぁな。ほれ、遅刻するぞ」

 だから、俺は由比ヶ浜を追い越した。もうあの事件は解決したのだ。たとえ、本当に相模が千年前の魔物のパートナーにされ、俺たちに牙を向けたとしてもそれはすでに終わった出来事である。少なくとも彼女達には関係のない話。話しても意味のない事実だ。

「……うん」

 急ぎ足で教室に向かう中、少し離れた場所で聞こえた由比ヶ浜の寂しげな声に俺は何となく罪悪感を覚え、視線を彷徨わせる。その途中で肩にかけた鞄の中でポータブル充電が主張するようにチカチカと光っているのが目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間というのは全ての人間に等しく流れる、この世界で数少ない平等な存在だが、そんな時間ですら人間は時には短く、時には長く感じてしまう。そして、今の俺が感じている時の流れは完全に後者だった。何度も黒板の上に設置された時計をチラ見し、たまに鞄の中で充電中の携帯電話の様子を確かめたりとそわそわしながらその時が来るのを待っていた。

(それにしても……)

 1時限目が終わって携帯電話の電源を付けた時には驚いた。着信履歴やメッセージの通知数がこの17年の人生で一番多かったのである。因みに着信履歴に残っていた名前で一番多かったのがハイルだった。丁度、アメリカに行った日から一昨日まで何十回も連絡を取ろうとしていたらしい。何故か昨日からパッタリと履歴がないのも逆に怖い。一体、どんな用事だったのだろうか。

 とにかく今は小町の合格発表である。時計を見れば2時限目がぼちぼち終わりに差し掛かろうとしていた。もう少しで合格発表の掲示が始まる。やばい、緊張してきた。もしかしたらデモルト相手に時間稼ぎしていた時よりもドキドキしているかもしれない。

 そんなこんなで2時限目の終わりを告げるチャイムがなり、担当教師が出て行くのを見送ってため息を吐いていると不意にポケットに突っ込んであった携帯電話がぶるりと震えた。

 慌てて手に取り、画面を見れば『新着メッセージがあります』という文字列とともに、小町の名前が表示されていた。このメッセージに小町の合否が認められている。そう思うと指先が震え、開くのを躊躇ってしまう。

 それでも意を決して画面をタップしようと震える指先を懸命に動かした。しかし、画面に指が触れる前に俺の目の前を何かが通り過ぎる。ハッとして顔を上げれば今まさに川崎沙希が教室から飛び出すところだった。そういえばあいつの弟も受験生だ。きっと、小町と同様、総武高校を受験していたのだろう。同じようなタイミングで連絡が来て飛び出した、といったところか。

 俺もそれにつられるように立ち上がり、彼女の後を追う。目指す先は合格発表の掲示がされている正門前。サイとの訓練のおかげか先に出たはずの川崎をあっという間に追い抜かし、階段も手すり部分をスライディングの要領で滑り降り、1分とかからずにがやがやと人が集まる一角へと躍り出た。休み時間は10分しかない。急いで小町やサイと合流しなければ。

 焦る気持ちを抑えながら周囲を見渡すとすぐに小町とサイの姿を見つけることができた。向こうも俺に気付いたようで手を振りながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。

「お、お兄ちゃん。受かったよ」

 そう、ただそれだけをけろっとした顔で言う小町。そのせいか彼女の言葉の意味を処理するのに時間を要し、よほど緊張していたのか理解した途端、疲労感に似た安堵がじわりと広がっていく。

「そうか……」

 そんな中、口から零れ落ちたのは労いでもなく、喜びでもない何の意味もなさない言葉だった。もちろん、本当はこの場で手放しで褒めて小躍りしたいくらいに嬉しい。しかし、当の本人がさも当然といった顔をしている上、最も不安な合格発表までの間、一緒に居てあげられなかった申し訳なさのせいで言葉を詰まらせてしまう。

「うん……小町、受かったよ。受かったんだ……っ」

 それでもそんな情けない俺から目を離さず、ジッと見ていた小町だったが次第に声が震え出し、とうとうその大きな瞳から涙が零れ落ちた。そして、そのまま体当たりみたいに俺に飛び付き、ブレザーの胸元に頭をぶつけてくる。

「この、バカッ! バカ、バカ、バカァアアアア! 」

「こ、まち……」

 その怒涛の罵詈雑言に目を白黒させてしまった。周囲から見れば受験に受かった感動のあまり兄に抱き着く妹の構図なのだろう。あまり注目はされていない。それでも近くにいるサイには小町の声が届いていたようで少しだけ目を伏せながら口を開いた。

「コマチね、ずっと我慢してたんだよ……自分の受験のこともあったのにハチマンは帰ってきた途端、倒れちゃうし。それでも熱でうなされてるハチマンを看病して……すごく頑張ってたの。今朝だって病み上がりのハチマンを心配させないように、色々話したいことあったはずなのに必死に取り繕って、平気そうな顔で『いってらっしゃい』って……」

 きっと、それだけじゃない。表面上ではアメリカ旅行となっていたが俺たちが何かに巻き込まれていることを小町は何となく察していたはずだ。

 それでも事情を聞かずに俺たちを見送り、色々な不安で押し潰されそうになりながらも我慢して、ようやく帰ってきたと思ったら俺が熱でぶっ倒れる。これは罵倒されても仕方ない。

「……すまん、小町。おめでとう」

「ばかああああああああ! よがっだよおおおおおおお!」

 そっと小町の頭に手を伸ばし、軽く髪を撫でながら謝罪をお祝いの言葉を口にした。それがきっかけになったのか、彼女はより一層、声を荒げて泣き出してしまう。そんな俺たちをサイは優しげに笑いながら少し離れた場所で見守っていた。















今週の一言二言



・一番くじで7月21日にfate/EXTRAが登場しますね!これは全力……とまでは行きませんが引きに行かなければ!目指せ、A賞!

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