やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「支援って……それじゃあ、サイちゃんは……」
俺の言葉を聞いて『サザル』の効果でいつもより心の力を大きく消費して辛そうにしている大海が声を漏らした。すでに高嶺以外の他の奴らもサイの特性に大きく目を見開いていた。
支援特化、ということは攻撃呪文を覚える可能性は低い。そして、この戦いは100人の魔物が1人になるまで戦い続けるバトルロワイヤル。支援特化のサイはバトルロワイヤルというバトル方式に噛み合っていない。たとえ、俺たちのように数体の魔物同士で同盟を築いたとしても最後は戦うことになる。運よく最後まで生き残っても最後は自分の力だけで魔物を倒さなければならない。そう、俺たちはそんな戦いに攻撃呪文なしで挑み、勝利しろと無茶ぶりされているのである。
「それじゃ行くわ」
「ッ! 八幡君!」
きっと、大海もそのことに気付いているのだろう。背中に心配そうな彼女の声が届いた。敵は『マ・セシルド』をただのパンチだけで粉砕する相手だ。そんな相手に支援特化の魔物と術によって少しだけ強化されている人間だけで時間稼ぎをしようとしているのだから心配になる気持ちもわかる。
だが、だからこそ見ていて欲しい。攻撃呪文などなくとも俺たちの力は
「『サフェイル』」
とにかく、今は奴の攻撃の手を止めるのが最優先。駆け足気味でデモルトに近づきながら呪文を唱える。すると、暴れるデモルトの足元で楽しそうに奴の足を躱しながら(気配分散でも使っているのかデモルトは全く気付いていない)待っていたサイの背中に半透明の2対4枚の羽が生えた。
「おっと……よっし!」
「『サウルク』」
俺が戦線に復帰したことに気付いたサイがその場で逆立ちし、腕立て伏せをするようにぐっと曲げる。その間に追加の呪文を唱え――。
「どーん!」
「ごふっ」
――矢のように凄まじい勢いで射出されたサイの両足がデモルトの顎を突き上げ、奴の体を大きく仰け反った。そのあまりの勢いにデモルトの足元に蜘蛛の巣状の皹が走っている。いきなり顎を蹴り上げられたデモルトは2、3歩ほど後ずさった。心の力が勿体ないのですぐに『サウルク』を解除する。
「デモルトが後ずさった!?」
「鬼さんこちらー!」
「がぁああああああああああ! こっのくそ虫がああああああ!」
「『サルク』」
サイが目の前でニコニコと笑いながら挑発するとデモルトは出鱈目に拳を振るい始めた。しかし、目が強化されたサイはそれを踊るように躱し、高嶺たちから離れるように誘導する。その光景はまさに人間を惑わせる悪戯妖精。俺もあの笑顔に何度も惑わされました。
「ちょこまかとうざいんだよ!」
さすがに出鱈目に攻撃しても当たらないと理解したのか奴の攻撃がサイを追い込むような軌道を描き始める。そして、空を飛んでいるサイといえどデモルトの面の攻撃を躱し続けるのは難しいのか、気付けばデモルトの拳が躱した直後で動けないサイの体を捉えようとしていた。
「『サウルク』」
「ッ――」
「ガッ……」
すかさず、術を使用。一瞬にして右に移動したサイの横を巨大な拳が通り過ぎ、背後の壁を粉砕する。パラパラと瓦礫が降り注ぐ中、クロスカウンターを決めるようにデモルトの顔面に体当たりした。デモルトの歯と鮮血が宙を舞う。
「くっそがあああああああ!」
「きゃっ」
「ッ! 『サグルク』!」
サイの一撃を受けても怯まなかったデモルトが乱暴に右腕を振るうと運悪くサイに直撃してしまう。そのまま彼女は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまった。咄嗟に『サウルク』を消し、『サグルク』を唱えたが怪我は免れないだろう。これで『サウルク』を使えば解除された後、サイは身動きが取れなくなってしまう。更に大きな瓦礫と共に地面に落ちたサイに追撃しようとデモルトは拳を振り上げた。
「死ねええええええ――ッ!?」
俺の投げた石が奴の口に入り、動きを止める。そして、心底気に喰わなさそうな表情を浮かべながらこちらへ視線を向けた。おぉ、怖ぇ。『サジオ』がなければ今頃、血まみれになって倒れていた。今すぐにでも逃げ出したいが今更、謝っても許してくれないだろう。
「お前の相手は
じゃあ、倍プッシュで。中途半端に挑発してサイの方に行かれたら困るからな。だ、大丈夫かな。『サジオ』で強化されているとはいえ、人間よりちょっと強くなっただけだし。直撃したら木端微塵になるだろうなぁ。
「ルォオオオオオオ!」
(1……2……)
雄叫びを上げながら向かって来るデモルトから逃げながら心の中でカウントする。遠くの方から大海の絶叫が聞こえた。背後に迫る
(3……4……5!)
「『サウルク』」
「ハチマン、お待たせ!」
地面をゴロゴロと転がり、呪文を唱えると俺とデモルトの間にサイが割り込んだ。そのまま俺の体を横抱きに抱え、デモルトから距離を取る。しかし、デモルトもしつこく俺たちを追ってきた。『サウルク』を発動している今、その気になれば奴から逃げ切れるがそうすれば高嶺たちが狙われてしまう。
(なら――)
「『サシルド』」
デモルトが拳を振るう直前に盾の呪文を唱え、サイはそれを踏み台にして跳んだ。いきなり目の前から俺たちが消えたので奴は困惑した様子で周囲を見渡し、空中にいる俺たちに気付き、雄叫びをあげる。
「『サフェイル』」
「『ザグルゼム』!」
デモルトから逃げるために羽を生やす呪文を使用すると同時にデモルトの背後から高嶺とガッシュが見覚えのない術を発動した。ガッシュの口から『サジオ』や『サザル』に似た球体が放たれる。弾速は『サザル』より速い上、俺たちに気を取られていたからか『ザグルゼム』はデモルトの左腕に直撃した。
「……ル?」
(何も、起こらない?)
『ザグルゼム』が直撃し、淡く光っている左腕を不思議そうに見ているデモルトだったがすぐにこちらへ向き直り、再び殴り掛かってくる。間一髪、デモルトの拳を回避するが俺を抱えているせいで先ほどよりも動きは鈍い。このままではすぐに捉えられてしまう。
「――ッ! ハチマン、掴まってて!」
ずっとデモルトの左腕を見つめていたサイが何か閃いたようで突然、急降下した。サイの進む先にいるのは高嶺とガッシュ。まさか俺たちが向かって来ると思わなかったのか目を見開く2人だったがすぐに高嶺がガッシュに声をかけて人差し指と中指でこちらを指した。
「『ザケルガ』!」
俺たちに向かって放たれた電撃だったがすぐにサイが急上昇してそれを躱す。そして、電撃はそのまま俺たちを攻撃しようと振るわれていたデモルトの左腕に直撃し――。
「ルォオオオオオオ!!」
――炸裂して硬い甲羅を内側から粉砕した。
あの硬い甲羅は『サザル』で強化した『マ・セシルド』でさえ消滅させることができなかった。普通ならば『ザケルガ』も弾かれてしまうはず。しかも、甲羅が壊れた時、電撃は弾けるように内側から飛び出していた。
「やっぱり……」
「あ? なんかわかったのか?」
「『ザグルゼム』が当たったデモルトの左腕からガッシュの魔力を感じ取れたの。それに『サグルゼム』と音が似てるから“何かを付与”する術なのかなって試しに電撃を当てて貰ったんだ」
その結果が、電撃の炸裂。つまり、『ザグルゼム』は当てた相手の体に電撃を炸裂するエネルギーを蓄積させる術。だからこそ、『ザケルガ』を当てただけでデモルトの甲羅は砕け散った。
では、仮に……『ザグルゼム』を数発当てた後、ガッシュの最大呪文である『バオウ・ザケルガ』を当てた場合、その破壊力は計り知れない。サイの“『サウルク』キック”と“『サウルク』タックル”を受けても怯みもしなかったデモルトでさえも一撃で沈む。
「……でも――」
「――行くぞ、ガッシュ! 『ザグルゼム』!」
サイが何かを言いかけたが高嶺の声に遮られてしまう。おそらく、彼も『ザグルゼム』の効果を把握し、その有用性を気付いたのだろう。しかし、嬉々として放った『ザグルゼム』はデモルトに容易く回避されてしまった。
「フン……それは二度とくらわん」
「さすがに向こうも気付くでしょ……ハチマン、少し激しくなるからしっかり掴まっててね!」
いや、そう言われても自分より体の小さい女の子に横抱きにされている時点で掴まるところなんてないんですけど。
そんな俺の心の声など聞こえているわけもなく、サイは再びデモルトへと突貫した。せめて、地面に降ろしてから突っ込んで欲しかったが自分を倒しうる術があるとわかったデモルトの攻撃はより一層、激しくなるだろう。特に脅威である高嶺とガッシュを狙うはずだ。俺を地面に降ろしている時間はない。
「キヨマロ、私たちが囮になるからその間に当てて!」
高嶺に叫んだサイはそのままデモルトの顔面に蹴りを放った。ちょ、怖い怖い! 待って、さすがにそれは怖いって!
「そんな攻撃、効くかァアアアアアアアアア!!」
「くっ……」
しかし、『サウルク』の乗っていないサイの蹴りではデモルトの気すら引けないようで適当に腕を振り回され、俺たちは距離を取るしかなかった。
まずい、本格的に奴を止める手段がなくなったぞ。一撃で倒せることがわかった今、『サルフォジオ』で数秒間だけ動きを止められなくもないが、『サルフォジオ』はサイの両腕が自由になっていないと使えない。
「『ギガ・ラ・セウシル』!」
「ルォ!?」
その時、デモルトの全身を覆うように巨大なバリアが出現した。これは術を反射するバリアに敵を閉じ込めて身動きを封じるティオの呪文。デモルトが使用しているのは肉体強化なので術を反射してダメージを与えられないが少しの間、動きを封じることができる。
「『ザグルゼム』!」
「ルォオオオオオオオ!!」
すかさず『ザグルゼム』を放つ高嶺だったが当たる寸前でデモルトは『ギガ・ラ・セウシル』を破壊し、体を捻って躱してしまう。駄目だ、デモルトに『ザグルゼム』を当てるにはもっと確実な方法を考えるしかない。だが、『ザグルゼム』を警戒されている現状、どんなに俺たちが奴の気を引いてもすぐに気付かれてしまう。
「『ミベルナ・マ・ミグロン』!」
その時、デモルトと俺たちの周囲に無数の小さな三日月が突如として出現した。初めて見る術。だが、この小さな三日月には見覚えがあった。サイもすぐに術の発動者に気付いたのかクルリと体を翻し、高嶺たちを見る。
「良い出だしよ、アル」
そこには先端のないロッドを構えるレイラと今までゾフィスに心を操られて正気を失っていたレイラのパートナー――アルベールは生気が宿った眼差しでデモルトを睨んでいた。
今週の一言二言
・ザビ子ぉおおおおおおおお!可愛いよ、ザビ子おおおおおお!可愛いよおおおおおおお!ザビ子が話してる!めっちゃ話してる!しかも、ニコって笑ってた!ザビ子がニコって笑ってたよおおおおおおお!可愛いいいいいいい!やだあああああああ!浄化されるうううううう!生まれて来てよかったああああああああああああ!