やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.159 彼女の想いは仲間の心に届く

「うっ……」

 恵が心の力を振り絞り、『サイフォジオ』を維持していると不意に清麿が声を漏らしながら目を開ける。更にそんな彼に続くように他の皆も目を覚まし始めた。

「清麿!」

「ティオ……恵さん?」

 フラフラと体を起こした清麿を呼ぶと目を覚ましたばかりだからか呆然とした様子で私たちを見た後、彼はハッとしてすぐに周囲を見渡す。そして、ガッシュたちを視界に捉え、やっと状況が飲み込めたようで近くに落ちていた魔本を拾った。

「戦況は!?」

「今、パティとビョンコがデモルトと戦っている! だが――」

 清麿の絶叫にずっと戦場を観察していたフォルゴレが答えるがその途中で凄まじい轟音が大気を揺らす。慌てた様子で立ち上がった清麿はフォルゴレの隣へ移動し、自分の目で戦況を確かめた。

「ヌ、ヌゥ……ティオ、恵。助かったのだ」

「ガッシュ、動いて大丈夫なの!?」

 よろめきながらも私たちのお礼を言うガッシュに思わず叫んでしまう。ただでさえ皆の怪我は『サイフォジオ』では回復し切れないほど酷かった。それに『サイフォジオ』を2回使ったとしても6人同時に回復させたのだから回復量は微々たるものだったはず。きっと、ガッシュたちは立っているのがやっとだろう。

「ウヌ、大丈夫なのだ! これでまた戦うことができる!」

 でも、目の前で笑顔を浮かべるガッシュも目を覚ましてすぐに戦況を確認しに行った清麿もそんな様子は一切見せなかった。

 それにパートナーの傷を舐めるウマゴンとそんなウマゴンを宥めるサンビームさん。

 目を覚ましてもゾフィスの呪縛から解放されなかったパートナーの青年の体を心配するレイラ。

 皆、あれだけの傷を負わされたのに心が折れた様子はない。まだ誰も諦めていない。

「ガッシュ、皆! ビョンコがやられた! パティの援護に向かうから急いで準備をしてくれ!」

 その時、清麿の怒声が響き渡り、ガッシュたちはすぐに彼の元へ移動する。そんな中、レイラだけは私の前で立ち止まった。

「誰かに回復して貰うなんて久しぶりだったから少しだけ懐かしかったわ。回復ありがとう、それじゃ」

「へ? え、ええ……」

 小さく微笑んだ彼女はそれだけ言うとパートナーの手を引っ張って彼らの後を追ってしまう。よくわからなかったが褒められた、ということだろうか。

 いや、今はそんなことよりも――。

「恵!」

 清麿たちが行動し始めた頃から心の力を回復する作業に戻っていた恵に声をかけた。目を閉じていた恵は返事をする代わりに目を開けて小さく首を傾げる。おそらく、心の力を回復するために可能な限り、余計な動作をしたくなかったのだろう。でも、そんなことはどうでもよかった。

「お願いがあるの」

 そう前置きをして私の譲れないものについて話す。それに無謀だとしても今の私にできることについても。

 きっと、清麿やサイは私のお願いを聞いたらいい顔はしなかっただろう。だが、本当に反対されたとしても私は何度もお願いしたはずだ。だって、これは私の譲れないものだから。

「だから、恵、おねが――ッ!」

 念を押すように懇願していると天井付近からガラスの割れるような音が響いた。恵と顔を合わせた後、キャンチョメの壁から顔を出すと『月の石』の大部分が破壊され、破片がキラキラと光を反射しながら落ちていた。その光景があまりにも幻想的で思わず見とれてしまう。

「あっ、恵、あれ!」

 不意に視界の端にウマゴンに乗ったガッシュがパティと共にこちらへ向かっている姿を捉えた。もしかしたらパティも怪我をしてしまったのかもしれない。恵に目配せして頷き合った私たちは清麿たちの元へと急いだ。

「清麿君!」

「っ! 恵さん、ティオも……」

 私たちに気付いた清麿だったが『月の石』の破壊に成功したのにどこか悔しそうな表情を浮かべていた。どうしてだろうと視線を泳がせるとパティのパートナーらしき男性の傍に燃えている魔本を見つける。

「パティは……自分の命と引き換えに『月の石』を破壊しようとしていた。ガッシュたちが間に合わなければ彼女は今頃、デモルトの攻撃で……」

「そ、そんな!?」

 清麿の言葉に私は声を荒げてしまった。ガッシュたちが間に合ったからよかったものの彼女は刺し違えるつもりで『月の石』を破壊したのだ。少し前まで千年前の魔物たちを操っていた彼女が命を賭けてまで『月の石』を破壊したことに驚いているとウマゴンに乗ってガッシュとパティが戻ってきた。すでにパティの体は透けており、数分と待たずに魔界へ帰ってしまうだろう。

「……」

 ウマゴンから降りたパティは俯いたまま、無言を貫いていた。いつの間にか彼女のトレードマークだった特徴的な髪は短くなっている。引き千切られた様子はないので自ら髪を切ったのかもしれない。

「お願い、ガッシュちゃん、皆! この戦いが終わったら……魔界でビョンコと仲良くしてあげて!」

 ずっと俯いていたパティが弾かれたように顔を上げてガッシュに泣きながらお願いした。まさかそんなことをお願いされるとは思わなかったようでガッシュは目を白黒させる。

「私はいいの……酷いことをしたから。でも、ビョンコは……あの子は一生懸命頑張ったの! 魔界で仲間外れにしないで!」

「何を言うか!? パティも同じ仲間ではないか! パティもビョンコも大事な大事な友達だ!!」

「ッ……」

 ガッシュの絶叫を聞いたパティは言葉を失い、歯を食いしばって再び俯いてしまった。彼女が死ぬ覚悟で『月の石』を破壊したのは罪悪感の念に苛まれ、少しでも挽回しようとしたのだろうか。

「ありがとう、ガッシュちゃん……ありがとうみんな……」

 ビョンコだけでなく、酷いことをした自分すら友達を言ってくれたことに感謝しながらパティは魔界へ帰っていった。しかし、パティが消えた後も皆は彼女が立っていた場所を眺めていた。その時、再び天井付近で大きな音が響く。上を見上げると『月の石』が完全に崩壊するところだった。

「これで……『月の石』で心を操られていた人間たちが解放される。これから『月の石』を悪用されることもないんだ」

「ッ! アルベール!」

 清麿がホッとしたように呟いていると不意に後ろからレイラの悲鳴のような声が聞こえる。どうやら、『月の石』が破壊されたことでレイラのパートナー――アルベールに施されていた催眠が解除され、気絶してしまったらしい。受け身すら取っていないようだったがどこか怪我はしていないだろうか。

「……大丈夫、息はしてる。精神操作が解けて気絶しただけよ。これでアルベールも目を覚ませば正気に戻ってるわね」

 アルベールの容態を確かめたレイラが安心したように言った。『サイフォジオ』を唱える準備をしていた恵はそれを聞いて魔本に心の力を注ぐのを止める。その時だった。

「てめぇら……よぉ。なんて、ことをしてくれやがんだ?」

 そう言いながら『月の石』があった場所を見上げていたヴァイルがこちらへ振り返った。彼はボロボロと涙を零しながら肩を震わせている。そうだ、まだデモルトが生き残っていた。ヴァイルもゾフィスに操られていないのでこのまま放置すれば現代の魔物はおろか一般人さえ襲ってしまうかもしれない。『月の石』を破壊したからかすっかり奴らの存在を忘れていた。

「オレは何でも一生懸命やるってことをしなかった男だ。そんなオレが……初めて一生懸命やろうと思えることに出会ったんだぜ? 『月の石』を使ってでかいことをしようと思ってよぉ。それを……」

 ヴァイルは今もなお降り注ぎ続ける『月の石』の破片を掬うように受け止める。しかし、その衝撃で受け止めた破片が砕け散った。それが引き金になったのだろうか、ヴァイルの持つデモルトの魔本が凄まじい輝きを放つ。

「もういいや、何もかもぶっ壊れちまえ。危険なんて知るか、こいつらをブッ飛ばせりゃ何でもいいや」

「ッ?! ガッシュ、奴の方を向け! 早――」

「――『ギルガドム・バルスルク』!」

 咄嗟に攻撃しようと清麿が動くも間に合わず、ヴァイルが呪文を唱えてしまった。すると、デモルトの体がベキベキと音を立てながら変形し始める。両腕、両肩、首回りは緑色の甲羅に覆われ、特に両手の甲羅は爪のように鋭く尖っていた。確かデモルトの弱点はうなじ。でも、今は緑色の甲羅に覆われてしまった。これでは弱点のうなじに攻撃を当てることができない。それに先ほどまでのデモルトとは比べ物にならないほど奴から放たれる威圧(プレッシャー)が大きくなった。

「ハ、ハハ……いい感じになったじゃねぇか! そうだよ……そうこなくちゃいけねぇ!」

 姿を変えたデモルトを見上げてヴァイルが狂ったように笑いだす。あれがガッシュの『ラウザルク』と同じように他の術は使えないかもしれない。でも、サイのような術に術を重ねられる類だった場合、今まで以上の破壊力を持った攻撃をしてくることになる。ガッシュはもちろん、強化状態のウマゴンでさえただでは済まないだろう。

「さぁ、やれデモルト! 奴らを残らず消し飛ば――」

「――クソ人間が……誰に向かって命令してやがる?」

「……え?」

 今まで雄叫びを上げるだけだったデモルトが突然、言葉を放った。まさかデモルトが話すとは思わなかったのか驚愕しているヴァイル。その隙にデモルトはヴァイルの襟足を爪で器用に摘み、持ち上げた。そして、そのまま大きな口を開けてヴァイルを丸呑みする。あまりの事態に私たちは言葉を失ってしまった。

「クソ人間はオレの腹の中で心の力だけ出し続けてろ」

 そう言って腹を撫でたデモルトは鬱陶しそうに天井を見上げ、凄まじい勢いで飛びあがり右腕の爪で天井を粉砕する。粉々に砕けた瓦礫の隙間から青空が顔を覗かせた。

「皆、ティオの傍に! 『セウシル』!」

 こんな状況でも冷静さを失っていなかったようで恵が呪文を唱え、私たちを守るようにドーム状のバリアが展開された。降り注ぐ瓦礫の中に人よりも大きなものがあったが『セウシル』に弾かれて音を立てて地面へ落ちる。

「天井、壁、鬱陶しい……何だ、貴様ら? 何故、ここにいる? 何故、俺の縄張りに入ってやがるうううううう!」

 空を飛んでいたデモルトは私たちを見つけると急降下して襲い掛かってきた。巨大な体からは考えられないほどの速度で迫るデモルトが右腕を引く。それを見て魔本を開く清麿と何度もビンタをして何とかパートナーを起こそうとするレイラを視界の端に捉えながら私は無意識の内に一歩前に出ていた。

「ティオ!」

 それとほぼ同時に私の真後ろに移動する恵を見てすぐに彼女の想いを悟り、思わず笑みを零してしまう。

(ありがとう、恵)

「下がって!」

「『マ・セシルド』!」

 私たちを守るように展開された防御呪文(『マ・セシルド』)にデモルトの爪が直撃し、すぐに粉々に砕かれてしまった。その衝撃波で私はその場で引っくり返ってしまう。

 まさか呪文によって強化されたといってもただのパンチで渾身の防御呪文(『マ・セシルド』)が砕かれるとは思わなかった。だが、最初から奴が化け物染みた強さだったのは知っている。そんな奴が呪文で強化されているのだから防御呪文(『マ・セシルド』)が砕かれてしまうのも納得してしまう。

(でもッ!)

「め、ぐみいいいいいい! まだよおおおおお!」

「ええ!」

 確かに防御呪文(『マ・セシルド』)では奴の攻撃を防ぎ切ることはできなかった。でも、防御呪文(『マ・セシルド』)があったからこそデモルトの爪は盾を砕いたところで止まり、誰も傷つかなかった(・・・・・・・・・)。それだけで十分だ。

「『マ・セシルド』!」

 デモルトがもう一撃加えようと右腕を引いた隙に防御呪文(『マ・セシルド』)を貼り直す。その直後、再びデモルトの一撃が防御呪文(『マ・セシルド』)に直撃するが急降下の勢いがなくなったおかげで皹は走ったものの今度は一撃で破壊されることはなかった。

「恵、集中よ! 『マ・セシルド』の力を最大限まで高めるの!」

 私の呼びかけに応えるように恵が更に魔本に心の力を注ぎ、防御呪文(『マ・セシルド』)の皹が消える。だが、すぐにデモルトの攻撃を受けてまたボロボロになってしまった。

「ここまできて負けてたまるもんですか!」

 やっと『月の石』を破壊し、ゾフィスに操られていた人間たちを解放することができたのだ。私たちを守るために傷ついたサイや八幡に笑顔で報告できるようになったのだ。

「パティやビョンコがあれだけ頑張ったのよ!? 私たちが意地を見せなくてどうするの!?」

 パティやビョンコだけじゃない。ガッシュも、清麿も、ウマゴンも、サンビームさんも、レイラも、アルベールも、恵も、ナゾナゾ博士も、キャンチョメも、フォルゴレも、リィエンも、ウォンレイも、消えてしまったキッドも、街で私たちの帰りを待つサイも、八幡も、アポロも。皆……皆、ここまで来るのに頑張ったのだ。傷つきながら、倒れそうになりながら、死にそうになりながら、涙を流しながら、挫けそうになりながら……それでも諦めずに(希望)に向かって歩き続けた。だからこそ、『月の石』を破壊する事ができた。

「盾が壊れたら何度でも貼り直す! 何度でも、何度でも何度でも! だって、私はもう――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――誰かが傷つくところなど、見たくはないのだから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティオの想い……届いたよ。だから、その背中、支えてあげる(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな優しい声とともにポンと背中に小さな手が当てられた。

 聞こえるはずのない声。

 ここにはいないはずの人の声。

 こんなに追い詰められているはずなのに全く焦っている様子のないとても頼りになる声。

「……嘘」

 後ろで恵が震えた声を漏らした。チラリとそちらを見れば彼女の隣に激しい光を放つ群青色の魔本を持つ白いオーラに覆われた男が立っている。また、私の真後ろではデモルトが防御呪文(『マ・セシルド』)を殴る衝撃で発生した風で黒くて綺麗な長い髪をなびかせている魔物が笑みを浮かべていた。

「さぁ、お披露目といきましょうか! 八幡、お願い!」

「第()の術――」

 嬉しそうにパートナーに声をかけた魔物――サイと彼女の声に応えるように呪文を唱え始めるそのパートナー――比企谷 八幡。そう、私たちの頼もしい仲間たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『サザル・マ・サグルゼム』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八幡が呪文を唱えると同時に私の体に小さな衝撃が走り、一瞬だけ体が群青色のオーラに覆われたがすぐにそのオーラは消えてしまう。そして、いつの間にか群青色に染まっていた防御呪文(『マ・セシルド』)は一回りほど大きくなり、盾の中心にある施された羽の紋章の左右に半透明の2対4枚の丸い羽が加わった。





と、いうことで主人公組、復活です。


色々と突っ込みたいところはあると思いますが(特に最後の術について)、それはまた次回で解説したいと思います。











今週の一言二言




・4月から仕事をし始めるため、それに必要な書類を作成するのにてんやわんやしています。また、4月から1か月ほど研修があるのでもしかしたら小説の更新が止まるかもしれません。その時はご了承ください。

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