やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
LEVEL.16 比企谷八幡は身内に騙され、連行される
「ハチマーン。遊びにいこー」
「……面倒」
夏休みが始まって2週間。本を読んでいる俺の背中に貼り付くサイはとても暇を持て余していた。学校がないから俺と一緒にいられるのは嬉しいらしいがそれとこれは話が別。むしろ、奉仕部活動が無い今、学校があった頃より暇なのだ。唯一の遊び相手であるガッシュとティオとも遊べないし。高嶺たちはガッシュの秘密(ガッシュは魔界にいた頃の記憶がないらしい)を探るためにイギリスへ。大海たちは仕事で忙しい。大海はともかく高嶺すごいな。イギリスだぞ。英語話せんだぞ。吃驚だぞ。
「いこーいこーいこーいこー!」
「面倒うるさい暑い面倒」
「ぶー!」
サイは俺の肩に顔を乗せて膨らませている頬をペチペチと俺の頬に当てる。鬱陶しい。そう思っていると不意に携帯が震えた。すぐにサイが手を伸ばして携帯を手に取る。ティオとメールでもしていたのだろう。
「……なーんだ、シズカかー。はい、ハチマン」
「シズカ? ああ、平塚先生か」
サイから携帯を受け取り、中身を見ずにテーブルに置いた。
「あれ? 見なくていいの?」
「ああ、電源でも切れてたって言う」
「いや、そう言うことじゃないでしょ……」
呆れているサイは俺から離れて部屋を出て行く。どうしたのだろうと思っているとまた携帯が震える。しかも長い。電話か。もちろん、無視です。出られなかった理由は蟲のしわざにしよう。あ、電話切れた。
「うわ……」
だが、本当に蟲のしわざなのか携帯が何度も震え始める。なにこれ、怖い。誰か蟲師呼んで! 絶対蟲だよ!
さすがに怖くなりおそるおそる一番新しいメールを開いた。
「平塚静:夏休みの奉仕部活動について連絡があります。折り返し連絡をください。もしかしてまだ寝ていますか(笑)。先ほどから何度もメールや電話しています。本当は見てるんじゃないですか? ねぇ、見てるんでしょ? 電話、出ろ」
完全にヤンデレ彼女からのメールじゃないですか! もうやだこの人! 絶対、彼氏にもこんな感じのメール送ってるよ!
先生の話を要約するとボラティア活動に参加しろ的なものだった、夏休みは休むための期間だ。働くとか負けだと思う。すぐに携帯の電源を切った。
何とかヤンデレ先生の魔の手から逃れることができた俺はホッと安堵のため息を吐く。その時、小町が2階の自室から下りて来た。サイの姿はない。
「休憩か?」
「うん。感想文と自由研究以外はほとんど終わったよー」
「お疲れさん。何か飲むか?」
「あ、お願ーい」
ソファでダレている小町にキンキンに冷えた麦茶を差し出す。小町は笑顔でそれを受け取り、一口飲んでふぅと息を吐いた。
「さて、お兄ちゃん」
麦茶のコップを手に持ったまま、俺に視線を向ける。おや、そんな真剣な眼差しでどうしたんだい、我が妹よ。
「小町はすごく頑張って勉強しました。なので、ご褒美があってもいいと思います。色々検討した結果、お兄ちゃんは小町とサイちゃんをつれて千葉に行かないといけなくなりました」
「え、何がどうなってそうなったの?」
「小町はご褒美が欲しい! サイちゃんはお兄ちゃんと出かけたい! お兄ちゃんは可愛い妹たちと一緒にいたい! 三段論法!」
おお、すごい三段論法だ。何も繋がってない。でも、納得できちゃう不思議。
「まぁ、それなら仕方ないな。どこに行くかは知らんが一緒に行くことくらい別にいいぞ」
「おお、ありがと。それじゃ、小町たちは準備して来るから。お兄ちゃんも動きやすい恰好に着替えてね!」
はて。動きやすい恰好とな? 何かスポーツでもやりに行くんかね。そう思っていると小町は嬉しそうに部屋を去って行った。じゃあ、俺も準備しますかね。
「妹たちを信じた結果がこれだよ」
「元はと言えば私のメールを無視した比企谷が悪い」
俺の隣で車を運転している平塚先生が不機嫌そうに言う。千葉駅に着いて小町とサイに引きずられるように向かった先にいたのはあのヤンデレメールを送って来た平塚先生と雪ノ下、由比ヶ浜。そして、戸塚だ。もう戸塚だけでいいよ。いや、小町とサイも必要か。はっ! 今思えばこの車に2人の天使と1人の妖精さんがいるじゃないか。
「それにしてもサイまで連れて来てよかったんですか?」
「ああ、君たちの両親はよく家を空けるのだろう? さすがに少女を1人置いていくわけにはいかないからな」
確かにサイを独りにしたら本当にどうなるかわかったもんじゃない。夏になっても俺の腕にくっ付いて寝てるし。めっちゃ寝苦しい。けど、可愛いから許しちゃう!
「でも、1日ぐらいなら大丈夫じゃないですか?」
本当は無理だけど。平塚先生の本心が聞きたかった。
「ん? 何を言っているんだ? 今回は2泊3日の予定だぞ?」
「……はい?」
待って八幡聞いてない。あ、だからあんな大きな荷物持って来たのか。いや、そんなことよりも重要なことが。
「あの……寝る場所ってどうなってます?」
「普通に男と女で分かれる予定だが?」
じゃあ、俺1人……いや違う! 戸塚いる! やべ、本気で間違えた。
「あー……」
しかし、問題が浮上した。そう、サイである。チラリと後ろの座席にいる彼女を見た。ウノで遊んでいるようで楽しそうに笑っている。
「何か問題でも?」
「サイが……ちょっと」
「何だ、1人で寝られないのか? 安心しろ。大部屋だから皆で寝られるはずだ」
「いや……あいつ、俺としか寝られないんですよ」
「……何を言っているんだお前は」
ナチュラルにその台詞を聞くとは思わなかった。まぁ、気持ちはわかるけど。
「先生、冗談抜きで話してます。あいつは俺と一緒に寝ないと本当にまずいことになるんです」
「ははは、まさか君がロリコンだとは思わなかったぞ」
「……サイ」
やはり信じて貰えなかったようで強硬手段に出ることにした。
「んー? 何ー?」
手札に視線を落としながらサイが返事をする。その様子から俺と先生の会話は聞いていなかったようだ。
「2泊3日って聞いたんだけどお前知ってた?」
「知ってたよー。私も着替え持って来たし」
「寝る場所、男と女で分かれるみたいなんだが、大丈夫か?」
「……え?」
目を見開いて俺を見るサイはとても動揺していた。バックミラーでその様子を見たのか先生も驚いている。そのことを知っていたのか小町は『あちゃー』と言ったような表情だ。サイの依存を治すために黙っていたのだろう。
「嘘でしょ?」
「いや、本当だ。ですよね? 先生」
「え、あ、ああ……」
先生の返答で真実だとわかったようで群青少女は手に持っていた手札を落としてしまう。さすがに他の奴もサイの異変を無視できなくなったらしい。
「小町ちゃん、どういうこと?」
「あー……その、サイちゃん、色々あったみたいで……毎晩、お兄ちゃんと一緒に寝てるんです。前、お兄ちゃんから聞いたんですけど、トイレに起きて少しサイちゃんから離れるだけで泣いてしまうそうで」
由比ヶ浜の質問に小町が答える。それを聞いて由比ヶ浜も魔物関連だと察したのだろう。それ以上何も言わなかった。
「……ハチマン。お家帰ろ?」
涙目で俺を見るサイの声は震えている。他の奴がいるとは言え、俺の傍を離れるのが怖いのだ。いつ、敵が襲って来て俺の身に危険が迫るかわからないから。いつ、彼女が独りになるかわからないから。
「……今回、頑張ってみたらどうだ?」
「頑張る? 何を?」
「ずっとこのままじゃいられないの、お前だって気付いてんだろ?」
魔物の王を決める戦いは魔物の子が1人になるまで続く。逆にサイがその1人になった時点でサイは魔界に帰る。俺たちは必ず、別れてしまうのだ。
「……でも、まだ!」
「何が起こるかわからない。それが人生だ」
1時間早く家を出て車に轢かれることもある。同級生の犬を偶然助けることもある。魔物の王の戦いに巻き込まれることもある。人生とは小説よりも奇なり。俺はその言葉を今なら信じられる。
「……我慢できなくなったら、部屋に行ってもいい?」
今にも零れ落ちてしまいそうな涙を必死に我慢しながら不安そうに問いかけて来るサイ。俺は先生に向けて頷いてもいいのか確認した。
「まぁ、そう言うことなら仕方ないだろう」
「だってさ」
「……うん、頑張ってみる」
頷くサイだったがそのせいで一粒の雫が彼女の頬を濡らす。それを見た他の奴がサイを褒めた。まぁ、傍から見ればお兄ちゃん離れを決心した妹みたいだからな。実際、俺もそう感じたし。サイ、頑張れ。
「……すまん、比企谷。私が軽率だった」
「いえ、俺もメールを見るべきでした」
「珍しいな。君が自分の失敗に言い訳しないなんて」
「……サイは本当に危ないんですよ。言い訳してる余裕ありません」
「そんなに、なのか?」
バックミラーでサイの様子を見るとさっきまでの涙など忘れたように笑っていた。それがすでに異常だった。
「見ていればわかりますよ。あいつの異常性が」
「……ああ、気を付けるとしよう」
俺の言葉の裏を読んでくれたのか先生は頷く。俺だけじゃ見落とす点もあるだろうから気を遣ってくれる人が増えるのは喜ばしい。
そう思いながら何となく外を見た。
『「……」』
なんか見たことある赤髪の女の子が目を丸くして俺を見ていた。
「……っ!?」
俺も遅れて驚愕する。だって、まさか知り合いが隣の車に乗っていてほぼ同じスピードで走っていて何となく外を見たら目が合ったとか誰も思わないでしょ。サイの口癖が移るぐらい俺は動揺している。
その知り合い――ティオは車(多分、ロケバス)の中に一度引っ込んで大海の携帯を俺に見せて来た。電話を掛けろと言いたいらしい。
「……はぁ」
仕方なく、携帯を取り出して画面を操作する。
「どうした比企谷。私の隣で堂々と携帯を弄るとは。私と話したくないのか?」
「いえ……ちょっと外に知り合いがいまして。そいつが電話を掛けて来いと要求して来るもんですから」
「外に知り合い?」
首を傾げている先生を横目に大海の携帯に電話を掛けた。
『八幡、こんなところで奇遇ね』
「奇遇にもほどがあんだろ……仕事か?」
『うん、恵のね。あ、ごめん。恵、今寝ちゃってて』
「いや、いい。疲れてんだろ? 寝かせてやれ」
ここで代わられても俺が困る。てか、絶対きょどる。
『夏だからイベントが多くて忙しいのよ。あ、そうそう! アンタがいるってことはサイもいるの?』
「ああ、今代わる。サイ」
「んー?」
「ほれ」
携帯を渡してやる。
「もしもし? あ、ティオ! どうしたの? え、外?」
サイが窓の外を見てティオを見つけるとすぐに窓を開けて手を振った。ティオも答える。
「ねぇ、比企谷君。どうして、あの子の携帯番号を知っているのかしら?」
俺の一連の動きを見ていたのか雪ノ下が絶対零度の視線を送って来ながら質問して来た。
「サイとあいつ……ティオって言うんだが、こいつら携帯持ってないだろ? だからティオの保護者と俺が携帯番号を交換したんだよ。メールとかよくしてるみたいだし」
「……そう」
「え? あー、止めておいた方がいいかも。皆、ビックリしちゃうし。うん、うん。わかった。はい、ハチマン」
不意にサイが携帯を差し出した。しかし、まだ通話中である。一応、携帯を耳に当てた。
『もしもし、八幡君?』
何となく予想していたが、大海が起きてしまったようだ。多分、サイは大海が窓から顔を出すのを止めたのだろう。正解だ。こっちはただの一般ピープルだからな。
「お、おう……久しぶりだな」
『ええ、久しぶり。元気にしてた?』
「ぼちぼちな。そっちは? 仕事、大変なんだろ?」
この前来たメールにそんなことが書いてあったような気がしなくもない。いつも当たり障りのないメールしか送っていないのでほとんど覚えていないが。
『大変だけど嬉しい方が大きいかな』
仕事が大変なのは幸せなこと。仕事があるってことはそれだけ人に必要とされているから。アイドルとかまさにそうだ。
「まぁ、そのなんだ……無理はすんなよ」
倒れでもしたらティオが大海の看病をしなくてはならなくなる。そうしたらティオと遊ぶ機会が少なくなってサイが悲しんでしまうからな。べ、別に大海の心配とかしてるわけじゃないんだからねっ!
『っ……うん、ありがとう。それじゃ、また』
「あ、ああ……また」
電話を切ってため息を吐いた。未だに緊張する。
「もういいのか?」
「はい、ありがとうございました」
俺とサイが電話している間、先生と向こうの運転手は俺たちに気を使って走る速度を合せてくれていたのだ。
「それはいいだが……後ろを見ろ」
「ん?」
先生に言われて振り返ると疑惑の視線を送る3人と友達とお話しできて嬉しかったのか満面に笑みを浮かべる妖精さんと『八幡ってやっぱり優しいなー』と呟きながらカードをシャッフルしている天使がいた。そう言えば、まだ小町にも話していなかったような気がする。
「……はぁ」
面倒なことになりそうだと、俺は携帯をポケットに突っ込みながらため息を吐いた。
ここで皆様に連絡です。
色々作業がありまして小説を書く時間があまり取れません。
不定期にしたら皆様に迷惑をかけそうなので余裕を持って毎週日曜日更新にしようかと思っております。
ご了承ください。