やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.138 彼らは致命的に経験が足りない

(くそっ……“油断”した)

 突如として現れたゾフィスを前に俺は心の中で悪態を吐く。サイはこの広間で敵が仕掛けて来ると予想していた。逃げ場のない階段を登っている最中に攻撃して来るとも言っていた。そんな予想を聞いていたのでこの広間に入る時、今まで以上に警戒していたのだ。だが、この広間はあまりに殺風景(シンプル)だった。

 ここは城に繋がる唯一の広間だ。城に行くためには必ずここを通らなければならない。そのため、城に住む王族を守るために選ばれた者以外はたやすく通れない仕掛けになっていた。広間にあるのは階段のみ。つまり、左右の壁に通路に繋がる入り口はいくつかあるが足場といえる場所はこちらも相手も階段しかないのだ。そんな場所で敵はどうやってこちらに攻撃を仕掛ければいい? こんな場所で戦えば階段(足場)は簡単に崩れてしまう。そうなれば全員奈落の底へ真っ逆さま。

 そんなリスクの高い場所で追撃して来るとは“思わなかった”。

 ここまで全員無事でいたことに“安心した”。

 どんなことにも絶対など絶対にないと断言されたはずなのに。

 ここで敵が襲って来ると予想していたのに。

 まさか敵が術もなしに空を飛べるとは想定していなかった。

 そして、不意を突かれた俺たちはゾフィスが目の前にいるのに何もできずに硬直している。

 俺は彼女の忠告を聞いただけで理解していなかった。大げさに話しているのだと高を括っていた。サイの言葉は全て“実体験”から導き出された真実だったのに。

「あなたがたの動きは全て見させてもらいました。パティやビョンコの報告にあった『孤高の群青』がいないのは気になりますが今出て来ないのならこの場にはいないのでしょう」

 俺たちを微笑みながら見下ろしていたゾフィスがこちらを一瞥し、少しだけ残念そうにそう言った。侵入者である俺たちに対して必要以上に魔物が集まらなかったのは他に仲間が――特にサイがいないかを見極めるためだった。そして、実際に俺たちの前に現れることでこの場にサイがいないことを証明した。彼女なら俺たちの危機を見過ごすわけがないのだから。

「だとしたら……話は簡単です」

「っ……皆、走れぇ!」

 満足げに頷いた彼は静かに俺たちに向かって右手を向けた。この場に最も警戒すべきサイはいない。俺たち以外に仲間がいないことも把握されている。そんな状況で起こすゾフィスの行動はただ一つ。

「ここでいなくなってもらうだけです」

「『ラドム』!」

 俺たちの抹殺だ。どこからか女性の声が聞こえ、ゾフィスの右手から放たれた術が迫る。術で迎え撃つのは得策ではない。上手く相殺できたとしても余波で階段が崩壊してしまう。どうする? どうすればいい? この危機をどう乗り切ればいい?

 

 

 

 

 

 

 

「『マ・セシルド』!」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思考の中、俺たちの目の前に1枚の盾が出現し、ゾフィスの攻撃を防いだ。『マ・セシルド』は術を消滅させる効果を持っている。これなら余波で階段が崩れることもない。しかし、気になったのはこんな状況で誰よりも早く行動出来た恵さんの冷静さだ。チラリと恵さんを見ると真っ直ぐゾフィスを見ながら術を放つタイミングを見計らっている。いつの間に彼女はあそこまで――。

「……なるほど。ここまで来られたことにはちゃんと理由がありましたか。では、これは防ぎ切れますか?」

「『ロンド・ラドム』!」

 再び女性の声がするとゾフィスの右手に鞭のような炎が現れ、彼はそれを振るうと炎の鞭は真っ直ぐ階段へ迫った。それを見てすぐに恵さんが魔本へ心の力を注ぎこむ。まずい、俺の予想が正しければあの術はそう簡単に防げるようなものではない。

「待て、恵さん! あれは――」

「――『マ・セシルド』!」

 俺の制止の声は少しばかり遅かったようで炎の鞭の進攻を阻むように盾が出現する。だが、その次の瞬間、阻まれたはずの炎の鞭が盾の横から顔を出した。鞭の真骨頂は攻撃の最中でも手首を捻ればある程度軌道を変えられる操作性の高さ。それに加え、俺たちを守るはずの『マ・セシルド』は皮肉にも俺たちの視界を塞いでしまった。完全に虚を突かれた俺たちはどうすることもできず、炎の鞭が階段を横薙ぎに叩き、連鎖的に爆破を起こす。大昔に作られた階段がそんな爆破に耐え切れるはずもなく、階段(足場)は簡単に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん」

 ひと肌に暖めたお湯の入った清潔なボウルに傍に置いておいたタオルを投入。しっかりとお湯を絞り、まだ眠りこけているハチマンの顔を優しく拭いた。昨日、あれだけメグちゃんとティオに“看病”されたのに彼は未だに目を覚まさない。今のところ、アジトから感じる魔力に異変は起こっていないので焦る必要はないがやはり念には念を入れておきたいのだ。

「かゆいところはありませんかー……なんて」

 私の問いに答えるはずのない彼を見て微笑みながら軽く頭を撫でた後、タオルをお湯の中へ入れて部屋を後にした。

「サイ、八幡君の様子は?」

 ボウルとタオルを持って昨日の夜に作戦会議を開いた広間でパソコンに向かい合っていたアポロに問いかけられる。その問いに首を振るだけで答え、ボウルとタオルを片づけた。顔色は良くなったとは言え、昨日の彼は強制入院させられそうになるほどボロボロだったのだ。そう簡単に目を覚ますとは思えない。

「アポロは何してるの?」

「はは、これでも社長だからね。色々やることがあるんだよ」

「ふーん、パートナーにされた人たちの帰国手続きってところでしょ。皆が帰って来たら何十人も面倒見なきゃならないもんね」

「……君は本当に恐ろしい子だよ」

 そう言って彼は小さくため息を吐いて目頭を押さえた。キヨマロたちは今日の作戦のために早めに休んだがアポロはほとんど眠らずに働いていたのだ。八幡ほどではないにしろ疲れているのだろう。

「少し休んだら? 疲れた顔してる」

「いいや、もう少し頑張るよ。心配してくれてありがとう」

「なら、ちょっとだけ休憩。コーヒー淹れるから」

「……そうするよ」

 私の提案を苦笑して受け入れたアポロ。書類やパソコンを片づける彼を見て私もコーヒーを淹れ、ハチマンの鞄から失敬しておいたコンデンスミルクと共にアポロに渡した。

「……これは?」

「コンデンスミルク」

「それは見てわかるが……これをどうしろと?」

「ハチマンの地元に伝わる伝統的なコーヒーの飲み方だよ」

 なお、好き嫌いは分かれる。私もあんまり好きではない。飲めないこともないが甘すぎるのだ。まぁ、今のアポロには甘い偽MAXコーヒーが丁度いいだろう。

「そ、そうか……試してみよう」

 戸惑った様子でアポロはコンデンスミルクの蓋を開け、じゅるるとコーヒーの中へ投入した。ハチマンより入れる量は少ないが初めての偽MAXコーヒーだ。少しずつ慣れていけばいい。

「そう言えばアポロもパートナーだったんだよね?」

「え、あ、ああ……」

「どんな子だったの?」

「……そうだね。どこから話そうか」

 コンデンスミルクをテーブルに置いてスプーンでコーヒーを混ぜながら彼は微かに微笑んだ。その表情は久しく顔を合わせていない親友を思い出しているようだった。

 それからアポロは彼のパートナー――ロップスの話をしてくれた。気長に旅をしていたこと。ロップスの好きな物、嫌いな物。キヨマロとガッシュとの出会い。そして――。

「ガッシュに似た魔物?」

「外見だけだがね……中身も力もガッシュとは全く違った。僕はロップスとお礼や別れを言う時間さえ与えられなかった。彼のパートナーも恐ろしい奴だった。今でもあの時のことを思い出すと背筋が凍りつく」

「……そんなやつもいるんだね。それほど非情なやつなら魔力にも特徴ありそうだけど今まで感じたことはないから少なくとも日本にはいないみたい」

「僕が出会ったのもオランダだったよ。サイもあいつ――ゼオンには気を付けた方がいい」

「ゼ、オン?」

 ロップスを倒した魔物の名前を聞いた瞬間、何かが引っ掛かった。すぐに思い出せないので“あの私”に関係しているかもしれないが当時の記憶はほとんど擦り切れていて情報を引き出すことはできない。まぁ、きっと出会っていたらガッシュを見た時に思い出したはずなので『ゼオン』と面識はないのだろう。

「お、なかなか美味しいね。このコーヒーなんていうんだい?」

「えっ……MAXコーヒーっていうんだよ。それは偽物だけど」

「偽物? 本物があるのかい?」

「うん、ハチマンの地元にしか売ってないの」

「ふむ……そうか、教えてくれてありがとう」

 『取り寄せてみるか』と呟くアポロに私はちょっとした悪戯心で偽MAXコーヒーを用意したとはとても言えず、少しだけぬるくなってしまったコーヒーを啜った。












今週の一言二言



・FGOで1.5部の新しいストーリーが来ましたね。リンゴは取っておきたいので自然回復で攻略しています。あのCMに出ていた忍者の子が欲しいです。早くガチャに来て欲しいですね。

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