やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
後、活動報告にこの小説について書いたので一度、目を通していただけると幸いです。アンケートもあります。
初夏。どんどん気温が高くなり、学校に行くのも億劫な季節。サイ曰く、俺の目の淀み具合で今日の最高気温がだいたいわかるらしい。俺、気象予報士になろうかな。働きたくないから無理だな。
由比ヶ浜の誕生日以来、以前のようなぎこちなさはなくなり至って平和な日々を暮らしていた。まぁ、雪ノ下に罵倒されたり、由比ヶ浜に罵倒されたり、サイにため息を吐かれることもあるけどね。
あれから変わったことはサイが料理にハマったことぐらいだ。どうやら、“俺のために”お弁当を作りたいそうで雪ノ下に色々聞いて家で練習している。そして、つい先日、お弁当第1号が完成し、俺はいつもの場所で食べた。マジで美味かった。それからお弁当は学校生活の数少ない楽しみになっている。なっているのだが。
「……」
その楽しみを家に忘れて来て俺は絶望していた。いくら鞄の中を探してもお弁当らしき物がどこにもないのだ。
「八幡、どうしたの?」
珍しく教室に残っているので気になったのか戸塚が可愛らしい声で問いかけて来る。ああ、少しだけ元気出た。
「いや……弁当忘れた」
「お弁当? そう言えば最近、八幡お弁当だったね」
「ああ……」
せっかくの戸塚とのお喋りなのに返答ができない。俺の中でサイのお弁当はそれほど大きい存在になっていたということか。サイ、家に帰ったらちゃんと食べるから許してくれ。
「今、食べてくれなきゃ許してあげなーい」
「……」
何で目の前にサイがいるんでしょうかねぇ。おかしいですねぇ。ここ、学校ですよねぇ。ニヤニヤ笑ってお弁当持って俺を見てるのは何ででしょうかねぇ。そして、俺が呆然としている間に膝の上に乗るの止めて貰えませんかねぇ。
「は、八幡! この子は?」
さすがの戸塚も目を見開いて驚いていた。そりゃ、いきなり小学生みたいな奴が教室に現れて俺の膝を占領すれば驚くわ。
「俺の親戚みたいな奴。今、家で預かってんだ……おい、勝手に来るなって言っただろ」
「だって、今日はティオたちと遊ぶ約束してなかったし。家にお弁当忘れるいけない子もいたでしょ?」
首を傾げながら言われても困ります。ほら、見てみろよ。教室にいる全員がお前を見ているぞ。『え、何あの人……幼女、攫って来たの?』。あ、これ俺に向けられている目線だわ。
「こんにちは。ぼく戸塚彩加。八幡の友達だよ」
「こんにちは。私サイ。ハチマンのパートナーだよ」
「「よろしくねー」」
何このほわほわした空気。今すぐにでも飛んで行っちゃいそう。サイは俺の上にいるから飛んで行かないけど戸塚はまずい。急いで確保しなければ。どうやろうかな。よし、俺の背中に括り付けよう。
「あ、ハチマン! お弁当食べよ! 今日の卵焼きは自信作なんだー」
思い出したのか俺の机にお弁当を乗せて広げ始める。ちょっとサイさん。ここじゃ目立つんでいつもの場所に移動してもいいですか?
「八幡、今日は教室で食べるの? じゃあ、ぼくも一緒にいいかな?」
「ああ、いいぜ。一緒に食べよう」
……あ。
こうして俺はサイと戸塚と一緒にお弁当を食べた。その後、平塚先生を呼んでサイを引き取って貰った。だって、サイってば一緒に授業受けたいって言い出すんだもん。さすがにそれは無理だわ。
変わったことと言えばもう1つ。
「ハチマーン。携帯貸してー」
サイがメールを覚えた。どうやら、ティオと仲良くなったそうで結構頻繁に俺の携帯を使ってティオにメールを送っている。まぁ、実際に見たわけではない。だって、サイすぐにメール消すからフォルダに残ってないんだもの。何で消すのか聞いたら『八幡の……エッチ』って誤魔化された。前、一回だけサイがいない時にメールが来たので宛先を見たら『大海恵』と書いてあった。ティオも携帯持ってないからな。必然的にそうなる。俺と大海は一度もメールのやり取りなどしたことないが。
「サイ、楽しそうだな」
ニコニコと笑いながらメールを打っている群青少女を見て無意識の内にそう言っていた。
「うん! 楽しいよー」
メールを打ちながらサイ。あれ以来、魔物と遭遇していないから退屈しているかと思ったがそうでもないようで安心した。
「そう言えば……あの時、どうして魔物と接触できたんだ?」
「あの時?」
「ほら、お前が屋上で奉仕部の部室を監視してた頃だ。さすがに屋上で魔物と鉢合わせるなんてあり得ないしお前から魔物に接触したと思ったんだが」
「うん、私から接触したよ」
メールが打ち終わったようで携帯をソファに置いて俺を見たサイは頷いた。
「どうやったんだ? 双眼鏡で見つけたとか?」
「ううん。魔力を感知したから」
「……はい?」
魔力を、感知? そんなことできるんですか?
「学校じゃまだ習わないけどね。この1年間、トレーニングをサボってたから勘が鈍ってたんだけどあの頃になってようやく魔力感知ができるようになったの。今も前みたいにできないからもっと練習が必要だけどね」
「学校で習ってないのにできるもんなのか?」
「私は編入生だからそこら辺はわからないよ。学校に編入してすぐにこの戦いが始まっちゃったし」
そこまで言ってサイは俺の携帯を手に持った。メールの返信が来たらしい。
「つまり、編入する前に魔力感知のトレーニングを始めたってことか」
「そういうこと。トレーニングというより……ん?」
「どうした?」
言葉を区切って携帯をマジマジと見る彼女に問いかけた。一体、その画面に何が書いてあるのかしらん?
「ねぇねぇ。今度の休みにティオたち、家に呼んでもいい?」
「いいんじゃねーの? 親父たちは仕事だし小町もどっか出かけるって言ってたしな。でも、あんまりうるさくするなよ?」
注意してもガッシュは聞かないだろうけど。高嶺も一緒に来てくれないかな。
「ハチマンも一緒に遊べば大丈夫でしょ」
「……ゲームぐらいしかできないぞ?」
「そう言えば、ティオってあまりゲームやったことないらしいからやろうかな。どんなゲームあったっけ?」
「あー、基本的に1人用だぞ」
ポケットでモンスターな奴とか。
「でも、赤い帽子のおっさんがレースに出る奴もあるよね? あれでいいかな」
そう呟きながらサイはメールを打つ。今から一緒に遊ぶのが楽しみなのだろう。頬が緩んでいる。
(小町の言う通りだな)
今、サイには俺の他にティオやガッシュという友達がいる。まだ俺に依存しているがいずれ俺がいなくなっても大丈夫な日が来るだろう。
「……」
その日が来るまで俺はあの群青の本を燃やされないようにしなければならない。もし、その日が来る前に本が燃やされ、サイが魔界に帰ってしまったら多分彼女は――壊れてしまうだろうから。
「ハチマン、さっきの遊ぶ約束土曜日になったから」
「おう。わかった」
とりあえず、今はこいつとの暮らしを楽しむとしよう。
楽しむと言ったな? あれは嘘だ。
「サイー、ハチマーン、遊びに来たわよー!」
土曜日。ティオたちが遊びに来る日。俺は1つだけ勘違いしていた。
「おはよう、八幡君」
「お、おはようございます……」
ティオたちの『たち』はガッシュではなく――。
「ティオ、メグちゃん! いらっしゃーい!」
――あの人気アイドルの大海恵だったのだ。眼鏡を装備して俺に笑顔を向けている。ま、眩しい。
(何? 何この状況)
家にいたらアイドルが遊びに来たでござる。いや、落ち着け。そう、ここは俺の家ではない。サイの家に遊びに来たのだ。俺はただの同居人。きっと、サイは俺の部屋で遊ぶはずだからそこに案内して飲み物とお菓子を持っていけばリビングに避難することは可能である。さすが俺。完璧なさくせ――。
「ほら、ハチマン! 私、お菓子と飲み物持って行くから部屋に案内して!」
よりにもよってパートナーに作戦を潰されるとは思わなかった。
「お、おう……じゃあ、付いて来てくれ」
自分の家のはずなのに緊張しながら2人を俺の部屋に案内する。サイ、早く助けて。『サウルク』唱えちゃいそう。
「へぇ、結構綺麗にしてるのね」
部屋に入ったティオが感心したように呟く。まぁ、置く物がないからな。
「まぁ、適当に座ってくれ……」
サイが用意していたのだろう。部屋の隅に置いてあった座布団を2枚取って渡した。受け取ったティオはテレビの前に座布団を置いてキョロキョロと辺りを見渡している。それを大海が苦笑いを浮かべながら見ていた。
「ごめんね。ティオってばあんなにはしゃいじゃって。よくガッシュ君の家に遊びに行くんだけどやっぱり一番仲良しなのはサイちゃんだから」
「そ、そうなんすか……」
俺、アイドルと会話してる。後で小町に自慢しよう。あ、信じて貰えないわ。
「緊張してるの?」
目を逸らしているとそちらに回り込まれて俺の顔を覗き込んで来る大海。や、やめてー! ぼっちの目を見ないでー! 目と目が合う瞬間、好きだと気付いちゃうからー!
「そ、の……まぁ、はい」
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ? 今日はティオの保護者として遊びに来たんだから」
「ハチマーン! ドア、開けてー!」
サイさん、遅いですよ! 俺、もう限界だったんだよ!
「あ、ああ!」
大海から逃げるようにドアへ向かい、出来るだけゆっくり開けた。少しでも時間を稼ぐ。
「お待たせー! 冷蔵庫の中から飲み物出すの手間取っちゃって」
身長が足りないから椅子を運ばないと冷蔵庫の上の段から物を取り出せないのだ。いつも冷蔵庫の中身を取る度に俺に抱っこを要求して来る。両手を挙げて『だっこー』とお願いして来るのだ。お兄ちゃん、頑張っちゃうぞーってなるよね。でも、サイさんならジャンプして取れそうだよね。この前、俺の肩にジャンプで跳び乗って来たし。もちろん、俺が立っている状態でだ。
「ありがと、サイ……で、その」
サイが床に飲み物とお菓子を乗せたお盆を置くのを見ながらティオがもじもじとしている。どうしたのだろうか。
「ゲーム、でしょ?」
「そ、そうよ! 早くやりましょ!」
「今準備するからちょっと待ってねー」
興奮気味のティオを抑えながらサイはテキパキとゲーム機とテレビを繋ぐ。
「仲良さそうね」
いつの間にか俺の隣にいた大海が嬉しそうに呟く。気配を全く感じなかった。こいつ、忍者か。
「そ、そうっすね……」
「……ねぇ、八幡君。少し、話がしたんだけどいいかな?」
「はい?」
呆然としながら隣にいる大海を見ると彼女は真剣な目で俺の目を見つめていた。
「……じゃあ、リビングで」
「うん、わかったわ」
俺と大海はゲームを操作しているサイとそれを見て目をキラキラさせているティオに声をかけてからリビングに向かった。
次回、八幡と恵の会話。