やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「参加できないって……どういうこと?」
サイちゃんの言葉に硬直していた私たちだったがいち早く正気を取り戻した私は震える声で何とか質問することができた。清麿君やサイちゃん、八幡君を診察した医師の診断結果を聞いて相当無理していたのは知っていたが1日ゆっくり休めば元気になると思っていたので彼女の言葉はあまりに意外だったのだ。
「うん、キヨマロと話し合って私たちは明日の作戦には参加しない方がいいって判断したの」
「そんなに八幡の容態は深刻なのか?」
頷いたサイちゃんにフォルゴレさんが更に問いかける。森の中で彼らが囮になると決断した時、その場にいたので私と同じように責任を感じているのかもしれない。
「さっきも言ったけどただの過労だよ。体の異常で傷ついた体は『サイフォジオ』で治ったし」
「じゃあ、どうして……」
「ナゾナゾ博士が言ってたけど向こうはすでに私たちの存在に気付いているとみて間違いない。だから警戒態勢を取られていてもおかしくないでしょ。そんな中にこんな大人数で突っ込んだらどうなると思う? 十中八九見つかる。ある程度私たちの手で千年前の魔物の数は減らしたけどまだ二桁を越える魔物があのアジトにいるし、侵入経路も限られてる上、私みたいに魔力を感知できる魔物がいても不思議じゃない。すぐに見つかって戦闘になる。しかも、連戦になるね」
「私もサイ君の予想通りの展開になると踏んでいる。戦闘が始まれば戦闘音で他の場所にいる魔物たちも寄って来るだろう。休む暇すらないかもしれん」
サイちゃんの考えに賛同するナゾナゾ博士。私たちがあそこまで行けたのは見つからないように隠れながら移動したからだ。最初から派手に暴れていたら魔物たちが集まって来てまとめて倒されていたかもしれない。
「そんな中にハチマンがいれば……どうなるかわかるよね?」
その言葉でアジトに侵入してから何度も血を吐きながら戦う八幡君の姿が脳裏を過ぎった。あの時は戦闘が終わった後に『サイフォジオ』で回復できたが明日は悠長に回復できる時間はないはずだ。
「まぁ、実際にはハチマンの体の異常は『サジオ・マ・サグルゼム』で何とかなるよ。あの白いオーラにはほんの少しだけど魔力を無効化する効果があるから負の感情の乗った魔力を凌ぐことはできるから」
「なら、何も問題ないじゃない」
「ううん、問題はその『サジオ・マ・サグルゼム』なの。何度か言ったけどあの術を使うとハチマンに精神的な負荷がものすごくかかるの。一回使えば動けなくなっちゃうぐらいにね。あの時は根性で何とかなったけどそう何度もできることじゃない」
ティオの言葉を否定したサイちゃんはもう一度『サジオ・マ・サグルゼム』のデメリットは話してくれた。そんな危険な術を八幡君は私たちのために3回も使ってくれたのだ。
「話を戻すけど明日、アジトに侵入した後、千年前の魔物たちと連戦になる。その間、ハチマンが戦い続けるためには『サジオ・マ・サグルゼム』を何度も使うことになると思う」
「あれは……何度も……」
八幡君は『サジオ・マ・サグルゼム』を3回使用し、過労で倒れてしまった。それも病院に行く前に『サイフォジオ』で回復したにも関わらずに、だ。それだけあの術は彼に大きな負担をかけるのだろう。
明日の戦いは今日以上に激しく苦しいものになることぐらい容易に想像できる。そんな戦いに八幡君が参加すればあの術を使って戦い続けるに決まっている。しかし、だからと言って『サジオ・マ・サグルゼム』を使わなければ体の異常で彼の体はボロボロになってしまう。
「少なくとも敵の数が片手で数えられるぐらいになるまでハチマンを戦いに参加させるわけにはいかないの」
「しかし、今回の目的は千年前の魔物たちの殲滅ではなく、ゾフィスの打倒だ。ゾフィスさえ倒せば戦うことを強制されている魔物たちを解放することができる。八幡さんやサイの力を借りられないのは痛いがこれ以上八幡さんに無理をさせるわけにはいかない。だから……サイたちにはここでこの戦いから降りて貰う」
サイちゃんの言葉を補足した清麿君は顔を歪ませながら拳を握っていた。千年前の魔物と真正面から2人だけで戦うと提案したのは八幡君自身だが、許可したのは清麿君である。どれだけ合理的な理由があろうと八幡君が倒れた事実は変わらない。そうなるまで彼に戦わせてしまったことがよっぽど悔しいのだろう。
「本当にごめんなさい……もう少し時間があれば『サジオ・マ・サグルゼム』を使っても倒れないようにセーブしながら戦う技術をハチマンに叩き込めたんけどさすがに1日や2日じゃ無理なの。あ、もちろん、作戦会議には参加するよ。多分この中で一番場数を踏んでるのは私だと思うし、潜入戦も経験したことがあるからどんどんアイディアを出すからね!」
そう言って笑うサイちゃん。しかし、八幡君とサイちゃんの脱落は私たちにとってあまりにも衝撃的だったので誰も言葉を発することができなかった。
「……」
薄暗い部屋の中、小さいはずの彼の寝息がはっきりと聞こえる。照明もあるにはあるがそれではあまりにも明るすぎるため、八幡君の睡眠の邪魔になってしまうかもしれないので私は明かりも付けずに椅子に座ってただひたすら眠っている彼の姿を見つめていた。
本当ならば病院で入院しなければならないほど衰弱してしまった彼だったがこんな状況で私たちと別行動させるわけにはいかず、こうやって点滴を打ちながらベッドで寝かせるしかなかったのだ。アポロさんがいなければ強制的に入院させられていただろう。八幡君を診察した医師も最後までいい顔をしていなかった。
「……はぁ」
作戦会議も終わり、明日のために早めに休むことになったがどうしても眠れなかった私は何となく彼の傍に来てしまった。濁った瞳のせいで気付かれにくいがこうやって目を閉じて眠っている彼を見れば彼の容姿は人並み以上に優れていることがわかる。まぁ、あくまで個人的な意見なので他の人が今の彼を見てどう思うかわからないが少なくとも私はこんな状況なのに顔が熱くなる程度にはドキドキしてしまった。でも、やっぱりあの濁った瞳がないと物足りなく感じてしまう。あの瞳を含めて『比企谷 八幡』であり、そんな彼を――。
「……はぁ」
意識の切り替えをするために小さくため息を吐いた。そして、八幡君の性格を知っているからこそ改めて現実を突き付けられたことを思い出した。
彼はいい意味でも悪い意味でも合理的だ。自分に手に負えないものは手に負えないと言うし、しなくてもいいことはしない。それでいて自分が傷つくことで問題が解決するならば何の迷いもなく、自分を傷つけてしまう。本人からしてみれば当たり前のことなのだろう。でも、それを目の前で見せつけられる他の人にとってそれはあまりにも非合理的であり、理解しがたいのだ。だって、人間という種族は自分が傷つくことを恐れるものだから。きっと、自分が傷つくと知りながらその方法を取ることのできる彼は“理性の塊”なのかもしれない。傷つくことを恐れる動物的本能に最も効率的な問題解決方法を選ぶ理性が勝ってしまうのだから。
客観的に状況を理解し、己に解決できる問題であればたとえ己が傷つくことになってもその方法を選ぶ。もし、無理なものなら無理だとすぐに判断し、必要にならない限り自ら行動することはない。それが『比企谷 八幡』という人間である。
つまり、彼は自分が倒れるまで戦う必要があると判断したのだ。確かに敵に情報を可能な限り与えたくなかったのは納得できるし、3体の魔物を同時に相手にしてあそこまで戦えたのも純粋にすごいと思った。でも、それを見せつけられた私は素直にそれを受け入れることはできなかった。たとえ、そうすることがあの状況で正しかったとしても心がそれを受け入れるとは限らないのだから。
(今頃、由比ヶ浜さんたちの気持ちがわかるなんて……)
奉仕部メンバーである由比ヶ浜さんと雪ノ下さんは八幡君のやり方を受け入れることができず、奉仕部が崩壊しかけたことになった。あの時も私の知らない間に問題は解決したが、今なら彼女たちの言い分を理解することができる。こんなことを目の前で何度も見せ付けられたら私は耐え切れないかもしれない。当事者になって初めてわかる八幡君の残酷さに今にも心が折れてしまいそうだった。
「どうして、頼ってくれないのかな……」
今回こそ清麿君たちに最後の一撃を託したが自分が倒れてしまうのならもう少し私たちに役割を与えてくれてもよかったのでは、と考えてしまう。もう少し私たちに背中を預けてもいいのではないか、と思ってしまう。
彼だって人間なのだから間違うことだってあるはずだ。しかし、今重要なのは彼がそう判断し、それを実行したという事実。私たちと一緒に戦うメリットよりサイちゃんと2人だけで戦うメリットの方が大きいと思われてしまったことが何より悔しいのだ。
「恵、いる?」
控えめなノックの後、ドアの向こうからティオの声が聞こえた。返事の代わりに椅子から立ち上がってドアを開ける。廊下には不安そうに魔本を抱えた彼女が私を見上げていた。
「どうしたの? 寝てたはずじゃ」
「そうだったんだけど……恵、酷い顔よ。早く休んだ方がいいわ」
何か言い辛そうにしていたティオだったが私の顔を見てすぐに心配そうに言った。自分ではよくわからないがずっと私の傍にいた彼女がそう言うのであればそうなのだろう。
「うん、わかってる……わかってるんだけど……」
「……ねぇ、心の力は回復した?」
「え?」
私の様子を見ていたティオは小さく息を吐き、唐突にそんなことを聞いて来る。いきなりだったので彼女の質問の意図が読めず首を傾げてしまった。
「いいから答えて」
「う、うん……全快とまではいかないけど」
「なら、少しでも行動しましょう。くよくよ悩んでいたって気持ちが沈むだけだもの」
そう言って笑いながら魔本を私に差し出すティオ。彼女の言う通りだ。今更彼の残酷さを思い知ったとしても彼には関係のない話である。私が何を言っても彼の生き方は変わらない。そう簡単に変えられるものじゃない。ずっと部外者だった私だからこそ――どんなに願っても当事者になれなかった私だからこそ知っている現実。なら、今は少しでも彼のために行動しよう。少しでも傷ついてしまった彼を癒せるように努力しよう。それが今の私にできる唯一のことだから。
だから、もう少しだけ待っていて。私も貴方の隣に立てるように頑張るから。
「ええ、そうね」
ティオから魔本を受け取って私たちは再び八幡君の眠っている部屋へ入った。
なお、八幡の残酷さ云々は恵の勘違いである。
彼はすでに変わっています。
詳しくは今後のお話のお楽しみ、ということで。
今週の一言二言
・FGOで1000万ダウンロードチケット交換にてやっとヘラクレスを手に入れました。バサカが本当にいないので困っていましてホッとしています。え、マーリン?
うちのカルデアには王の話をしに来てくれません。助けてください。