やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.131 ――胸の奥に芽吹いていた感情を自覚する

「『オル・ロズルガ』!」

 千年前の魔物の手から薔薇が飛び出し、私たちを襲った。何とか直撃は避けたものの薔薇が地面を抉った衝撃で私はその場で倒れてしまう。

「く……恵!」

「大丈夫よ、大丈夫」

 フラフラと立ち上がった私をフォルゴレさんが心配そうに見るが今はそんなことをしている場合ではない。ガッシュ君や清磨君、八幡君、サイちゃんが頑張っているのに逃げ出した私が泣き言を言うわけにはいかない。そんなこと言う資格はない。

「みんな頑張れ! 僕の車が見えた!」

 私たちが外に逃げたのはアポロさんの車で少しでも千年前の魔物たちから距離を取るためだった。敵は空を飛んでいるのですぐに追いつかれてしまうが、走って逃げるよりはマシである。

「『ガルネシル』!」

 だが、車まで後もう少しというところで敵に私たちの目的が車であるとばれてしまったのか目の前でアポロさんの車が破壊されてしまう。これで私たちは逃げられなくなってしまった。まずい、私はもちろんフォルゴレさんの心の力も回復していない。こんな状態では戦いたくても戦えない。

「やったゲロ、やったゲロ! もう逃げ場はないゲロよ!」

 カエルの魔物が笑いながら空を飛ぶ魔物の上から降りた。他の魔物たちも続々と私たちの前に立ち塞がっていく。敵の数は現代の魔物らしきカエルの魔物と千年前の魔物4体の計5体。

「ゲロロロロロ……お前たち、呪文を唱えないところを見ると人間の心の力がもうないゲロか?」

 私たちの心の力がないこともばれている。どうする? どうすれば逃げられる? もし、八幡君がいてくれたら――。

(ッ……私、また)

 また、私は八幡君に頼ろうとした。確かに八幡君ならこんな状況でもどうにかしてしまうかもしれない。でも、きっと必要であれば自分を犠牲にしてでも私たちを逃がすだろう。実際、彼は私たちを逃がすためにあんなに傷ついた体でサイちゃんと共に森の中に残った。それなのにまた私は――。

「清麿とガッシュは……ううん、八幡とサイだって絶対に戻って来るの」

 その時、私の隣で赤い魔本を抱えていたティオが体を震わせながら言葉を紡いだ。千年前の魔物を前にして怯えているから体を震わせているのではない。彼女の瞳に恐怖の色は見られない。気合が入り過ぎて武者震いしているのだ。

「だから、私なんかに託してくれたガッシュたちのためにも、私たちを守るために残ってくれたサイたちのためにも……絶対にこの本だけは燃やさせちゃいけない!」

「あ、小娘が逃げたゲロよ! 追うゲロー!」

 そう言ったティオは踵を返して駆け出した。だが、それがきっかけになってしまい、カエルの魔物が千年前の魔物たちに指示を出す。このままではティオの持っているガッシュ君の魔本が燃やされてしまう。私たちだけじゃなく他のみんなもそう思ったのか千年前の魔物たちの前に割り込んだ。

「ここは通させはしない!」

「ゲロッパ……ダメゲロよ。オイラには強い仲間がたくさんゲロ! 弱い者がどうあがいてももう逃げられないゲロよ!」

 でも、あまりにも敵の数が多すぎた。私たちが止められたのは女の子の魔物だけで鎧の魔物とアンテナのような魔物がティオに迫る。

 

 

 

 

「こちらにもまだ仲間はいるぞ」

「『ゴウ・バウレン』!」

 

 

 

 

 ティオを守るように千年前の魔物の前に現れた男が左拳を振るうと頑丈な千年前の魔物たちが吹き飛ばされた。その隣には薄い青紫色の本を持ったチャイナ服を着た女の子。初めて見た2人だが、ティオを守ってくれたことには変わらない。希望的観測かもしれないが仲間、なのだろうか。少し距離が離れているので詳しい内容まではわからないがティオも彼らと話して笑みを浮かべている。

「くそぉおおお! 少し仲間が増えたからってなんだゲロ! 数はこっちの方が多いゲロ!」

「いや、私も一緒だ。『ギガノ・ゼガル』!」

 ティオたちに向かって駆け出したカエルと女の子の魔物だったが横から飛んで来た砲撃が直撃し、吹き飛ばされた。今の術は――。

「ナ、ナゾナゾ博士!?」

「そう、私の名前はナゾナゾ博士。何でも知ってる不思議な博士さ!」

 砲撃が飛んで来た方を見るとナゾナゾ博士とその肩に乗るキッド君がいた。あのティオを助けてくれた2人を連れて来てくれたのだろう。キャンチョメ君も嬉しそうにナゾナゾ博士たちに手を振っている。

「一気に行くぞ、ウォンレイ君!」

「はい!」

 ナゾナゾ博士と彼の言葉に頷いた魔物――ウォンレイたちが千年前の魔物たちと戦い始めた。ナゾナゾ博士とは戦ったことがあるので彼らの強さは知っていたがウォンレイたちも拳法と術を上手く組み合わせた攻撃で魔物たちを圧倒している。

「た、助かった……」

「まだ、いたのね……助けてくれる仲間が……」

 戦う彼らの背中を見てホッと安堵のため息を吐いた。それが致命的な油断になるとは知らずに。

「えっ……きゃああああああ!」

「ティオ!」

 突然、背後で羽ばたくような音が聞こえる。その音で振り返った刹那、ティオが空を飛ぶ魔物に捕まり、空へ連れ去られてしまった。馬鹿だ、私。戦っている最中に気を抜かしてしまうなんて。少しでも周囲に警戒していればティオを守ることができたはずなのに。

「しまっ――」

「――後ろを気にしてる暇はあるゲロ?」

「くっ」

 ティオが連れ去られたことに気付いたナゾナゾ博士たちの前に鎧とアンテナのような魔物が立ち塞がる。不意を突かれたせいで劣勢になっていた。

「ゲロロロロ! 格好良く登場したのに追い詰められるなんてカッコ悪いゲロ! じゃあ、追加ゲロ!」

 カエルの魔物がそう叫ぶと女の子の魔物が私の前で両手を突き出す。術を放つか前なのは明確。でも、私たちにはそれを防ぐ手段がない。頼みの綱であるナゾナゾ博士たちも今は動けない。

「小娘と本を取り返そうとしても、人間たちを守ろうとしても意味ないゲロ! 離れた場所にいる仲間を同時に助けることなんて不可能ゲロ! これで確実に1人は脱落ゲロよ!!」

「恵、避けろ!」

「『オル・ロズルガ』!」

 術が放たれるといち早く察知したアポロさんは私に注意してくれたが行動を起こす前に女の子の手から巨大な薔薇が飛び出した。どうやら、女の子は私を狙って撃ったようで今から回避行動を取っても大きな薔薇を躱すことはできない。でも、そのおかげでフォルゴレさんたちは薔薇の射程範囲から少し外れている。彼らは私に手を伸ばしているが私の元に辿り着く前に私は薔薇に飲み込まれてしまうだろう。

 

 

 

 

 ――自分のできることをすればいいんじゃねーの?

 

 

 

 

 不意に八幡君の言葉が脳裏を過ぎり、ティオの魔本を抱えるように持って薔薇に背中を向けた。今、私にできることはこの身を挺して魔本を守ることだけだ。

 鍛えている八幡君やフォルゴレさんならともかく私があの薔薇の直撃を受ければ怪我だけでは済まないだろう。彼には絶対に生き残るようにお願いしたのに逃げた私がやられてしまうなんて何とも皮肉な話だ。きっと彼を置いて逃げた私への罰なのだろう。ああ、そうだ。きっと、これは罰。私はこの一撃を受けるべきなのだ。そうしないと私の気が治まらない。今まで八幡君に助けられ続けてきた私を私は許せない。その、はずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君……」

 

 

 

 

 

 

 私から零れ落ちた言葉はそんな思考を裏切る――。

 

 

 

 

 

 

「……助けてっ」

 

 

 

 

 

 

 ――救いを求める言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジッとしてろよ」

 

 

 

 

 

 私の耳元でそう囁いたのは男の子らしい低い声だった。そして、ギュッと誰かが私の肩を庇うように左腕で抱き寄せる。

「え……」

 戸惑ったのは一瞬だった。背後で凄まじい轟音が響き、視界が眩い光に染まってしまったのである。その光のせいか、それとも襲い掛かる激痛に怖気づいたのか私は目を閉じてしまった。でも、いつまで経っても薔薇は私を襲わなかった。

「大丈夫か、大海」

 困惑しているとずっと聞きたかった彼の声がすぐ近くで聞こえる。そして、ずっと感じていた温もりが離れた。急いで目を開け、振り返るとこちらを見ずに女の子の魔物を警戒している八幡君を見つけた。

「はち、まん君?」

「何とか間に合ったようだな」

「ハチマーン、サガミを預けて来たよ」

 彼の隣に駆け寄ったサイちゃんがアポロさんを指さす。そこには気絶した総武高校の制服を着た女の子がアポロさんに抱えられている。いまいち状況が飲み込めず、混乱しているとサイちゃんが八幡君の方を見てため息を吐いた後、左手を彼に向けた。

「大海、ありがとう」

「……え?」

 唐突にお礼を言われた私は声を漏らしてしまう。お礼を言われたこともそうだが、何よりこちらを振り返った彼が――優しい笑みを浮かべていたことに驚いてしまったのだ。

「お前のおかげでやっと答えを見つけられた。だから見ていてくれ。俺たちが一緒に戦うところを」

「ッ……」

 八幡君の言葉を聞いた私は彼の顔から目が離せなかった。心臓が今にも爆発してしまいそうなほど激しく鼓動している。顔が熱くなっていくのがわかる。

(あれ……あれ?)

 それと同時に私と八幡君が出会ってからの出来事が走馬灯のように頭の中で繰り返し、再生されていた。その映像の中の私は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぁっ……嘘。私、まさか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――完全に恋している女の子の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイ、もう一回頼む」

「あんまり無理しないでね?」

「ああ、わかってる。『サジオ・マ・サグルゼム』」

 八幡君が聞き覚えのない呪文を唱えるとサイちゃんの左手から“白い球体”が射出され、八幡君に直撃した。何度も同じ映像を見せられて今すぐでも彼の前から消え去りたい私だったがさすがにその光景を目の当たりにして現実に戻って来た。

「サイちゃん!?」

「大丈夫だよ、メグちゃん。この術は攻撃呪文じゃないから」

 サイちゃんはくすくすと笑いながら言うと彼女の言葉通り、八幡君は怪我一つしていない。でも、何故か彼の体は白いオーラに覆われている。まるで、『ラウザルク』で肉体強化したガッシュ君みたいに。

「『サジオ・マ・サグルゼム』。これはね……ハチマン専用の肉体強化なの。しかも、その効果も持続時間も全部ハチマンの気力次第」

「八幡君、専用の肉体強化?」

 魔物を強化する術は何度か目にしているがパートナーの人間を強化する術なんて初めて見た。しかも、それがパートナーの気力に依存するなんて前代未聞だ。

「うーん、まぁ、肉体強化っていうよりはハチマンの気力に反応して体を強化する効果を付加する術、なのかな? とにかく!」

 こっちを見ていたサイちゃんは再び前に視線を戻して右手を隠すあの独特な構えを取った。そして、八幡君もサイちゃんの隣で魔本を持つ左手を隠すように構える。半身になっている彼らは傍から見ればお互いの背中を預け合う形になっていた。

「これが俺たちの答えだ」

「新しい私たちの戦い方、しっかりと目に焼き付けてよね!」

 同時にそう言った彼らは話している最中に再び一箇所に集まった千年前の魔物たちに向かって駆け出した。









第7の術 『サジオ・マ・サグルゼム』


・八幡専用の付加術。
白い球体を八幡にぶつけると彼の体が白いオーラに覆われる。その効果は彼の気力に依存し、肉体強化はもちろん、持続時間が延びる。しかし、少しでも集中力が切れるとどんなに短い時間でも術の効果は切れてしまう。つまり、八幡にやる気がなければ術の効果は低くなり、一瞬でも気絶してしまったら術の効果は切れてしまう。
白いオーラは少しだけ操作することができ、例えば右手に集中させ敵の術を殴っても右手を傷つけずに敵の術を無効化することができる。普段は左手に持つ魔本に白いオーラを集めて魔本に傷が付かないように保護している。
八幡がサイの隣で戦いたいと願い続けた結果、発現した呪文。



おめでとう! ハチマンがHACHIMANに進化したぞ!


HACHIMANとサイが見つけた答えの成果は次回。
あと、やっと恵さんが自覚したようです。彼女の変貌っぷりも次回。





今週の一言二言

・プリズマイリヤの映画が始まりましたね。私は地方に住んでいるので近くの映画館では公開していませんでした。でも、遅れて公開するかもしれないので期待して待っています。ネタバレはしないでね☆

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