やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.129 その美しい輝きは彼らの道標となり、道を照らす

「……え?」

 最初は何かの聞き間違いかと思った。こんな状況で戦う理由を問われるとは思わなかったのだ。でも、どうやら私の耳は正常だったようで彼は私の解答を黙って待ち続けている。

「どう、したの? 急に」

 木の枝を蹴りながら発した言葉は動揺のせいか震えていた。後少しで私はこの世界から消える。それなのに今更こんな問答にどんな意味があるというのだろう。

「別に急じゃない。それより何でなんだ?」

「……今はそんなこと話してる場合じゃないでしょ。後ろから敵が――」

「――『サフェイル』」

 ハチマンが呪文を唱えると私の背中から羽が生えた。突然のことでバランスを崩してしまい、慌てて羽を操作して木々の隙間を飛び始める。

「は、ハチマン!? なんで術なんか使うの!? 敵に場所がばれちゃうでしょ!」

「どうせ血の跡を追われてんだ。今更だろ。追加だ、『サグルク』」

「わっとと」

 いきなり速度が上がったので少しだけ驚いてしまう。『サグルク』は微々たるものだが私の肉体を強化してくれる。『サフェイル』は私の力に比例して速度が上がるので『サウルク』ほどではないが『サグルク』でも速くなるのだ。本当ならば『サウルク』を使うところだが私は左腕を失っている。もし、逃げ切れず『サウルク』の効果が消えたら私は戦闘不能になってしまうので使えない。

「これで少しは時間を稼げるはずだ。教えてくれよ、お前の戦う理由を」

 確かに『サフェイル』と『サグルク』のおかげで敵と私たちの速度はほとんど変わらなくなった。だが、それはハチマンの心の力がなくなるまでことだ。私の術は重ね掛けする度に心の力の消費量が増える上、発動している間も消費し続ける。つまり、向こうに比べてこちらの燃費が悪い過ぎるのだ。ハチマンの心の力は馬鹿みたいに多いとはいえ、途中でガス欠を起こしてしまうだろう。

 そんなことハチマンだって十分わかっているはずだ。それでも彼は呪文を唱えた。私の『戦う理由』を知るために。

「……」

 彼らしくない行動に私は言葉を紡ぐことはできなかった。戸惑っているから? 今はそれどころじゃないから? いや、違う。正直に答えることを体が……心が拒否している。この感情は――自己嫌悪。

「……一緒に戦うって約束したから」

 そんな自分の感情に戸惑いながら吐き出した言葉は自分でも呆れてしまうほどお粗末な言い訳だった。私の中にある答えはとても情けないものだから。

「それは方法だ。戦うなら一緒って決めただけ。俺が聞きたいのは目的だ」

 拙い言い訳がハチマンに通用するわけもなく、すぐに論破されてしまう。迫る木を右に避けながら私は思考を巡らせる。そして、何を言っても誤魔化せないことを悟った。誤魔化せないほど私たちの距離は縮んでいるのだから。

 出会った頃は近づけば近づくほど幸せなのだと思っていた。でも、近づけば近づくほど知られたくないこともやりたくないことも増えた。

 本当のことを知られたくないから脅すように過去の一部を教えた。

 彼が傷つく姿を見たくないから戦わないでと訴えた。

 今だって情けない私を見られたくないから誤魔化した。

 きっと私は我儘なのだ。彼の傍にいたいと同時に私の気持ちを知られたくないと思っているのだから。

 だから――これはただの罪滅ぼし。嫌だけど私はここで消える。なら、最期ぐらいちょっとだけ情けない私も見て貰おう。

「……生き残りたいから。ハチマンと一緒にいたいから」

 私だってハチマンに依存していることぐらいわかっている。今のまま魔界に帰れば私の心など簡単に壊れてしまうことも。

 このままじゃ駄目なこともわかっている。でも、私の心に染みついた闇は私の力ではどうすることもできない。だから、私は生き残りたい。私の心を守るために。何より、八幡と離ればなれになりたくないから。

 そう思っていたはずだったのに私たちは今まさに離ればなれになる。本当に人生は上手く行かない。私の願いはいつだって叶わない。

(期待するのは止めたはずだったのにね)

 『孤高の群青』と呼ばれていた頃、私は全てを諦めていた。それだけの罪を犯して来た。諦められるほど擦り切れていた。でも、ハチマンと出会って少しだけ期待してしまった。こんな私でもちょっとだけの間でも幸せになれるのではないか、と。それは許されないことなのに。だからこそ、自己嫌悪。己の罪を忘れてのうのうと生き、あまつさえ身の程を弁えずに幸せを願った。その罰が今の状況なのだろう。

「俺も」

「……え?」

 自虐的な思考の中、私の耳に届いたのは彼の同意だった。思わず、彼の方を見てしまう。右肩に担がれているせいで背中しか見えず、今ハチマンがどんな表情を浮かべているかわからなかった。

「俺だってお前と別れたくねーんだよ。だから、ずっと戦って来た。いつか終わりが来ってわかってた。でも、それから目を逸らすように先延ばしにして……生き残るために戦って来た」

「ハチマン……」

 私たちの願いは間違っている。それは現実から目を逸らすことだから。でも、同じ気持ちだったことを知って私の胸から棘が抜けたようにスッと痛みが消えた。

「だが、お前は違う」

「へ?」

 しかし、彼の言葉には続きがあった。同じ想いを抱いていたと知り、嬉しく思っていた私は間抜けな声を漏らしてしまう。違うって何? 違くないよ? 私はいつまでも一緒にいたい。この気持ちは本物だ。

「もし、生き残りたいだけなら……お前はここには来なかった」

「ッ――」

 その言葉に声を失ってしまう。彼の言う通りだ。ただ生き残りたいのであれば襲って来る千年前の魔物だけを相手にすればいい。でも、私たちはここにいる。それは私が願ったから。ここに来たいと彼に目で訴えたからだ。

「きっと生き残りたいって気持ちも嘘じゃない。でも、それと同時にお前の中には別の理由(願い)があるはずなんだ」

 別の理由? 別の願い? そんなの知らない。自分のことなのに何もわからない。その事実が私の心をキュッと締め付ける。

「ハチマンは……それを知ってるの?」

「知らん。パートナーでも心の中まで覗けるわけじゃないからな。だが……何となくわかることもある」

「わかること?」

「生き残りたいって願いは俺たちが出会ってから生まれた。なら、その前は? 人間界に来た頃のお前はなんで戦ったんだ?」

「人間界に来た頃……」

 人間界に来た私は駄菓子屋のお婆ちゃんのところにお世話になった。最初はお婆ちゃんに流されて生きていたけれど次第に彼女のことが好きになって……それで――。

「――違う」

 思わず、声に出してしまった。お婆ちゃんに出会ったのはこっちに来てから数日経った頃だ。その間に過去の――全てを諦めていた私ならどうにかして魔本を燃やしただろう。しかし、私はそれをしなかった。それこそがハチマンの知りたい『戦う理由』。そして、すでにその答えは私の胸の中にある。

(あれは……)

 

 

 

 

 

 

 この戦いに参加することになった私は最初、辞退しようと考えていた。私に魔界の王を決める戦いに参加する資格はないと思っていたから。だが、辞退の報告をしに学校の廊下を歩いている途中で何となく考えていた。

 

 

 

 

 

 ――もし……許されるのなら。

 

 

 

 

 

 決して叶うはずはないと諦めながら宝くじを買った人のように漠然とした想いを抱いていた。叶うはずがないのだから好きなように妄想していた。その想いが辞退を取り止める理由に、何となく生き残ろうと決心するきっかけになるとは知らずに。

 

 

 

 

 

 ――あの人のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃッ」

 そんな声と共に俺の体は空中へ投げ出されてしまった。どうやら考え事に夢中になっていたサイが木にぶつかってしまったらしい。不運にも切断されてしまった左肩をぶつけたのか視界に映る彼女は顔を歪めて左肩を押さえていた。激痛のせいで羽のコントロールを失っているようにも見える。このままでは俺もサイも地面に叩きつけられてしまう。

「サイ!」

 咄嗟に遠ざかる彼女の右腕を掴んで引き寄せ、抱きしめる。今の彼女は左腕を失っているので上手く受け身が取れないだろう。なら、多少疲れが残っているとはいえ『サルフォジオ』のおかげで体の傷がなくなっている俺が身を挺して彼女を守るべきだ。今、サイが倒れてしまったら全てが水の泡になってしまうのだから。

「ガッ」

 それなりの速度で移動していたせいか地面に墜落した瞬間、体のどこからか骨の折れる音が響いた。だが、これぐらい慣れている。いや、サイの特訓はもっと痛い。だから、耐えられた。俺の胸の中で小さくなっているパートナーに感謝しながら少しでも衝撃を抑えるためにゴロゴロと地面を転がる。

「はぁ……はぁ……」

 何とか止まり、俺の荒い息が静かな森の中へ消えていく。いつの間にか俺の手から零れ落ちていたのか近くの地面で魔本が跳ね、少し手を伸ばせば届く場所で止まった。落ちて来た魔本は淡い群青色の光を放っている。

「ハチマン」

 今の騒動で術が切れてしまったので唱え直そうと魔本に触れた時だった。俺の胸に顔を押さえつけていたサイが声を震わせながら俺を呼んだ。

「私、ね……ずっと憧れている人がいるんだ」

「憧れている人?」

「うん……その人はね。すっごく強いんだ。どんなに絶望的な状況でも、どんなに痛めつけられても、どんなに悲しい思いをしても……彼女は必ず皆を守っていた。学校に通うようになって別れちゃったけど……綺麗な髪をなびかせて宝石みたいに輝いてる彼女の背中だけは忘れたことなんてなかった」

 初めて聞く学校に通う前のサイの話だった。どうやら、彼女は独りではなく、誰かと行動していたらしい。

「私が独りで月を見上げてる時に話しかけてくれたんだ。彼女の髪に月の光が反射してすごく綺麗だった。『よかったら、一緒に行かないかい?』って手を差し出してくれた。もう誰とも関わらないって決めていたのに私は黙ってその手を掴んでた」

 そう言って顔を上げたサイは嬉しそうに笑っていた。学校では『孤高の群青』と呼ばれた彼女でも『孤独()』には勝てなかったのだろう。だからこそ、彼女はその魔物の手を取り、どんな闇の中でも輝き続けるその背中に憧れた。それが彼女の胸に残った原石(想い)

「私はほとんど黙って付いて行くだけだったけど他の子は違った。最初は憎悪で目を濁らせていた子たちも彼女と接する内に目に輝きを取り戻していた。真っ暗な目の前ではなく、その先に待つ明るい未来を指さして私たちを引っ張ってくれた」

 すでにその魔物とは別れてしまったらしいがその原石(想い)は彼女の中に残り、この戦いの中で少しずつ研磨され続けた。あまりにもゆっくり削っていたせいで本人ですらその原石(想い)の輝きに気付かなかったが。

「きっと私はあの人にはなれない。とてもじゃないけど皆を引っ張っていくような強い人にはなれない。立ち止まってしまった私はもう皆に追い越されちゃったから」

 他の人を引っ張るためには先頭に立たなければならない。しかし、停滞してしまったサイは他の人に追い越されてしまう。サイ自身も今から先頭に立つつもりはないようだ。

「でも、この戦いに参加することが決まった私はほんのちょっとだけ考えちゃったんだ。もし、最後まで生き残った時、私はどんな王様になるんだろうって。その答えはすぐに出た……私は――」

 目を閉じた彼女は体を起こして胸の前で祈るように手を重ねた。それとほぼ同時に俺の手の先にある魔本の輝きが増す。

 

 

 

 ああ、そうだ。それでいいんだ、サイ。それが聞きたかった。それが俺たちが前に進むために必要な道標(輝き)なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――立ち止まったり、後退した人の背中を知られなくてもいいから支えたかった。私のように停滞してしまった人たちの『背中を支える王様』になりたかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、原石(想い)宝石(願い)になる。そして、俺も彼女から貰った原石(想い)磨こう(話そう)。きっとこれが俺が夢にまで見た――欲しかった『答え(本物)』だから。

(まるで……奉仕部だな)

 飢えている人に食べ物を施すのではなく、食料の調達方法を教える。

 助けるのではなく、助かる術を与える。

 俺たちは手を引っ張るのではなく、背中を押してやるだけ。

 結局、前に進むのは自分の足だ。俺たちはその手伝いをするだけに過ぎない。この1年間、奉仕部で過ごして来た彼女らしい願いだった。

「なら、一緒に支えてやるよ」

 俺の言葉に彼女は閉じていた目を開ける。俺の姿が映っている彼女の瞳はとても綺麗だった。あの不気味なほど澄んだ色ではなく、見ていて落ち着く俺の好きな色だった。

「生き残りたいって想いもその願いも全部本物で、両方共ゴールは勝ち残ることなんだ。なら、欲張ってもいいんじゃないか?」

「……できるのかな? 皆、私の手が届かないくらい進んでるよ?」

「前に誰もいなかったとしても隣には俺がいる。練習がてら俺の背中を支えればいい。俺も見本としてお前の背中を支えるから」

「あっ……」

 俺の答えの意味がわかったのかサイは目を見開き、次第に目に涙を溜めていく。目的はわかった。なら、後はその目的を達成するための方法を考えるだけ。そして、その方法はすでに俺たちの胸の中にある。

 

 

 

 

 

「一緒に戦おう、サイ。生き残るために、『背中を支える王様』になるために」

 

 

 

 

 

「……うん!」

 

 

 

 

 彼女が頷いた瞬間、魔本の輝きが今までにないほど強くなり、光の柱となって空へ登る。そんな光の中、目にしたのはサイの瞳から零れ落ちた一粒の涙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……」

 サガミを横抱きにしたまま、『孤高の群青』の後を追いかけていると突然、群青色の光が空へ登った。そして、凄まじい魔力の波が木々を揺らす。

「くっ……」

 嫌な予感がする。サガミに心の力を込めろと指示を出して彼女の元へ急ぐ。感じ取れる魔力から後もう少しで追い付くはずだ。

「『サルフォジオ』」

「いた!」

 そんな声が聞こえた瞬間、『孤高の群青』とそのパートナーの姿を捉えた。彼女は地面に寝転がりながら巨大な注射器を出現させている。

 呪文を使われてしまったがサガミを抱えたままでは戦えないのでまずは彼女たちの前に着地する。サガミがいればあのパートナーはすぐに無効化できる。後は左腕を失った『孤高の群青』を倒せば――。

 サガミを降ろして背中の大剣に手を伸ばした時だった。出現させた注射器を自分に刺す『孤高の群青』。すると、切断したはずの左腕が時間を巻き戻すように元通りになっていく。あの呪文は回復呪文だったらしい。おそらくパートナーもあれで治したのだろう。

「シッ」

 だが、チャンスだ。『孤高の群青』は回復中で動けない。今のうちにパートナーを倒して魔本を奪えばいい。本当なら術を使いたかったがそんな時間はない。俺は彼女のパートナーに接近して大剣を振り降ろす。

「――ッ!」

 目の腐った男は迫る大剣を一瞥した瞬間、その場で体を捻って紙一重で回避した。ただの人間に躱されるとは思わず、大剣を振り降ろした格好のまま硬直してしまう。その隙に捻った勢いでその場で一回転した男の足が俺の横腹に突き刺さる。人間の一撃なのでダメージはないが衝撃は抑えられず、後方へ飛ばされてしまった。

「ごぼっ……」

 しかし、蹴りを入れた本人は再び吐血した。理由はわからないがこいつはサガミが近くにいると勝手にダメージが入る。これでこの男は終わりだ。そう思っていたが倒れそうになった彼はダン、と右足を一歩前に出して体を支えた。

「戦うって……決めたんだ。こんなところで倒れるわけにはいかねーんだよ」

 鼻血を流しながらギロリと俺を睨む男。その目は濁っているが奥には確かな想いが存在していた。そんな目を俺は惹かれるように見つめる。ああ、悔しい。きっと、こんな状況でなければもっと楽しい戦いができたのだろう。本当に惜しいことをしていると思った。

「ハチマン、お待たせ」

 回復が終わったのか『孤高の群青』の腕はすっかり元通りになっていた。彼女はフラフラなパートナーを両手で支えながら頷く。千年前の魔物(俺たち)ではとてもではないが真似できない関係。

「頼む……俺たちの進む道を照らしてくれ」

 目を閉じたパートナーが魔本に心の力を溜めた刹那、凄まじい輝きが魔本から放たれる。それに反比例するようにサガミの持つ魔本から輝きが失われ始めた。

(そうか……お前もなんだな)

 こいつはあのパートナーを恨んでいる。でも、目の前の光景を目の当たりにしてその恨みが薄らいでいるのだろう。見ただけでわかる。彼らは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第7の術『サジオ・マ・サグルゼム』」

 

 

 

 

 

 ――とても綺麗な関係なのだと。















今週の一言二言


・FGO福袋引きました。実は私のカルデアにはある法則がありまして、星5鯖は各クラス2体以上でないと言うものです。セイバー、アーチャー、キャスター、アサシンが各2体。ランサー、ライダー、アルターエゴが1体。バーサーカー、アヴェンジャー、ルーラーが0体でした。
私的にはもうそろそろ星5バサカが欲しかったのですが見事、星5ランサーである獅子上でした。どうやら、私のカルデアには星5バサカが来ないと言う法則もあるようです。

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