やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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今回はちょっと長めです。
演出的な意味で改行する場所が多々ありますがよろしくお願いします。


LEVEL.128 彼は答え合わせのやり方を正す

「……」

 気付けば俺は真っ暗な世界にいた。どこを見ても闇しか存在しない世界。だが、俺以外の気配を感じる。何も見えないがここには俺以外に誰かいるのだ。

「……サイ?」

 何となくパートナーの名前を呼ぶ。すると、1つのスポットライトが灯り、1人の人物の姿が見えた。何度も見て来た小さな背中と綺麗な黒髪。俺のパートナーであるサイだ。

 今までずっと暗闇の中にいたので不安だったのか彼女の姿を見つけた瞬間、ホッと安堵のため息を吐き、声をかけようと口を開けるがすぐに硬直する。彼女はよく真っ白なワンピースを着ているが目の前でこちらに背を向けて立っている彼女が来ていたのは真っ赤なワンピースだった。そして、あれは血で真っ赤に染まったワンピースなのだと気付いてしまったのだ。

「……っ」

 驚愕のあまり声を出せずにいると彼女の頭が僅かに下を向き、息を呑む声が聞こえた。どうやら、自分の手を見て驚いたらしい。サイは慌ててその場から離れようとするが足が固定されているのか一歩も足を踏み出せなかった。

「ひっ……」

 思わず、足元を見た彼女は小さな悲鳴を上げる。無理もない。動けなかったのは地面の中から飛び出ていた小さな手が彼女の両足首を掴んでいたのだから。

(これは……)

 今目の前で繰り広げられているのはサイの夢。ディスティニーランドに遊びに行った時に聞いた内容だった。実際に見るのは初めてだが、これを毎晩のように見せられていたら発狂してもおかしくないほどの悪夢だ。俺と出会う前の彼女は一人でこの悪夢と戦っていたのか。

「や、やめっ……」

 何とか足首を掴んでいる手から逃れようともがくサイだったがどんなに暴れてもその両手は彼女の足首を放さない。そして、俺は気付いてしまった。彼女や俺は魔物の死体の上に立っているのだと。

「誰か……助けてっ!」

 サイの悲痛な叫びが木霊するがそれに応える人はいない。俺もあのディスティニーランドの時のように言葉を見つけられず、声をかけることができなかった。だが、そんな彼女に話しかける存在がいた。

「【裏切り者】」

 彼女の足首を掴んでいる小さな手の主である。死体の地面から小さな女の子の顔が現れ、笑いながらサイに言葉をぶつける。小さな女の子だけじゃない。他の場所からも【痛い】や【殺してやる】、【助けて】と言った罵倒、殺意、憎しみ、悲しみが込められた言葉が彼女を襲い始めた。

「ぁ……いやっ」

 飛び交う罵倒の中、サイの震えた声が俺の耳に届く。駄目だ。あのままでは彼女が壊れてしまう。急いで何とかしなければ。

 でも、どうやって? 彼女の過去を碌に知らない俺がどんな言葉をかければいい? そんな都合のいい言葉なんて今の俺は知らない。だから、俺は震える彼女に向かって手を伸ばすだけで何もできなかった。

「やだ、やだやだやだやだ!! 助けて、助けてよ! ■■■■ッ!!」

 サイの絶叫は大気を震わせる。しかし、最後の言葉だけノイズが走り、聞き取れなかった。

 動け。動けよ、俺。何で動かないんだよ。今、彼女が助けを求めたのは俺かもしれないだろう? なら、言葉なんか必要ない。今すぐ彼女の元へ駆け寄り、抱きしめてやれ。彼女だって言っていただろう。悪夢から救ってくれるのは(ハチマン)だって。だから、早く……早く!

 

 

 ――本当に?

 

 

 今まさに一歩踏み出そうとした瞬間、脳裏に俺の声が響いた。思わず、動きを止めてしまう。

 本当に、俺なのか? 彼女が助けを求めたのは(パートナー)なのか? だって、彼女は俺に戦って欲しくないんだろう? 彼女の隣に立てない野郎に彼女を助けられるのか? 隣に立てもしない野郎に助けを求めるか? なぁ、どうなんだよ、八幡()

 そんな自問自答を繰り返し、伸ばしていた手がゆっくりと落ちていく。

「……アハっ」

 その瞬間、助けを求めていた彼女が急に笑い出した。壊れた人形のように体から力を抜き、天を仰ぎながら声高らかに笑い続けている。

「そうだね。うん、そうだった。いつだってワタシは独りだった。なら、もういいじゃない。もう、何も要らない。求めたら壊れちゃうなら最初から求めない。うん、うんうん! それでいい。そうでしょ、私。全部壊れちゃうならいっそのことワタシの手で壊しちゃおう。気に喰わない者、酷いことする者、無責任な者、ワタシに害をなす者、全てを壊しちゃおう。あの時みたいに」

 嬉しそうに独り言を呟く彼女だったが言い終わった刹那、あんなに綺麗だった黒髪が毛先から少しずつ群青に犯され、数秒で全てが群青へと染まってしまった。

「ねぇ、■■■■。こんなワタシでも……愛してくれる?」

 そう言いながらこちらを振り返った彼女は見ているだけで背中が凍りついてしまうほど澄んだ群青色の瞳から涙を零しながら俺に問いかける。その問いかけに俺は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 幽かな声が鼓膜を震わせた。しかし、その内容は聞き取れない。水の中にいる時に水の外から話しかけられたようにその声はくぐもっていた。

「―――よ」

 今度は少しだけ聞き取れた。ああ、この声はサイだ。優しい声音で俺の起こそうとしている。そういえば俺、いつの間に寝てしまったのだろう。まぁ、いいや。もう少し眠らせてくれよ。こうやって考えることさえ億劫なのだ。起きたら遊んでやるから。

「ハチマン」

 その時、サイが俺の名前を呼んだ。いつもの可愛らしい声ではない。落ち着いた女性のような――女性にしては少しだけ低い声だった。何故かその声で名前を呼ばれると不安になる。

 だからだろうか。俺は本能的に目を開けた。寝起きのせいで見えた景色はぼやけている。視界いっぱいに広がるサイの顔すら判別できない。わかるのは雪のように白い肌と綺麗な黒髪。そして、その髪を毛先から犯し続ける群青。

「ぐっ……」

 咄嗟に起き上がろうとして体の内部から激痛が俺を襲い、うめき声を漏らしてしまう。何だこれ。目を覚ました直後なのに今にも気絶してしまいそうだ。

「ッ! ハチマン、目を覚ましたんだね!」

 呻き声で俺が目を覚ましたことに気付いたのかサイが嬉しそうに叫んだ。だが、その声に反応できなかった。痛みに慣れていたはずだが体の内部を直接殴られたような痛みは想定外。このままでは1分もせずに意識を手放してしまうだろう。

「『サルフォジオ』を唱えて!」

「っぁ……くっ……『サ、ル、フォジ、ォ』」

 失いかける意識を必死に繋ぎ止めながら魔本に心の力を込めて呪文を唱えた。その後すぐにドス、という衝撃(痛みはよくわからなかった)と共に少しずつ体が楽になって行く。体の負担が減ったからかやっと今の状況を思い出した。

(相模……)

 千年前の魔物のパートナーとして俺たちの前に姿を現した相模。彼女は他のパートナーとは違い、完全に心を操られているわけではないようで俺に対する憎悪だけが残っていた。その憎悪が魔本を通じて魔物の魔力に乗り、俺にぶつけられたのだ。今まで千年前の魔物たちの負の感情は俺個人ではなく、サイたちのような現代の魔物に向けられていることが多かった。だからこそ、相模の負の感情が乗った魔力に俺の体は耐え切れず、一瞬で戦闘不能に追い込まれたのだ。

「大丈夫? 意識ははっきりしてる?」

 そこまで思い出したところで『サルフォジオ』が消え、心配そうにサイが俺の顔を覗き込んで来た。その瞬間、髪が群青色に染まった彼女の姿と重なりドキッとしてしまったが目の前にいる彼女の髪は黒い。それに今幻視した髪が群青色に染まった彼女は一体? 何か夢を見ていたような気がするけど何も思い出せなかった。

「あぁ、だいじょ――おい、その腕!?」

 体を起こして何とか動けることをアピールしたがサイの左腕がないことに気付いて声を荒げてしまう。止血に使ったのか彼女のワンピースの裾はビリビリに破け、今にも下着が見えてしまいそうだった。

「あはは、どじっちゃった」

「んなわけあるか! 俺を庇ったんだろ! 待ってろ、今『サルフォジオ』を唱えて――」

「――そんな時間はないや」

 慌てて魔本に心の力を注ぐがその前にサイが俺の体を右肩に担いで跳躍し、忍者のように枝から枝へ移動し始めた。だが、激しい動きを繰り返しているせいか彼女の左腕に巻き付いている白い布が赤く染まる。

「おい、そんな傷で動いたら」

「敵が迫ってる。今までは小細工で何とか誤魔化してたけど『サルフォジオ』の魔力を探知されて猛スピードでこっちに向かって来てるの」

 あの大剣の魔物は魔力を探知することができたらしい。魔力を隠蔽できるサイだが、術を使えば当たり前だが魔力を放出する。『サルフォジオ』を使ったせいでサイの魔力が漏れ、それを探知されてしまったのだ。

 それにサイが気付かないわけがない。つまり、体の異常で動けない俺か左腕を失ったサイどちらか1人にしか『サルフォジオ』を使えなかったのである。そして、サイは当たり前のように俺に『サルフォジオ』を使った。

「敵はどれくらいの速さで来てる?」

「……術でも使ったのかな。追い付かれちゃうかも。すぐに魔力を隠蔽したけどサインもすごく残しちゃってるし」

 後ろ向きに担がれているのでサイの左腕から垂れる血が森の中へ消えていくのが見えた。たとえ、魔力を隠蔽していたとしても血痕を辿られたらいずれ追い付かれてしまう。

「さっき言ってた小細工は?」

「仕掛ける暇すらないよ。今はルートを変えながら相手が血痕を見逃すのを祈るしかない」

 そう言う彼女だったがどんどん速度が落ちている。左腕がなくなってからどれほど時間が経ったかわからないが少なくない量の血を流しているのだろう。魔物でも人間と体の構造が似ているのであれば出血多量で死んでしまうはずだ。このまま放っておくわけにも行かない。

 しかし、追い付かれた瞬間、俺は相模の憎悪で気絶するだろう。気絶しなくても体の痛みは消えたが『サイフォジオ』のように体力は回復しないので運ばれているのに頭がフラフラしている。とてもではないが戦える状態ではない。

「大丈夫だよ」

 何も出来ない状況に思わず舌打ちをしてしまったがサイがいつもの声音でそう言った。

「あいつらは私を消すのが目的。きっとハチマンの命までは取らないから」

「おい、それのどこが大丈夫なんだよ……お前はどうなんだよ」

「私は大丈夫だって。だから、いいの」

 何がいいんだよ。何もよくない。

「ハチマンは何も悪くない」

 悪いに決まっているだろう。サイが満足に戦えないのは俺が足手まといになっているからだ。全部、俺のせいだろうが。

「多分、ハチマンの体の異常は私のせいだから。全部私のせいなの」

 俺もこの体の異常の原因に心当たりがある。修学旅行の時にサイの闇に初めて触れた時だ。どんなに魔本を放そうとしても体の言うことが聞かず、俺自身が壊れてしまいそうになった。

「でも、私が消えれば異常もなくなるはずだから」

「……」

 全てを悟ったような声に俺は何も言えなかった。言いたいことは山ほどある。でも、どんな言葉を並べたって今の状況をひっくり返せない。すでに俺たちは詰んでいるのだから。

 

 

 

 

 ――本当に?

 

 

 

 

 そんな声が俺の脳裏に響く。俺だって認めたくない。認めたくないが俺たちにできることはもう……。

 

 

 

 

 ――本当に?

 

 

 

 

 ああ、そうだ。相模がいる以上、俺は戦うことはおろか呪文の一つすら唱えられない。それに加え、戦闘不能の俺を狙われたらサイはその身を犠牲にして守るだろう。それどころかこれ以上体の異常で俺が苦しまないように大剣の魔物に頼んで魔本を燃やして貰うかもしれない。サイならきっとそうする。だからもう……。

 

 

 

 

 ――……本当に?

 

 

 

 

 俺だって諦めたくない。サイといつまでも一緒にいたい。だから、俺たちはずっと戦って来た。生き残るために戦い続けた。でも、俺には何もできない。この戦況をひっくり返す奇策どころか彼女にかける言葉も思いつかない。あのディスティニーランドの時と同じだ。

 

 

 

 

 ――あなたは話し合いが出来ないって言ってたけどそんなことない! あなたならきっと思いを伝えられるから!

 

 

 

 

 その時、不意に大海の言葉が脳裏を過ぎった。今にも泣き出しそうな顔で声を震わせて紡いだ心からの叫び。

 

 

 

 

 ――どんなに拙くてもいいからあなたの言葉で気持ちを伝えて! あなたなら絶対にできるから!

 

 

 

 

 由比ヶ浜の優しさを素直に受け入れられず、言葉で彼女を傷つけた。

 言葉が足りず、雪ノ下に不信感を抱かせた。

 文化祭で感情のままに言葉を紡ぎ、最終的にサイを泣かせた。

 話し合わなかったから奉仕部は崩壊した。

 ディスティニーランドでサイの闇を目の当たりにして言葉を飲み込んだ。

 どんなに彼女の隣で戦いたいと訴えてもサイは困った様子で否定した。

 今まさに消えようとするパートナーにかけるべき言葉を見つけられなかった。

 できるわけがない。今までだってそうだった。俺は肝心な時に言葉が出て来ない。だから、大海。それは過大評価だ。今までできなかったことをどうやってやれば――。

 

 

 

 

 ――第4問、君は何のために戦っている?

 

 

 

 

 何故だろう。ナゾナゾ博士の問いかけがふと頭の中に浮かんだ。そんなの決まっている。サイといつまでも一緒にいるためだ。ああ、そうに決まっている、のか? 本当にそうなのだろうか。

 自分の答えに疑心感を覚え、心の中に刺さる小さな棘がチクリと痛んだ。いや、もちろんサイと一緒にいたいから戦っているのは本当だ。命だって賭けていい。でも、何か違和感を覚える。

 そう、何かが足りないような気がするのだ。一緒にいたいだけなら戦わずにひっそりと隠れて生きて行けばいい。魔力隠蔽と魔力探知を持つサイならそれぐらい容易にできるだろう。それこそ、こんな戦いにわざわざ首を突っ込む必要はなかったはずだ。

 

 

 

 

 じゃあ何故、俺たちはここにいる? 何故、こんなところで戦っている?

 

 

 

 

 答えは――サイが望んだからだ。高嶺から助けて欲しいとお願いされた日、彼女は困っている仲間を助けたいから俺を見つめた。だから、俺は頷いた。

 もし、サイと一緒にいたいならここで断るべきだったのだ。でも、俺は頷いた。彼女が望むのなら危険な目に遭ってもいいと思えた。それが俺の戦う理由? 一緒に戦うと決めたから? サイが望んだから? 何か違うような気がする。

 

 

 

 

 ――多分、今のままだと話し合いは出来ないと思うの。

 

 

 

 

 再び、大海の言葉が浮かんだ。

 

 

 

 

 ――だからまずは私相手にスムーズにお話しできるようにしましょう。

 

 

 

 

 確かあれはバレンタインデーに俺が大海に相談して彼女が出した答えだった。

 

 

 

 

 ――えっと……うん。とりあえず、ステップ1としてメールで自分のことを書いて私に送ってみて。

 

 

 

 

 彼女の出した答えは『俺自身について話す』ことだった。だから俺は四苦八苦して作成した文章を送り、『日記じゃないんだからもうちょっと頑張って』という評価を受けた。

 そう言えば、何故彼女は話し合うために俺のことを話せと言ったのだろうか。もっと話し合う時のコツなどを教えてくれてもよかっただろうに。

(いや……違う)

 大海は何か目的があってあんな指示を出した。だが、俺はその指示の意図を把握できていなかった。だからこそ、俺はサイにかけるべき言葉が思いつかないのだ。

 じゃあ、なんだ? 大海の意図は――話し合うために必要なことはなんだ? 考えろ。ここが正念場だ。これさえわかれば道が開けるような気がする。だから、思い出せ。サイと出会ってから培って来た経験を活かせ。きっと、答えはある。俺たちが歩んで来た道は間違いだらけだったかもしれない。だが、この気持ちだけは本物のはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ――一緒に、答えを探そ? いっぱい間違えて、いっぱい喧嘩して、いっぱい悩んで、いっぱい笑って……独りぼっちだった私たちなりの答えを見つけよ?

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――」

 そうか。そうだったのか。やっぱり俺たちは間違っていた。考えればすぐにわかることだった。

 確かに俺たちは何度も話し合って来た。俺は一緒に戦いたいと言い、サイは俺に戦って欲しくないと言った。でも、俺たちはやりたいこと(答え)を言うばかりで自分の気持ち(途中計算)を言わなかったのだ。やりたいこと(答え)ばかり見てわかった気がしていた。

 だが、本当に大事なのは自分の気持ち(途中計算)なのだ。ましてや、俺のやりたいこと(答え)はサイの願い次第である。彼女の気持ちを知らないでやりたいこと(答え)が出るわけがなかったのだ。

 なら、俺が――俺たちがするべきことはただ一つ。

「サイ」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前は何で戦ってるんだ?」

 

 

 

 

 

 それは、お互いの気持ちを確かめること。そして、一緒にやりたいこと(答え)を見つけることだ。




ルート分岐

・バレンタインデーの日、大海に相談する→物語進行

・バレンタインデーの日、大海に相談しない→バットエンド



次回、2人が導き出した答えとは――。







今週の一言二言



・FGO2017年水着イベで水着キャラの情報が出ましたね。私的にはセイバーオルタが欲しいです。あれ、絶対カニファンの……いや、何でもないです。

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