やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「はぁ? パートナー交代?」
何の脈絡もなく告げられた言葉に思わず声を荒げてしまう。そんな俺の反応を見てロードは顔のパーツの中で唯一視認できる口をニヤリと歪ませた。
「ええ、どうも厄介な魔物がいるようでその魔物対策として彼女のパートナーの知り合いを調達して来たのです」
「ふーん……現代の魔物でも強い奴はいるのか。でも、よく適合者がいたな。確か前のパートナーの子孫じゃないと駄目なんだろ?」
「前回の戦いからすでに1000年経っているのです。血筋もばらけますよ。ですが、運がいいことには変わりませんね。その人間と組めるのが貴方なのですから」
そう言ったロードはパチンと指を鳴らす。すると、彼の背後から1人の女が現れた。見た目からして10代前半。いや、10代半ばか。他の千年前の魔物のパートナーのように無表情のまま、黙ってロードの後ろに控えている。
「名前は『サガミ ミナミ』。日本人です。貴方たちには先ほど話した魔物を倒していただきます」
「それは別に構わないが……そんなに警戒する相手なのか?」
「そこまで危険視する必要はありませんが野放しにするわけにもいかないのです。彼女は魔界で『孤高の群青』と呼ばれていました」
ロードは1枚の写真をこっちに差し出す。それを受け取り、写真を見ると長い黒髪に群青色の瞳を持った少女が笑顔で写っていた。その隣では目の腐った男が少女を見て苦笑を浮かべている。この男が少女のパートナーなのだろう。
「『孤高の群青』、ねぇ……」
パッと見そこまで強いようには見えない。まぁ、魔物なんて見た目が弱そうでも強い奴は強いので油断せずに行こう。
「そうそう、貴方のパートナーですが記憶を覗いた限りだとその男に恨みを持っているようで少しだけ仕様を変えてみました」
「仕様?」
「はい、普通であれば全ての感情を封印するのですが男に対する憎悪だけ残しました。きっと『孤高の群青』と戦う際、術がパワーアップすることでしょう」
魔物の術はパートナーの心のエネルギーを使って発動する。そして、その強弱は込められた感情によって大きく左右される。俺たちのパートナーの場合、感情を全て封印して一定量の心の力を放出し続けるため、弱くなることはないが火事場の馬鹿力のような爆発力もなくなってしまう。その欠点を克服するために女の憎悪を残したのだ。
(まぁ、こんな若い奴の憎悪なんて高が知れてるけどな)
「上手く活用してください。あ、そうそう。どうやら貴方は千年前の戦いでは正々堂々と戦うことを好む性格だったようですが今回ばかりはどんな手を使っても倒してください」
「……へいへい」
「それでは頼みましたよ」
ロードはそう言い残して部屋から出て行った。ここに残ったのは俺と新しいパートナーであるサガミのみ。彼女はジッと俺の指示を待っている。
「……はぁ。面倒」
サガミに持っていた魔本を投げ渡してその場で寝転がった。俺が卑怯な手を使わざる負えなくなるほど強い相手ではないと願いながら。
「なんて思ってたんだがなぁ」
『孤高の群青』の仲間の魔力を感知して追いかけ、『孤高の群青』と出会い、戦った。戦った時間は10分にも満たないだろう。だが、たったそれだけで彼女の強さがわかってしまった。術なしでも目を見張る機動力、常に冷静な思考回路、魔力探知の精度などと細々とした強みはいくつかあるが何より恐ろしいのは被害を最小限に抑えるためなら自分の身を傷つけることを躊躇わない化物染みた理性である。
「話が違うぞ、ロード。そこまで危険視するほどじゃないって? 冗談じゃない。あいつは化物だぞ」
正直、今でも彼女に対して若干だが恐怖を抱いている自分がいる。自分の手が削り取られているのに笑みを浮かべた彼女の考えがわからない。そのせいで焦ったのか大きな隙を突かれ、痛恨の一撃を受けてしまった。
顎を殴られた拍子に口の中を切ったのか不愉快な鉄の味がする。血の塊を地面に吐き捨てた後、俺は再び視線を『孤高の群青』のパートナーがいた場所に向ける。そこには大きな血だまりと小さな“左腕”が落ちていた。パートナーを守るために自分の左腕を犠牲にし、担いで逃げたのだ。
「サガミ、行くぞ」
幸い、彼女の左腕の傷口から垂れた血が点々と森の奥へ続いている。何故か魔力探知に引っ掛からないが後を追うことはできそうだ。
(それにしても……)
俺の懐に潜り込んだ瞬間、背中に悪寒が走った。今まで得体の知れない彼女に恐怖を抱いていたが、あの瞬間だけは全く違う存在に見えた。力も、スピードも、魔力も、爆発的に増幅されたのだ。目の前で変化していなければ同一人物だとは思わなかったかもしれない。
(あの状態になったら要注意だな)
幸いにもあの状態になる時はわかりやすい。“彼女の髪の先が群青色に染まったら”逃げに徹しよう。
(動き出した……)
木の枝から枝へ飛び移りながら大剣の魔物の魔力を探っていたがとうとう動き出してしまった。すぐに魔力隠蔽したのでこちらの魔力は感知されていないはずだが切断された左腕の傷口から血が垂れている。それを辿って来るはずだ。一応、道中で血を四方八方に撒き散らしたり、地面にわざとわかりやすく足跡を残してから木の上に移動したりとありとあらゆる方法で追跡を妨害しているがそれはただの時間稼ぎに過ぎない。
幸いだったのはどうやらアジトで覚えた唯一の魔力が彼のものだったようで他の魔物よりも感知しやすいことか。敵の位置を把握できるのは有利だ。まぁ、こちらはボロボロなので有利も何もないのだが。
「ハチマン、もう少しだからねっ」
右肩に担いだパートナーを励ましながらとにかく敵から距離を取ることに専念する。私はともかく彼は容態が芳しくない。まだ詳しく診ていないが呼吸も荒いし血が足りないのか顔も青ざめている。どうにかしないと。
「あっ」
焦っていたせいか着地した時に強く踏みしめてしまい、枝が折れた。空中に投げ出され、咄嗟にハチマンの体を抱きしめて背中から地面に叩きつけられる。左腕がないせいで受け身が取れず、口から空気が漏れた。
「はぁ……はぁ……」
ジンジンと痛む体に鞭を打って体を起こす。その時、私たちが通って来た場所を見てすぐに顔を顰めた。予想以上に血が垂れている。さすがにこれ以上この左腕を放置するわけにもいかないか。ついでにハチマンの容態を確かめよう。応急処置が必要かもしれない。
(まずは私の方か)
急いでワンピースを脱いで下着姿になり、ワンピースの裾を右手と口で丁寧に引き千切る。そして、千切った布を持ったまま、再びワンピースを着るとギリギリ下着が見えない程度の長さになった。その後、手に持っていた布を千切り、細長いパーツを残りの大きなパーツに分ける。
「んッ……ッぁ」
大きな布を近くの木に広げ、左腕を押し付けて固定した。その拍子に激痛が走るが歯を食いしばって耐えながら傷口を大きな布で覆い、縛る。軽く左腕を振ってずれ落ちないことを確認してから細長い布で大きな布の上から左腕をきつく縛って大きな布を固定すると共に止血した。これで多少マシになったはずだ。
「ハチマン、ちょっと捲るよ……ッ! 酷い……」
応急処置を終え、ハチマンの容態を確かめるために右手で彼の服を捲ると視界に広がったのは紫に染まった腹部だった。内臓が傷ついているのか内出血が起こっているのだろう。最悪、内臓が破裂しているかもしれない。早く治療しないと手遅れになる。でも、ここじゃ治療なんて――。
「そうだ、『サルフォジオ』!」
体力や心の力は回復できないが傷を治すことができる。それこそ私の左腕の欠損だって何もなかったように治してしまうだろう。
しかし、道中で施した小細工に惑わされているのか彼らの歩みは遅いが、あれを使えば大剣の魔物に魔力を感知されてしまう。彼の身体能力なら魔力を感知した瞬間、凄まじい速度で向かって来るはずだ。おそらく『サルフォジオ』で回復できるのは時間的に1人だけ。
(そんなの決まってる)
「ハチマン、起きて。お願い」
できるだけ優しく彼の体を揺らす。『サルフォジオ』を使うためにはハチマンの協力が必要だ。だから、お願いハチマン。早く起きて『サルフォジオ』を使って。早く私を安心させて。こんな姿の貴方を見ているだけで気が狂いそうなの。
――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。
彼の体を揺らしながら私は必死に闇の飲まれないようにもがき続ける。もう一度、あの状態になればおそらく戻って来られないだろうから。
相模がパートナーになった経緯ですが簡単にまとめますと
パティがサイのことをロードに報告する
↓
八幡の周辺にいる人の中でパートナーの適合者がいるか調査する
↓
相模捕獲、洗脳。その際、八幡を恨んでいることを知る
↓
洗脳の仕方を工夫して理性を失わせながらも憎悪を開放し、八幡と対峙した時のみ、術の効果がパワーアップするように仕向ける
↓
適合者が大剣の魔物だった
このようになっています。なお、八幡以外と戦う時は他の千年前の魔物のパートナーと同じように一定の力しか発揮できません。また、ロードは八幡の体の異常は知りません。なので、今回の問題は完全に偶然です。
また、大剣の魔物ですが相模との相性はそこまでよくありません。そのため、憎悪によって術はパワーアップしていますが心の力の効率や術の効果は最初にパートナーになった人よりも若干ですが下がっています。
次回、前に進みます。
今週の一言二言
・FGOの水着イベ無事に終わりました。後は素材交換のみです……あ、違いますね。本番でした。さぁ、素材回収するぞー。