やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.126 群青少女は闇に足を浸し、ギロチンが落ちる

 覚悟は決めた。だが、問題はハチマンを巻き込まないようにどう戦うか、である。さすがにハチマンを気にしながら戦うのは無謀だ。背丈はほぼ変わらないが大剣の分、リーチ差は向こうの方が有利。術があればまだマシだが今回は術なしで何とかしなくてはならない。どうにか隙を見てハチマンを運ばないと。

「……どうした。来ないのか?」

「そっちこそ早く来ないと術が消えちゃうよ?」

 敵の安い挑発を無視し、手をクイクイと動かして『かかってこい』とサインを送る。今の状況ではどうすることもできないので相手に動いて貰った方がこちらとしても都合がいい。

「ああ、そうか。そいつが気になって動けないのか」

 しかし、さすがにあからさま過ぎたのかハチマンの安全を確保する方法を探していることがばれてしまった。まずい。このままハチマンを狙われたら防戦一方どころかハチマンを抱えたまま、逃げ続けなければならなくなる。魔力を隠蔽できるとはいえ、何も対策せずに背中を見せるのは愚策。1対1の状況で気配分散は使えないため、単純に背中を追われるだけだ。

 そんなことを考えていたせいか焦りが表情に出ていたのだろう。それを見た敵は呆れたようにため息を吐いた。

「ほら、早く退かせよ。邪魔なんだろ?」

「……どういうつもり?」

「別に。早くしろ」

 ジッと大剣を構えたまま、動かない魔物。彼の意図はわからないがここは素直に従っておこう。離れた場所に避難させたハチマンを狙われる可能性もあるが彼から距離を取ればその分、攻撃が届くまで時間がかかる。私なら多少無茶すれば間に合うはずだ。

 魔物から目を離さずハチマンの傍まで移動して彼の体を起こす。その際、彼の容態を確かめた。うつ伏せに倒れたおかげで吐いた血が喉に詰まっていない。鼻血も止まっている。だが、顔色は青かった。このまま放置するのもまずそうだ。早く病院に連れて行かないと。

「ハチマン、ここで待っててね」

 近くの大木の下に彼を降ろして寝かせる。顔を上に向けている状態で吐血したら呼吸ができなくなるかもしれないので回復体位を取らせた。これで吐血したとしてもすぐに呼吸困難になることはないだろう。

「いいのか、そんなに近くて。もっと遠くに避難させてもいいんだぜ?」

「目の届く範囲にいないと心配で存分に戦えないの。不意打ちされた時、対処できないから」

「……お前、碌な生き方して来なかっただろ」

「だから何? 今は私の人生なんて関係ないでしょ」

 『それもそうか』と苦笑を浮かべた彼だったがすぐに大剣を構え直す。私も先ほどの位置まで戻り、腰を落として攻撃に備えた。

「はぁっ!」

 魔物が大剣を振りかぶりながら突っ込んで来る。『ソルド』の効果で黄緑色のオーラに覆われている大剣だが、魔力探知で探ると視認できるオーラよりも感じる魔力の範囲が広い。しかも、その表面はザラザラしている上、チェンソーのように動いていた。受け止めるのは不可能。『ソルド』の効果はまだはっきりとしていないが『サグルク』なしで武器を受け止めれば最悪、両断されてしまう。ここは――。

(――回避一択!)

 大剣を覆う魔力に触れないように体を左に捻って振り降ろされた大剣を躱す。その刹那、大剣が地面を抉った。

「へぇ、気付いたか」

 躱したことよりも術の効果に気付かれたことに驚いたのか魔物はニヤリと笑ってバックステップで距離を取った私を見る。

「その大剣を覆ってるオーラはただのカモフラージュでしょ。可視光のオーラを基準にしてギリギリで回避したら透明な魔力で斬られる……ううん、鑢みたいに削られる」

「……魔力を一切感じないだけじゃなくて俺よりも魔力探知の精度もいいみたいだな。魔力の動きを感じ取ったか。だが、この術のカラクリがわかっただけじゃ勝てない、ぞ!」

 そう言いながら再び斬りかかって来る魔物。確かに透明な魔力を躱すのは面倒だが魔力探知できる私には関係ない。横薙ぎに振るわれた大剣を屈んで躱し、すぐに右に跳んで振り降ろされた大剣をやり過ごす。片手で自分の背丈よりも大きい大剣を手足のように扱うのは素直にすごいと思うがそれだけでは私の体を捉えることはできない。

「――ッ!」

 だが、突然、サガミの持つ魔本から感じられる魔力が膨れ上がった。咄嗟に左に地面を転がるように跳んで魔物から距離を取る。

「『ゴウ・ソルド』」

 相模が呪文を唱えた刹那、大剣を覆っていた魔力の範囲が更に広がり、振り降ろされた大剣によって地面が抉れ、クレーターができた。その拍子に生じた風圧でバランスを崩さないように右手を地面に付く。

「これも躱すか。術なしでよくそこまで」

「1年ぐらいパートナーなしで戦って来たからね。術なしで戦うのは慣れてるの」

 魔界にいた頃など術を使う相手ばかりして来たので術が使えないからと言って一方的にやられるほど未熟ではない。まぁ、あの頃よりは身体能力的にも、技術的にも衰えているけれど。

「なら、これならどうだ!」

「『ギガノ・ソルセン』」

 サガミが呪文を唱え終えると魔物はその場で大剣を振り降ろし、オーラごと斬撃を飛ばした。すかさず回避しようとするが敵の思惑に気付いて心の中で舌打ちし、斬撃の軌道上から逃げ、側面から裏拳のように左拳を斬撃に叩き込んだ。

「ぐっ……」

 斬撃は破壊したが抉られた左手から血が迸る。見れば左手の小指が吹き飛んでいた。術なしで犠牲が小指だけで済んだのは幸運だった。魔力の薄い場所を狙って攻撃したおかげだろう。

「やっぱりハチマンに攻撃して来たね」

 あの斬撃は私はもちろん、私の後ろにいたハチマンを狙って放たれた。躱されるとわかっていて何度も攻撃して来たのは私をこの場所に誘導するためだったのだろう。それに加え、最初にハチマンを避難させたのは私から距離を離すことで助けに行く時間を延ばそうとしたのだ。

「簡単に防がれたけどな。まさか何の躊躇もなく左手を犠牲にするとは思わなかったが」

「そっちも堂々と卑怯な攻撃をして来たけど……ロードの指示?」

「あー……まぁ、お前らをここで倒さなきゃ石にされるからな。さすがにもうあれは勘弁だ。でも、どうしてロードの指示だって思ったんだ?」

「太刀筋が真っ直ぐだったから。卑怯な手を使う敵はもっと……なんていうか気持ち悪い感じがするの」

「……本当、お前とは正々堂々と戦いたかったよ」

 ため息交じりに言う魔物は大剣を構え直した。だが、残念ながらロードがいなくても彼の言う『正々堂々』は成立しなかっただろう。私とハチマンがそんな面倒な戦い方をするわけがないのだから。

(さてと……)

 敵がハチマンを狙って来ることはわかった。先ほどの斬撃を飛ばす術なら左手を犠牲にすれば何とかなるが他の術を使われた場合、左手を犠牲にするだけでは止められない可能性が高い。ならば、そうさせなければいい。

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸してズキズキと痛む左手と左足を前に、半身になって右手を体で隠すように構えた。そう、ハチマンが考えたあの構えである。魔物は私の構えを見て目を細め、チラリとサガミを一瞥した。

「『ゴウ・ソルド』」

 『ギガノ・ソルセン』で解除されていた術を掛け直す。私の武器は拳と足。もし、攻撃すればあの大剣で防がれ、透明な魔力で削られてしまうだろう。躱すだけだった私が独特な構えを取ったので牽制の意味も込めて術を使ったのだ。こちらが傷つくとわかっていれば攻撃を躊躇してしまうから。

「なっ!?」」

 その人物が普通の感性を持っているのなら、の話だが。何の躊躇いもなく突っ込んだ私を見て目を丸くする魔物。すでに左手は傷だらけなのだ。更に抉られたところで何の支障もない。意図的に魔力を体が漏らしながら軽く左拳を突き出した。魔物は咄嗟に大剣で私の拳を防ぎ、私の手から血が飛び散る。大剣の柄を持つ右手のみで防いだのを見るにあの透明な魔力は術者本人である彼すら削ってしまうらしい。もし、影響がないなら空いている左手で大剣を支えるはずだ。

「お前ッ!?」

「こんな小細工で止まる私じゃない」

 何度も左拳を大剣に打ち付けながら私は歪んだ笑みを浮かべる。それを見た彼は顔を引き攣らせて私の拳を防ぎ続けた。だが、実際には左手の感覚はすでになく、ほとんど力は入っていないジャブとすら言えないほど弱い攻撃だ。体に当てたところでダメージはおろか仰け反りすらしないだろう。そのはずなのに彼は律儀に私の攻撃を防いでいる。原因は私から漏れる魔力と傷ついているのに笑っている私に対する恐怖だ。

 フェイント。気迫とアクションだけで敵の攻撃を誘導する技術。達人ならば実際にそこにいると錯覚してしまうほどである。私の場合、一度だけ見たことがあるのを見よう見まねで真似――いや、私なりのやり方で模倣していると言うべきか。上手く行ったようでホッとしながら大剣を殴り続ける。ほとんどの指がなくなったので拳ではなくなってしまったが。

「何なんだよ……何なんだよお前は!!」

 原型を留めていない左手を振るい続ける私に向かって絶叫しながら魔物は大きく大剣を振り上げた。それと同時に彼の魔本から漏れる魔力が増幅する。

(ここ)

「『ディオガ・ゴル・ディ――』」

「何っ!?」

 最上級呪文を唱えようとしたサガミだったがその途中で言葉を噤み、彼の持つ大剣を覆っていたオーラが消え去った。最初の『ゴウ・ソルド』の時に地面に付けた右手で拾っておいた小石を体で右手を隠したまま投げてサガミの持つ魔本を弾き飛ばしたのだ。呪文を中断されただけでなく強化呪文すら解除された彼は目を見開き、硬直する。

(決めるッ!!)

 一瞬だ。一瞬だけあの頃に戻れ。1秒でも経てば私に戻れなくなる。だから、一撃で終わらせろ。この一撃に全てをかけろ。過去の懺悔は戦いが終わった後でもできる。あの頃を思い出して泣くのは後でもできる。ハチマンの胸に抱かれながら絶叫するのは後でもできる。生き残ればできる。だから――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ――ガッ」

 今ではすっかり懐かしくなってしまった闇に体を委ねる感覚を覚えながら“群青”に染まる視界の中、大剣を振り上げている魔物の懐に潜り込んだ。そして、無傷の右拳を振り上げた。顎を掠めて脳震盪を起こすのは却下。人間ならまだしも魔物がそう簡単に脳震盪を起こしてくれるとは思えない。なら、顎を砕け。可能であれば舌を噛ませろ。今ならそれができるダから死ネ死んでシまEこレIじョうワタシかラUバわナイでOねガiダからもUもぅmOうもゥモuもぁあAアアぁあァaAァぁああ――。

 

 

 

 

 

「ごぼっ……」

 

 

 

 

 

 その瞬間、背後から聞こえたその声で我に返るが何かアクションを起こす前に拳が魔物の顎を捉えた。

「ガッ」

 彼の口から血と数本の歯が宙を舞い、サガミの足元まで吹き飛んだ。だが、気絶していない。ほんの一瞬だけ正気に戻るのが早かったか。

「はぁ、ぁっ、あ、はぁ……ハ、チマンっ」

 急いで彼の元へ駆け寄るとまた吐血したのか口からドス黒い血が溢れていた。それだけじゃない。鼻血どころか血涙まで流していた。サガミに出会った時よりも重症だった。

「ッ……私の馬鹿!」

 魔力の持たないサガミの憎悪がハチマンの体を蝕んだのは魔本を通して魔物の魔力にサガミの憎悪が乗ったからだ。ならば、魔物である私の憎悪が魔本を通してハチマンに流れるのも当たり前である。もし、ハチマンの吐血音が聞えず、ほんの一瞬でもあの状態が続いていたら彼は――。

「な、んだよ……とんでもないジョーカーだな」

 その声で振り返るとフラフラしながらだがすでに魔物は立ち上がっていた。サガミも弾き飛ばした魔本を拾って心の力を込めている。すぐにハチマンの前で両手を広げた。どうする? あの状態にはもう慣れない。ハチマンの体もそうだがもう一度やれば戻って来られないだろう。だが、術なしでは決定打に欠ける。サガミの心の力が切れるのを待つか? それとも――。

「来ないならこっちから行くぞ!」

「『ゴウ・ソルド』」

 再び、大剣にオーラを纏わせた魔物が突っ込んで来る。ここにいたらハチマンを巻き込んでしまうので私も駆け出してすぐに違和感を覚えた。すでに『ゴウ・ソルド』は発動している。なのに、サガミの持つ魔本の輝きは増し続けていた。何か来る。でも、『ギガノ・ソルセン』は通用しないことはわかり切っているはず。なら、新しい術か。神経を研ぎ澄ませろ。微かな魔力を感じ取れ。どんな術か先読みしろ。

「『ソルパ』」

 大剣の射程圏内に入る直前、サガミは新しい術を発動させ、背後に微かな魔力を感じ取った。まさか『ソルパ』の効果は――。

「ハチマン!!」

 大剣を振り上げている魔物に背中を向けてハチマンの元へ急ぐ。視界ではハチマンの頭上に黄緑色の渦が発生していた。そして、そこから見覚えのある黄緑色のオーラを纏った大剣が出現する。『ソルパ』は大剣を瞬間移動させて魔物から離れた場所にいる敵に攻撃する術。チラリと背後を見れば魔物の目の前に黄緑色の渦があり、そこに腕を突っ込んでいた。

(間に合え、間に合え間に合え間に合えええええええ!!)

「ああああああああああ!!」

 血だらけの左手を伸ばして絶叫する。しかし、私の手が届く前にハチマンに向かって大剣がまるで罪人の首を両断するギロチンのように振り降ろされた。











今週の一言二言


・FGOのサマイベが開催……と言いますか再び始まりましたね。もはやマナプリすらいらないのでAPが溜まり次第、適当なクエストに行っています。早く2周年や今年のサマイベが始まって欲しいです。あ、サモさん当たりました。きよひー狙いだったのに。

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