やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
目の前に佇む魔物の身長は私の何倍も高かった。そんな魔物の隣には帽子を被った人間。この人もロードに心を操られているようで目から感情を読み取ることはできなかった。
「ギルゥウウウ!」
「『アムルク』!」
人間が呪文を唱えると魔物の右腕が巨大化する。こんな狭い通路で巨大な拳を振るわれたら躱し切れない。いや、躱したとしても腕を軽く動かすだけで壁とサンドウィッチされてしまうのだ。私の後ろにいるウマゴンたちも慌てている。さて、どうしたものか。
「キャンチョメ、行くぞ!」
「うん!」
あの腕の攻略法を考えていると突然体が浮いた。チラリと隣を見ればウマゴンも目を丸くして“抱えられている”。どうやら私たちはフォルゴレに抱っこされているようだ。まさかフォルゴレに持ち上げられるとは思わず驚いていると魔物が巨大な腕を振るった。壁のような拳が私たちに迫る。
「サイ、ウマゴン、私から離れるな!」
「う、うん」
「メルメルメ~!」
「『ポルク』!」
キャンチョメの術が発動して視界が煙で一杯になり、すぐに真っ暗になった。だが、すぐ傍を巨大な何かが通り過ぎる音が聞こえる。上手く回避できたようだ。つまり、敵に私たちが躱したことを察知させなかったことになる。しかし、どうやって?
「ギ? ギル!?」
少しだけくぐもった魔物の声が耳に届いた。そして、足音が2つ。魔物と人間が私たちの目の前を通り過ぎたところで立ち止まった。ふむ、なるほど。そういうことか。
「ギルッ!? ギルギリギララ!?」
「貰ったあああああああ!」
いきなり視界が明るくなったと思った瞬間、ぐいっと体が引っ張られ、すぐに空中に投げ出された。フォルゴレに投げられたらしい。まぁ、本人はそんなつもりはなくこちらに背中を向けている人間から魔本を奪おうとしただけなのだろうが。
キヨマロが言っていたキャンチョメの力――『変化』。キャンチョメの術は己の見た目を変化させることに特化しており、あの人型の魔物と竜型の魔物もその力を使って見事、キヨマロが指示した大部屋に誘導することができた。今回もその力を使って壁の一部に変化したキャンチョメの中に逃げ込んだのだろう。更に逃げるだけでなく、こうやって敵の不意を突き、魔本を奪うチャンスまで手に入れた。
「ギラぁああああああああ!」
「ぎゃあああああ!」
まぁ、あんな大声を上げながら突っ込めば返り討ちに遭うに決まっているが。魔物の右拳をまともに受けたフォルゴレは血反吐を吐きながら吹き飛ばされる。さすがにあれは無視できないか。泣きながらフォルゴレに駆け寄るキャンチョメとウマゴンの後を追う。
「ぐふぁああっ」
「フォルゴレぇ!」
「メルメルメぇ!」
地面に背中から叩きつけられたフォルゴレがピクピクと痙攣している。術なしとは言え魔物の攻撃を受けたのだ。すぐに立ち上がれないだろう。3人を守るように魔物と対峙しながらそう思っていたのだが、いきなりキャンチョメが腕を振りながら歌い始めた。確か遺跡に入る前にも歌っていた歌だ。あの時は何事もなかったように立ち上がったけどまさか――。
「ハハハハ!」
「へ?」
フォルゴレの元気な笑い声が聞こえて思わず後ろを振り返ってしまう。無事、とは言えないが彼はキャンチョメと共に歌いながら立ち上がって笑っていた。ウマゴンも嬉しそうにポクポクと前足同士をぶつけ合って拍手している。
(嘘、でしょ?)
ハチマンのように訓練しているわけでもないのに魔物の攻撃を受けて立ち上がった? そんな馬鹿な。あんなに頭から血を流しているのにどうして“何事もなかったように”笑っていられる?
「ハハハハ! 惜しいぞ、キャンチョメ……でも、もう少しだ! これなら私たちも勝てる!」
「うん、そうだね。でも、あの魔物……」
驚愕で体を硬直させている中、フォルゴレの不死身っぷりを見ても動揺しなかったキャンチョメが魔物を見ながら言い淀んだ。
「どうしたキャンチョメ?」
「うん……なんでかな。さっきから見ててあの魔物……可哀そうに見えるんだよ」
「……可哀そう、ね」
フォルゴレのことはとりあえず置いておこう。それよりもキャンチョメの言葉だ。私が彼の言葉を繰り返すように呟いた。まだ私のことが怖いのか彼はビクッと肩を震わせてフォルゴレのズボンを掴んだ。
「別に文句があるわけじゃないって……私も何となくそう感じるから」
「君も?」
「うーん……可哀そう、と言うよりも本気で戦ってないって感じかな」
魔物の表情はマスクのせいで見えないが彼からは覇気を感じられない。もし、本気で私たちを潰すならば殺気の1つでも向けて来るはずなのに。だからこそ、彼らは“無理矢理”戦わされている可能性が高い。
「まぁ、最初からか……封印されていた間に言語を失ってしまったのかわからないけど話せないようだから確かめようはないけど。だからって手加減はしない。皆はどこかに隠れてて。私1人でやるから」
キャンチョメの術は確かに便利だがこんな狭い場所で変化の力を使ってもあまり意味はない。今は騙せているが魔物もキャンチョメの姿が見えなくなったら地面か壁に化けていると判断して警戒するはずだ。
フォルゴレも頑丈みたいだがハチマンのように訓練を受けたわけではない。大声を上げながら突っ込んでいたのがその証拠。いつしかフォルゴレを狙い始めるかもしれない。そうなってしまったら私がフォルゴレを守ることになり、攻める人がいなくなる。それならば最初からいない方がマシだ。
ウマゴンは……論外。この子は臆病でなにより優し過ぎる。戦うことはもちろん、ガッシュたちが戦っている姿すら見たくないのに一緒に戦えとどの口が言える? 今だって震えてその場に座り込んでしまいそうなのに。正直、フォルゴレたちの後を自主的に追ったことすら褒めてあげたいくらいなのだ。
化けられるのが壁か地面しかないのだ。どれだけ千年前の魔物が頑丈だとしても人間は現代の平凡な――ましてや意識すらないのだ。付け入る隙はいくらでもある。まずは相手に術を使わせてどんな攻撃をして来るか確認――。
「おいおい、それはないんじゃないか?」
どうやって戦うかシミュレートしていると不意にポンと私の頭に大きな手が乗った。隣を見れば私の視線に合わせてしゃがんだフォルゴレはボロボロな姿で笑っていた。
「イタリアの英雄であるこのパルコ・フォルゴレが小さなレディ1人に戦わせると思うかい?」
「れ、レディ?」
「ああ、そうさ。だからそんな寂しいこと言わないでくれ。むしろサイは後ろから見ていて欲しい。私の華麗な姿を、ね」
彼はそう言いながらウインクして私の目を見つめる。まるで守るべき子供を見る親のような優しい視線。魔物である私すら彼にとって守るべき対象なのだろうか?
(ああ、そうか)
だから彼はキャンチョメを体を張って守っていたのだ。いや、守って来たのだ。これが彼らの関係が綺麗な理由。
きっとそれがハチマンの求めている関係。守る守られる関係じゃなく、お互いがお互いを守り、守られ合う関係。私も綺麗な関係だと思う。心の底からそうなりたいとさえ願ってしまう。でも、それでも――。
(――私にはできないよ、ハチマン)
ハチマンが大切だからこそ怖いのだ。大切であるからこそ守りたいのだ。わかっている。これが私の我儘だってことぐらい。でも、許容することなどできない。もう、私は失いたくないから。
「……ふふ、頼もしいね」
自然と笑みが零れた。その意味はきっとフォルゴレには伝わらない。それでいい。こんな気持ち、私1人でどうにかしてやる。これが我儘な私への試練なのだから。後、任せておけって言っている割には手が震えているけど大丈夫なのだろうか。キャンチョメとウマゴンも『マジで?』みたいな顔しているし。
「ハハハハ! もちろんさ、なんたって私はパルコ・フォルゴレだからね! さぁ、サイは後ろでゆっくり――」
「――ギルゥウウウあああああああ!」
今まで沈黙していた魔物が絶叫しながら私たちに向かって突っ込んで来る。戦う意志はないが見逃すこともできないのだろう。戦闘中に今まで黙っていたことすらありえないことのだ。待っていてくれてありがとうとお礼を言いたいほどである。
「「ぎゃああああああああ!」」
「メルメルメえええええ!」
大きく右腕を引いた魔物を見てフォルゴレたちが悲鳴を上げた。あれだけ見栄を張っていたのに恐怖で体を震わせている。そんな彼を見て笑いながら一歩だけ前に出た。ゴゥ、という音を立てながら私に魔物の拳が迫る。
「さ、サイっ……へぁ?」
後ろでフォルゴレの間抜けな声が漏れた。キャンチョメとウマゴンから息を呑んだ気配がする。それほど驚くことだろうか? ただ“片手で魔物の拳を受け止めただけ”なのに。
「でも、残念。私は誰かに守られるだけのか弱いレディじゃないの。失望した?」
「い、いや……た、頼もしいさ」
お返しと言わんばかりにウインクして言った私にフォルゴレは顔を引き攣らせた。今回ばかりはフォルゴレの意志を尊重してフォローに徹しようかな。そんなことを考えながら私は未だ戦う意志を見せない魔物を見据えた。何となく“過去の自分”を重ねながら。
サイは一人で戦おうとする。
フォルゴレはレディを1人で戦わせない。
きっと2人はこう考えるからこそ、こんな展開になるんだろうなと妄想した結果、こんな感じになりました。
実はフォルゴレとサイのシーンは前々から入れたかったシーンの一つだったりします。
今週の一言二言
・ぐだぐだ明治維新、ポイントも素材も何とかなりそうです。まぁ、勲章とか130個あるので交換しなくてもいいから少しだけ回る回数が減ったからですが。