やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「……」
駅の案内板に映る文字を見て俺はそっと肩を落とす。現在の時刻は19時。雪ノ下と由比ヶ浜からバレンタインチョコを受け取った後、少し考え事がしたいと伝え、先に帰って貰った。何となく二人と一緒に歩くのが嫌だったのだ。別にチョコをくれたから照れくさかったからではない。決して照れくさかったからではない。大事なことなので二回言いました。30分ほどベンチに座ってどうやってサイと話し合おうか考えながら東京湾を眺めた後、そろそろ帰るかと駅に向かったのだが。
(まさか電車止まるとはなぁ……)
雪が多くなって来たと思っていたが電車が止まってしまうとは。サイたちは止まる前に家に到着していたらしく、連絡を入れたら呆れたようにため息を吐かれてしまった。
『とにかくできるだけ早く帰って来てね。コマチ頑張ったんだから帰って来たら頑張ったねって言ってあげてよ? それじゃ待ってるね』
「ああ、すまん」
もう一度謝った後、電話を切る。どうやら雪ノ下たちは予めチョコを渡すとサイに言っていたようでその点に関しては追究されなかった。さてと、これからどうしようか。電車が動くまで1~2時間ほどかかるみたいだし。
「ん?」
ポケットに仕舞おうとした携帯が震えた。何だろうと思いながら表示を見ると『大海 恵』と書かれていた。予想外の相手に思わず目を細めてしまう。まぁ、出ないわけにはいかないか。
「……もしもし?」
『も、もしもし……八幡君?』
「ああ、そうだけど」
『えっと……って、あれ。もしかして今外にいる?』
最初は言いにくそうにしていた彼女だったが駅の案内放送が聞えたのか問いかけて来た。
「ちょっと……雪で電車止まって――」
『――ど、どこの駅!?』
俺の言葉を遮るように大海が叫んだ。その声は驚愕半分歓喜半分。電車止まって立ち往生している俺が可笑しいのか?
「か、葛西臨海公園駅だけど」
『……今から会えない?』
自動販売機でカフェオレを買って雪ノ下たちと話し合ったテラスのベンチに座って東京湾を眺める。すでに日は沈んでいるので見えるのは建物の光とその光を反射する海面だけだった。
「八幡君!」
あの電話からどれほど経っただろうか、カフェオレはすでに冷たくなり最後の一口を飲もうとした時、背後から大海の声が聞こえる。振り返るとサングラスとマスクを装着した大海がこちらに向かって走って来ていた。完全に不審者ですありがとうございます。
「……おっす」
「はぁ……はぁ……ご、ごめんね。急に」
俺の前に辿り着いた彼女は息を荒くしながら謝る。とりあえず落ち着けよ。サングラスとマスク外し忘れているぞ。
「別にどうせ立ち往生してたしな」
「ふぅ……うん、私も電車が止まった時、すごい焦ったよ。八幡君がここにいてくれて助かっちゃった」
やっとサングラスとマスクを外した大海は笑いながら鞄からハンカチを取り出して額に滲んだ汗を拭う。そんなに走って来たのか。ゆっくりでもよかったのに。
「それで何かあったのか?」
「え、えっと……はい、これ」
ハンカチを鞄に戻した後、今度は綺麗にラッピングされた袋をこちらに差し出した。だが、それを見て俺は思わず首を傾げてしまう。
「何でわざわざ今日なんだ? 明日でもよかったのに」
明日、俺たちはアメリカへ向かう。確かにバレンタインデーは今日だが義理なのだから明日でも構わないと思うのだが。
「八幡君にはたっくさん助けて貰ったから……何となく今日渡したかったの」
彼女は少し恥ずかしそうに笑った。それにつられるように俺も大海から目を逸らして差し出されたチョコを受け取る。そのチョコは不思議と重く感じた。
「さんきゅ。後で喰うわ」
「……うん」
「……大海?」
チョコをコートのポケットに仕舞いながら言ったが彼女の沈んだ声に顔を上げる。先ほどまでの笑顔はなく大海は目を伏せていた。
「不安か?」
「っ……うん」
「……そうか」
千年前の魔物との戦いが明日から始まる。頼れる仲間がいたとしても相手は40を超える上、現代の魔物より強いのだ。それに大海たちは実際に千年前の魔物たちと戦っている。大海が不安になるのも無理はない。だが、それに共感できなかった。俺はまだ彼らに出会ったことがないから。
「……」
「……」
俺たちは無言のまま真っ暗な東京湾を見つめていた。そろそろ電車が動く時間だ。サイや小町が家で待っている。帰らなければならない。でも、このまま大海を放っておくのはできなかった。
「……そう言えば、ティオはどうしたんだ?」
「家にいるわ。さすがに連れて来るわけにはいなかったから」
「仕事の方はどうだ? 休みは取れたのか?」
「うん、何とか。1週間ぐらい大丈夫だよ」
「……それならよかった」
少しでも大海の気が紛れるよう会話をしようとしたが俺には難しかったようで言葉が続かない。それが何だか情けなかった。この調子で俺はちゃんとサイと話し合うことができるのだろうか。
「……ふふ」
ため息を吐いていると不意に大海が小さく笑う。視線を向けると彼女は鞄から魔本を取り出して胸に抱いた。俺のとは色違いの絆の証。大海とティオの絆の象徴。
「ずっと思ってたんだ。どうして八幡君は自分の話をしないんだろって」
「あ?」
「でも、ようやくわかった……私に心を開いてないからじゃなくて自分から話をするのが苦手なだけなんだね」
「ッ……」
大海の言葉を聞いて頭を殴られたような衝撃を受けた。彼女の言う通り俺は自分から話をしない。雪ノ下や由比ヶ浜、大海はもちろん、サイに対してもそうだ。別に話したくないからではない。自分から何を話せばいいのかわからないから。他人と話す機会が少ないから。話し始め方を知らないから。だからこそ俺は――サイと話し合えなかった。何も話そうとしないサイと話しかけられない俺。そんな2人が話し合えるわけがなかった。一緒に並んで戦えるわけがなかった。言葉にせず目だけで会話して、意思疎通ができていると錯覚して、少しずつ噛み合わなくなって、こんなことになっている。
では、やっと問題に気付いた俺はサイと話し合えるかと言われれば黙って首を横に振るだろう。今までの人生でできなかったことをすぐにできるわけがないのだ。なら、俺たちはずっと――。
「……八幡君?」
その声で我に返り、顔を上げる。そこには心配そうに俺を見ている大海がいた。
「……何でもない」
「何でもなくない!」
叫んだ彼女は俺の手を掴んだ。その手はとても温かった。いや、俺の手が冷たいだけだ。
「八幡君が問題を抱えてる時、いつもそんな顔をしてたんだよ……でも、それに気付いた時にはいつも遅くて、何もできなくて……いつの間にか解決してて」
ギュッと大海の手に力が入る。それを俺は何もせずに見ているだけだった。まさか大海がそこまで俺のことを知っているとは思わなかったから。
「それが……すごく悔しかった。どうして私はいつも八幡君を助けてあげられないんだろうって」
「それは……」
大海には関係なかったから。そう言いかけたが大海もそれに気付いているのか寂しそうに目を伏せた。今回の件だってそうだ。雪ノ下も言ったようにこれは俺たちの問題である。第三者がどうにかできるようなことではない。だから、彼女に出来ることはない。
「わかってる。わかってるけど……少しでも力になりたいの。何度も私たちを助けてくれた八幡君とサイちゃんの力に」
俺の手を両手で包むように握る大海は真っ直ぐ俺の目を見つめる。“目が、逸らせない”。
「お願い、八幡君。私にも……関わらせて。何もできないかもしれないけど、足手まといになっちゃうかもしれないけど……もう、黙って見てるのは嫌だから」
「……」
――関係、あるよ……ヒッキーがすごく辛い思いしてるのに見て見ぬふりてきるわけないじゃん。
数時間前の由比ヶ浜の言葉が脳裏を過ぎった。ああ、そうか。雪ノ下も、由比ヶ浜も、大海も――俺も同じなのか。関係ないと言われ、黙って見ていることしかできず、悔しさに拳を握る。俺はこいつらに俺と同じ思いをさせて来たのか。何だ、人のことを言えないじゃないか。サイに話して欲しいと願いながら自分のことは話さない卑怯者だったのか、俺は。
「……ぁ」
何か言葉を紡ごうとするが掠れた声しか出なかった。それでも大海は黙って俺の言葉を待っている。こんな不甲斐ない俺を待ってくれている。それが申し訳なくて……何より、嬉しかった。彼女は俺の言葉を真正面から受け止めてくれる。そんな単純で些細なことがこれほどまで安心するとは思わなかった。
「大海」
だからだろうか。
「……相談が、あるんだけど」
俺は初めて第三者に助けを求めた。
『八幡が恵に助けを求める』ルート分岐条件:
・八幡の恵に対する好感度が50%を超えていること。
・恵の八幡に対する好感度が75%を超えていること。
なお、上記の条件の片方でも満たされていなかった場合、強制バッドエンド――『八幡が恵に助けを求めない』へ向かいます。
また、八幡の雪ノ下と由比ヶ浜に対する好感度は50%以上にならないのでこのタイミングで彼女たちに助けを求めることはありません。アドバイスを受けてサイと話そうとするが恵の一言でそれができないことに気付く流れになります。
今日の一言二言
・はがオケでやっとボイロメンバー来ました。茜ちゃんと衣装取材マキちゃんです。早く他の子にも来て欲しいものです。なお、茜ちゃんは被ったもよう。