やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.105 こうして、彼は差し出された物を受け取る

 国内最大クラスの観覧車は確かに大きかった。去年の9月にも一度だけモチノキ町にある遊園地で観覧車に乗ったがあれよりもずっと。そっと白い息を吐いた後、胸ポケットから観覧車のチケットを取り出してみるとそこには直径111m、全高117mとある。それが実際にどれほどの高さなのか、明確な例えは浮かばず表現に困るが一言で言うならただひたすら高い。まぁ、これぐらいの高さは『サフェイル』で慣れているが。

「うわぁ! たかっ! こわっ! ていうかめっちゃ揺れる!」

 何となく観覧車の窓から外を眺めていると由比ヶ浜は超楽しそうに窓にへばりつきながらはしゃいでいた。それに対して由比ヶ浜の隣に座っている雪ノ下は青ざめた顔をして外の風景など一切見ずに俯いていた。あー、そう言えば雪ノ下さんって結構臆病でしたね。

「だからさっき聞いたじゃねーか……やめておくかって」

 そんな彼女を見てついそんなことを言ってしまった。何となくこうなるような気がして観覧車のチケットを買う直前で声をかけたのだ。しかし、負けず嫌いな雪ノ下は俺の発言が気に喰わなかったようで断固拒否。絶対に乗ると言って聞かなかった。

「も、問題ないわ……皆、一緒だもの」

 そう言って雪ノ下は隣に座っている由比ヶ浜の手を掴み、強制的に座らせた。

「でも、由比ヶ浜さん、観覧車の中でははしゃいではいけないのよ。注意書きを読まなかったのか?」

「ゆ、ゆきのん、目が怖いよ?」

「楽しいのはわかるけれど節度は守るべきね」

「はーい……あ、ほらゆきのん! ゆきのんの家、多分あのへんだよ!」

「ええ、そうね」

 先ほどまでの臆病だった雪ノ下はいつの間にかいなくなっていた。今では由比ヶ浜と共に観覧車の外を眺めて笑っている。

「……」

 それを見た俺は2人から視線を外し、足元を見た。観覧車の床は雪が解けたせいでちょっとばかり濡れている。その水に夕日の光が反射していた。

「綺麗だね」

 その時、はしゃいでいた由比ヶ浜がそっと呟くように声を漏らす。俺も視線を上げて外を見た。そこに広がっていたのは雪が降りしきる千葉の夕景。雲間から覗く光に結晶がきらめきを返し、白い薄化粧を施された街並みが遠くまでよく見えた。

「ええ、そうね」

「……そう、だな」

 由比ヶ浜の声に俺と雪ノ下は同意する。1人は優しく微笑みながら、1人は――。

 観覧車はだんだんと高度を下げていく。綺麗だった夕景もすでにその姿を眩まし、夜へと変わろうとしていた。

「……もうすぐ、終わりだね」

 それをジッと見ていた由比ヶ浜はマフラーで口元を隠しながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観覧車を降りてもまだ雪はちらついていた。傘を差すほどの量でもなく、時おり、風に煽られて光を返す。そんな天気の中、俺たちは何となく無言のまま、公園内の道に沿って歩いていた。由比ヶ浜と雪ノ下が先導するように足を進め、その後を俺が追う。

「なぁ……」

 これからどこかに寄るつもりなのか問おうと声をかけると2人はくるりと振り返った。そして、由比ヶ浜は道の先を指さす。その先には硝子張りの建物があった。表示板によればクリスタルビュー、というらしい。おそらく東京湾を望む展望台なのだろう。携帯を取り出して時間を確認すればまだ帰るには余裕がある。小町やサイには悪いがもうちょっとだけ2人に付き合おう。

 2人の後ろについていくと展望台に到着した。展望台自体は既に閉館していたが丁度テラスのようになっている部分は解放されている。そこからでも東京湾を眺めることができた。

「おー」

 目の前の光景に由比ヶ浜がはしゃいだ声を上げる。無理もない。静かに揺れる海に雪が降り、雲間からは沈みかけている夕陽が滲み出ている。薄い朱と深い碧に色のない白が煌いており、何とも言えない幻想的な光景が広がっていたのだから。

「ねぇ、ヒッキー」

 しばらく3人並んでその光景を眺めていると不意に由比ヶ浜が俺の名前を呼んだ。何だろうとそちらに視線を移すと彼女は綺麗にラッピングされたチョコレートを差し出していた。

「頑張って作ったの。ちょっと失敗しちゃったけど……味見したから多分大丈夫だと思う」

「お、おう……さんきゅ」

 まさか貰えると思わず、震える声でお礼を言う。そして、チョコを受け取ろうと手を差し出し――由比ヶ浜の右手にその手を掴まれた。彼女の手は微かに震えていた。

「ヒッキー……何か、あったの?」

「……何のこと――」

「誤魔化さないで」

 いつものように視線を逸らしながら答えようとするがいつもとは違う由比ヶ浜の声音に視線を彼女に向けてしまう。ラッピングされたチョコを左手に持ち、俺の手をしっかり右手で掴んでいる彼女は真っ直ぐ俺の目を見つめていた。誤魔化してはならない。誤魔化してしまったら何もかもが終わってしまう。そんな予感がした。

「……」

 しかし、これは俺たちの問題だ。こいつらには“関係ない”。言ったところで解決するわけでもない。サイが俺に何も言わないとの同じように。

「……何も言わないのは卑怯じゃないかしら」

 雪ノ下が由比ヶ浜の隣に移動した後、睨むようにこちらを見ながら言った。卑怯、か。確かにそうなのかもしれない。サイには『一緒に戦う』と言っておきながら具体的な方法を考えずに何となく日々を過ごしていた。そして、自分の存在意義に疑問を抱き、無茶な戦い方を考案した。このままでは出会った頃の俺たちの関係に戻ってしまう。一緒に戦うと言う約束を守れなくなってしまう。そんな焦りと自分に対する怒りを覚えながら。

 でも、わかってしまったのだ。皮肉にも彼女に『戦わなくていい』と言われて。

 俺は――俺たちの関係は出会った頃と何も変わっちゃいなかったのだ。最初から俺は彼女との約束を破っていたのだ。結局、これは俺とサイの問題ですらない。俺だけの問題だ。

「……明日、アメリカに行く」

 そう、今だって俺は誤魔化そうとしている。彼女たちの求める答えを知っておきながらわざと気付かない振りをして別の話をしている。これが卑怯と言わず何を卑怯と言うのだろう。

「アメリカ? 旅行?」

「……魔物関係だ」

「魔物、関係……なぜ、わざわざアメリカに?」

 自分の求めた答えと違うからか、それとも純粋に不思議に思っているのか、雪ノ下は訝しげな表情を浮かべながら質問する。それから俺は手短に今の状況を説明した。

「えっと、石にされちゃった子が復活して襲って来たってこと?」

「ああ、そうだ。それでそいつらのアジトがアメリカにあるんだよ」

「つまり、千年前の魔物を殲滅するためにアメリカに行くのね」

 雪ノ下の言葉に頷く。明日の準備はすでに済ませている。小町にも明日からアメリカに行くと言ってあるし、平塚先生にもしばらく学校を休むと伝えた。

「……危険、なのよね?」

「……まぁ、な」

 実際に千年前の魔物を見たことはないが高嶺の話では現代の魔物より頑丈で凶暴らしい。術を至近距離で当ててもすぐに立ち上がったと言っていた。そんな相手が40体以上いるのだ。危険に決まっている。

「ヒッキーは、怖くないの?」

「……わからん」

 由比ヶ浜の問いかけに俺は目を伏せて答えた。怖くないわけじゃない。俺は一度魔物に殺されかけたことがある。あの時、サイが俺を見つけていなかったら。『サルフォジオ』が発現していなければ。俺は死んでいた。魔物との戦いは常に死と隣り合わせなのだと知っている。でも、怖いからと言って逃げるわけにはいかない。もう俺は逃げたくない。

「……でも、それじゃないでしょう? 私たちが貴方に聞きたいことは」

「っ……」

 雪ノ下の言葉に俺は息を止めてしまった。由比ヶ浜も気付いていたようでこくりと頷く。

「……お前たちに関係ない」

 気付けば突き放すような言葉を紡いでいた。ああ、関係ない。これは関係ない。これは俺の問題だ。雪ノ下も、由比ヶ浜も、サイも関係ない。これは――。

 

 

 

 

 

 

「関係あるよ!」

 

 

 

 

 

 

 由比ヶ浜の悲痛な悲鳴が静かなテラスに響いた。彼女は目に涙を溜め、俺の手をしっかりと掴んでいた。

「関係、あるよ……ヒッキーがすごく辛い思いしてるのに見て見ぬふりてきるわけないじゃん」

「……」

「部室で魘されてた時、サイの名前を呼んでた……サイと何かあったんでしょ? だから――」

 由比ヶ浜の言葉を遮るように俺は彼女の手を振り払う。まさか振り払われるとは思わなかったのか由比ヶ浜は目を見開く。振り払ってしまった罪悪感とこんなことしかできない情けなさで胸がキュッとしめつけられる。

「関係ねーよ」

 もう一度言って俺は2人に背中を向けた。ああ、これでいい。こうすればもうこいつらは俺のことなんか気にしなくなる。元々この程度の関係なのだ、俺たちは。だから――。

「逃げるの?」

 ――これで終わり、そう思っていた。背中ごしに掛けられた声が耳に届くまでは。

「あ?」

「逃げるのかって聞いているのよ。サイさんから逃げて、私たちからも逃げるの?」

「何、言って……」

「そうでしょう? 私たちに問い詰められた途端、拒絶したのは貴方とサイさんの間に何かあった証拠。何より私たちが知りたい答えに気付いていながら話を逸らした。そうよね?」

「……」

 雪ノ下の問いかけに対し、俺は振り返ることもせず無言を貫いた。何を言っても無駄だとわかっているから。

「無言は肯定とみなすわ。なら、どうして話を逸らしたのか? 触れられたくなかったからよ。でも、貴方は一度もサイさんの名前を出さなかった上、由比ヶ浜さんがサイさんの名前を出した途端、拒絶した。矛盾しているとは思わない? サイさんに関係があるのなら名前を出すだろうし、関係なければあのタイミングで拒絶しないはず。ここまでヒントを出してくれれば自ずと答えに行きつくわ」

 チラリと後ろを見ると雪ノ下はもちろん、由比ヶ浜も目を逸らさず俺を見つめていた。

「貴方とサイさんの間で問題が起きた。けれど、それはサイさんにとって何でもないことで、貴方しか気にしていない問題であり、貴方だけの問題になってしまった。だからこそ、貴方は一度もサイさんの名前を出さず、サイさんの名前を出されたら拒絶した。本来であれば貴方とサイさんの問題なのにこの問題を抱えているのは貴方だけだから」

「……」

 何も言い返せなかった。一緒に戦いたいと思っているのは俺だけで、サイは俺を戦わせたくないと思っている。きっとサイはあの時の約束を忘れたわけではない。ただ俺が心配なだけなのだ。俺は弱い人間だから。皮肉にも……俺たちの絆が深まってしまったからこそ、この問題が発生してしまった。俺たちの絆が深まれば深まるほど俺はサイと共に戦いたいと願い、サイは俺を戦場から離そうとする。

「じゃあ……どうすりゃいいんだよ……」

 今まで築き上げてきた絆をなかったことにする?

 できるわけがないし、俺自身そんなことしたくない。

 俺が強くなる?

 どんなに厳しい訓練をしたところで魔物との能力差は変わらない。

 別の方法を考える?

 散々悩んで答えが出なかったのだ。今更新しい案を思い付くとは思えない。

 何より――。

「俺は……サイのパートナーだ。一緒に戦いたいって思うに決まってんだろ……」

 気付けば俺は握り拳を作りながら口を開けていた。

 俺は弱い。自分が人間であることが悔しい。もし、俺も魔物だったらサイの隣にいられるのに。サイの隣を走れるのに。サイの隣で戦えるのに。

「なのに、サイは戦わなくていいとか言って……あいつの言ってることが正しいのはわかってる。それでも、俺は……あいつと」

「……そう、だったの」

 雪ノ下の沈んだ声にハッとして顔を上げれば彼女たちは複雑そうに俺を見つめていた。

「ごめんなさい。貴方の言う通り、私たちじゃどうすることもできない問題だったわ」

「別に――」

「――これは“貴方とサイさんの問題”よ」

 彼女の発言に言葉を飲み込んだ。雪ノ下は言った。この問題を抱えているのは俺だけなのだと。なら、サイは関係ないのでは?

「きっとサイさんはこれが問題になっていることすら知らないの。だからまずはサイさんが問題に気付かないと」

「どうやって? これだけやっても……」

「ヒッキー、ちゃんとサイと話し合った?」

 由比ヶ浜の質問に俺は視線を逸らす。はっきり話し合ったわけではない。話し合う前にサイに『戦わなくていい』と言われてしまったからだ。

「……その様子だと話し合っていないようね」

「いや……まぁ……」

「もう、駄目だよ。話し合わなきゃ……言葉にしなきゃ伝わらないことだってあるんだから」

 そう言いながら由比ヶ浜は視線を東京湾の方へ向けた。日は既に沈み、夜が来る。

「言葉にしても伝わらないことだってあるだろ」

「うん、そうかもしれない。でも、まずは伝えてみなきゃ何も始まらないんだよ。それでもし、言葉にしても伝わらなかったらその時にまた考えればいいの。だから、ヒッキー……最初から伝わらないって決めつけないでサイと話し合ってみて」

 彼女はもう一度ラッピングされたチョコを俺に差し出して笑った。

「由比ヶ浜さんの言う通りよ。何より……私たちとサイさんは話し合って仲直りできたわ。少しは信用してもいいのではないかしら?」

 彼女はどこからか取り出したラッピングされたチョコを俺に差し出して優しく微笑んだ。

「……」

 差し出されたチョコを見てそっと息を吐く。すでに俺たちはお互いの考えを伝え合った。俺は『一緒に戦いたい』。サイは『戦わせたくない』。でも、まだ考えを伝え合っただけで話し合っていなかった。なら、まだ――。

「……そこまで言うなら、やってみるか」

 

 

 

 

 

 

 ――逃げるには早いのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

LEVEL.105 こうして、彼は差し出された物を受け取る




次回、八幡の携帯に入る一本の電話。一体、誰なのか。
甘い予感がするっ……






今週の一言二言。


・生放送でFGOガチャ枠してて最後のガチャですと言って回したら、金バサカカード、これは来たかと期待していたら…………タマモキャットでした。お前じゃないんだよおおおおお!



・後、10連したらオリオン来ました。宝具レベル2になりました。

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