やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.104 どうしようもなく、比企谷八幡の瞳は濁っている

『ハチマン……もういいんだよ』

 困ったように笑うサイは俺の右頬に手を添える。ああ、そうか。もう頑張らなくていいのか。そんな怠惰な思考に囚われてしまいそうになる天使の囁き。だが、俺はそんな囁きから逃れようと首を振って彼女の手を振り払う。

『戦うのは私に任せて、ね?』

 今度は後ろからギュッと抱きしめられた。愛を囁く恋人のように耳元で妙に艶めかしく言葉を紡ぐサイ。身を委ねたくなってしまう。でも、駄目だ。俺は決めたのだ。サイと一緒に戦う、と。彼女が何も話してくれないのならせめて隣で戦えるようになる、と。だから、すまん。その言葉に惑わされるわけにはいかない。俺の首に回されている小さな手を優しく解き、後ろにいるサイから離れた。

『ハチマンは――』

 しかし、その瞬間、俺は何人ものサイに囲まれていた。笑うサイ。泣いた後なのか目を紅くしているサイ。いじけたように頬を膨らませているサイ。他にも様々な表情を浮かべたサイが俺を見つめていた。そして――。

 

 

 

 

 

『――戦わなくていいんだよ』

 

 

 

 

 

 ――その言葉で振り返った俺が目にしたのは綺麗だった黒髪が不気味なほど澄んだ群青色に染まってしまったサイの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――キー! ヒッキーってば!」

 近くで由比ヶ浜の叫び声が聞こえ、俺はゆっくりと目を開ける。そこには心配そうに俺の顔を覗き込む由比ヶ浜と雪ノ下がいた。どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

「すまん、寝てた」

「いえ、それは構わないのだけれど……酷く魘されてたわ」

「汗もすごいよ? 大丈夫?」

 由比ヶ浜に指摘されて初めて寝汗でワイシャツが冷たくなっていることに気付く。このまま放置していれば風邪を引いてしまうかもしれない。そう思いながら2人から視線を外し、夕日が射し込む部室を眺める。

 あのバレンタインデー直前お料理イベントから数日ほど経っていた。正直言ってあの日の出来事はほとんど覚えていない。いつの間にか家に帰って来ていてベッドの上で寝転がっていた。雪ノ下たち曰くきちんと味見役は務めていたらしいけど。

「ああ、大丈夫だ」

 そう言いながら鞄からタオルを取り出して汗を拭きとる。服の方はどうしようもない。さすがに着替えまでは持って来ていないからな。

「そう言えばヒッキー、サイはどうしたの?」

 汗を拭き終わり、鞄の中にタオルを仕舞ったところで由比ヶ浜が不安げに問いかけて来る。俺とサイの間で何かあったと勘付いているのかもしれない。

「今日は別の用事があってそっち行ってる」

 現在、サイは高嶺の家にいる。昨日、出発日が明後日の15日に決まったと高嶺から連絡があり、飛行機のチケットを受け取りに行くついでに準備の最終確認をして貰っている。明日でもよかったのだが明日は小町の受験当日。別に俺がいたからといって何も変わらないがそっちを優先したかったのでサイに頼んだのだ。

「そう……」

 頷いた雪ノ下だったがその表情は未だ曇ったまま。嘘は吐いていない。俺たちは喧嘩などしていない。ただ俺が独りで――。

「それよりそろそろ時間じゃないか?」

 チラリと時計を見ると下校時間が迫っていた。先ほどまで部室を照らしていた夕日も沈みかけている。

「……そうね。今日はこの辺りで解散しましょうか」

「それじゃお疲れさん」

 鞄を掴んだ俺は2人の視線から逃げるように部室を後にした。その途中、廊下の窓から見えた空は先日あれだけ晴れ渡っていた空とは違い、今にも降り出しそうなほど曇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、ゆきのん」

「わかっているわ」

「……うん、なら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、珍しく雪が降った。千葉はあまり雪が降らないのだがたまにこうして変なタイミングで雪が降ることがある。俺の17年の経験の中でも元日に降ったり、成人の日に降ったり、はたまた3月の末に急に吹雪いたことだってあった。そして、小町の受験日と重なってしまったのだ。

「受験票持ったか? 消しゴムとハンカチ、五角鉛筆は?」

 いつもの制服にコート、マフラー、手袋を装着し、長靴を履いて準備万端の小町に問いかける。俺の質問に小町は鞄の中を覗き込み、うんと元気よく頷いた。

「サイ、小町のこと頼んだぞ」

「うん、任せて」

「もう、2人とも過保護すぎるよ……」

 小町の隣に立っていたサイと頷き合っていると傘を持ったまま、小町が苦笑を浮かべながら呟いた。唐突な大雪のせいで交通機関が混雑、もしくは麻痺してしまう可能性が高い。もし、そうなってしまった場合、サイに小町を運んでもらう算段である。え? ずるい? 何とでもいえ。小町が受かれば他の奴なんかどうでもいい。

「……じゃあ、お兄ちゃん。行って来るであります!」

「おう、行ってらっしゃい。足元気を付けろよ」

「はーい。あ、サイちゃん、問題出して」

「じゃあ、活用形の種類」

「未然形とかのやつ?」

 そんな会話をしながら転ばないように小町とサイはゆっくり受験会場に向かった……というか、何故サイが問題出せるの? 天才なの?

「……はぁ」

 2人の背中が見えなくなるまで見送った俺は寒さにぶるっと身震いすると急いで家の中へ戻ろうと一歩踏み出した。だが、そのタイミングでポケットの中で携帯が震える。忘れ物に気付いてサイが電話でも掛けて来たのだろうか。そう思いながら携帯を取り出すと表示には『★☆ゆい☆★』と書かれている。相変わらずスパムみたいな登録名だな。

「……もしもし?」

 電話に出るか出まいか数秒ほど悩んだが、結局出ることにした。無視すると昨日のように変に疑われそうだし。

『ヒッキー、デートしよ!』

「……は?」

 電話口から底抜けに明るい声が放った一言に我ながらずいぶんと間抜けな甲高い声が口の端から漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改札を出ると大観覧車が視界に飛び込んで来る。葛西臨海公園駅。駅前の噴水広場から臨む観覧車は日本最大と謳うだけあって間近でも見ると迫力がすごい。雪がちらつく中でも悠然と動いていた。由比ヶ浜が指定した待ち合わせ場所はメインストリート先にあるドーム型の建物の下にある水族園のエントランスだった。コートに手を突っ込んで待ち合わせ場所に向かう。

「ヒッキー!」

 一本前の電車だったのか、すでに到着していた由比ヶ浜は歩いて来る俺を見つけると名前を呼びながら手に持っていた薄いピンク色のビニール傘をゆっくりと振った。それに頷き返し小走りでそちらに向かおうとするが彼女の隣に立っていた人物を発見し、立ち止まってしまう。

「ゆき、のした?」

「ええ、おはよう。比企谷君」

 俺が来ることを知っていたのか雪ノ下は優しく微笑みながら挨拶を口にする。だが、状況が飲み込めず首を傾げてしまった。

「えへへ、ごめんね。ヒッキー、吃驚させちゃったかな」

「あ、いや……まぁ」

「あれからちょくちょくゆきのんとサイの3人で遊ぶことはあったけどヒッキーと遊んだことないなーって思って。サイも来れればよかったんだけど小町ちゃんの付き添いならしょうがないよね!」

 サイがたまに2人と遊びに行っていることは知っていた。だが、俺はそれについて行ったことはない。サイに一緒に行かないかと誘われたがずっと断っていたのだ。理由は、特にない。休みの日は休みたいから。そう思っただけ。

「……」

 しかし、何故今なのだろう。小町の受験日に、サイがいない日に、バレンタインデーに、出発前日に――。

「迷惑、だった?」

 由比ヶ浜は不安そうに問いかけて来る。黙ってしまったせいで不安にさせてしまったようだ。見れば雪ノ下も由比ヶ浜と同じような表情を浮かべている。

「……いいや、そんなこと、ない」

 そんな2人の視線を受けた俺は“いつもと同じように”目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サメっ!」

 水族園に続く長いエスカレーターから降りた俺たちを出迎えたのは大きな水槽だった。なかなかな物だなと感心していると由比ヶ浜がパタパタと水槽に駆け寄り、中を泳いでいたサメを指さす。それにしてもサメか。いいよな、サメ。超かっけぇよな。そう思いながら由比ヶ浜の隣で魚を眺めていると視界にアカシュモクザメが現れる。おお、すげぇ。

「……ヒッキー、楽しそうだね」

「……ええ」

 そんな俺を眺めていた由比ヶ浜と雪ノ下がこそこそと話しているがそんなことより今はサメだ。

「おお、ハンマーヘッドシャーク……え、なにこれ写真撮っていいの?」

「大丈夫だよー。あ、なら写真撮ってあげようか?」

「マジか。サイと小町に自慢してやろう」

 由比ヶ浜に携帯を渡して水槽の前に立つ。雪ノ下は由比ヶ浜の隣に移動し、携帯の画面を覗き込んでいた。

「ハンマーヘッドシャークな。ハンマーヘッドシャークが来た時にシャッター押してくれ。できればハンマーの部分が横になってよく見える時がいいんだけど」

「注文多っ!」

 そう言いながらも由比ヶ浜は何度か撮影にチャレンジしてくれる。時々、雪ノ下もアドバイスし、やっと満足のいく写真が取れたらしく携帯を俺に差し出した。受け取って写真を確認すれば注文通り、ハンマーヘッドシャークがまるで俺に食らいつかんとするような写真が保存されていた。

「おお……いいじゃんこれ」

「よかったぁ。んじゃ、次いこっか!」

「そうね」

 え? もう行っちゃうの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名残惜しくもハンマーヘッドシャークに別れを告げた俺たちは手当たり次第に水槽を覗き込み、あれこれと他愛もない会話を続けた。

「ゴール!」

 だが、何事にも終わりが存在する。それを証明するように由比ヶ浜がそう言いながら元気よく跳ねて俺たちの方へ振り返った。

「ねぇ、もう一周しちゃおっか!」

「しねぇよ……同じとこ回ってもしょうがないだろ」

「ええ……少し疲れたし……」

 俺はともかく雪ノ下は体力がない上、由比ヶ浜に振り回されていたせいでぐったりしていた。そんな彼女に気付いた由比ヶ浜は苦笑を浮かべながら頭を掻く。振り回した自覚はあるようだ。

「うーん、ならどうしよっか。まだ時間あるし……あ!」

 時間を確認しようとした由比ヶ浜が目を輝かせて駅から降りた時に見つけたあの大観覧車を指さした。

 




長くなってしまったので次回に続きます。








今週の一言二言

・チャレンジクエスト、特定のサーヴァントいない人には辛すぎませんかね……孔明とかはいたのでよかったのですが、ジャンヌ・オルタやバサニキがいなくて大変でした。フレンドで連れて行けばよかったなぁ。

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