やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
俺がモチノキ町にある公園に着いたのはサイの電話から30分ほど経った頃だった。大量に買い込んだチョコをコインロッカーに仕舞うのに手間取ってしまったり、タクシーを捕まえようとしたが財布の中にあまりお金が入っておらず、仕方なく電車で向かっていたせいだ。
「あ、ハチマン!」
サイに言われた公園に辿り着き彼女たちの姿を探していると何故か木の上にいたサイが俺の前に着地した。電話で魔物たちを追い払ったと聞いていたが実際に元気な彼女の姿を見て思わず安堵のため息を吐いてしまう。
「すまん、遅れた」
「ううん、気にしないで。操られてた人たちのこととか色々やってたから」
操られていた人たちは外国人だと言っていた。行方不明扱いされているはずなので面倒だっただろう。警察とか呼んだのかしら? 何があったのか質問されても正直に答えられないと思うが。
「ほら、皆待ってるよ」
どうでもいいことを考えていると不意にサイに手を掴まれる。その時、彼女の手が冷たいのに気付いた。今の季節は冬だが今日は比較的暖かい。外にいただけでここまで冷たくなるわけがないのだ。つまり、サイの手が冷たい理由は他に――たとえば長時間冷水に触れるなど別にあるはずだ。そしてサイの手は若干ながら濡れていた。
問題は何故長時間冷水に触れていなければならなかったのか、だ。怪我をした高嶺を手当てするためにタオルを濡らした。敵を殴った時に手が汚れてしまったので落とした。理由は色々思いつく。だが、偶然にも俺も“長い時間手を洗っていた”。
「サイ」
手を引っ張るサイを呼びながら俺は掴まれていない手で彼女の手を掴んで強引に掌を見る。そこには小さな傷が4つほど付いていた。
「ぁ……」
「……何かあったのか?」
ばれるとは思わなかったのか彼女は目を見開いて俺を見上げたが気にせず質問する。千年前の魔物たちは追い払ったはずだ。だが、彼女は掌を傷つけるほど拳を握った。それほどのことがあったのだ。
「……きっとハチマンもいたら怒ってたよ」
俺の質問にサイは俯きながら答えた。電話で概要は聞いたが詳しい話はまだだった。とりあえず高嶺たちと合流して話を聞いた方がいいか。
「なら早いとこ合流して話を聞くか」
「……そうだね」
俺たちは再び手を繋いで歩き出した。何とも言えない気まずさを覚えながら。
サイに案内されながら歩いているとようやく高嶺たちがいる場所が見えて来た。ここからでも高嶺がボロボロになっているのがわかる。ティオの新呪文で回復したらしいので服だけボロボロになっているのだろう。
「八幡君!」
いち早く俺に気付いた大海が嬉しそうに俺の名前を呼んだ。何故そんな安心したような顔をしているのだろうか。危険な目に遭っていたのは大海の方なのに。不思議に思っていると隣から小さなため息が聞こえた。
「メグちゃん、ハチマンが逃げた魔物たちに襲われるかもしれないってずっと心配してたんだよ。向こうは私にパートナーがいないとか言ってたからハチマンのことばれてないって言ったのに」
「……そうか」
何とも言えない気恥ずかしさを覚え立ち止まっているとサイに手を引かれ高嶺たちと合流した。
「ハチマンさん、来てくれてありがとう」
「気にすんな。それより大丈夫なのか?」
「ああ、ティオの回復呪文で傷の方は大丈夫だ。心の力はすっからかんだから気怠さはあるけど」
「そうか……それで何があったんだ? サイからある程度のことは聞いてるけど詳しい話はまだなんだ」
それから高嶺は千年前の魔物に襲われてからのことを話してくれた。ほぼゼロ距離で貫通力の高い『ザケルガ』を受けてもすぐに立ち上がれる頑丈さ。現代の魔物たちに対する憎悪。ロードの企み。操られている人たちを解放する為には魔本を燃やさなければならないこと。
「危険な目に遭うだろうし厳しい戦いになると思う。だけど俺はロードを許せない。絶対に倒したい。あいつらのアジトに繋がる手がかりも手に入れた……だから、ハチマンさん。協力してくれないか? ハチマンさんとサイの力が必要なんだ」
「……」
高嶺はフラフラしながら立ち上がり俺に右手を差し出した。敵の数は約40。術を至近距離で受けてもすぐに立ち上がれるほど頑丈で基本的に複数体で行動している。そんな相手に対しこちらは3人。いくらサイの身体能力が高いからと言って数の暴力には勝てないだろう。もしかしたらナゾナゾ博士たちも力を貸してくれるかもしれないが焼け石に水である。何より――。
「っ……」
一瞬だけ脳裏を過ぎった考えを頭を振って掻き消し、ため息を吐いた。そんな俺を皆は不安そうに見ている。特にサイは何かを訴えかけるような目で俺を見上げていた。ああ、わかっている。大丈夫、全部わかっている。この疑問は俺の身勝手な被害妄想であり、俺の勘違いであり、何より俺の願いを真っ向から否定する現実なのだと。だからこそ、俺は浮かんだ疑問を飲み込み、高嶺の手を取る。これが最善の答えだと自分に言い聞かせながら。
「……本当にいいのか?」
「ああ、お前たちがアジト行ってる間に狙われそうで面倒だからな。一緒に行動した方が安全だろ」
何となく目を逸らしながら俺がそう言うと何故か全員目を見開き、すぐに笑い出した。え、何? 何か笑われるようなこと言った?
「ね? 言ったとおりでしょ?」
「言ったとおり?」
「サイちゃんがね、八幡君なら『行かなかったら狙われそうだから』って言いながら目を逸らすって」
大海の言葉に俺は思わず頭を掻いてしまう。何だろう、ものすごく恥ずかしいのだが。サイには全部お見通しだと言うことなのだろうか。
(いや……)
「それで? アジトに繋がる手がかりってなんだ?」
「ああ、これだ」
高嶺がそう言って見せてくれたのはところどころ欠けた小さなタイル数個だった。表面に何か彫ってあり、それぞれ違う模様だ。
「これは?」
「心を操られてた人たちのポケットに入ってたの。ロードの居場所を聞いたんだけど心を操られてた時の記憶がないみたいで……」
高嶺の代わりに大海が説明してくれた。おそらく大海が操られていた人たちに話を聞いたのだろう。そして、何故ガッシュは高嶺からタイルを一つ貰って珍しそうに見ているのだろうか。俺が来る前に話し合いしていなかったのか?
「ボロボロだな……結構昔の物っぽいが」
「ああ、俺もそう思う。だからこそこのタイルに掘られている模様を調べれば場所がわかる。おそらくどこかの遺跡……しかも古代遺跡に使われていたタイルだとは思うんだが」
「見ただけでわかるのか……」
「俺の親父、考古学者でさ。家にそう言った類の本がたくさんあって暇な時に読んでたんだよ」
親が考古学者とか俺の親父とは大違いだわ。俺の親父? 社畜ですが何か? なお、大黒柱なのにハウスカーストでは最下位に位置しています。親父、頑張れ。
「とにかくこれから家に帰って調べてみるよ。ハチマンさんはパスポートとか持ってるか? 外国に行く可能性が高いんだが」
「ああ、この前作った。サイのもあるぞ」
つい最近届いたのだ。俺はともかくサイのパスポートは戸籍を偽造して作ったので時間がかかったらしい。ばれて捕まったりしないかな。
「恵さんは大丈夫なのか? 仕事とか」
「ええ、出来る限り休みが取れるように頑張ってみる」
「よし……皆、絶対にロードを倒すぞ!」
高嶺の掛け声に俺以外声を上げて応じた。俺はそれを見ながら空を見上げる。サイに顔を見られないように。
(……ああ、本当に嫌になる)
皆、ロードを倒すために心を一つにして頑張ろうとしている中、俺だけは疎外感に苛まれていた。その全ての原因はたった一つの疑問。
(なぁ、高嶺……本当に俺とサイの力が必要なのか?)
被害妄想だってわかっている。勘違いだってわかっている。それが現実だってわかっている。でも、俺は心の中で問いかけることを止められなかった。
――必要なのはサイの力じゃないのか? 俺は必要ないんじゃないのか?
だって、さっきも俺がいなくても千年前の魔物たちを追い払えただろう?
今週の一言二言
・冬休みが終わりました……あれ、今週ほぼ何もしてない……。