やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
自転車に鞄を入れてサイを探そうと歩き始めた時、ポケットに入っていた携帯が震える。久しぶりに感じる振動に吃驚しながらディスプレイを見た。
「何っ?」
そこには『☆★ゆい★☆』と書かれていて目を疑った。まさか由比ヶ浜から電話が来るとは思わなかったからである。
「……もしもし?」
少しだけ低い声で電話に出た。彼女と話すのは久しぶりなので少しぎこちない。
『あ……ひ、ヒッキー?』
向こうも同じようで引き攣った声音で俺を呼ぶ。いや、俺の携帯に電話したんだから俺に決まっているだろう。
「おう……何だ?」
『えっと、気のせいかもしれないけど。さっきサイちゃんを見かけたの』
「サイを?」
『うん。サイちゃん、部室にいるはずなのにどうしてこんなところに1人でいるんだろって思って……で、サイちゃんの後ろを追いかけてく2人組もなんか怪しいし』
『2人組』という言葉を聞いて俺は頭を金槌で殴られたような衝撃を受ける。これはまずいことになった。
「おい、それはいつの話だ」
『何時くらいだろ……でも、そんなに経ってないよ。10分ぐらい前かな?』
「どこで見た?」
『学校の近くのサイゼだよ。前、サイちゃんとヒッキーが行ったって言ってたとこ』
そこのサイゼまでここから自転車で10分ほどかかる。サイの身体能力なら不可能ではない。だが、問題がある。
(どうして、俺に知らせなかった?)
経緯は知らないが十中八九、サイは魔物と遭遇してしまい、逃げたのだろう。しかし、ずっと部室を監視していたのなら俺に伝えることもできたはずだ。それに屋上にいて魔物と遭遇することなどありえない。つまり、あいつは“自分から魔物と遭遇してここから離れるように逃げた”と考えるべきだ。
「あのバカっ……」
『え、どうしたの?』
「由比ヶ浜、そこにいてくれ。詳しい話は直接会って聞きたい」
『え!? で、でも……』
由比ヶ浜は動揺しながら口を閉ざす。無理もない。拒絶された相手から会いたいと言われたのだ。どのような顔をして会えばいいのかわからないのだろう。俺だって“まだ”会いたくなかった。でも、そんなこと言っている場合ではない。
「頼む。嫌だと思うが、今回は我慢してくれ。サイが危ないんだ」
どうしてあいつがこんなことをしたのかわからない。だから、直接会って話を聞きたい。魔本は俺が持っているから魔界に帰されることはないが、魔物だと言ってもサイは生きている。生きているのなら怪我などで死ぬことだってあるはずだ。あのサイでも攻撃呪文をまともに受けたら一溜りもないのだから。
『う、うん! わかった! じゃあ、サイゼの前で待ってるね!』
俺の必死さが伝わったのか由比ヶ浜は頷いてくれる。
「ありがとう、由比ヶ浜」
無意識の内に俺は彼女にお礼を言っていた。それはサイのことを教えてくれたからなのか、拒絶した俺に電話を掛けて来てくれたからなのか。今の俺にはわからない。でも、感謝の気持ちだけは確かである。
『え、ひ、ヒッキー――』
何か言っていたが無視して通話を切り、自転車に乗ってサイゼへ向かった。
(サイ……待ってろよ)
孤独を恐れる群青少女を想いながら。
「由比ヶ浜!」
7分ほどでサイゼに到着した俺は由比ヶ浜の前に自転車を停める。すぐに漕げるようにサドルに乗ったままだ。
「ヒッキー、早っ!? 大丈夫? すっごい息切らしてるけど」
「い、いいんだ……それで、サイは?」
「う、うん……えっと、あたしが見た時には向こうに走って行ったよ。すごい焦ってる感じだった。それでその後すぐに2人組の人がその後を追って……」
「その2人組の内、1人は子供だったか?」
「え、何でわかったの?」
やはり、魔物だ。サイは独りで戦っている。あんなに独りは嫌だと言っていたのに。俺に一緒に戦ってくれとお願いして来たのに。あいつは独りで戦うことを選んだ。
「ヒッキー……何が起きてるの? あの2人組って悪い人たちなの?」
「……すまん。話せない」
魔物のことは知らない方がいい。非現実的な話だしすぐに理解できないだろう。それにサイがいない今、証拠を見せられない。言ったところで信じるわけがない。
「それはあたしだから?」
だが、何を勘違いしたのか由比ヶ浜は悲しそうに問いかけて来る。
「いや、関係ない」
「……そっか」
「由比ヶ浜……」
「何?」
「……いや、何でもない」
彼女に声をかけるがその後が続かなかった。それは由比ヶ浜も同じようで何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
「教えてくれてサンキュな。もう行くわ」
「ひ、ヒッキー!」
ペダルを漕ごうとした時、左袖を掴まれて止められる。振り返ると彼女は泣きそうな顔で俺を見ていた。
「信じられないかもしれないけど……あたし、ヒッキーが事故に遭ってその原因があたしにあるから優しくしてたわけじゃないんだよ」
「……」
「だって、そんな優しさなんて優しさじゃないもん……上手く言えないけど、嫌な優しさだと思う」
由比ヶ浜は空気を読むのに長けている。友達同士の会話を聴き、その場の空気に合わせて頷いたり発言したりする。人との関係を壊さないように“流される”。だからこそ、打算的な優しさを感じ取ることが出来るのだろう。同情や罪滅ぼしから生まれる優しさの醜さがわかるのだろう。空気を読むのは人の心を読むのと同じなのだから。今まで醜い心を何度も感じ取って来たのだ。
「……そうか」
「だから、ね……何と言うかゴメン」
「何で謝んだよ」
「だって……あたし、ヒッキーのこと何も知らなかったから」
それは俺の台詞だ。俺は由比ヶ浜のことなどほとんど知らない。知っていることと言えば空気が読めるのと料理が少々いただけないぐらいだ。それだけで勝手に決めつけて拒絶して。勝手に彼女を傷つけた。
「由比ヶ浜、俺は――」
そこまで言葉を紡いだ時、少し遠くの方から轟音が聞こえた。そっちはサイが走って行った方向だった。
「ッ……すまん! 後で話す!」
「ちょ、ちょっとヒッキー!!」
確かに由比ヶ浜のことも大事だ。だが、今はサイである。由比ヶ浜を無視して俺はとある場所に向かった。あいつならあそこにいると確信していたから。
「はぁ……はぁ……」
視界が歪む。さすがに攻撃呪文を至近距離で受けたのは堪えた。足もふらつくし、心臓も爆発しそうなほど激しく鼓動している。
「もう諦めて本の持ち主に泣きついたら?」
私の目の前で腰に手を当てながら言う魔物。その姿は普通の男の子に見えるが唯一、人間と違うのは額に小さな角があるところだ。
(まずい……)
こいつの呪文は2つ。1つは口から熱線を放つ攻撃呪文。これはいい。確かに発射から着弾までのスピードは速いが軌道は読みやすいので躱せる。だが――。
「『モルパ』!」
彼の本の持ち主が呪文を唱えると前にいたはずの魔物の姿が消える。相手の“魔力”は私の後ろに移動していた。そう、この術だ。かなり距離の短い瞬間移動の呪文。この術のせいで一瞬にして背後を取られてしまうのだ。
「くっ……」
「『ガモル』!!」
振り返った頃にはすでに魔物の口から熱線が放たれている。この距離じゃ躱せない。攻めて直撃だけは避けないと。
「――」
強引に体を右に倒して熱線の軌道上から逃げる。だが、左腕が熱線に飲み込まれ、私の皮膚を爛れさせた。
「あ、ああああああああッ!」
左腕を襲う激痛に悲鳴を上げる。失いかけた意識を気力で引き戻し、地面を転がって魔物と距離を置く。
「『モルパ』!」
しかし、その距離も一瞬で詰められる。懐に潜り込んだ魔物は私の左腕を掴んで一気に捻る。先ほどとは比べ物にならない痛みが私を襲った。悲鳴すら上げられない。呼吸もままならない。このままでは――。
(でも……)
ハチマンだけは巻き込んではならない。メグちゃんを庇った時の彼の顔を見てそう確信した。彼は平気で自分を犠牲にできる人だ。多少、自分を犠牲にするのはいいかもしれない。でも、魔物との戦いではそれが命取りになる。いつか彼は死んでしまう。
「『ガモル』!」
痛みで硬直してしまった私の脚に向かって熱線が射出された。逃げようにも左腕を掴まれているので逃げられない。片足だけは守ろうと左足を振り上げる。
「ッ……」
右足に力が入らなくなり、その場に倒れてしまった。
「あーあ、無様だね。見栄を張るからそんなことになるんだよ」
左腕から手を離し、私を見下ろしながら魔物が笑う。確かに今の私は無様かもしれない。左腕と右足は爛れ、地面に這いつくばることしかできない。でも――ハチマンを守れるのならばそれでいい。いっそのことこのまま殺してくれても構わない。元々、私は産まれてはいけない存在なのだから。
「ハ……チ」
それなのに私は何を言おうとしているのだろうか。覚悟していたはずだ。独りで戦えばこうなると。いくら身体能力が高くても限界が来ると。わかっていたはずなのに。
「ハチ、マ、ン……」
私は何故、彼の名前を呼んだのだろうか。
「やっとパートナーが恋しくなったの? でも残念だね。これで終わり」
「『ガモル』」
このまま焼かれて死ぬのだろう。なら、せめて最期にハチマンにお礼を言いたかった。こんな私と一緒にいてくれてありがとう、と。
顔を上げると魔物は口を開けようとしていた。そして、熱線が――。
「よっと」
「がッ……」
――放たれる直前で横から突如現れた物体に激突し吹き飛んで行った。
次回、決着。