雨に濡れ落ちた花   作:エコー

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前回のエロい失態をカバーするが如く、八幡は由比ヶ浜結衣の依頼をうけます。
他にも面倒な依頼を抱えていそうな八幡。
大丈夫か!?

ではどうぞ。


4 彼女は彼に依頼する

 

4 彼女は彼に依頼する

 

6月3日 水曜日

 始業前の教室内の噂話によれば、昨日また新たな事件が発生したらしい。

 今回の事件は、今までのそれとは違った。県の公用車のブレーキに細工をされたらしいのだ。前輪のブレーキが効かなくなった公用車は、県のお偉いさんを乗せたまま県庁の壁に激突したらしい。

 幸い重症を負った人はいなかったが、一歩間違えば大惨事だった。

 しかし噂にしては詳しすぎるな、みんな。

「ねえヒッキー」

 教室の机に伏せる俺に呼びかける声。由比ヶ浜だ。目だけ向けて返事とする。

「昨日の事故もやっぱりアザレアの亡霊の仕業なのかな」

 由比ヶ浜も事件のことが気にかかるようだ。

「わからん」

 由比ヶ浜に俺は素っ気無く答える。事件のことなど気にしていないように。

「でもさ、噂だとシートの下にアザレアの花があったらしいよ、はちまん」

 いきなり天使、いや戸塚が話に入ってきた。いい匂い。ぜひ嫁に欲しい。

「えー、じゃあやっぱりアザレアの亡霊…」

「…模倣犯の可能性もあるだろうな」

 戸塚は、そうかぁと可愛い顔を上下に揺り動かして頷く。しかしアホの申し子、由比ヶ浜の見解は違った。

「いやいや、やっぱアザレアの亡霊だよ。ところでヒッキー、もほうはんって何?」

 言葉の意味も解らずに否定したのか、さすがはアホの申し子よ。

「いいか、『もほうはん』ってのはだな。戸塚のおしりにある青くて可愛いアザのことだ」

 呆気に取られる由比ヶ浜と戸塚。が、すぐに戸塚の顔が赤く染まった。

「それ…『蒙古斑』じゃないか。ボクにそんなのないよ~もう、はちまんのえっちっ」

 どこまでも、どこまでも可愛いな戸塚よ。ぜひ嫁に。

「由比ヶ浜さん、模倣犯っていうのはね」

 戸塚が顔を赤くしたまま由比ヶ浜に説明をする。もうこうなると模倣犯ってのはエロワードのひとつだな、俺的に。

 ひとしきり彩加先生の日本語講座が終わると、アホな子千葉市代表の由比ヶ浜が俺をちらりと窺う。

「あ、ヒッキーさ…今日も部活、こ、来ないの?」

 何故照れる。何故モジモジする。甚だしい勘違いをするぞ、俺は。

「ん?ああ、最近忙しくてな」

 その仕草に感情を動かされそうになったのを隠して、俺は素っ気無い素振りを貫く。

「じ、じゃあ、放課後付き合って」

 思わず体を起こして由比ヶ浜を見上げる。あ、頬を染めている顔の手前に大きな二つの膨らみが。きっとこの膨らみの中には、夢がぎっしり詰まっている。主に男の夢が。

「おまえは部活だろうが」

 大きな男の夢を胸に抱えた由比ヶ浜を再び見上げる。

「ううん。今日は休ませてもらうから」

 伏目がちなその表情は、何かしらの事情があることを物語る。

「…雪ノ下となんかあったか?」

 

 その日の放課後。

「おまたせー、ヒッキー」

 たゆんたゆんと、息を切らせて駆け寄ってくる由比ヶ浜。大丈夫なのか、クーパー靭帯とか人目とか。

「おい、あんまり走ると、揺れ…転ぶぞ」

 落ち着いて話せる場所を求めて場所を近くのコーヒーショップに移す。

「ふうっ、やっぱコーヒーは落ち着くね~ヒッキー」

 由比ヶ浜の手にあるのは抹茶クリームフラペチーノのクリーム多め、らしい。もうコーヒーの要素ゼロ。

 ちなみに俺はキャラメル何とか。由比ヶ浜が勝手に選んだから知らんが、甘くて旨い。

「…ゆきのん最近変なの。何か前よりムキになってるみたい」

 いきなり本題かよ。ま、話が早いのは助かるが。

「俺のせい、か」

 抹茶なんとかに刺さるストローをいじりながら俯く。

「わかんない…でもゆきのん、困ってるっぽいの。ゆきのんが困ってるなら、あたし助けたい」

 ああ、そうだった。

 こいつはそういう奴だ。自分が何が出来るかよりも、自分がしてあげたい気持ちで行動出来る奴だ。由比ヶ浜のこういうところは、嫌いではない。

「助けるっていったって、具体的にどうするつもりなんだよ」

 だから、敢えて由比ヶ浜に問う。

「ゆきのんは、どうしても犯人を捜すみたい。だから…」

 猫の事件が理由かは不明だが、雪ノ下が事件に執着しているらしいことは理解できた。

「それは平塚先生に止められてることだ。それでなくても刑事事件に関わるのはやめるべきだぞ」

「でも、でも…」

 由比ヶ浜は俯いていたが、何かに気づいたように俺の顔を見る。

「奉仕部、いや…ヒッキーへ依頼します。あたしを助けて」

 依頼、か。便利な言葉だ。由比ヶ浜のような美少女に真っ直ぐな眼差しで依頼されたら、断れる男は俺以外に知らない。まあ断らないが。

「方法は?」

 奉仕部の目的は、あくまで手助けだ。よって、依頼者本人の努力も必要不可欠になる。

「んー、直接ヒッキーがゆきのんの手助けをするとまた揉めたり、ゆきのんのプライドを傷つけるかも知れないから、あたしがゆきのんとヒッキーの橋渡し役になる、ってどう?」

 ちょっと待て。

 おまえの依頼はおまえ自身を助けて欲しいということじゃないのかよ。主旨ズレズレ。でも、こいつなりに悩んでいたのは手に取るように伝わる。足りない言葉はこちらで補ってやればいい。

「要するにだ。俺がおまえを介して雪ノ下に助言なり手助けなりすれば雪ノ下の役に立てるし、結果的におまえは助かるってことだな」

「う、うん。それそれ」

 こいつ優しいな。アホだけどいいヤツだ。雪ノ下に対しても俺に対してもちゃんと気を配ってくれている。もしかしたら今回の件で、或いは今までも、俺はこいつを苦しめていたのかも知れない。

「わかった、受けるよ」 

 贖罪の意味で答える。ただし、と忠告を添えて。

「…俺が危ないと判断したら、それ以上踏み込むなよ。雪ノ下も止めろよ、絶対」

 それまで沈んでいた由比ヶ浜の顔に、花が咲いたような笑みが浮かぶ。

「あ、ありがとヒッキー」

 おいおい抱きつくな。顔を寄せるな、腕に当たるこれはなんだ柔らかい。

 ふと、俺に抱きついているこいつに、少しいたずらをしたくなった。

「あ…ヒ、ヒッキー!?」

 抱きついている由比ヶ浜の背中に、そっと手を添えてやった。そしたら、もっとくっつきやがった。

それを偶然通りかかった小町がニヤニヤしながら見ていたのは、また別のお話。

 

 




お読みいただきありがとうございました。
第4話、いかがだったでしょうか。
前回の反省を踏まえて書いたら、こんな感じになりました。

ではまた次回。

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