雨に濡れ落ちた花   作:エコー

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24 彼女は彼に償いを以って甘える

24 彼女は彼に償いを以って甘える

 

 雪ノ下雪乃のマンションのリビング。

 相変わらず雪ノ下は、俺に寄り添うようにソファーに身を沈めている。

「ひとつ聞いてもいいかしら」

「あなたが逃げたかったのは…私達から?それとも自分の感情から?」

 俺は、沈黙を答えとする他は思いつかなかった。それを察したのか、

「意地悪な質問だったわね。答えなくていいわ。知っているから。そのどちらでもないのでしょう」

雪ノ下は逃げ道を用意してくれた。

「おまえ、本当にすごいな」

「好きな人のことだもの。解るわ。きっと由比ヶ浜さんも解っているはずよ。あなたが逃げたかったのは…」

「それは言わないでくれ」

 最後まで言われたら、きっと俺は…。

「自分でもそうならざるを得ないのは解っているが、俺の準備が出来ていないんだ。対応し切れていない」

 何だか自分で言ってて情けなくなってきた。

「…そうね。ぼっちが長かったんだもの。少しずつリハビリしていけば良いわ。貴方も、私も」

 そういって笑う雪ノ下に、嘘は感じられない。

「リハビリかよ、怪我人だけに。…でも、少し救われた」

 

「それはそうと、抜け駆けってあなたはどう思う? 卑怯だと思うかしら」

「急に話が変わるな、おまえ」

 雪ノ下の意図が理解できないまま、答えを考える。

「抜け駆けか、別にいいんじゃないのか。後でちゃんと筋を通せれば」

 俺は、条件付きの肯定という結論を出した。

「そう、少し安心したわ。なら」

 流れるような黒髪を手櫛でかき上げて、俺を見つめる。

「目を…閉じて」

「な、なにが…?」

 俺が言い終わらないうちに、雪ノ下の顔が近づき、そして。

「…!」

 柔らかな感触を俺に残して、雪ノ下は顔を離す。

「お、おまえ急に何を…」

 破裂しそうな心臓。飛び出しそうな動脈。

「その…部室で、途中だったから」

 

 それは、頬への軽いキス。

 そして、抱擁。

 

 口唇じゃなくて安心したような残念なような感情が渦巻く。

 いや、これで良かったのだ。

 むしろこの状況も俺には余りあるし、持て余しているのだから。

「やめろって、俺昨日風呂入ってない…」

 雪ノ下の両腕が首や背中に回されているこの状況下、急に自分の体臭が気になった。

 が、雪ノ下はそんなことお構いなしに俺の胸に顔を擦り付けてくる。まるで、自分に俺の匂いを染み込ませるように。俺に雪ノ下自身の匂いを染み込ませるように。余談だが、ちょっとだけガーリックトーストの気持ちがわかった気がした。ほんと余談だった。

「仕方ないわ。両手を怪我してるんだもの。それに貴方の匂い、好きよ」

 しばしそうしていた雪ノ下が、ふと俺の顔を至近距離で見上げる。

「そうだわ、気になるのなら身体を洗ってあげましょうか」

 きっと純粋に微笑んでいるであろう雪ノ下の顔は、俺の邪心フィルターにより妙に艶かしく映る。

「いい、いいから」

 雪ノ下に見せられっこない。特に、今の下半身は。だって邪心フィルターのせいですでに…

「そう、残念ね。あなたの肌にたくさん触れるチャンスだったのに」

 こら俺の下半身よ、分不相応な期待はやめろ。今日は何もご馳走は無いぞ。

「お、おまえ、さりげなくすごいこと言うな」

 本心を吐露した雪ノ下の加速力は凄まじい。初めて知った真実。

「あら、触れたいのはただの本心なのだけれど」

 今日の雪ノ下はすごく攻撃的だ。いつもとは違う意味で。

 少し悩んだ雪ノ下は、

「じゃあ、折衷案を提示するわ」

 と言って、また俺の髪を撫でる。

「頭だけ洗ってあげるわ。それだけでも気分が変わると思うし、私も満たされるわ」

 結局、雪ノ下の勢いに押されて風呂場まで来てしまった。

 

 初めて見る、女の子の家の風呂場。シャンプーみたいなボトルが数本並んでいる。

「…なぜあなたは前屈みになっているのかしら?」

 理由はある。だが、言えない。言えるはずはない。男性諸君なら解ることだ。

「馬鹿、立ったままじゃ頭洗えないだろ…」

「勃ったまま…」

 国語学年一位の雪ノ下さん、漢字変換を間違えてますってば。

「はあ…興奮するのはわからなくもないけれど」

「だから違うって!」

 いや実際は違わない。だからこその前屈みなのだ。

 

「…熱くない?」

「あ、ああ、大丈夫」

 俺は何をして、いや、されているんだろう。こんな夜更けに女の子の部屋のお風呂で、その女の子に頭を洗ってもらっているなんて。しかも相手は最高の美少女だ。

 しかもその美少女、雪ノ下雪乃は上機嫌で、鼻歌を歌いながら俺の頭を洗っている。

「さあ八幡、流すから目をつぶって~」

 おいこら、どさくさ紛れに俺を名前で呼びやがった。嫌じゃないが。

 それにしても優しい洗い方だな。すごく気持ちいい」

「そう? よかったわ」

「ん?」

「だって今、気持ちいいって…」

 しまった、声に出てた。しかも雪ノ下はますます上機嫌。

 軽く髪を絞って水分を抜いて、ふわふわのタオルで拭いてくれる。思わず顔の力が抜ける。

「何その顔。すごく気持ち悪いわ」

 といいながら俺の頬を撫でてケラケラと笑うのはなぜですか雪ノ下さん。

 

 ソファーに戻って、ドライヤーで乾かしてもらう。

 美容室でするようにやんわりと温風を当てながら、くしゅくしゅと俺の髪に手櫛を通す。

 その行為のあまりの気持ちよさに、迂闊にも眠ってしまった。

 

 




今回もお読みいただき、ありがとうございます。
第24話、いかがでしたか。

この物語も、もう少しで終わりとなります。

ではまた次回。

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