雨に濡れ落ちた花   作:エコー

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事件は幕を下ろし、エピローグへと進みます。

ただこのエピローグがまた長そうで…

ではどうぞ。




20 彼女と彼女は『彼』を想う

 

20 彼女と彼女は『彼』を想う

 

6月25日 水曜日

 奉仕部 部室。

 

 部室のドアを開けた由比ヶ浜結衣さんは、窓際のいつもの席に座る私、雪ノ下雪乃の姿を見て安心した顔を見せてくれた。

「やっはろー、ゆきのん」

「こんにちは由比ヶ浜さん」

「昨日は、た、大変だったね。ゆきのんは…大丈夫?」

 由比ヶ浜さんの気遣いが心地好い。でも、あなたが本当に心配しているのは誰かしら。

「ええ、私は大丈夫よ。たいしたケガも無いし」

 そう。私は彼のお陰…かどうかは別にして、幸いにも軽症で済んでいた。

「…ゆきのんよかった~、本当に無事でよかったよ~」

 喜びの感情を涙と熱い抱擁で表現する由比ヶ浜さんに、私の頬も緩んでしまう。

「今回みんなには、家のことで迷惑をかけてしまったわ」

 由比ヶ浜さんは、今回の事件の裏で葉山を始め色んな人たちが動いてくれていたことを説明し始めた。

「そう。葉山くんと比企谷くんが私の身辺警護を…」

「うん、でもね。それってヒッキーが葉山くんに頼んだんだよ」

 由比ヶ浜さんは、あの日…比企谷くんの頼みで葉山くんを呼び出したときのことを語ってくれた。

 

 * * * * *

『葉山、おまえの力を貸してくれ』

 俺は、初めて葉山に頭を下げた。これで足りなかったら土下座も覚悟していた。

『…わかったよ。比企谷が僕に頭を下げるなんて、なかなか見られない光景を見せてもらったし。微力ながら協力させてもらおう』

『おい葉山、勘違いするなよ。俺は頭を下げることなんて朝飯前だ。本気を出せば土下座も余裕だ。それが俺のプライドだ』

『ヒッキー、それってプライドない人のセリフじゃん…』

 

 * * * * *

 話題は事件当日、つまり昨日の比企谷くんへと移る。

「今回のヒッキー、すごかったねぇ」

 本当に嬉しそうに、由比ヶ浜さんが彼を語る。

「ええ、彼があんなに暴力的だとは知らなかったわ。気をつけないと」

 そう言い終わらないうちに由比ヶ浜さんの視線を感じる。

「…ゆきのん、それ違うよ」

 思わず俯く私に、諭すように言う。

「ヒッキーはね、きっと自分がいくら傷つけられても暴力なんかしない。でも、今回は…」

 そこで由比ヶ浜さんは言葉を止めた。

「こ、今回は…?」

 怪訝そうに由比ヶ浜さんの顔を見上げるが、当の本人は目を逸らしたままだ。

「んー、やっぱ言わない」

 ぷいと顔を背けて頬を膨らますその可愛らしい仕草は、いつもの見慣れた由比ヶ浜さんのそれであった。

「ふう…言いかけて止めるのは良くないわよ。夢見が悪くなるわ」

 由比ヶ浜が言いたかった言葉の続きは、私も薄々は感づいていた。

「だって…言うのなんか悔しいもん。ゆきのんだけ名前で呼ばれてたし、ゆきのんも何回か八幡って呼んでた気がするし~」

 更に頬を膨らませた由比ヶ浜さんの顔が、何だかとても愛おしく感じる。同時に、私はその時初めて、比企谷くんに『雪乃』と呼ばれていたことに、比企谷くんを『八幡』と呼んだことに気づいた。

「あ、あれは…あの場には姉さんも小町さんもいたから、区別のために名前で呼んだに過ぎないわ。比企谷くんもきっとそうよ」

 私らしくない、歯切れの悪いお粗末な説明。

「そうかなぁ、あんなに我を忘れて怒鳴ってるときに、そこまで気を遣えるかなぁ」

 ジト目でこちらを見るのはやめて欲しいわ、由比ヶ浜さん。

「それにさ。ヒッキーがあんなに怒ったのは、ゆきのんだからだと思うんだ」

 それは先程言うのを止めた言葉。由比ヶ浜さんの本心。

 でも違う。彼ならばきっと。

「…それは勘違いよ。あなたが同じ目に遭っても、きっと彼は同様に怒っていたと思うわ」

 彼は人のためだけに本気で怒れる人。それが私の、本心。

「そうかなぁ」

「そうよ」

 まだ腑に落ちない顔をしている由比ヶ浜さんに、話題を変えるように問う。

「それで、彼の、比企谷くんの具合はどうなのかしら?」

「それがさぁ…」

    ☆     ☆     ☆    

 

 俺は痛みを我慢して部室のドアに指先を引っ掛け、ゆっくりと開ける。

「うす」

「あら比企谷くん、ど…!?」

 雪ノ下が目を見開く。由比ヶ浜はニヤニヤと笑っている。

 俺は、そんな二人を見て憮然とした。

「…なんだよ」

 俺の左手には上腕まで包帯が巻かれ、右手はギブスで固定されて吊られ、かろうじて指先だけが出ている状態。

「ヒッキーったら、こんな状態なんだよ~」

「ぷっ」

 自分を助けてくれたヒーローのなれの果ての情けない姿を見て、雪ノ下は笑っている。

「おい雪ノ下、けが人を笑うんじゃねえ」

 敢えて『おまえを助ける為に出来た傷だ』と言わない、奥ゆかしい俺。

「だ、だって、まるでミイラ…あなた、目だけでなく手まで腐ってついにミイラに…」

 ケラケラと笑い出す雪ノ下。それを呆然と見る由比ヶ浜。

「ゆきのんがこんなに笑うの、はじめて見た…」

 雪ノ下の笑いは止まらない。ついには涙を流しながら笑っている。

「おまえ、血も涙もないな」

 ムスっとした顔で雪ノ下を睨む。

「そんなことないってば。ほら、こんなに涙を浮かべてるじゃない」

「そりゃ笑いすぎの涙だろ」

 必死に笑おうとする雪ノ下の真意が見抜けてしまった俺は、あえて言及しない。

 云わぬが花である。

「あー、はー、あははははははははは…」

「もういいって」

 

 目の前の紅茶が冷めた頃、場は落ち着きを取り戻し。

 

「そういえばさ、何で一週間ごとに事件を起こしたんだろ」

「それはきっと、仏教の四十九日を意識したんだろうぜ」

 四十九日は、仏教において人が亡くなってから極楽へ行くまでの期間。その間、一週間ごとに生前の行いについて審判が下されるという言い伝えがある。

「だからその審判の日に、亡くなった人が極楽へ行けるように追善供養をするという訳だな。ちなみに今回は全く逆の意味だがな」

「へぇ~ヒッキー、物知りだね」

「あら、結構有名な話よ。『中陰』と言い換えれば解るかしら」

「中陰のほうが難しいと思うぞ」

「えー、ゆきのんも知ってたの!?」

「勿論よ。常識だもの」

「…むぅ」

 不機嫌そうに頬を膨らます由比ヶ浜を見て、日常が戻ってきたのだと実感した。

 

 




今回もお読みいただきありがとうございました。
第20話、いかがでしたでしょうか。
今回は事件の回顧と平和が戻った奉仕部の話。
そしてこの物語はもうちょっとだけ続きます。

ではまた次回。


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