雨に濡れ落ちた花   作:エコー

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ついに校内でも事件が発生。
それを期に、平塚先生に注意されたにも関わらず、事件について調べ始めてしまった奉仕部。
そして比企谷八幡は。


2 彼らは彼と彼女らに

2 彼らは彼と彼女らに

 

5月26日 火曜日

 この日、『アザレアの亡霊』との関連を思わせる事件が、ついに総武高校でも発生した。

「…おい、聞いたか。アザレアの亡霊が総武高でも事件を起こしたってよ」

 すでに事件は生徒の間で噂になり、内容は総武高校内の殆どが知っていた。学校側は今回の事件を黙殺する構えを取るのだ、と平塚先生が煙草を吹かしながらぼやいていた。

 

 放課後、奉仕部部室。

 三人の部員は一様に元気が無かった。雪ノ下に至っては、目に涙を浮かべていた。

「…ひどいよね」

「本当にひどいわ」

 雪ノ下や由比ヶ浜の悲痛な顔の理由は、今朝発覚した事件の内容にある。

 今までは器物破損のみの犯行だったのだが、今回の事件では命が奪われていた。

「何の罪も無い、愛らしいネコを射殺すなんて…常軌を逸しているわ。悪魔よ」

 俺は普段と変わらず文庫本を開いているが、それはただ文字の羅列を目で撫でるような、何も頭に入らない状態だった。

 それだけ命を奪うという行為に動揺していた。

 犬や猫、その他の動物も命を持っている。

 それなら豚や牛などの家畜はどうだ。何ら命に変わりはない。

 両者の決定的な違い。それは愛玩の対象か食の対象か、である。

 

 しかしそれはあくまでも心情的な扱いの差であって、法律上は両者とも「物」なのだ。

 勿論これにも異論を唱えたいのだが、国が相手ではやり様がない。

 思考が脱線してしまった。

 何が言いたいかというと、法律に感情が入り込む余地は無い、ということ。

「残念だけど、今回の事件も法律の上では器物損壊…なんだよな」

 事実を語ったのだが、それを聞いた雪ノ下雪乃の怒りを買う。

「動物愛護法という法律を知らないようね。それに、あなたは命を何だと思っているの。どうやらあなたは法律の知識と一緒に人間として最低限の良識すらもどこかに置き忘れてしまったようね。犯人はこの世界の至宝ともいえるネコの命を奪ったのよ。それは許されないことだわ」

 珍しく語気を荒げて、本気の敵意を向けてくる。それほど怒り心頭に発しているのだろう。

 雪ノ下の、修学旅行での海老名姫菜の依頼を遂行した時以来の冷たい視線。それは今回の事件発覚の経緯に理由がある。

 実は、今回の事件の発見者は雪ノ下雪乃であった。

 脇腹を矢に射抜かれて、ぐったりと横たわる猫を見てしまった衝撃は、猫好きの彼女にとってはトラウマになりかねないものであったと推察できた。だからこそ。

「今のはひどいよ…ヒッキー」

 被害者である猫の埋葬に付き合った由比ヶ浜も同様に俺を責めにかかる。

「…すまない。失言だった。先に帰るわ」

 席を立ちながら一言だけ詫びると、俺はそのまま部室を後にした。

「… いいわ。私が、犯人を突き止める。あのネコの敵を取るわ」

 雪ノ下がそう決意したのは、俺、比企谷八幡が部室を退出した後の事だった。

 

    ☆     ☆     ☆        

5月27日 水曜日

 翌日から私、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜さんは平塚先生に内緒の捜査を開始した。そこに比企谷くんの姿は無い。

 私は、まずこれまで『アザレアの亡霊』が関わったとされる事件のリストを作成した。そのリストは以下の通り。

 

  ①  5/3  高級車を傷つける   

  ②  5/5  小学校のガラスが割られる

  ③  5/12 市道の植込みの破壊

  ④  5/19 高級車を傷つける

  ⑤  5/26 総武高校にて猫の死体が見つかる

  

 一連の事件とされているのはこの5件である。いずれも犯行現場にはアザレアの花が残されていた。「アザレアの亡霊」と呼ばれる所以である。

「あ、あのさぁ。これって、1週間ごとに起きてるよね」

 由比ヶ浜さんは意外と鋭い。何だかんだいっても進学校の総武高校に合格するだけの頭は有しているのだから、意外なんて言っては失礼だったわね。

「確かにそうね。大型連休に該当する日にちを除けば、毎週火曜日に実行されているわ」

 ということは、最初の犯行は衝動的なもので、毎週火曜日に起きた事件は計画的な犯行、といえる。リストの全てが同じ犯人の手によるものだとすれば、だけれども。

 再びリストに視線を落とす。

「他に、何か共通点はないかしら」

 用意しておいた事件に関しての新聞記事と併せて読み返してみたけれど、ただの器物損壊の事件は紙面の扱いも狭く、アザレアの花以外の共通点は判らなかった。

「…今日は事件のことはこれ位にしましょう」

「そうだね、あんまり詳しい記事もないし」

 新聞記事を閉じたクリアファイルを鞄に仕舞いながら、ふと彼のことを考える。

「ヒッキー…」

 その言葉に一瞬我を忘れてドアの方を見る。ドアはしっかりと閉まっていて、誰かが入ってきた形跡も無かった。

「そう、よね。来る筈ないじゃない」

 彼は来ない。自分でそう言っていたのだから。

「あの、さ、ゆきのん」

 控えめな声で由比ヶ浜さんが話しかける時は、大抵真面目な話だ。だからそういう時は私も少し背筋を伸ばして由比ヶ浜さんに顔を向ける。

「ヒッキーはさ、ゆきのんが心配…なんだと思う」

 それは理解していた。彼がこの手の行動を取るときは決まって目的がある。けれど、私が心配だというのは解せない。

「だって、ゆきのんって、集中すると周りのことが見えなくなっちゃうし、それに…」

 そう。由比ヶ浜さんの目にはそう映っているのね。私は万事上手くこなしているつもりだったのだけれど。

「それに事件のことで頭に血が昇ってて、その感じがなんか危ういっていうか、危険っていうか」

 確かにあの時は周りが見えなくなっていた。犯人に向けた怒りを、そのまま彼にぶつけてしまったという後悔の念は抱いていたし。

「危ういと危険は、ほぼ同じ意味よ。由比ヶ浜さん」

 気を遣いながらもはっきりと注意をしてくれる友人に少しだけ意趣返しをして、その後はいつものように、来ない依頼人を待つ作業をしながら由比ヶ浜さんと下校時間まで過ごした。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
第2話、いかがでしたか。
果たして犯人は雪ノ下雪乃の猫好きを知っていたのか。
たぶん偶然でしょう。

ではまた次回。

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