雨に濡れ落ちた花   作:エコー

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※今回は短めです。

ではどうぞ。


18 彼らと彼女らの輪舞は静かに

18 彼らと彼女らの輪舞は静かに

 

6月24日 火曜日 21時42分

 

 怒りに支配された俺は、夢中で丹沢を殴りつけていた。

 その光景は駆けつけた彼ら彼女らを凍りつかせた。

 ある者は悲鳴を上げ、またある者はその光景を凝視するのみだった。

「お、おい比企谷…もうやめ…」

 誰の声か解らないが、その声は俺の脳には届かず耳で止まったままだ。後で聞いた話だと声の主は葉山だったらしい。

 

…パンッ!

 

 両手を叩き合わせた音が倉庫内の空気を強く振動させた。それはまるで怒りに身を委ねた俺の邪気を浄化するような、澄んだ音だった。

「…もういいっ、比企谷!」

 その強く澄んだ、倉庫内に響き渡る音の主は平塚先生だった。

 平塚先生はゆっくりと俺に近づき、血で染まった両手を掴む。

「いっ痛…!」

 そして、赤ん坊を包み込むように俺を抱擁した。平塚先生に抱き留められた俺は、震えていた。

「もういい。充分だよ…比企谷」 

 左手の傷からぽたぽたと赤が滴る。

 さっきまで怒りで忘れていた痛みを傷口が思い出す。

「ヒッキー…」

 激痛に顔を歪めているであろう俺を見るみんなの目は、一様に悲しげだった。

「おにいちゃん…」

 はじめて己の怒気、狂気に身を任せて暴力を振るった。振るってしまった。

 そして、それをこの場の全員に晒してしまった。 

「もういいんだよ、比企谷。これ以上お前の嫌いな、不本意な行為を続けることはないんだ」

 不本意。

 そう、不本意だ。

 俺は、暴力が嫌いだ。殴るのも、殴られるのも嫌いだ。

 でも俺はそれを実行した。怒りに飲まれていたとしても、あくまで自分で選択したことだ。責任は俺にある。もしも平塚先生に止められなかったら、最終的に俺はこいつをどうしていたのだろうと逡巡する。

 平塚先生の優しい拘束から解かれた俺は身体の震えを押さえ込み、床から体を起こす丹沢に向き直る。俺の最後の足掻きだ。

「よく聞け。俺はな、雪ノ下や由比ヶ浜、小町…俺に関わる人間を傷つける人間が大嫌いだ。もし…今後もし俺の大事な人たちに危害を加えるようなことがあったら、俺は全力であんたを潰す。今度は何があっても止めない。文句があるなら俺に言え」

 そう言い終え、ふらふらになった俺は丹沢に背を向ける。そろそろ警察も到着する頃合いだろう。

 歩き始める俺の背中で、丹沢が目を見開いた。

「ざけんなよ! ガキに何が出来るっていうんだ。おれは出来るぞ。何なら今おまえを殺してやるよ!」

 声に振り返る俺に、丹沢の隠し持っていた短いナイフが振り下ろされた。

 再び左腕から鮮血が舞う。雪ノ下と由比ヶ浜の悲鳴が倉庫中に反響する。

「ヒッキー!」

「比企谷くん!」

 俺は、笑っていた。

 別に狂っていたわけではない。こいつの怒りが俺に向いていると確信出来たからだ。

 『…痛え。が…まあいいや。これでこいつの恨みは俺一人に…』

 やっと導けた結果に満足して刃に、丹沢に正対する。

 いや、正しくは「棒立ち」だった。

 正直もう動きたくない。いや動けない。今頃になって刃物に、恐怖に負けてしまった。

 

 その俺に対する丹沢の第二撃は、思わぬ伏兵によって阻止された。ナイフを構えた丹沢を殴り飛ばしたのは、戸部だった。

「あのさぁ、いい加減にしろやマジ。ヒキタニくんはちょっとアレだけど…超いい奴なんだよ!」

「戸部、おまえ…」

 気がつくと、戸部と並んで葉山、そして材木座。俺のすぐ前には戸塚が立っていた。皆同様に丹沢を睨み、俺を囲むように、庇うように立っていた。

「お、おまえら…」

 俺は今まで、全ての事に独りで対処してきた。俺には俺しか居なかったから。

 しかし、どこでどう間違えたのか、目の前には俺を庇う奴らがいる。

「比企谷ばかりに良い格好はさせられないからね」

 葉山。いけ好かない奴だけど。

「そうそう隼人クン、オレっちも少しはカッコいいとこ見せたいじゃん」

 戸部、お前が格好つけたい相手は海老名姫菜だけだろ。

「はちまん…大丈夫?」

 戸塚…愛してるぞ。

「うぬの身はこの剣豪将軍が守り通す!」

 材…木材?

 

 ぼっちだった筈の俺。

 その危機を、こんなにも多くの人間が守って、救ってくれようとしている。

 

 丹沢はゆらりと立ち上がる。手には長尺のナイフ。

「…てめえら。ガキの癖にちょっと調子に乗り過ぎなんじゃないか~」

 ナイフを拾い上げた丹沢が再び動き出す。

 

 




今回もお読みいただきありがとうございます。
第18話、いかがでしたか?

この作品もついに10000UA、お気に入りが50を超えました。
本当にありがとうございます。

ではまた次回に。


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