雨に濡れ落ちた花   作:エコー

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単独で雪ノ下雪乃を捜索する比企谷八幡。
待機を言い渡された由比ヶ浜結衣。

しかし彼女は思い悩む。

では、どうぞ。


14 彼は独り奔走し彼女は

14 彼は独り奔走し彼女は

 

6月24日 火曜日 19時

 小町から借りた(奪った)スマホで自分のスマホの位置、すなわち雪ノ下を拉致した車の位置を探る。

「備えが役に立っちまった」

 雪ノ下の乗る車に投げ入れた俺のスマホの現在の状態は、バイブ無しの無音状態。中では友達や仲間同士が待ち合わせで使うような、GPSでお互いの位置を知ることが出来るアプリが動いてる。ついでにいうと、ボイスレコーダのアプリも起動中である。友達がいない俺は小町しか登録してないけどな。

 前回雪ノ下が襲われた時のことを教訓に、俺は練れるだけの案を練り、やれるだけの備えをしていたつもりだ。本音をいえば何事も起きずに全部ムダになって欲しかったが。

 だが、陽乃さんとの情報交換で犯人と思われる人物が特定され、その犯人が再び行動を起こすことはほぼ解っていた。だって、犯人の本当の目的は――

 自転車を漕ぎながら考えているうちにGPSの足跡を辿ることが出来た。

「国道14号線、幕張方面か!」

 線となって連なったGPSの軌跡を辿って自転車を漕ぎまくる。漕ぎまくりながら由比ヶ浜へ発信。

「やっはろー、小町ちゃんどした…」

「ばか俺だ、八幡だ」

「はちまんって、ヒ、ヒッキー!? なんで?」

 雪ノ下が拉致されたことを伝え、簡潔に三つの指示を出す。パニックの時に覚えられることなんて二つか三つだ。実際、由比ヶ浜の声はパニクっていたし。

 話しながら自転車を漕ぐのはすっげえしんどいが、そんな弱音を吐いてる場合じゃない。

 そんな弱虫がペダルを必死に漕ぎながら画面でGPSを追跡していると着信。

「比企谷か!」

 由比ヶ浜から連絡がいったんだな。つーか小町、平塚先生を「静ちゃん」で登録するのはやめなさい。通り抜けフープでお風呂に出ちゃいそうだから。

「平塚先生!」

 由比ヶ浜に頼んだ指示にうちの一つである平塚先生への連絡は思いのほか早く、間接的に由比ヶ浜がしっかりと自分を保っていることを確認出来た。

「貴様あれほど警察に任せろと…まあいい。比企谷、状況を教えろ。なるべく細かく、曖昧な点は除いて、だ」

 さすが平塚先生、切り替えが早くて助かる。年の功。冷静だ。嫁にしたらさぞ心強かろう。

「拉致したのは雪ノ下の送迎の車。黒のリムジン。ナンバーは…あー、わかんね!」

 犯人の人相まで上手く伝えるのは無理と判断し、そこで報告を留める。

「よし。それで、今おまえはどこだ」

「俺は今、国道14号線に向かってチャリで走ってます。目標には俺のスマホを放り込んであります。GPSを動かしたまま。GPSは国道14号線、東京湾付近まで伸びてます」

「了解、よくやった。おまえは出来るヤツだ。こちらも向かう。あとは大人に任せろ。危険なことはするなよ。いいな、絶対にだ」

 任せろといわれたが、雪ノ下家はギリギリまで警察を動かさない気らしい。この場合のギリギリとは、雪ノ下が誘拐されたなら犯人からの要求があるまで、だろう。

 そんな悠長なことやってるから。世間体ばっかり気にしてるから。

 だからあんたらは雪ノ下雪乃に嫌われるんだ。

 あいつに何かあってからじゃ、遅すぎるんだよ!!

 

 ともかく犯人はわかった。この目で確認した。

 それは俺の予想通りだった。

 そして、この事件の謎解きを犯人に突きつけるのは…俺の役目だ。

 これだけは誰にも譲れない。

 

    ☆     ☆     ☆    

 

6月24日 火曜日 19時48分

 

 比企谷八幡…ヒッキーに指示されたとおり、あたし、由比ヶ浜結衣は事を成していた。

 まずはゆきのんの姉である陽乃さんへ連絡。ゆきのんが拉致されたことを伝え、ヒッキーが自転車で犯人を追っている事を説明する。

 次に、平塚先生への連絡。

 説明の後の先生の第一声は「あの馬鹿はどこだ」だった。

 平塚先生はイヤホンマイクを使って通話しながらすでに行動を開始していた。

 一番手こずったのは、警察への通報だった。

 まず、通報内容を信じてくれない。

 アザレア関連の事件に便乗した悪戯だと思われた。事実、その手の誤報や悪戯は相当数に上っていたらしい。ようやく話を聞いてもらえる姿勢を警察が取ってくれた後も、今度はあたしがパニックになって上手く説明できなかった。

 何とか警察に事情を理解してもらえたのは、ヒッキーから連絡を受けた約30分後だった。

 

 ヒッキーに頼まれた事を全て終えて、あたしは考えていた。

 危ないからと、ヒッキーにも平塚先生にも自宅で待機するように言われていた。でも、こうしてる今もヒッキーは自転車でゆきのんの捜索を懸命に行っている。陽乃さんもすぐに向かうと言い、平塚先生も行動を起こしている。

 何より、今ゆきのんが危ない目に遭ってるのに。

 

「なのに、あたしはどうすることも出来ないの…?」

 

 あの日。

 病室の廊下で、ドア越しに聞いたゆきのんの叫び、嗚咽が頭の中に甦る。

 ゆきのんは今頃その苦しみを思い出して、ううんそれ以上の怖い思い、身の危険を感じているかもしれないのだ。なのに自分は何もしていない。何も出来ない。

 

 唯一無二の親友と思っている彼女が危険に曝されているのに。

 

 とりあえずスマホを掴んで玄関を飛び出して、エレベーターの前まで走って。

 そこで、足が止まる。

 自分に出来ることが見つからなかった。

 エレベーターの前でしゃがみ込む。頭を抱える。そして、自分の無能さに気づき愕然とする。

 

「もうどうしていいかわかんない。助けてよ…みんな…助けてよっ!」

 絶望の淵に着信音が響く。

 優美子からだ。そういえばカラオケの約束すっぽかしちゃったっけ。

「結衣なにしてんの。カラオケいく約束どーした?ま、あーしらもう帰る…ちょ、結衣?」

 優美子の声を聞いた瞬間、涙が溢れた。

「優美子、助けて…ゆきのんが…ゆきのんがっ!」

「ちょ、落ち着けし」

 優美子に事情を説明する。上手く説明できたか自信は無い。

「わーった。結衣はタクシーつかまえてヒキオを追跡しろし。見つけたら警察来るまでその場で待機、あーしらに連絡。危なそうなら逃げる。いい、わかった?」

 

 ヒッキーごめん。

 やっぱり、じっとしてなんていられないよ。

 あとでいっぱい怒っていいからさ、ヒッキー。

 

 大通りに出てタクシーを止めると、平塚先生に聞いたおおよその方向に走ってもらう。そして車内で携帯を起動。

「番号でGPS検索っ」

 現在の比企谷のGPSの位置情報を地図形式で取得。

 ――優美子が教えてくれた。気づかせてくれた。

  『あたしにしか…できないことをするんだ!』

「…LINEオープン、メッセージ一斉送信っ!」

 

『依頼。

 みんな、ゆきのんを、ヒッキーを助けて!』

 

    ☆     ☆     ☆    

 

 千葉市内某所東京湾付近。 

 空は今にも降り出しそうな雨雲のせいで、すでに夜の黒に覆われていた。

 自転車で駆け抜けて俺、比企谷八幡が辿り着いた先には、黒いリムジンが停めてあった。

 音を立てないように自転車を倒して数十秒の間に息を整え、俺の唯一の武器である脳に酸素を送り込む。

「…さて、行くか」

 疲労で笑いっぱなしの膝とまだ痛む右足首に喝を入れて、歩き出す。

 ここは東京湾に面した倉庫の群れの中。悪者が隠れそうな場所ベスト5には確実に入るだろう、ベタな場所だ。

 俺の推理が正しければ、本当の標的は雪ノ下ではない。即ちすぐに雪ノ下に危害を加えることはない。筈だ。

 しかし、雪ノ下が危険なことには変わりは無い。それに、今の状況下での雪ノ下の気持ちを考えると、急ぐほうが良いに決まっている。

 素早く、慎重に、慎重に。

 一棟ずつ様子を探る。

 辺りに注意を払う。

 目に、耳に、五感全てに意識を集中させる。

 

    ☆     ☆     ☆   

 




今回もお読みいただきありがとうございます。
第14話、いかがだったでしょうか。

いやぁ、かなり支離滅裂になってまいりました。
そろそろ怒られるかな…

ではまた次回。


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