ベルの大冒険   作:通りすがりの中二病

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旅立ち

そこは、深緑の森の中に存在する開けた空間だった

広さで言えば、ちょっとしたダンスホールにも匹敵するその面積

森林の香りが仄かに漂い、耳を澄ませば川の流れる音と鳥の鳴き声が聞こえてきた

もしも、この場にシート替わりの布切れ一枚、一食分の携帯食でもあれば、のどかな遠足気分を味わえただろう。

だがしかし、この場を支配する空気はそんなものとは性質が違った。

肌をピリピリと刺激する様な緊張感、首筋や背筋が凍るような緊迫感

近づく者全てを追い払う様な威圧、招かねざる客には容赦しない迫力

そんな空気の中に、少年は居た。

「―――っ――ふー…フー…」

静かに、だが深くゆっくりと、肺の中からゆっくりと全身に酸素を浸透させ、染み込ませる様に、少年は深呼吸をする

半身でショートソードとナイフを構え、白い前髪から見える紅い瞳は、目の前の相手に縫い止められている。

視線の先にはシルバーメタルの輝きを全身に纏う、馬面の騎士。

全身が超硬金属『アダマンタイト』で構成されている、大魔王の禁呪法で生まれた騎士。

チェスの駒であるナイトより生まれたその顔立ちは、魔物特有の醜悪さや不気味さを感じさせない

御伽噺の勇者が跨る様な、英雄譚に出てくる英雄が手綱を引くような、精悍さと勇敢さがにじみ出る様な顔質である。

首から下は引き締まった体の騎士そのもの、体と同じアダマンタイトの鎧を纏い、馬乗槍を思わせる中型のランスを構えている。

膠着は数秒、白銀のナイトが動く。

一瞬白銀の体がブレた様に見えた一瞬後に、既にナイトは少年を己の間合いに入れていた。

白銀のランスが、閃光の様に狂い咲く

白銀の閃光と白銀の刃が交差して、衝撃と金属音が咲き乱れる

放たれた閃光の連撃に、少年は両手の得物で対処するが…それも長くは続かない

得物越しに衝撃が全身を駆け巡る、威力を殺しきれず、一撃一撃を捌くだけで全身が揺れ動く。

――攻撃は速くて重く、尚且つ連射も効く――

――速度と力は完全に自分の上を行き、尚且つ防御力では話にならない――

――相討ちは論外、真っ向勝負では持って数秒――

――ならば、どうする?――

思考に意識が僅かに重く傾いたその一瞬、片手のナイフを弾き飛ばされ相手のランスが自分の肩口を捉える。

「――っ!!」

一瞬、肩から先が千切れ飛んだ様な錯覚に陥る

鈍痛と激痛が入り混じった、吐き気を催す痛みが意識を揺さぶる

僅かに足が地面から離れ、体勢が不安定になる。

そして、目の前のナイトはそれを見逃さない

白銀の足刀が、自分の腹部目掛けて放たれる。

「っ!ぅっ!?」

一瞬、視界と意識が上下に揺れて、体に杭を打ち込まれた様な錯覚に陥る

硬くて重い衝撃がズシンと腹部を貫通して、一気に肺の中の空気を吐き出しそうになる

内蔵が押し潰されるその感覚、腹の中身が堅く重い物に潰されていくその感触。

肩口の吐き気も相まって、即座に嘔吐したくなるがそれを飲み込む。

意識しての行動ではない、それは最早条件反射だった

連続の衝撃で白髪の少年の体は後方に飛ばされる、その勢いを利用して転がり込むように森林に逃げ込む。

相手との距離を取って、自分の状態を確かめる。

――死ぬほど痛いけど、肩と腕は動く――

――胃の中の昼ご飯とご対面しそうだけど、それだけだ――

超硬金属の一撃を連続で食らって尚、骨折をしてない自分の体に苦笑する

攻撃が直撃する瞬間、力と意識を防御に集中させて、なるべく衝撃に逆らわない様にしただけだ。

これも、最早少年にとっては条件反射の行動だった

大魔王曰く「其方には才能がない」「体も小柄で素質もない」「ではどうする?」

―――答え、『どうにかする』―――

 

―――方法、『どうにかなるまでやる』―――

―――結果、『どうにかなった』―――

「……ははっ」

思わず苦笑する

この数年間、徹底的に『体に教えられた』のだ。

『人には思考よりも意識よりも先に体が動く、反射的な行動がある』

 

『危機的状況に直面すると、人は反射的に目を瞑る』

 

『人は予想外の感触を感じると、反射的に手や足を引っ込める』

 

『それと同じ様に、人は長年の行動を無意識の状態で行う』

 

『言ってしまえば、武術や剣術や体術は型を体に教え込むための理由や目的がそれだ

効率的且つスムーズに技や型を繰り出せる様に、体に直接教え込むのだ』

『先ずは、其方の闘気の運用をその領域にまで引き上げる』

『生物であれば例外なく持ち合わせている闘気を、生物であれば例外なく組み込まれている反射的行動に組み込む』

 

『要は反射的な咄嗟の動きに、筋肉だけでなく闘気の運用も付け加えるだけだ。下手な型や技を組み込むよりも簡単で効果がある』

 

『安心するがいい。最後までやり遂げられれば才能の在る無しに関わらず、誰でも体得する事が出来る』

 

『――最後まで、やり遂げられたならば、な』

師の教えとは言え、よくもまあここまで無茶が出来たものだ

少年は少し昔の事を思い出して、再び戦闘に意識を切り替える。

――やはり、どう考えてもリーチの差が大き過ぎる――

――懐に飛び込もうとしても、速さと体捌きでもあちらが上――

――ならば、狙うのは敵ではなく得物そのもの――

簡潔に戦術を組み立てて、即座に行動に移す

上に着ていたレザージャケットを脱いで、片手に携帯させる

次いで、枝と葉の隙間から相手の位置とタイミングを伺う。

――今だ!――

相手の死角と隙を突いて、一気に飛びかかる

こちらが飛び込んで来たのを察知して、ナイトも即座に迎撃に出る。

だが!

『――っ!?』

白銀のランスに、レザージャケットが巻きつけて絡み取る

摩擦力の強い革製の防具で包まれたランスは、武器としての機能は瞬時に半減する。

そして更に、少年はランスの柄とナイトの手を蹴り上げる。

『っ!?』

アダマンタイトは確かに硬いが、表面は滑る

故に握りの部分さえ的確に蹴れば、得物を放させるのはそう難しい事ではない。

蹴りが決まった瞬間、掴みが緩んだ事を感じ取り…即座に得物をブン捕る

革製防具がここでも少年の有利に働く、力を込め易い取っ掛りがあり力関係はこの一瞬で逆転する。

「だあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

ブン盗った得物を、思いっきり振り回す

甲高く重い金属音と衝撃音が鳴り響き、その衝撃に押されて白銀のナイトが後方に弾き飛ばされる。

――これで決める!――

ランスを森林の中に投げ捨ててショートソードを構える、瞬時に体勢を崩したナイトに飛び掛る

相手の得物は奪った、リーチの有利は既になく、相手はまだ体勢を整えていない。

このタイミングなら仕留められる!

絶好の勝機と判断して、少年は止めの一撃を放つ

――その直前だった。

少年の体に染み付いた、その『感覚』が働いたのは…

(……あ、これヤバい奴だ……)

どこか他人事にも思える客観的な思考

この数年の修行と鍛錬の間で培われた、動物的な直感

目の前には、自分の突進に対して構える白銀の掌

その瞬間、白銀のナイトは薄く微笑んた様に見えた。

『――ライトニング・バスター――』

青みを帯びた白い閃光が視界を埋め尽くし

その瞬間、勝敗は決した

 

 

「……生きてるって素晴らしい……」

「其方は何を言っている」

 

涙を流しながら、夕食用の燻製を噛み締めながら、ベル・クラネルは呟く

そんなベルを見て、バーンは呆れた様に呟いて。

 

「フム、この数年で頑丈さだけで言えばそれなりのレベルにはなったが…まだまだ詰めが甘いな

先の一戦にしても、気を抜かなければ避ける事も耐え凌ぐ事も、それ程難しくはなかった筈だ」

「ぅぐ、その通りです」

「そもそも、折角障害物のある森林に逃げ込めたにも関わらず、なぜ再び平地にやってきた?

相手と自分のリーチと得物を考えれば、あのまま森林の中に誘い込めば優勢に持ち込めた筈だが?」

「ぉ、仰る通りです」

「これが実戦なら、其方は今頃はこの燻製の仲間入りだな」

「うぅ~…」

 

 

「――だが、ランスを奪い取る時の機転と動きは悪くなかった」

 

 

ごくり、と燻製を飲み込みながらバーンは呟き

ベルも最後の師匠の言葉に、パアっと表情を輝かせる。

 

「…其方はまだ若く弱く未熟だ。まだまだ覚える事、身に着ける事も山積みだ…故に、有限の時を無駄に使うな

人の命など、長くて百年。下を向く暇があるのなら上を見ろ、後ろを見る位なら真っ直ぐ前を見ろ、ネガティブになって立ち止まるよりもポジティブになって走り抜け、ひたすら貪欲にあらゆる可能性を探求しあらゆるモノを吸収しろ、歩みを止めた者に開かれる道など無い事を忘れるな」

 

「……はい!」

 

威勢良く返事をして、ベルは目の前の食事に噛じりつく

数度口に食べ物を運んだ事で、遅れて食欲が沸いてきたのだろう

燻製にしてあった携帯食をニコニコと頬ばって、時折水筒で水を流し込む。

「ちなみにバーン様、街まで後どの位でしょうか?」

「もう目と鼻の先だ、このペースなら明日の夕方には着く」

バーンもまた、携帯していた酒瓶を開けてグイっと一口飲んで

 

 

「――かの迷宮都市まで、あと僅かだ――」

バーンのその言葉を聞いて、ベルも「はい」と勢い良く頷く

今二人が居るのは旅路の途中、慣れ親しんだ村から遠く離れた場所である。

ベルがバーンの下に弟子入りをしてから、早六年

この六年でベルの体も成長期を迎える事によって、平均的な体格よりも小柄だがそれなりに大きく成長していた

身長もやっと160Cを超える程だが、なんとか少年と青年の中間程の風貌に入れるくらいだろう。

ちなみに、師のバーンは全くと言っても外見や風貌が変わっておらず

寧ろ年々行動や雰囲気に言い表せぬ力強さや物静かな迫力や凄みが増して行き、故郷の村人からは名実ともに『魔王』の扱いであった。

そして二人はつい先日、本格的に迷宮都市オラリオに居を移す事を決めた

切っ掛けはやはり、ベルの祖父の一件だろう。

『――そろそろ、曾孫を抱きたいわぁ――』

祖父曰く、そろそろハーレムの一人目くらい見つけて来いとの事だった

近隣の村の所謂『お年頃』の女性陣は、既に良い人を見つけているか都会に転居しているかのどちらかだったので…必然と、その選択肢がやってきた。

『本格的に、村を出る』

ベル自身、今まで修行の一環で何度も村の外にも行ったことがあるし、滞在もした事ある

だがしかし最後に戻るのは祖父の待つ、生まれ育った家だった

つまりそれは、本格的に村の外で暮らす事を意味していた。

『確かに、もうそろそろ頃合だな』

祖父の言葉に、バーンが続ける

無論、祖父の言葉に全面同意…という訳でなく、ベルの修行を考えての事

戦闘の頻度やレベルもそうだが、それ以上にそろそろベルも本格的に己の世界を広げても良い頃合だったからだ。

故に、その目的地は自ずと定められる

大魔王が常々興味を持っており、冒険者を目指す若者たちが集い、屈強な強者が日々己の腕を磨く場所

迷宮都市・オラリオを目的地に定めた事は、大凡自然な成り行きだっただろう。

「そう言えば、バーン様。僕達はどこかの『ファミリア』に入るんですか?」

「…そうだな」

ベルの一言に、バーンもまた顎に手を置いて一考する所作をする

通常、冒険者は己の主神となる神から『恩恵』を授かる事によって、ファミリアに加わり冒険者となる。

『恩恵』は、ただの契約の証や身分証明の意味合いだけでなく、『恩恵』を受けた冒険者の潜在能力や可能性を引き出す

それは身体能力の向上だけでなく例えば魔法であったり、スキルであったり、アビリティであったりと、効果は人によって千差万別だが共通して言える事は『強力な武器になる』という事である。

だがしかし、それは完全に神の庇護下に入った事を意味する。

確かに『恩恵』の力は魅力的だ、また身分証の様なモノがあった方が確かに活動と行動の範囲は広まり、動きやすくなる

だがそれでも、バーンは神から『恩恵』という物を受けるには抵抗があった。

――やはり、受け容れがたいな――

息を吐きながら思う 。

バーンは嘗て居た世界において、『人間は脆弱だから』という理由だけで魔族を地下の奥深い魔界に幽閉した神達を敵視している

もしもあの最終決戦の場で勝利を収めていたら、その次は天界をターゲットにしても良いと思っていた程だ。

この世界の神と、自分達の世界の神が違う存在だという事は分かっている

しかし頭では理解しても、どうしても受け入れられないのもまた事実だった。

ベルの祖父の例もあるが、『アレの従属になれるか?』と言われればやはりNOだ。

 

 

『おーい大魔王ぉー、エロ本買いに行こうぜー!ルーラで!』

 

 

――等と、終始下らない事に付き合わされるのが目に見えている

恐らくこちらの神が如何に己好みの存在だったとしても、やはり受け入れられる物ではないだろう。

恐らく、自分が大魔王の地位にいなくてもソレは変わらないだろう

コレは完全な感情論だ、やはり自分はどうあっても『神の従属』にはなれない。

……我ながら、狭量だな……

我が事ながら、染みじみと思う。

だがしかし、それでも『神の恩恵』の力はやはり捨てるに惜しい

あちらに着いたら、独自に研究してみるのも良いかもしれない。

……明日には、迷宮都市に着く……

この数年、体を癒しながら情報収集を行っていたが…実際に足を踏み入れるのは、バーンもコレが初めてだ

先ずは治療と弟子の育成を優先したかった、というのもあるが…やはり不確定かつ未確定の要素が多かったからだ。

確かに、この数年の静養で嘗ての力の大部分は取り戻した。

だが、十全の力を取り戻した訳ではない

それにここに来てから、強敵と言える強敵とも戦っていない

恐らく自分は、勇者と一騎打ちを迎えた時よりも実力は衰えているだろう。

 

極端な話、もしも今この場で『竜魔人』クラスの強者と戦闘になったら…今の自分ではどうなるか分からない。

 

負けはしないだろうが、確実に勝てるとも言えない…そんな状態だ

やはり、最低でもそれ位の強者と戦わなければ、今の自分の現状を正確に把握できないだろう。

……着いたら先ずは、当面の宿を確保だな……

修行の副産物である『魔石』や『懸賞金』など、それなりに蓄えはある

今まで以上に収入は得易い環境にもなるし、当面は資金の心配はしなくてよいだろう。

……後はやはり、余自身の得物だな……

やはり無手での戦闘は、僅かばかりの懸念がある

魔力と闘気だけでも大凡の相手は問題ないだろうが、それでも不安要素は少ない方が良い

それに何より、異世界での武具や業物、魔剣に宝具、これらの物に大いに興味があるというのも大きかった。

「………」

バーンは手の中で転がしている、その駒を見る

シルバーメタルの輝きを持つチェスの駒だ

以前、旅の商隊が村に来た時に偶然バーンが見つけ買い取った物だ。

チェスの駒は通常の半分しかなく、何かの素材にするには量が少なすぎる、少量とは言え純正の『超硬金属』ゆえに値段もちょっとした宝石級だった故に、今まで買い手が付かなかったと言う。

それにこのアダマンタイトという物質が、大いにバーンの興味を引いた

アダマンタイトという金属は、嘗ての世界では存在しなかった

一部の伝承や書物にその存在が書かれているだけで、もはや空想の産物と言っても良い存在だった。

アダマンタイトも、こちらで得た知識の上では知っていたが…実際に手に取って見て、初めて解った

かのオリハルコンや鎧の魔剣等で使われていた金属とは異なり、またそれとは種類の違う『凄み』がある。

特殊な金属で出来た、チェスの駒

大魔王の脳裏に、とある『親衛隊』が頭に過ぎったのは想像に難くないだろう

バーンは大いに興味を惹かれ、このチェスの駒を買い取った。

そして今では、己の呪法によりベルの訓練の相手となっている

…ちなみに初めてアダマンタイト兵を見た時のベルのはしゃぎ振りが凄まじかったのは、また別の話である。

「しかし、そろそろ其方にも駒一つくらいには勝って欲しいものだな」

「うぐ…しょ、精進します…」

「やはりまだまだ闘気の運用が甘いな。仮にも余の弟子ならば、このレベルの金属は素手で砕いて欲しいものだ」

「いやいや!流石にそれは人間業じゃないです!」

「安心するがいい。正真正銘ただの人でありながら、コレよりも更に硬い金属を素手で砕いた男を知っておる」

「その人本当に人間ですか!? どんなに凄い武道家でも無理ですよ!?」

「いや、確か本来の得物は槍や剣だったな」

「何かもうスゴ!どこからどう言って良いか分からないけど凄っ!」

 

「…だがやはり、物事には順序があるか…最初は『斬鉄』辺りからこなしていくとしよう」

「さらっと言ってますけど、斬鉄って剣術で言う所の奥義レベルの技ですからね!」

「――何か問題でも?」

「そうだったああああぁぁぁ!こういう師匠だったああああぁぁぁ!!」

 

「というよりも、其方にはそれしか選択肢はなかろう? 呪文の契約も殆ど出来ぬその身では、元より武術や闘気を磨くしかあるまい?」

「そ、その通りです…」

師の言葉を聞いて、ベルはがっくりと項垂れる様に呟く

この規格外の考えと想定外の行動は、この数年で身に染みている。

今更すぎるその問題に、ベルは疲れた様に息を吐いて

「ちなみに今の僕って、昔の魔王軍や勇者一行で言うと…どの辺りですか?」

「フム…そうだな…」

ベルは不意に思った事を口にする、それはベルが兼ねてから疑問に思っていた事だ

確かに自分は未熟の身であるが、それでもこの数年間を死に物狂いで大魔王の修行をこなしてきたのだ

肩を並べられる…とは間違っても思わないが、腰元辺りには行っているんじゃないか?と思ったからだ。

「先の超硬金属兵を基準で考えよう、もしもあの兵と嘗ての余の部下や勇者一行が一対一で戦ったとすると――」

「すると?」

 

「最初の一手で、余の兵は粉々にされているな」

「――――」

「何だ?その珍妙な顔は?」

そのバーンの返答に、ベルは思わず言葉を失う。

恐らく簡単に勝つんだろうな…とは思っていたが、実際の答えはソレを遥かに超えていたからだ

その事から察するに、今の自分では嘗ての魔王軍や勇者一行の足元にも及ばないだろう。

「先も言ったであろう? 最低でもこのレベルの金属位は素手で砕いて欲しい…と」

顎が外れそうな程に、ガクンとベルはだらしなく大口を空ける。

点と点が繋がるとは、正にこの事だろう

先の大魔王の注文は、本当に弟子としてベルにこなして欲しい最低限度のレベルだったという事を悟る。

「――僕って、まだまだ弱いんですね」

「そうだ、まだまだ弱いな…ならばどうする?」

「なんとかします」

「なんとか出来なかったら?」

「どうにかします」

「どうにもならなかったら?」

「とりあえず、諦めはしません」

「――宜しい」

一通りの問答を終えて、バーンも満足げに頷く

今だ弱く幼く未熟で、才能も素質も無い少年を未だに『大魔王の弟子』として傍に置いている理由

 

――純粋と言って良い程の…どうしようもない位の諦めの悪さ、コレに尽きるだろう。

 

こればかりは、才能や素質でどうにかなるものではない

人がどうこう言って教えられるモノでも、どうにかなるものでもない

嘗ての『勇者』の様に、比類なき才能と実力を兼ね揃えながらも、どうしようもない現実、覆す事の出来ぬ絶対の結果に、膝を折り、頭を垂れて、心を砕かれる。

 

嘗ての『大魔道士』の様に、己で気づくしかない、知るしかない、掴むしかないのだ

誰でも掴む事が出来るものでありながら、誰もが掴む事ができないもの

もしもベル・クラネルが、嘗ての六軍団長や勇者一行に追いつき得るとしたら…正にその一点だろう。

 

 

(――まあ、かの『大魔道士』と比べたら…些か矮小であるのが否めないがな――)

 

 

そして改めて空を見て

「…さて、もう休むか。明日は早いぞ、なるべく陽が出ている内に迷宮都市に着きたいからな」

「はい、了解です!」

朱色から夕闇に染まる空を見て、二人はもう就寝する事を決める

暖をとっていた火を消して、二人は設営していたテントに入って就寝の準備をする

そして辺りは完全に夜闇に染まり、バーンの隣のテントからは既にベルが起きている雰囲気もなく、静かな夜だった。

そしてそんな静寂な夜闇の中で、大魔王は静かに闘志を燻らせていた。

――機は熟した、来るべき時が来た――

――もう、静養も療養も必要ない――

――もう、立ち止まっている必要もない――

――もう、過去の自分を追いかける事もない――

――故に、余も前に進もう――

――故に、余も『挑戦』しよう――

――最後の最後まで、余に挑み続けた勇者や大魔道士の様に――

――この数年で、どこかの鼻垂れ小僧がそこそこ頑丈な弟子になった様に――

――余もまた、己の戦いを始めよう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お、ぉ…おおぉー――」

ベルは眼前に広がる光景を直視しながら、そんな間の抜けた声を出していた。

視線を動かせば、様々な店や露店とそこに群がる人々

大小様々な建物が所狭しと並んでいて、遥か彼方には天まで届くほどの高い塔

周りの建物は廃屋や荒屋でもなければ、職人の手が行き届いた一級品の建築物

行き交う様々な人の群れ、男もいれば女もいる、子供がいれば老人もいる、ヒューマンもいればエルフもいる、ドワーフが居れば小人族や獣人族もいる

耳に意識を向ければ、そこかしこから威勢の良い誘い文句や、張り切った様なセールストークが聞こえてくる

鼻に意識を向ければ、香ばしい調理の匂いや甘い果実の匂い、装備品の鉄の匂いや革製品の匂いが一辺に鼻腔に入ってくる。

今までもベル自身も大きい都市や賑わった市場や活気のある港街を、何度か修行の一環で訪れた事があったが…此処は桁違いだった

そういうモノを全てひっくるめてスケールが違う、全てを纏め込んだ『エネルギー』が満ち溢れているのだ

そのスケールの違うエネルギーに晒されて、ベルはただただ圧倒されていた。

「成程、流石は世界の主要都市である迷宮都市。これほど栄え活気に満ちている都市を訪れるのは、余も久しいな」

バーンもまた、眼前に広がる光景を見て感心したかの様に呟く。

外見だけが見栄えの良い都市とは違って、此処には力強いエネルギーが充満している

人や建物、商いや物品、金に権力、そういう物が活発に行き交いしている証拠だ。

世界の中心であり主要都市の一つ、『迷宮都市オラリオ』…此処はその肩書きに恥じぬ都市だ。

「……フム」

そんな活気に満ちた街を静かに見据えて、バーンは少し一考する

この迷宮都市が己の想像よりも賑わい栄えている事を肌で感じ、本来の予定を少々変更しようと思ったからだ

「ベルよ。着いて早々だが、其方に課題を言い渡そう」

「っ! は、はい!」

師の言葉に、今まで我を忘れていたベルが反射的に答え、姿勢を正してバーンに向き直る

迷宮都市に来てからの、初めての課題、その事にベルは自然と体と心を身構える。

(……迷宮都市に着いて始めての課題か…何が来る?死ぬ半歩手前までダンジョンに潜って来いかな?目に付いた冒険者の人に片っ端から喧嘩売って来いとかかな?…… )

今までのパターンから察するに、迷宮都市特有の要素であるダンジョンや冒険者絡みの課題が来るだろう

そんな風に、ベルは腹の中で覚悟を決めていると

「――これより一週間、自由期間とする。余とは完全なる別行動を取れ、其方の好きに行動するが良い――」

「……へ?」

師の言葉に、ベルは再び間の抜けた声と表情をする

どんな厳しい課題が来るだろうと覚悟を決めていたら、完全なる想定外な課題が来たからだ。

「娯楽と観光に浸るもよし、ダンジョンに挑むのもよし、鍛錬するもよし、どこぞのファミリアに加入するもよし、体を休めるもよし

この一週間の行動において、余は一切其方の行動に口を出さぬ、手を出さぬ、其方の自由に行動をしろ」

「え、ぁ…その、僕としては大変嬉しい課題なんですけど…課題、なんですか?」

「そうだ。其方は少々、世間知らずの面があるからな。これも一つの社会勉強という奴だ、時にはこういうモノも悪くないだろう

其方が自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の肌で感じ、自分の考えで行動する…この迷宮都市という場所を、其方自身で感じるのだ…考え様によっては、ある意味今までで一番やっかいな課題かもしれぬぞ?」

バーンの言わんとしている事、この課題の意味、ベルも何となくだが理解する

よくよく考えれば、自分は完全な単独行動というは…今までの人生では驚く程少ない

修行で何度かある位で、それ以外は常に祖父やバーン、故郷の村の人々が傍にいた。

早い話、土地感のない見知らぬ街で、知っている人が殆どいない状況下で、一週間自分一人で行動する…例えば今晩の宿の確保や突発的なトラブルの対処なども、自分がやらなければならないのだ

確かにそう考えて見ると、これも立派な課題になるだろう。

バーンもベルが課題を飲み込み始めたのを確認して、言葉を続ける。

「ベルよ、持ち金は?」

「四万ヴァリスって所です」

「一週間程度なら十分だな、ならば良い。では一週間後の真昼にギルド本部の前に来い…良いか?」

「はい!分かりました!」

そう言って、ベルは頭を下げて早速自らの足で行動する

ほんの数歩進んだ所で、不意にバーンに呼び止められた

「ベルよ、一つ言い忘れていた事がある」

「はい? 何ですか?」

「――婚前交渉の際、避妊は怠るなよ?――」

ククっと、意地悪い笑みを浮かべ言うバーンの言葉を聞いて

次の瞬間、ベルは顔をトマトの様に真っ赤に染め上げて

「まだそういうのは大丈夫です!」と叫んで、ベルは勢いよく其処から走り去っていった。

「……さて……」

ベルの後ろ姿を見送った後、バーンもまた行動を始める

バーンがベルと別行動を取った理由は、実はもう一つある。

ベルと同様に、バーンもまたこの迷宮都市の空気にあてられたからだ

街中に溢れる活気やエネルギーが、大魔王の中に燻っていた火種を…完全に燃え盛る業火にしてしまったからだ。

故にバーンもまた己のために行動を始める

その目的地へと、バーンは歩みを進める。

本当は直ぐにでも件のダンジョンに挑みたかったが、その前にバーンにはやる事があった。

『備えあれば、憂いなし』

バーンにはまだ、ダンジョン攻略における備えがあった。

「…ここか」

バーンは以前から、このオラリオに訪れた際に会ってみたい神が一柱だけ存在した

今のバーンが欲して、また足りないもの、嘗ての自分が護身用に所持していたモノ。

己の手足となる武器、それがバーンが先ず手に入れたかったモノ

故にバーンはその神に会うために、その場所へとやってきた。

バーンはそのまま足を進める

一歩その建物の中に入ると、あらゆる武器や防具が所狭しと並べられていた

数度辺りを見回して、目に付いた店員を呼び止める。

「そこの者よ、少々良いか?」

「はーい、どうなさいましたか?」

呼び止めた女性店員が二つに縛ってある長い黒髪を揺らしながら駆け寄ってきて、バーンは自分の要件を伝えた。

「――神『ヘファイストス』にオーダーメイドを頼みたい。お目通り願えるかな?――」






あかん、一ヶ月も掛かってしまった…(汗)
どうも作者です。八月に入ってから作者の身の回りが殺人的に忙しくなって、更新に少々時間が掛かってしまいました
本当はお盆明けには投稿するつもりだったのですが、色々と書き直してたりしてて遅くなってしまいました。

さて、それでは今話より原作開始直前?くらいの時間軸です。
まず一つ目の改変ですが、ベルくんのお爺ちゃんは生きております。
そして二つ目の改変は、ベルくんがそこそこ強くなっております。

原作のベルくんのあの鬼畜スキルは、原作八巻を基準に考えると大体普通の数十倍の成長速度です。
ベルくんは様々なイベント戦があったとはいえ、三ヶ月もしない内にレベル3までいきました
という事はざっくり計算すると、本来のベルくんだったらレベル3になるのにおよそ数十ヶ月から百ヶ月
つまり数年から八年ほど程かかったかと思われます。

前話の終盤でも書いてあったと思いますが、ベルくんは闘気の訓練以外は基本実践主義の修行です
そこにバーン様のスペシャルハードコースの修行があったとはいえ、ベルくんは『恩恵無し』の状態なので成長速度は原作と比べるとガタ落ちです。

という訳で、素の戦闘力で言えば今のベルくんと原作ベルくん(八巻)はそれほど大きな差は無いと思って下さい
ちなみに両者の能力を比較すると

本作ベルくん
・闘気の力
・六年間、バーン様の修行を耐え切った経験値
・修羅場漬けで育んだ精神

原作ベルくん(八巻)
・憧憬一途
・英雄願望
・ファイアボルト

…という感じです。あまり多くの事を語るとネタバレになりそうなので、今回はこんなもんです。

さて、次回からいよいよバーン様サイドとベルくんサイドで、イベントをこそこそとやっていきたいと思います
それではまた次回にお会いしましょう!


追伸 最後に出てきた謎の黒髪ツインテールの店員さんについてですが、別に深い意味はないです
    ここのヘファイストス様が追い出す前に、社会復帰のチャンスを上げた程度に思ってくれて結構です(笑)

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