ベルの大冒険   作:通りすがりの中二病

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…修正しまくっていたら、一万文字を超えてしまった。


神と神

太陽が地平線から顔を出し終わり朝の陽射しが降り注ぐ頃、ベル・クラネルは目を覚ました。

寝ぼけた頭で、寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こす。

 

「いっつ…っ!」

 

ベッドに付いた手から鈍痛が昇ってくる、その痛みでベルの意識は一気に覚醒する。

見知らぬ部屋にいる事に一瞬疑問を覚えるが、その数秒後にはベルは自分がオラリオにやってきた事を思い出す。

そして路地裏で不審者に襲われ、一方的に為す術も無くボッコボコにやられて、何とか凌いで宿に戻ってきた事も。

 

「………」

 

一晩寝て、ベルの頭の中の記憶と感情は整理されていた。

起床直後にベルが感じた事は、己自身に対する絶対的な力不足だった。

 

(……得物さえ握らなければ、大丈夫かな?……)

 

昨日砕けた掌を握る、痛みはあるが昨晩よりも格段に痛みは和らいでいる。

これなら片手と下半身主体の鍛錬なら出来る。

今日と明日は無理をしないつもりだったが、少々予定を変更しよう。

 

「先ずはご飯だな」

 

こういう都市なら、早朝から開店している食事処はある筈

そう当たりをつけてベルは手早く着替え洗顔・歯磨きを済ませて、朝の都市へと脚を運んだ。

 

朝の冷えた空気を吸い込みながら、ベルは朝の街道を歩いていた

ベルの予想通り、早朝出勤の行商人や職人をターゲットにした飲食店の出張販売店が多数あった。

ベルはその中で、ライスの上に自由な具材を乗せる事ができる『どんぶり』という店に狙いをつけた。

「おじさん、大盛り一杯。具材はチキンの照り焼きと生卵、付け合せは野菜スープ」

「はいよ!出来るまで右に寄ってな」

ドワーフの店主の指示に従って、ベルは支払いを済ませて右に寄る

次いで一分程で注文の品が出てきた、底が深めの陶器に山盛りのライスと照り輝く焼き色がついた鶏肉、そして付け合せのスープがお盆に乗せられていた

出来たての朝食からはホカホカの湯気が立ち上り、食欲を揺さぶる香りが鼻腔をくすぐる。

ジワジワと口の中には涎が溜まっていき、眠っていた空腹感が騒ぎ出してくる。

同じ区間には飲食用テーブルも設置されていて、ベルは空いた席で陣取って「いただきます」と一口食べる

――うん、美味しい。ベルは素直にそう思う。

昨日の『豊穣の女主人』の様な丁寧な味付けの料理も良いが、こういう素材の旨みを生かした料理もまた美味い。

ソイソースがベースになっているやや濃い目の甘タレ、歯触りの良い鶏モモ肉を噛むとジュワっと肉汁が溢れて舌を潤す。

鶏皮を噛めば、滑らかな脂とタレが一体となって舌を魅了する

鶏肉を噛めば、ジューシーな肉汁が一気に溢れて口の中が狂喜する

また解いた生卵と一緒にかき込むと、照り焼きの旨味に加えてコクが増し、より一層食欲を誘う。

これにライスが加わると、ガツンと胃にくるのだ。

鶏肉とライスが生卵に包まれる事に、スルスルと口にかき込む事ができる

照り焼きの旨みと生卵のコクとライスの食べ応え、口の中で噛み締める度に美味さが弾けて舌が喜び、それと同時に食欲が一気に揺り起こされて、後は豪快に食い尽くすのみだった。

食が進んでくると、口の中が生卵でベタつき、油でややくどくなるがそこでスープの出番だ。

緑黄色野菜がベースとなっている、コンソメ風味のスープ

これを口に流し込むと、口の中のベタつきや不快感が一気に洗い流される

また野菜ベースなだけあって、口当たりも良くて、胃が重くなる事もなく、爽やかな清涼感だけが残っていた。

看板に豪語されている『早い・安い・美味い』、この言葉に偽りは無いという事だろう。

ベルは綺麗に丼とスープを平らげて、店を後にする。

「…さて、どこを使わせて貰おうかな?」

次にベルは鍛錬に使う場所について考えた。

流石に街道は使えない、ダメージが癒えきっていない体で初めてのダンジョンはリスクが大きい。

都市外に出る、やや遠く時間も掛かるため出来れば無し。路地裏・裏通り、昨日の今日では流石に行く気になれない。

じゃあ、どこを使えばいいか?

ベルはそんな風に考えながら、何となく周囲を見渡した。

そしてその時、都市の城壁に備え付けられてる階段に気付いた。

「――城壁の、上か」

意外に良いかもしれないと、ベルは思う。

あまり人が来る事もないから迷惑も掛からないだろうし、憲兵の詰所もすぐ近くにあるので、異常があれば直ぐに周囲に知らせる事も出来る。ベルは早速城壁の上へと足を運んだ。

 

ベルは昨日の戦闘において、改めて考えてみる。

師匠曰く、自分は俊敏さと瞬発力を駆使して闘うスピード型との事だ。

自分の体格では近接戦と肉弾戦は不向き、よって基本は一撃離脱のヒット&アウェーとの事。

「今思うと、昨日はここで失敗しちゃってたな」

昨日は相手が複数人である事を考慮して、狭い路地裏を戦いの場所に選んだ。

それ自体は間違っていないとベルは思うが、それと同時に自分の長所が生かしきれない場所であるのも事実だと考える。

また相手が一人と解った時点で、闘う場所を移動するという選択もあった。

やはり、まだ自分は思考不足という事を実感する。

「…それに何より、相手の方が完全に格上だったしな」

速度では殆ど差はなかった、なのに自分が一方的にやられたのは相手が上手かったからだ。

自分の足を徹底的に潰して、戦力を削ぎ落とす…とにかく足を動かして闘う自分にとっては、これ以上にない有効的な戦術だった。

それに、無理に相手と打ち合ったのも不味かった。

狭い路地裏と言えど、それなりに横幅はあったし縦移動や高低差を駆使した走法をもっと活かせた筈だ。こうして考えてみると、やはりまだまだ未熟である事をベルは痛感する。

「…やっぱり、足が要になってくるな」

ベルは改めてその答えに辿り着く。

今回は相手の得物が打撃系だったから良かったもの、もしコレが刃物だったら自分はあっという間に両足を潰されていた。

闘気で防御力を上げても、やはりダメージは消しきれない。やはりここは防具の購入も検討すべきかもしれない。

「メタルブーツとか脚甲みたいな防具を買った方が良いかな? でもそれだと重くなるし速度が落ちちゃうしなー…バーン様は装甲系の防具は使わないタイプだし、そういうのに詳しい人にアドバイスを貰えたら良いけど――」

 

だが現状、ベルの周囲にその手の事に詳しい人間がいないのも事実だった。

これが体の出来上がった戦士系なら良かったのだが、生憎ベルの体は冒険者の中では小柄であり、装備品の重量の影響も大きくなる。

だがしかし、流石に今の装備のままでは不安が残るのも事実。

防御力が上がれば、その分だけ攻撃にも集中できる。

『速度を出来るだけ落とすことなく、防御力を確実に上げる』

となると、軽装の防具位なら購入を考えても良いかもしれない。

まだ他に考える点があるとすれば…

「やっぱり、闘気の使い方かな」

 

自分にとって最大の武器であり防具

師匠に教えを受けて六年程経つが、その使い方は実に単純なモノである。

・全身に軽く滾らせておいて、反射的或いは意識的に防御力を高める。

・得物に込めて振り回す。

・手足に込めてブン殴る、蹴り回す。

・密着状態でブっ放す。

「もう少し、手札を増やしておきたいな」

ベルは考える、例えば「闘気を弾丸の様に撃つ」これが出来れば、自分は遠距離戦闘も出来る様になるのだが…やはり物事はそう上手くいかない。

「全然飛ばないし、威力も凄く落ちるからなー」

大きくため息を吐く。

ベルとて、過去にその手の事を幾度なく試したのだが…結果は散々だった。

飛ばせて精々10M、狙った所には全然当たらず、またその時の威力は酒瓶すら割れない程度。

大凡実践では使い物にならないレベルである。

「んー、もっと他に使い方は無いかなー」

ベルは考える。

自分自身が更なるレベルアップをしたいのは当然だが、六日後に会うであろう師匠に新技の一つや二つをお披露目したい。

だが相手はあの大魔王、半端な技、程度の低い技、練度の足りない技、そんな物を披露しようものなら即座に呪文が飛んでくるだろう。

「まあ、どっちにしても…今日は片手と足しか使えないからなー」

と、そんな風にベルは自分の状態を思い出して溜息を吐くが…その瞬間、閃いた。

「足しか、使えない…闘気…」

ベルは自分の両足を見つめて、その閃きを脳内で形に変えていく。

基本自分の闘気の使い方は、『攻撃』か『防御』のどちらかであって…『移動』にはあまり意識して使っていなかった。

闘気の発動はそれ自体が身体能力強化に繋がる、それ故に基本速度も上がるから今まであまり意識していなかったのだ。

故に、ベルは思った。

攻撃や防御と同じように、『移動』にも集中して行えばどうなるのか?

「よっし!」

幸い今自分が居る城壁はほぼ直線、幅も十分広く人もいない

今自分が行う事を試す場としては、正に打って付けの場所だろう。

ベルは軽く足の筋肉をほぐして、アキレス健を伸ばして体勢を整える。

次いで体内で闘気を活性化させていく、十分に活性化させたらそれを両足に集中させていく。

十分に力が集まり、安定したのを確認してからベルはスタンディングスタートの姿勢を作る。

そして、一気に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

女神ヘスティアは、近年稀に見る程に気合が入っていた。

早朝に起きて神々御用達の大浴場で念入りに身を清めて、昨夜からあらゆる状況を想定してイメージトレーニングもしていた。

弱くたっていい、未熟だっていい

そんな子供達と苦楽を共にし、共に困難を乗り越える。

共に笑い、共に泣き、共に喜び、共に怒る。

そんな一歩一歩を踏みしめて、家族を増やし、ファミリアをより強くしていく。

それこそが、下界に降りてきた神々が見出した『娯楽』だったからだ。

「フフン、今日の僕は一味違うぜ!」

鏡台の前で身だしなみをチェックして渾身のポーズを決める、磨いたばかりの歯がキラリと白く輝いた。『少しはお洒落でもしようかな?』とも考えたが、地に合っていない格好をしてもボロが出るだけだろう。

相手は自分の家族候補だ、ありのままの自分で相手と向かい合わねば意味はないだろう。

それに何より、今のヘスティアは乗りに乗っていた。

テンションMAX、モチベーションは最高潮、体中には血潮と共に熱意と気合が滾り巡っている。

どんな相手が立ち塞がろうとも、今の自分の敵ではない!そんな風にヘスティアは思っていた。

……そう、思って『いた』。

 

 

 

「――其方が、神ヘスティアか?」

 

 

 

結論から語ろう、なんか凄えのがいた。

「じゃあ、後は若い二人でごゆっくり――」

「まてマテ待てえええぇぇ!ちょっと待てえええええええええぇぇぇ!」

待ち合わせ場所のオープンカフェ

待ち合わせ場所までヘスティアを案内したヘファイストスはそのまま立ち去ろうとするが、その肩をガシリと掴まれて引き止められる。

目をこれでもかと見開き釣り上げて、喉を震わせ声を荒らげて、ヘスティアはその小さな体でヘファイストスを必死に引き止める。

「何よ、案内は終わったでしょ? 後は貴方のファミリアの問題なんだから、部外者は去るのが筋ってモノでしょ?」

「紹介した以上、君だって当事者だろ!? というか、コレはどういう事だい!?」

「昨日話したばかりじゃない? 流石に二度手間は嫌よ?」

「そういう意味じゃない! 色々と言いたい事はあるんだけど、とにかく一人にしないで!お願いだから一人にしないで下さい!」

顔面崩壊すら起こしそうな形相で、ヘスティアはヘファイストスに掴み寄る。

ヘファイストスの顔が妙に楽しげに見えるのは、恐らく気のせいではないだろう。

そのヘスティアのリアクションが期待通りだったのか、ヘファイストスはくすくすと笑って改めて二人を見る。

「はいはい。こうなる事は予想できてたから、この後の予定は調整しておいたわ

それにしても、貴女は仮にも神でしょ? 子供の前でそんなみっともない姿は見せちゃだめよ」

「案ずるな、余は気にしておらぬ。寧ろ神の新しい一面を見ることが出来て、感心しておる位だ」

「良かったわね、結構受けが良いみたいよ?」

「良くないよ! ていうか、どうしてヘファイストスはそんな普通にしてるんだ!」

 

「貴方ねえ、私が何で生計立てているのか忘れたの? 一癖も二癖もある冒険者相手に毎日商売しているんだから、今更この程度で動じないわよ」

「ハッハッハ言うではないか、この余を前に『この程度』と言い切るか。 余があと千年若かったら、口説いていたかもしれぬな」

「あら、大魔王さまに口説かれるなんて…私もまだまだ捨てたものじゃないわねー」

「偽りなき本心よ。如何に神が相手と言えど其方程の女なら、周りの男達も放っておかないだろう?」

「どうかしら?でもそういう貴方はどうなの? 大魔王って名乗る程ですものねー、色々な意味で今まで女の子を泣かせてきたんじゃないの?」

「数年前に十四の娘を口説こうとして、手酷く振られたのが最後だな」

「あははははは!何それ!? 近年の大魔王サマはジョークも嗜んでいらっしゃるのかしら?」

「ハッハッハ!あまり褒めるでない、照れるではないか」

「随分と盛り上がっているみたいじゃないか。それじゃあ、邪魔者はこの辺で――」

「勝手に帰ったら、貴女はその瞬間『家なき子』になる事を忘れずに」

「嫌だなー、君達の流れに乗っかっただけじゃないか!」

隙を見て退却しようとした体勢から一転、ヘスティアはくるりと転身して小粋に笑い飛ばす。

しかし笑みを作る顔とは反対に、心の中では『ちっくしょおおおおおおぉぉ!』と激しく慟哭していた。

神友に謀られた

よぼよぼの爺さんを紹介された

というか、昨日店に来た爺さんだった

そんな事がどうでも良くなってしまう程に、今のヘスティアは危機感と焦燥感に支配されていた。

例えばの話をしよう。

今まで碌に動物と触れ合った事のない子供が、羆や獅子などの野獣猛獣を手懐ける事ができるだろうか?

今まで男の手すら握った事のない田舎娘が、裏社会の組織のトップ相手に主導権を取れるだろうか?

今のヘスティアは、自分の境遇をそれ以上に厳しいモノに感じていた。

 

――やばい――

――コイツは超ヤバイ――

――この爺さんは間違いなくヤヴァイ――

そんな危険信号が、絶え間なく頭の中で発信され続けていた。

堕落しきった生活をしていたとはいえ、ヘスティアとて神の一柱

店で会った時は仕事に意識が向いていたので気付かなかったが、こうして対面するとその度合いが解る

目の前の相手がどれ程の相手なのか、どれだけの存在なのか、それなりに感じ取る事はできる。

ヘスティアはちらりとヘファイストスの顔を見る

その顔は特に緊張も緊迫もない、至って普通の顔をしている

確かに自分と神友では経験が違う、ヘファイストス・ファミリアと言えば今や商業系ファミリアでも最大手の一つと言われている

団員の中には『第一級冒険者』も居て、扱う顧客も自然とそれに準ずる者が多い

それに冒険者というのは良くも悪くも、癖の強い人間が多い

そんな連中相手を連日相手にしていれば、確かに今のヘファイストスの態度は自然なモノだろう

やはり今までの経験値の差というヤツだろう。

永い間神友の下で堕落しきった暮らしをしていた自分と、永い間研鑽と修練を積み上げて自分を高めて続けている神友

同じ神と言えど、明確な差が生じるのは当然の事だろう。

そして、その考えが正しければ…これは何もヘファイストスだけの話ではない。

上級冒険者を多く抱えるファミリアの主神、例えばフレイヤやガネーシャでも自分の様にならないという事だ。

つまり、あのいけ好かないロキも…自分の様にはならないという事だ。

「………」

ヘスティアは考える、もしも今この場にロキがいたらどうなっていただろう?

(――ええい!やってやる!やってやるさ!寧ろコレくらいじゃないと遣り甲斐もないってものさ!――)

 

パァンと、勢い良く自らの両頬を平手打つ。

多少面を食らったが、これが自分にとっても転機になるのは間違いない

ヘスティアは改めてそう思い直す。そして大きな胸ごと背筋をピンと張って、改めてヘスティアは老人と向かい合う。

「改めて初めまして!君の主神になるかもしれないヘスティアだ!よろしく!」

「バーンだ。成程、話に聞いていた通り…中々愉快な女神と見受ける」

 

無理矢理に考えを纏めて自らを奮い立たせて、ヘスティアはバーンに笑顔で挨拶をする。

そんなヘスティアに、バーンもまた静かな笑みと共に返す。

二人の自己紹介を終えた所で、ここでヘファイストスが幾つかの提案を出した。

「さて、いつまでも此処で喋っている訳にもいかないし、少し街を歩かない?

昨日聞いた話だと、オラリオは来たばかりなんでしょ?」

「ウム、昨日少々回ったがほんの一部だな。やはり自らの目で見て周り、土地勘を養いたい」

「でもこの街は無駄に広いからなー、バーン君は何処から見たい?服?食べ物?日用品?」

ヘスティアの言葉を聞いて、『フム』とバーンは考える。

確かにこの街はかなり広く、様々な店や露店・商いで溢れかえっている。

ある程度に目的を絞って回った方が、何かと効率が良いだろう。

「先ずは魔法薬を見たい、精神回復系や二属性回復薬を調達したいと思っていた所だ」

「ポーション、か。それならとっておきの神友を紹介するよ」

バーンの希望に合う神友の顔を思い浮かべて、ヘスティアは答える。

とりあえず目的地も決まり、大魔王と神二柱は街道に向けて足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――小物だな――

バーンは自分の前を歩くヘスティアに視線を置いて、そう評する。

初対面からこの時まで、それなりに注意深く観察していたが…小物以上の評価をする気にはなれなかった。

深みも凄みもない、覇気も迫力もない、知性も品性も足りない、感じるのは生まれ持った神性程度

だがそれも、隣のヘファイストスに比べれば塵芥も同然だった。

だがそれと同時に、もう一つ別の考えがバーンの頭の中で生まれていた。

(……だがしかし、ベルに宛てがう女としては都合が良いかもしれぬな……)

バーンは脳裏に、白髪紅眼の弟子の姿を思い浮かべる。

神というだけあって、ヘスティアの容姿は女神の名に恥じぬもの

小物と評したが、それと同時に下手な悪知恵や謀とは無縁の女神に思えた。

(……アレも今年で十五、そろそろ『女』というモノを体で知って良い年頃だろう……)

女を知るというのは、様々な意味で男に変化をもたらす物だ。

それに女を知らないままだと、『その筋』の詐欺やトラブルに巻き込まれたら無防備同然。

特にベルの様な性格だと、訳も分からずに有り金と身包みを剥がされて奴隷船直行…なんて可能性もある。

一種の免疫や抵抗力をつける意味でも、やはりこの辺で一つ弟子にちょっかいを出しても良いかもしれない。

――というのが、師匠としての大魔王の建前であり

(……それに何より、その方が面白い……)

というのが、バーンの素直な感想だった。

大魔王の弟子が、女神と深い仲になり、堕とし手篭にする…まるで何処かの喜劇の一幕だ。

別にバーン自身、ベルに対して何らかの指示や強制を行うつもりはない。

それでは折角の催しも、面白さが半減してしまう…あくまで舞台と環境と機会を作るだけだ。

仮にベルが自分とは違うファミリアに入ったとしても、自分を通して幾度と無く引き合わせる機会があるだろう。

折角オラリオにやってきたのだ、楽しみは多い方が遣り甲斐がある。

「着いたよ、ここが僕のイチ推しの店さ」

くるりと、ヘファイストスがバーンの方に向き直る。

どうやら件の店に着いた様だ。小さめの店だがそこには『ファミリア』のエンブレムが掲げられており、神自らが手がける店だろいうのが解る。

「…ミアハ・ファミリアか」

「店は小さいけど、腕は確かな神友だ。きっとバーン君の期待にも応えられると思うよ」

「ほう、それは楽しみだ」

ヘスティアの言葉にバーンは小さく笑い、三人は入店する。

呼び鈴の音が店内に響き渡り、会計席で書物を読んでいた長髪痩身の美丈夫が店の入口を見た。

「おお、ヘスティアにヘファイストスではないか。店に来るとは珍しいな」

「久しぶりねミアハ、店の方は順調?」

「火の車なりに、何とかやれているよ…して、そちらの老人は二人の知り合いかな?」

「紹介するよミアハ、昨日この街にやってきたバーン君だ。バーン君、この男がこの『ミアハ・ファミリア』の主神のミアハさ」

店内に所狭しと飾られている様々な魔法薬を見ているバーンに、ヘスティアが呼びかける。

バーンもまたミアハ視線を置いて、互いに名乗り出る。

「お初に目に掛かる、神ミアハ。余はバーンという者だ」

「ミアハだ、ようこそ我がホームへ。小さな店だが一通りの薬は揃えてある、何か気になる事があったら遠慮なく尋ねてくれ」

「フム、遠慮なく…か」

互いに握手を交わして、バーンは改めて店内を見渡す。

壁際にある回復薬、中央テーブルにある治療薬、カウンター下のショーケースにある魔法薬、店内奥に鎮座している万能薬

それらに一通り視線を巡らせて

「では早速、一つ質問を良いかな?神ミアハ」

「ウム、何でも聞いてくれ」

「――この店では、色の付いた水の事を『魔法薬』というのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあさあ、今日は全部俺の奢りだ!どんどん食べてくれ!」

「ど、どうも」

陽が西に沈み始める夕方、『豊穣の女主人』にてベルはいた。

事の起こりは、ほんの十数分前だった。

城壁の上で訓練を続けていたベルは、辺りが暗くなっているに気づいて一旦訓練を止めて街道に降りた。

そろそろ夕食にしようと思って街道を歩いていると、一人の男神と街角でぶつかったのだ。

黄橙色の髪が特徴的の、旅人の様な装いをした痩身の男神。

その時は互いに「申し訳ない」と謝ってやり過ごそうとしたのだが、ここでベルが先程の神が財布を落とした事に気付いた。

呼び止めて財布を落とした事を告げると、その神は大層喜んで『ぜひお礼をさせてくれ!』とベルを半ば強引にこの店に連れてきたのだ。

二人のテーブルの前には、様々な料理が並べられている。

料理の匂いを嗅いでいる内に、ベルの空腹もより一層刺激されたのでここは神の厚意に甘える事にした。

「優しき少年よ、君の優しさに俺は神として最大限の礼を尽くしたい!俺は神ヘルメス、君の名前は?」

「ベル・クラネルです、よろしくヘルメス様」

「では今日のこの出会いに、乾杯!」

「乾杯」

 

ヘルメスは泡立つエールで、ベルはジュースで互いのグラスで乾杯して今に至る。

 

二人は料理に舌鼓を打ちながら、雑談をして談笑していく

ヘルメスの気質や話術もあってか、最初はやや警戒気味だったベルもヘルメスとの会話を楽しむ様になっていき

ヘルメスが二杯目のグラスを空にした後、改めてベルに向き直った。

 

「フフフ、時にベルくん…君は気づいているかな?彼女の熱い視線に」

「彼女、ですか?」

 

ヘルメスが顔を近づけて、悪戯っぽく微笑みながらにベルに話しかける。

ベルはその言葉を聴いて『まさか、昨日取り逃がした相手なんじゃ!?』と、警戒を露にするがその考えは次の瞬間に霧散する。

ヘルメスの視線の先には、金髪のエルフの従業員。ベルにとっても印象深い相手だった。

 

「さっきから幾度と無く君の事を見てるよ…いやー君も中々やるねえ、どうやってあの堅物のリューちゃんを落としたんだい?」

「いやいやいや、誤解ですよ! この店、というかオラリオには昨日来たばかりなんですから…」

「男と女の仲に、時間の長さは関係ないものだよ?」

「それでも有り得ないですって、多分昨日少し変な事を尋ねてしまったので…それが原因だと思いますよ」

「フム、それだけかい?他には何かあったりはしなかったのかな?」

「他には何もないですよ…大体あんな綺麗な人が、僕みたいな子供なんかを相手にしませんよ」

「ふむ…相手になんか、しない…か」

 

ベルの言葉を反芻し、ヘルメスはふむふむと小さく頷く

そして改めてベルに尋ねた。

 

「…じゃあ、ぶっちゃけ君から見てどうかな? 正直な所リューちゃんの事を狙ってたりするんじゃないの?」

「すごく綺麗な人だと思いますけど、狙ってたりはしてませんよ…」

「フムフム、狙ってもいない…」

 

納得した様にヘルメスは頷いて、目の前の皿からツマミを取って口の中に放り込む

次いでグラスの酒をぐびぐびと飲む。

 

「そういえば、昨日オラリオに来たって言っていたね? やっぱり冒険者希望かな?」

「はい、師匠が何かと都合が良いからって事で。まだファミリアやギルドの登録はしていないですけど、師匠と合流したら正式に登録する予定です」

「フム、だが冒険者か…連日の様に、夢見る若者がこのオラリオにやってくるが…中々に厳しい世界だよ?それともその手の事は経験あるのかな?」

「ええ、大丈夫だと思います。オラリオに来る前は、魔物や賞金首の討伐で生計を立てていましたから」

「ほほー、その年で中々に経験を積んでいる様だね。だが賞金稼ぎなら冒険者と並行で出来そうだね、誰か狙っている賞金首はいるのかい?」

「いえ、今の所は特にいませんね。僕も師匠も、当面は冒険者一本でやっていくつもりです」

「成程ねー」

 

そう言って、ヘルメスは周囲に視線を送る。

ベルもその視線に釣られるが、そこに特に変わった様子ははない。

そして、改めてヘルメスはベルに尋ねる。

 

「実は今、ウチのファミリアで都市外の賞金首を何人か追っていてね…情報を集めているんだ

良かったら、君も協力してくれないか?何分、都市外の事だから情報が中々集まらないんだ…勿論、謝礼は弾むよ」

「? ええ、構いませんよ」

「今、ウチが追っているのはこいつ等だ」

 

ヘルメスは懐に手を入れて、数枚の折りたたまれた手配書をベルに手渡す。

ベルはその手配書一枚一枚に目を通していく。

 

「盗賊カンダタ、海賊クロウ、闇教徒オリヴァス、疾風のリオン…うーん、特に思い当たる事はないですね」

「些細な事でもいいんだ、何か思い当たる事は?」

「すいません、やっぱり思い当たることは無いです」

「――いや、知らないならそれで良いんだ。変な事を聞いてすまなかったね。それじゃあ、気分も入れ替えて飲み直すとしようか!」

 

ヘルメスはそう言って笑い、ベルに手配書を返して貰って再び懐にしまう。

そして追加の注文を頼み、二人は再び他愛も無い雑談に花を咲かせていった。

 

 

 

 

 

 

「ううー、お腹すいたー…」

「…空いた」

「あはは、確かに…かなり遅くなっちゃいましたしね」

 

夕暮れが本格的に夜闇に染まろうとしているオラリオの街道にて、三人の少女が歩いていた。

一人は褐色肌にややクセのある黒髪が特徴的の、露出度の高い服に身を包んだアマゾネスの少女。

もう一人は背中まで伸びる金髪、白いインナーの上から白い軽装を身に着けたヒューマンの少女。

最後の一人は長くボリュームのある髪を後ろで纏めた、魔法使い用の衣服を纏ったエルフの少女。

 

「もうこの時間だと、夕飯には間に合わないし…どこかで食べていかない? 遠征準備の手配で遅くなったんだから、リヴェリアだって怒らないでしょ?」

 

褐色の少女が二人の少女にそう提案する。

彼女たちの『ファミリア』のルールでは、可能な限り食事は団員皆で取るようにしている。

無論、可能な限りの話であって強制ではなく、何かペナルティーがあるという訳でもない

褐色の少女は今回は食欲を優先させた様だ。

 

「そうですねー、アイズさんが良いなら…」

「私も大丈夫、流石にお腹空いた」

「よーし、決まりね! じゃあ、お店の方は…ここからだと、ミア母さんの店が近いかな?」

 

褐色の少女が『それで良い?』と二人の少女に確認を取る、どうやら二人もそれで異論は無い様だ。そして三人の少女は、空腹を満たすべく『豊饒の女主人』へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




前回の更新から一ヶ月、やっと更新できました。
年末事情から始まり、年始でだらけて、今まで掛かってしまいました。

さてそれでは話は本編、今回は神回です(笑)
ベルくんは前回の反省を踏まえて新しい事に挑戦中、本人としては速度強化の方を検討中。
そしてヘルメス様がベルくんの任意取調べした事により、ベルくんは身の潔白を証明。神様に下界の子供達は嘘をつけないという設定ですが、原作を呼んでいると嘘をつけないだけであって、神の力を使わない限りは自白剤の様な強制力はない様だったのでこんな仕上がりになりました。

次回はリューさん視点での話があると思います、そして次回はベルくんとあの三人の間でイベント予定。
本当はここでベートくん投入の予定だったのですが、作者のあまりの遅筆ぶりに予定を変更しました。
バーン様がフレイヤ・ファミリアにちょっかいを出したので、弟子のベルくんにはロキ・ファミリアの方に…ゲフンゲフン。

そしてもう一つはバーン様、ナチュラルにゲスい事を考えております。
ある意味、ヘスティア様にとっては大魔王公認の相手になりました(笑)
師匠としては、やはり弟子のベルくんには一皮剥けて(物理)欲しいという事でしょう(真面目)
さて、そんなバーン様にロックオンされたのがダンまち界のモテ神ことミアハ様…こちらも次回描きたいと思います!

元日より二週間以上経ってしまいましたが、皆さんあけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!

追伸  
 仮面ライダードライブの脚本があの三条さんだと知って全話見ました…すごい面白かったです!特にハート様は『もしも最終決戦で、ハドラーがダイ達に協力していたら?』という感じで、そういう意味でもワクワクできました!敵味方共に登場キャラ皆に個性と見せ場があって、最初から最後まで楽しめました!
 そして新しい戦隊物は全員が獣王のジュウオウジャー、クロコダインファンとしてはやはり一度見ておくべきだろうか…。

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