ベルの大冒険   作:通りすがりの中二病

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終夜

「…あ、が…っ!がほっ!ごほっ!」

リューの体は、弾かれた様に後方に飛ばされていた。

路上を豪快に転がり何とか膝を付きつつも体を起こすが、次の瞬間に噎せ返る様に咳き込んだ。

(……今、何をされた?……)

胸に走った衝撃と今尚疼いている痛みを抱えながら、リューは先の一撃について思い返した。

(……スキル?魔法?…いや、ちがう…アレはそういうモノではない!……)

分類できない、『力そのもの』を射出された…リューはその結論に至る。

カウンターを耐え凌いだと思ったら、まさかの追撃

その一撃は、リューに確かなダメージを与えていた。

(……まともに食らっていたら、危なかったかも……)

あの瞬間、リューは咄嗟に得物から手を離して強引に体を後ろに仰け反らせた。

そのお陰で、ある程度ダメージを緩和できた…だがしかし、その代償は大きい。

直撃こそは避けられたが、予期せぬ攻撃によってダメージを受けた事には変わりはない。

 

「…くっ」

 

壁に体を預けながら、揺れる体と足元を必死に制御して立ち上がる。

リューの手の中に、あるべき得物はない

視線を白髪の少年に向けると、その手には自分の銀棍が握られていた。

 

(……まずい……)

 

形勢逆転…とまでは行かないが、これで自分の優位はほぼ消えた。

衣服の下にはもう一つの得物である小太刀もあるが、やはり現状を考えるとこれ以上の戦闘は危うい。

あの少年が無手での戦闘も心得ているとなると、やはりダメージを抱えた体では先程までの様には戦うのは難しいだろう。

ならば魔法は…と一瞬考えるが、今の状況では詠唱を完成させる事自体が難しく、自分の魔法の性質上使ったら周囲に気づかれる。

 

そしてそんなリューの考えを後押しする様に、ベルは次の行動に移る。

奪った得物を自分の背後に放り投げて、即座に空いた片手で砕けた掌を握り

 

ボキ、ゴキ、ゴキリ、とそんな鈍い音が響いた。

 

「…っ!」

 

そのベルの行動に、リューは思わず目を見張る。

恐らく砕けて歪み曲がった指の骨を、無理矢理にもとの形に戻しているのだろう。

次いで懐から筒を取り出して口で蓋を外し、バシャバシャとその中身を砕けた手にかけていく。

 

そんな相手の一連の行動を見て、リューはギリっと奥歯を噛む。

 

(……決定的に、見誤っていた……)

 

自分はこの少年の事を、決定的に見誤っていた。

 

この少年は、恐ろしく修羅場慣れしている。

この少年は、恐ろしい程に逆境慣れている。

 

そして何より、その精神力。

 

普通なら砕けた片手を庇う所だが、あろう事かこの少年はその手で逆転の一手を打ってきた。

幾ら効果的な手段とはいえ、普通なら砕けた掌で逆転の一手を放とうとしない。

如何に後でポーションやエリクサーで治せると言っても、想像を絶する激痛とダメージは避けられないからだ。

 

頭では思いついても、ソレを実行できる者は少ない

『後でちゃんと治してやるから、砕けている手で全力で殴れ』…こんな事を言われて、果たして何人の者が実行できるだろうか?

 

(……そして現状でも、追撃よりも回復を優先させた……)

 

冷静に考えれば、それは当たり前の選択であり行動

つまりこの少年は、現状においても『冷静』に物事を判断しているという事だ。

それに何より自分は得物を失い、相手はポーションで怪我とダメージを治している、もはや短期決戦には持ち込めない。

 

「…あいつら、何やってるんだ?」

「喧嘩じゃね?なんか派手にやってるみたい」

 

不意に、リューの耳にそんな声が届いた

声の先に視線を向ければ、白髪の少年の背後の路地入口

そこにはダンジョン帰りと思われる数人の冒険者が、興味深げに自分たちを見ていた。

「…くっ!」

タイムリミット、リューはその事を悟る。

これ以上やれば、更に人目はつくし最悪自分は現行犯で取り押さえられる。

そうなれば、最早どうにもならない…故にリューの決断と行動は早かった。

 

 

 

 

「…はあぁー」

気が抜けた様に、ベルは溜め込んだ息を吐き出してその場に座り込んだ。

撤退した敵の背を見送って、そこそこ人気がある路地まで避難して、その瞬間に一気に気が緩んだからだ。

「あーあ、とっておきのポーションだったのに…」

ベルはいつ何時に来るか分からない師匠の『課題』に備えて、常に回復系ポーションを数本携帯している。ジャケットの内ポケットには冒険者御用達の耐衝ケースが仕舞っており、そこに回復薬や治療薬といった薬を常に用意してあった。

「流石に、戦っている最中じゃあ使えなかったしな…」

 

反省する様に一人で呟く

相手の実力を察するに、ポーションを取り出して使おうとした瞬間、確実にポーションの瓶ごと殴り飛ばされていただろう

その後はポーションをしまってあった部分を集中的に狙われて、手持ちのポーションは全て破壊されていただろう。

 

(……戦闘中、もっとスムーズにポーションを使えるようにしておかないと……)

 

砕けていた掌と五指を握って開く、鈍い痛みが走るがさっきまでの激痛に比べれば無いも同然だ

一瓶10万ヴァリス近くする秘蔵の高級回復薬、その効果は十分に働いている様だ。

 

ポーションは体力や魔力の回復においては即効性だが、怪我の治療においてはその品質に大きく左右される。例えばエリクサーや最上級回復薬は、『死なない限り治せる』とまで言われており半死人でも瞬時に完治してしまう程だ。

 

(……二~三日は無理できないかな?……)

 

ベルが今使ったのは高級回復薬だが、流石に治療速度においてはそこまで行かない

骨折程度なら無事に完治こそすれど、その回復には少々時間を要する

後は膏薬や包帯でしっかりと指を固定して安静にしておけば、数日の内に完治する。

 

(……宿についたらしっかりと処置しておかないと……)

 

大魔王の修行で得た経験を踏まえながら、ベルは大体の当たりをつける。

今までの修行生活において、外傷に関する処置の仕方は体で覚えていた。

「ついでに、足の方も治して置かないと…」

そしてベルは更にもう一本、ポーションを取り出す。

裾を捲りあげて、紫に変色して腫れ上がっている部分にかけていく

手に比べれば足の方は大した事はない、一晩寝れば治っているだろう。

「…浮かれてた、かなー」

自分を戒める様に呟く。

先の一戦、避けようと思えば簡単に避けられた筈だった。

路地裏で逃げ切る事も可能だったし、ギルド本部や憲兵の詰所に行っても良かった。

それをしなかったのは、自分が知らない内に驕っていたからだ。

もしもあの襲撃者が撤退しなかったら、あのまま戦闘を続けていたら…恐らくこの程度では済まなかった。確実に自分よりも強い格上だったし、自分の切り札をもってしても仕留められなかった。

(……今思うと、妙に感触が軽いというか…柔らかかったしなー……)

恐らく、胸部に緩衝系の防具でも仕込んであったのだろう。

玉砕覚悟のカウンターでも仕留められなかった以上、あのまま続けていたら恐らく負けていた。

(……あのリューさんといい、さっきの襲撃者といい…此処には僕よりも強い人が、あんな感じでそこら中にいるのかー……)

ベルはこの数年間、血反吐を吐いて骨を砕きながら、大魔王の課す荒行を乗り越えてきた

骸の兵隊や魔物の群れと戦い、野盗や悪賊や賞金首と命のやり取りをした事もある

未だ未熟な身ではあるが、それでも多少は強くなったという自信があった

だがしかし、ここにはそんな自分よりも強い人達がごろごろ居る。

 

(……バーン様も言ってたっけ、考え様によっては一番やっかいな課題だって……)

 

大きな都市になれば、それだけ沢山の人が集まる

故にそれだけ強者や実力者も集まる、単純明快な理屈だ

ベルも頭では理解していたが、ここに来てやっと実感が沸いてきた

ここは迷宮都市オラリオ、この世界において最も強い者達が集まる場所である…その事実とその意味を。

「………」

頭と心と魂で、ベルは今自分がそんな迷宮都市オラリオに来ている事を実感する

その瞬間、ベルは己の中で何かが猛烈に込上げてくるのを感じた。

「…よっし!」

気合の一声と共に立ち上がる、ベルは改めて決意を固める

強くなる、自分はもっと強くなる

祖父が語ってくれた英雄の様に、師匠が語ってくれた軍団長や勇者一行の様に

自分は、もっともっと強くなる…その事を改めて心に刻み込んだ。

「ただいま戻りました」

恭しく一礼して、オッタルは己の主神に帰還報告をしていた。

背中まで流れる様に伸びている、艶やかな銀髪。

ナイトドレスの上からでも解るスラリと伸びた手足、滑らかな曲線を描くくびれ、女性らしさに溢れた豊満な胸、この世の黄金比を思わせるプロポーション

そして銀の前髪から覗かせるその顔

異性は勿論の事、同性ですらも魅了し虜にしてしまう様な美貌

この世に存在するどんな女性や女神であっても、彼女の前では引き立て役にもならないだろう。

女神の名はフレイヤ

迷宮都市オラリオにおける、最強のファミリアと名高い『フレイヤ・ファミリア』の主神

そしてオッタルが絶対の忠誠を誓った女神である。

「おかえりなさい、無事に帰ってきてくれて何よりだわ」

「勿体無きお言葉、ありがとうございます」

主の労いの言葉を聞いて、オッタルは頭を上げて両者が期間後初めての対面をする。

フレイヤは改めて帰還した己の眷属の顔を見て、「あら?」と…何かに気付いた様に小さく声を上げた。

「? 如何がなさいました?」

「いいえ、ただ貴方を呼び出した子は…随分と面白い人みたいだった様ね」

フレイヤは少しだけ驚いた様な表情をして、次いで楽しげに口元に笑みを作ってオッタルに尋ねる。己の主神の突然の問いに、オッタルは少々不思議そうな顔をして

「…そうですね、色々な意味で興味がつきない人物だった事は確かです

当面は敵対する事はなさそうですが、かの者は決して油断のならない、警戒に値する人物でした」

「んもー、そういうお硬い答えじゃなくって、もっとあるでしょ?

顔が好みのタイプだったとか、思わず守ってあげたくなっちゃうタイプだったとか、そういうのが聞きたいの」

「…成程」

ここでオッタルは、己の主神の言わんとする内容を理解する。

それと同時に、二人の間にある決定的な見解の違いについても。

「生憎、件の人物はエルフの老人だったので…そういう対象で見るには些か無理があるかと」

「あら、そうだったの?てっきり貴方好みの娘が相手だったと思ったのに」

「お戯れを、何故そう思われたのですか?」

「……貴方もしかして、自覚ないの?」

「何がでしょうか?」

 

「今の貴方、すっごく楽しそうな…活き活きとした表情をしているわよ?」

 

主神のその言葉に、オッタルは思わず呆ける。

次いで口元に手を当てて、自分の頬を確かめるようにペタペタと触っていく。

その仕草が面白かったのか、或いは愛らしかったのか、フレイヤは小さく吹き出した。

「楽しそう…に、見えますか?」

「ええ、貴方のそんな表情を見るの…本当に、何年振りかしら?」

クスクスと笑いながら、フレイヤはオッタルに告げる

実際、オッタルも自身の表情を自覚していなかったが…その心当たりはあった。

 

「何にしても、貴方にとって良い出会いがあったみたいで何よりだわ

あーあ、私にも何か新しい…刺激的な出会いはないものかしら?」

 

と、悪戯っぽく笑いながらフレイヤは呟く。

その後、オッタルとフレイヤは軽く報告を済ませた後に雑談を交わして、オッタルは退室する。

 

鏡代わりに、窓ガラスに視線を移す。

そこに映る自分の顔はいつも通りに見えた、しかし主神の言う通り…己の胸の中に、種火の様な燻りがあるのを感じていた。

 

思い出すのは、酒場で出会ったとある老人

バーンと名乗り、底知れぬ力の一端を見せつけてきた魔王。

 

腕力一つとっても、己を超える存在

あの異質な迫力と雰囲気、底の見えない覇気と佇まい

深層に出現する竜や『迷宮の孤王』でさえ霞んで見える、その絶対的な存在感。

――あの様な遊びではなく、実際に手合わせしていたら…どうなっていただろう?――

――自分は果たして勝てていただろうか?――

――それとも完膚無きまでに、打ち負かされていただろうか?――

――あの『魔王』に全力の戦いを仕掛けたら、一体自分はその時何を見ただろうか?――

「楽しそう、か」

そんな存在を実際に目にして、直に対面して、確かにオッタルは自身の変化を感じ取っていた。

第一級冒険者になりLv6、Lv7に到達し、迷宮都市最強と言われる様になってから

いつの頃からか己の中で薄れて行き、消えかけていたその感覚、その感情、その激情

得体の知れない、未知なるモノに挑戦する…冒険者としての原点。

 

「――違いない」

 

主神に指摘されて、その実感が漸く追い着いて来た。

自分は楽しんでいる、期待している、熱くなっている。

 

得体の知れない強者の出現に

自分を遥かに超え得るかもしれない、未知なる存在に

自分の想像を遥かに超えていた、魔王と名乗ったあの老人に

こんな気分になるのは、一体いつ以来だろうか?

こんな昂揚感を抱くのは、一体どれほど久しぶりだろうか?

 

今のこの状況を、自分は間違いなく楽しんでいる

オッタルはその事実を噛み締めながら、自室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー、大分お客の方は落ち着いてきたね」

 

カウンター越しから客席を見渡して、ミアは呟いた。

繁盛時も過ぎて満員だった客も徐々に帰っていき、今店にいる客は全体の三割程だった。

残りの客も軽く酒や飲み物とつまみを頼む客が殆どで、店としてはやっと一息つける様な状態となっていた。

 

「私は休憩室にいるから、何かあったら呼びな」

 

店員の返事を聞いて、ミアは食堂を出て休憩室に入る。

手近の椅子に腰を下ろして、一息つくと其処に新たな客がやってきた。

 

「ミア母さん、お疲れ様です」

 

ミアが一息ついていると、従業員のシルが労いの言葉をかけてきた

ミアもシルに対して「お疲れ様」と返して

 

「お客さんの方も、大分落ち着いてきましたねー」

「そうだね。ったくリューの奴が早退なんかしなけりゃ、もう少し楽に回せたんだけどねー…何を気にしてるんだか」

「私はちらっとしか見ていないんですけど…あの人はこうー小動物系というか、何かあまり荒事には向いてなさそうでしたよ?」

「私も同意見だね。典型的な田舎上がりの純朴少年って感じだったさ

でも魔物狩猟をしてたってのも嘘じゃないと思うよ。都市外にも魔物は出現するし、冒険者を雇うにも此処までくるか仲介業者を通してクエストを出して、大金を用意して、あとはひたすら待たなきゃいけないからね。もちろん、全ての町や村がそういう対策を取れる訳じゃない」

 

ミアは備え付けのポットから冷水をカップに注いで、グビグビとそれを飲み干す

ついで口元を軽く拭いて言葉を続ける。

 

「だから、魔物狩猟自体は冒険者の専売特許って訳じゃない。上層あたりの魔物程度なら、猛獣や野獣とそれほど大差はないからね。大きな群れや毒持ちでもない限り、罠を張るなり人数で囲ったり、きちんと対策をとれば大体は何とかなる」

「でも賞金稼ぎだと…そういう風にはいきませんよね?」

「当然さ。何せ相手は人間だ、しかもただの人間じゃなくて文字通り札付きの悪…リューだってそうさ、アレも何の関係ない外野から見れば『堅気の人間にすら手をかけた殺人鬼』って所だからね」

「………」

「人間を相手に…増してやそういう連中を相手に商売をするには、生半可な精神じゃできない

それに何より厄介なのが、残党やら仲間身内やらによる報復行為、復讐の連鎖、もうこうなっちまえば後は泥沼一直線さ…勝っても負けても、大抵は碌な事にはならない」

 

何かを思い出すように、ミアはここで大きく息を吐き出して

 

「それはこの都市だって例外じゃない。シルだって知ってるだろ?ほんの五~六年前までは、この街も結構な荒れっぷりだった

でも今の様に落ち着いてきたのはルールの厳格化以上に、組織同士の抗争はリスクが大きいからさ…一時は熱くなって感情に流されても、時間が経てば頭が冷えて落ち着いてくる…要するに、皆疲れちまったのさ」

 

次いでミアは壁に軽く背を預けて、視線を上に向ける

ほんの数年前の出来事を思い返して、更に言葉を続けた。

「どこぞの狂信者や戦闘狂でもないかぎり、争う事に因るリスクとリターンの釣り合いが出来てなけりゃ、小競り合いこそあってもそうそう大事には至らないさ

組織と個人じゃ力が先ず違うからね。組織に喧嘩を売るのと個人に喧嘩を売るんじゃ、リスクやら手間暇が全て変わってくる

勿論リスクそのものが消える訳じゃないが、それでも安全面で言えば雲泥の差がある」

「…改めて考えると、此処も中々物騒ですよねー」

「当然さ。血気盛んな連中が得物もって集まってるんだ、揉め事が起きない方が不自然さ

いくらギルドやファミリアの掟やルールがあっても、やっぱり突発的な事態は起きるもんさ

おまけに、同じ都市内には魔物の巣窟があると来た…争いの火種は、この街じゃそこら中に燻ってる」

人が集まれば、やはりそれだけ争いや諍いの切っ掛けは増えていく

それが血の気の多い若者が集まりやすいオラリオでは、正に自然な成り行きとも言えるだろう。

「でもねこの世の物事は、五体満足な体さえ残っていれば案外何とかなるのさ

冒険者に限らず、金が無くても、職を失っても、家を失っても、仲間や家族を失っても、体さえ無事なら…本気で何とかしようと思えば、案外なんとかなるのさ

そういう意味じゃ、リューは正に典型的なパターンだね」

「確かに」

「だから冒険者やら賞金稼ぎやら、無駄に命を危険に曝す職業に就きたがる奴は総じて馬鹿なのさ

…死んじまったら、本当に何もかもが終わりだからね」

 

「それを言ったら、ミア母さんだってそうじゃないですか?」

「そうだね、元・馬鹿共の代表、そして今は馬鹿共のまとめ役って所さ」

 

小さく笑ってミアは答える

しかし、次の瞬間には笑みを止めて、少し眉間に皺がよった怪訝な表情となる。

「……ここで、話は最初に戻る。もしもあの坊主一味が本当にリュー目当ての賞金稼ぎだったら、さっき言った『碌でもない事』になりかねないからね」

「懸賞金の、出処ですか?」

「ああ、もしもそうならリューの懸賞金は消えていない。リューに懸賞金を掛けた人間の恨みは、消えてないって事だ

オラリオ外でもクエストを受け付けている所だってあるし、個人で腕の立つ者を雇う事も出来るだろう、やり方は幾らでもある」

シルの問いに、ミアは小さく頷く。

リューが嘗て殺めた人間の中には、敵対ファミリアは勿論の事商会の組員やギルド職員の身内も混じっていた

リューの懸賞金は、身内を殺された者達によって懸けられたものだった。

 

今ではその懸賞金もオラリオでは失効している

だが、それで彼ら身内のリューへの恨みが消えた…という訳でもない

ミアが言うように、取れる手段や方法は幾らでもあるのだ。

「身内を殺された憎しみ悲しみは、リューの奴自身が一番よく知っているからね

だからこそ、それによる『万が一』の可能性…嘗て自分が行った『凶行』を、相手がしてくる可能性も考えている筈さ…まあ、流石にいきなり今日リューが何かしでかすとは思わないけど…今の状況が続くと、それも分からないね」

「んー、でもまだ想像の範囲内ですよね。確定できる証拠も何もないし」

「…そうだね。少なくとも、先ずは其処を明らかにしないと…こっちとしては何もできないね」

あの少年が果たして白なのか黒なのか、先ずはそこを見極める必要がある。

だが下手に動いて最悪の事態を引き起こしたら、目も当てられなくなるだろう

動くとしても、よほど上手く動かないとダメだろう。

 

ミアがそんな風に考えていると、そこそこ長い間休憩している事に気づいた。

 

「っと、んじゃそろそろ仕事に戻るかね。とにかく今は仕事仕事」

「そうですね」

 

二人で休憩室から出て、食堂に戻る。

客の数はさっきよりも更に減っており、もう閉店までこんな感じだろう

そんな風に、二人が思っている時だった。

 

新たに一人の客が店にやってきた。

旅人風の帽子と衣服を身にまとった、黄橙色の髪が特徴の痩身の男神だった。

 

「いらっしゃー…って、ヘルメス様?」

「やーシルちゃん。ちょっと夕食を食べ逃しちゃってね、来ちゃったよ」

 

神ヘルメス

オラリオにおいて中堅かつ中立の位置に属する『ヘルメス・ファミリア』の主神

またそれと同時に、よくオラリオを飛び出して旅をする趣味を持つ『放浪神』としても有名であった。

ヘルメスはシルに案内されて、カウンター席につく

軽く摘める物と軽い酒を頼んで、店員やミアと談笑を交わしていき

「アレ?そういえばリューちゃんがいないみたいだけど、今日は休み?」

「ああー、ちょいと事情がありましてね。今日は早退してて――」

不意に気付いた様に、ヘルメスはそう尋ねる

その問いにミアが答えた直後だった、ミアがその考えを思いついたのは。

(……どうせ探りを入れるなら、確実な手段でやった方がいいかもね……)

 

思い返すのは、先の白髪の少年

どうせ動くのなら、確実な成果をだしてくれる方法を取るべきだろう

そう例えば、『絶対に嘘をつけない相手』に助力を頼むと言った方法等で

「ヘルメス様、物は相談なんだけさ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――中々有意義な日だった――

バーンはオラリオの夜景を見ながら、改めてそう評価する。

あの酒場での一件の後、バーンは店主に代金と迷惑料を払った後に店を出た

流石に街についてまで野宿はしたくなかったので、手配しておいた宿にて腰を下ろしていた。

「収穫は上々、と言った所だな」

――鍛冶神ヘファイストス――

――酒神ソーマ――

――猛者オッタル――

今日という日だけで、これだけ自分を楽しめてくれそうな発見があった。

今日のこの出会いだけを見ても、オラリオにまで足を伸ばしたのは正解だったと言えよう。

そして、この街にはまだまだ自分を楽しませてくれる者が存在している。

最強のファミリアと名高い『フレイヤ・ファミリア』、『ロキ・ファミリア』

天界より降りてきた数多の神々、伝説の魔剣鍛冶師の末裔、本命とも言えるダンジョン

そして、未だ自分が知らぬ未知なるモノ。

此処には、そんなモノ達で溢れている…そんな場所だ。

期待で自然と口元が緩むのを感じながら、大魔王はまだ見ぬ出会いを思い描く。

「さて、一体あやつはどの様に過ごしているか…」

次に考えるのは、街で別れた弟子についてだった。

このオラリオに来る切っ掛けとなったベルの祖父の言葉、ベルには修行以外にも伴侶探しという目的もある事を思い出す。

 

「…まあ、あやつの事だ。今日いきなり女を口説こうとも、手を出そうともせぬだろう」

あの祖父とは対極とも言える性格を思い出しながら、バーンはベルに対してそう結論づける。

ベルは良くも悪くも純真無垢、それに生まれながらの生真面目な性格

例え好みの女を見つけても、アレは声をかける事すら躊躇うタイプだ。

だがしかし、『男子三日会わざれば、刮目して見よ』という言葉もある

恐らく、あっちはあっちでまだ知らぬ経験、思わぬ体験をしているだろう

もしかしたら約束の一週間後、予想外の結果や成果を持ってくるかもしれない。

「本当、退屈せぬわ」

オラリオの夜景を見渡しながら、バーンは静かに笑う。

こうして、大魔王師弟のオラリオでの初めての夜が終わりを告げた。

そこはオラリオの中心に位置する『バベル』の中にある、とある店の一室だった。

神ヘファイストスが経営する武器屋本店、その中にあるヘファイストスの私室の一つにその神はいた。

二つに結んだ、濡れているかの様な照りと艶を持つ黒髪

白いワンピースの服に包まれた少女と言える小柄な体、またそんな体には不釣合いな程に大きく膨らんだ胸

顔は幼さが残る少女そのもの、丸みを帯びた卵型の輪郭、眺めの睫毛に愛らしい大きな瞳

その顔は『女神』の名に恥じぬ造形であるが…綺麗や美しいという言葉よりも『可愛らしい』という言葉が合う。

 

その女神の名はヘスティア

女神ヘファイストスの無二の神友であり、現在はヘファイストスの下で厄介になっている神である。

 

「いやー!やっぱり持つべき物は神友だなー!」

 

彼女は自分の部屋に宛がわれたベッドの上で転がりながら、高らかにそう言う

普段の彼女なら、仕事が終わったこの時間は業務の疲労で寝静まっている頃だ

無論今も疲労が体に残っているが、今の彼女はそれ以上に喜びの方が大きかった。

 

始まりは、今日の仕事が終わった直後の事だった

ヘファイストスに業務終了の報告をしに行った時、ヘスティアは彼女からその話を持ちかけられたのだ。

 

 

――貴女のファミリアに入ってくれるかもしれない子がいるんだけど、会ってみない?――

 

「うふふふふ、ついに僕にも眷属が出来るのかー」

 

ニヤニヤと、その期待を隠せない笑みを浮かべて彼女はベッドの上で転がる

しかし不意に「いかんいかん」と首を振って

 

「いやいや、まだ油断しちゃダメだぞ!まだ紹介なんだ、入る事が確定した訳じゃない!」

 

自分を戒める様に表情を引き締めて、軽く両頬をパチンと叩く。

胸を張って「うむ」と頷くが、それも数秒後にはだらしなく緩んでいく。

 

「…一体どんな子だろうなー」

 

まだ見ぬ相手に想いを巡らせながら、ヘスティアは期待に満ちた笑みを浮かべて考える。

神友曰く、『中々に変わっているが、それ以上に興味深く面白い人』との事だ。

あの神友にそこまで言わせる相手、これで期待するなというのが無理な話だろう。

 

エルフの男性、というのは神友から聞かされているが、それ以外の情報は伏せられている。

これも神友曰く『会ってからのサプライズ』らしい、恐らく下手な先入観を持たせないための神友の配慮だろう。

 

「先ずは何にしても初めが肝心だ、絶対に引き入れて見せる!」

 

そう言って、ヘスティアは自分自身に喝を入れて奮い立たせる

今でこそ『穀潰し』『ただ飯喰らい』『ニート』という不名誉な肩書を背負っているが、彼女とて『未知』と『娯楽』を求めて下界にやってきた神の一柱

遠い昔に挫折し諦めた、自分の眷属とファミリアを持てるかもしれないという現状に、彼女は再び嘗ての熱意と気力を取り戻していた。

 

「よーし!どうせなら夢と目標はでっかくだ!いつかはロキの所なんか目じゃない位に、でっかいファミリアにしてやるぞおぉ!」

 

片手を勢いよく突き上げて、ヘスティアは改めてその夢と目標を自分自身に宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




我らが紐神、満を持して参戦!…という訳で、少々時間が掛かりましたが、今回も無事に更新できました!
やっぱりダンまちと言えばヘスティア様は欠かせない存在なので、当初からメイン格にする予定でした。
ここ二三話でも、大小様々なフラグを立てているので、そちらの方も順次回収していきたいと思います。

ちなみに前回のライトニングバスターについて
感想でも色々な方が仰っていましたが、原作のライトニングバスターとは大分仕様が異なっております。前回のアレは言ってしまえば『ゼロ距離闘気弾』です、技名はベルくんの中でしっくりくる名前…という様な感じです。
…ちなみに原作のライトニングバスターは、イオナズン級の爆発力を体の『内部』に送り込むという死神も真っ青なえげつない仕様です。

さて、今話にて大魔王師弟の長いオラリオ初日は終わりです。
ぶっちゃけ長いの初日だけだと思うので、師弟合流まではサクサクと進めていく予定です。

…本当に、いつになったらダンジョンに潜るんだろう(汗)

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