ベルの大冒険   作:通りすがりの中二病

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夜戦

「…力比べ、だと?」

「ウム、迷宮都市最強の力をこの身で直接感じたいのだ」

 

バーンの誘いを聞いて、オッタルは更に周囲に対して警戒を強める。

相手が何か怪しい行動を起こせば、即座に行動に入れる様により意識を高めていく。

相手が言った事は、ある意味自分への宣戦布告だ。

今までの行動から察するに、このバーンという老人は絶対に警戒しなければならない相手

いつでも腰に携えている得物を抜ける様に、オッタルは構えて

 

「そう肩肘を張る出ない。言っただろう?其方と事を構えるつもりはない」

「………」

「だから、その物騒な物を使う必要も意味も無い。此処は酒場だ、酒を飲み、酒を楽しみ、酒を愛でるための場所だ

故に、余もこうして手ぶらで来ておる…常に警戒心を忘れないのは戦士として必要な事だが、それと同時に心のゆとりや遊び心も持っている事も必要な事だぞ」

「……戯言だ」

「違いない、良い酒に巡り合えて余も大分酔いが回っておる。これでは何処かの助平爺と一緒だな」

 

ククっと、バーンは口元を緩めて小さく笑う。

ある意味挑発的にも見えるその笑み、普段のオッタルなら付き合いきれぬと店から出るか、本当の事を語れと睨み付けて凄んでいる所だろう

だが、オッタルは何れもしなかった。

バーンという老人の笑みは、一切の嫌味や嫌悪を感じなかったからだ

それ以上に、オッタルはバーンに対してもっと広くて大きく深い『何か』を感じていた。

 

オッタルにとって、女神フレイヤは太陽であり大空であり風の様な存在だ

だがこのバーンに対しては、それとは違う『何か』を感じた。

 

何かとは?と聞かれれば…恐らくオッタル自身も応える事は出来なかっただろう。

だが様々な意味でこのバーンという男は、オッタルにとって無視できない存在となっていた。

 

「フム、落ち着いた様だな…では、ゲームと行こうかな?」

 

次いでバーンは店内を見回して、手頃な台座を見つける。

それを指差して店主に尋ねる。

 

「店主よ、その台座を少々借りても?」

「ぇ?ええ、構いませんが?」

「感謝する」

 

壁の脇に置いてあるテーブルと同じ高さの台座を、バーンは借り受ける。

次いでその台座をひょいとオッタルの目前まで運び、どかっとその台座の上に自分の肘と腕を乗せる。

 

「…シンプル・イズ・ベストと行こうか。ゲーム内容はアームレスリング、まあ腕相撲だな」

「……何?」

「ルールも同じだ。相手の手を台座に叩き付けた方が勝ち…負けても特にペナルティーやデメリットはない、これはあくまで純粋な力比べなのでな」

 

確かに、『力比べ』としてはこれ程までに単純明快なゲームは他にないだろう

ルールを教えれば幼子でも理解できる、力が強い者が勝つというそのルール。

 

「………」

 

確認を取る様にオッタルはバーンの腕を見る、目の前にある老人の腕は年の割には肉付きが良いが…それだけだ。

確かに言葉では言い現せない凄みと迫力があるが、それと腕力は別問題だ

まして自分はこの迷宮都市唯一の『Lv7』、戦闘では勿論の事、ただの腕力でもこの迷宮都市に並ぶ者などいない。

 

 

だがしかし、それなのにオッタルは台座に着いた。

 

 

こんな余興に付き合う義理はないが、オッタル自身が興味を抱いた。

目の前の老人に、このバーンという男に

果たして見たまま老人なのか、それともそうではない『何か』を秘めているのか

それを確認してみたくなったからだ。

 

「そうこなくては」

「怪我をしても、自己責任という事を忘れるな」

「無論」

 

台座の向こうでバーンが楽しげに笑う

そして両者の手が組み合って、台座の上で戦闘態勢をとる。

 

「店主よ、済まぬがジャッジを頼む」

「…承知しました」

 

軽く頷いて、店主はカウンターから台座の横に着く

次いで組み合った二人の手の上に、自らの手を置いて

 

「それでは、恐れながらジャッジを務めさせて頂きます。両者共にまだ力を入れない様に」

 

二人の手の力具合を確認し、二人に目配せする

二人が小さく頷くのを確認して、店主は開始を告げる。

 

「…レディー…ゴォー!」

 

その言葉を合図に

大魔王と猛者の戦いが幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

月明かりだけが照らす街道の中、二つの影が踊っていた。

荒く激しいステップを踏んで、手に持った得物で火花の演出をして、BGM代わりに硬い衝撃音と高い衝突音が鳴り響いていた。

 

二振りの刃が闇夜に、幾多の閃光のアーチを描く

白銀の鋼棍が漆黒の中で、数多の瞬光となって咲き乱れる。

 

一瞬一瞬の内に、眼前に閃光が横切って空気が切り裂かれる

切り裂かれた空気が頬を撫でて、肌をチリチリと刺激していく。

 

互いの得物と得物、一撃と一撃

それらが噛み合い衝突すると、得物を伝って衝撃が全身に駆け巡る。

 

白銀の軌道を描いて迫る棍の一撃が、ナイフの横腹を滑っていく

白髪が靡いて揺らしながら、ベルはそのまま相手の間合いをナイフで滑り込んでいく

次いでショートソードが三日月の軌道を描いて目の前の相手に迫るが、迫る一撃をリューは棍を反転させて抑え込む。

 

一撃を止められても、ベルは止まらない。

既に相手は自分の間合いの中、即座に体を捩じる様にその場で反転させてナイフで水平に薙ぐ

ナイフの横薙ぎをリューは再び銀棍で捌く、ナイフを捌くと同時に胴体目がけて刺突を放つ。

 

だが、止められる。

 

既にベルのショートソードは戦闘態勢に戻っていた、迫る一撃の横腹を斬り付けて互いの得物が大きく弾き合う

互いがその場で反転し回し蹴りへと繋げるが、互いの蹴りが激突する

互いがその衝撃に大きく仰け反って、その勢いに乗じて二人は再び距離を取った。

 

――強い――

 

互いが互いの姿を瞳に収めがら、そう評価する。

 

(……明らかに僕より格上の相手だ。バーン様の修行が無かったら、もう何度も敗けてる……)

(……低く見積もっても、Lv3以上の実力…それにステイタスに頼った戦いをしてない所を見るに、相当な熟練者……)

 

互いが互いに、目の前の相手が強敵だと判断する。

 

(……1対1でも苦戦するのに、援軍が来られたらマズい……)

(……戦いが長引く程、人の目に触れる可能性が高くなる……)

 

(……これ以上、時間を掛けるとまずいかも……)

(……長期戦だと、その分リスクが高くなる……)

 

故に二人は、ほぼ同じタイミングで同じ結果に至る。

 

――ならば、答えは一つ――

――全力を持って、速やかに目の前の相手を打倒する――

 

今までの様な様子見ではなく、本格的に心身共に戦闘状態に切り替える

より目の前の相手に集中し、より力と意識の照準と標準を強く定める。

 

ギリギリと、空気そのものが歪み軋んでいく様な錯覚が場を侵食していく

一呼吸分の静寂を挟んで、再び互いが動く。

 

「――シっ!」

 

灰色のコートと外套が大きく靡いて、リューはベルに全速を持って距離を詰める。

空間を跳躍した様に錯覚してしまう程の、爆発的な速度

だが、ベルの双眼はその動きをしっかりと捉えていた。

 

(……速い、でも見えない速さじゃない!……)

 

相手が自分の間合いに飛び込んで来たと同時に、ベルは迎撃の一撃を放つ

だがそれは空を切る、目の前の相手がベルの視界から『消えた』。

 

「…っ!」

 

瞬間、ベルは相手の行動に気づいたが…もう手遅れだった。

ベルの迎撃に合わせて、リューは前傾気味の体勢を更に下に沈めたのだ

瞬時にしてベルの視界から抜ける程の、地面スレスレを滑走する超低走法。

 

次いで吸い込まれる様に、銀棍がベルの脚にめり込んだ。

 

「っ!!」

 

肉に食い込み骨を砕こうとする、その衝撃その激痛

機動力の要である足に奔るダメージに、ベルの動きは一瞬硬直して

 

その絶対の隙を、リューは見逃さない。

 

獲物の顎を目掛けて、棍を思いっきり振り上げる

相手に狙いに気づいたベルが、咄嗟に両の刃でガードする。

 

刃越しでも、両腕が粉々になりそうな衝撃が伝う

その桁違いの威力に、ベルの体は一瞬持ち上げられ

 

ガラ空きになった腹部に、銀棍が突き込まれた。

 

「ごがあぁ!!」

 

ベルの喉から苦悶の声が吐き出される。

ズブリと肉に食い込む激痛、メキリと骨を破壊しようとする鈍痛、ゴリゴリと内臓を蹂躙する苦痛

己の体に風穴を作りかねない痛苦が、灼熱にも似た痛みが、一瞬でベルの脳髄を支配する様に駆け回る。

 

気づけば、ベルの体は宙に流れていた。

浮いた体に突きを叩き込まれたのだ、その衝撃で後ろに飛ばされるのは当然だった

数瞬の間宙を漂って、ベルの体は地面に肩口から着地してゴロゴロと転がる。

 

(――仕留めた――)

 

その必殺の手応えに、リューは勝敗が決した事を確信する。

一撃の感触から察するに、仕込み防具の類は無く確実に生身の肉体に入った

思わぬ強敵だった故に手加減できなかったが、相手の力量を察すれば気絶程度だろう。

 

(――まだ誰かが気づいた様子は無い、すぐに拘束してここから離れないと――)

 

先ずは相手がどの程度の動きをしているのか、確認する為に尋問する必要がある。

さっさと拘束してこの場から立ち去ろう、そう判断してリューは倒れたベルに歩み寄ろうとして

 

 

次の瞬間には、眼前に白刃が迫っていた。

 

 

「っ!!」

 

瞬時に棍で迎撃に出る、『ガキン』と硬く重い衝撃がビリビリとリューの全身を駆け抜ける

目の前には、揺れる白髪と戦意を滾らせた紅眼、戦の空気に当てられたその表情

ベルは一撃を喰らっても尚、リューに喰らいついていた。

 

(……おかしい……)

 

迫る二つの刃を捌いて弾きながら、リューは疑問に思う。

先の一撃は必殺の手応えだった、仮に気絶や失神はしなかったとしても、そのダメージで悶絶してのた打ち回っている筈

間違っても直ぐには起き上がったりは出来ない筈、だが相手は瞬時に飛び起きて尚も変わらず寧ろ一層苛烈に攻めてくる。

 

(……いや、効いている……)

 

得物越しに伝わる衝撃は、僅かだが先程よりも弱くなっている

それに相手の必死の形相も、痛みとダメージを堪えているモノだろう

だが、その事を含めて考えても…やはり警戒をしなければならないだろう。

 

(……頑丈さだけで言えば、Lv4クラスと判断した方が良い……)

 

一撃で仕留めるのではなく、ある種の流れを組み立てて攻めた方が良いだろう

『将を射んと欲すれば、先ずは馬から射よ』という言葉がある様に、先ずは相手の動きを奪う

それにこの後の事を考えると、先ずは機動力を奪っておいた方が良いだろう。

 

(……先ずは足から潰す……)

 

再び二つの銀閃が交わり、二つの得物が噛み合った。

 

 

 

 

 

 

 

――どういう、事だ?――

自分の身に起こっている事に対して、オッタルは信じられない様に独白する

オッタルの視線の先には、自分の手と組み合っているバーンの細腕

二人の手と腕は、ゲーム開始から今のこの時まで、一切動いていない。

そう、オッタルが力を込めても尚…バーンの腕は微動だにしていなかった。

「どうした猛者よ?既にゲームが始まっているぞ?」

「…っ!」

挑発にも似た声が響いて、オッタルは更に力を込める。

戦士系の『第一級冒険者』でも捩じ伏せられる程に力を込めるが、その老人の細腕は尚も動かない。

(……馬鹿な……)

単純な力において自分と渡り合える者などいない、精々が自分のファミリアの一部の団員か『ロキ・ファミリア』の精鋭位だ

だが、もし仮にそんな者達が相手でも…こんな事にはならない

自分の渾身の力と五分に渡り合う…ましてや、今の様に微動だにせず受け切れる者などいない筈。

「…フム、どうやらコレでほぼ全力の様だな…少々買い被っていたかな?」

「…っ!」

「迷宮都市最強の男、唯一のLv7、最強のファミリアの団長…どんな豪腕の持ち主かと思えば、よもや老耄の細腕一本にも劣るとは」

嘲笑にも似た笑みを形作って、バーンはオッタルをそう評する。

「其方がコレでは、程度が知れるな」

バーンは笑う。

「其方も、其方が所属するファミリアも、そして何より」

バーンは嗤う。

「――女神フレイヤとやらの程度も知れるというものだ――」

バーンは嘲う

そして次の瞬間、オッタルの感情が爆ぜた。

「貴様あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

店中を揺るがすかの様な咆哮、その叫びと共にオッタルは腕力を爆発させる。

主神を嘲笑う目の前の相手に、そしてそんな相手に苦戦している自分自身に

オッタルは怒りの感情を滾らせて、更に腕に力を込める

目の前の細腕をヘシ折る勢いで、オッタルはその渾身の力をバーンの腕に注ぎ込む。

 

「ハッハッハ、威勢の良い事だ」

 

愉快気に楽しげにバーンは笑って、力の均衡が徐々に崩れる。

オッタルの腕が徐々に押していく、猛者の豪腕が大魔王の細腕を押していく。

 

「だがな、猛者よ」

 

次の瞬間、止まる。

 

「――魂だけでは、余を斃せぬぞ?――」

 

だが、それでも大魔王には届かない。

オッタルの全力を持っても、バーンの細腕はオッタルの全力を受け止めていた。

そして、徐々に大魔王の腕がオッタルの豪腕を押し戻していく。

 

「嘗めるなああああああああああぁぁあぁ!!」

 

だが、再び止まる

今度はオッタルが大魔王の力を受け止める。

 

「ほお、流石だな…っ!」

 

感心した様にバーンが呟く、オッタルの反撃を受けて尚も楽しげに笑う

両者の腕と力はそのまま拮抗し、ゲームは膠着状態に陥る

ゲームは再び振り出しに戻る

バーンは愉快と笑いながら、オッタルは睨み付けながら、そのゲームに興じる。

 

だがしかし、このゲームは間もなく終焉を迎える

次の瞬間、今まで二つの強者の力の土台となっていた台座が音を立てて崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぐぁ!」

 

苦悶の声と同時に、ベルは表情を歪める

ゴキリと、足から鈍い音と鈍く重い痛みが神経を伝って昇ってくる。

 

戦況は、徐々にベルが不利なものになって行った。

 

元々格上の相手というのもあったが、相手の狙いに気づくのが少し遅かった

相手は入念に確実に、自分の機動力を…足を潰しに来た

その事に気づいたのは、既に足に大きなダメージを抱えた後だった。

 

(……このままじゃ、マズい……)

 

攻撃・防御・移動、あらゆる面において足というのは要の部分だ

そこを潰されると、全てがなし崩しになっていく。

その証拠に、既にベルは幾度となくクリーンヒットを貰い、確実にダメージが蓄積されていた。

 

本格的に手遅れになる前に、撤退も視野に入れなければならないだろう。

しかし、目の前の相手がソレを許すはずもない。

 

再び白銀の閃光が、ベルに向けて放たれる。

一閃二閃三閃四閃と、絶え間なく連続で突きと横薙ぎが放たれる

足に踏ん張りを利かせると、その瞬間激痛が走り、どうしても対処が甘くなる。

 

故に、力の均衡は破れる。

 

「ぐぅ!」

 

振り上げた右手首に、カウンター気味に銀棍が食い込み

その瞬間、右手のショートソードが大きく弾き飛ばされた。

 

「しまっ!」

 

弾かれた得物を目で追ってしまう、そしてベルがその『失態』に気づいた時は既に手遅れだった

最初に感じたのは、頬に当たる硬く冷たい感触だった

頬に触れて、そのまま押し込まれ、食い込んで、視界ごと大きく顔面が真横に弾かれた。

 

「ご、がっ…!」

目の奥で火花が炸裂する、頭の奥底で爆発が起きた様な錯覚に陥る。

口の中が鉄の味で埋め尽くされる、視界の端で赤い飛沫が宙を舞っていた。

 

頭蓋が砕けた様に錯覚してしまう程の衝撃、遅れてやってくる痛み

顎にも大きく衝撃が来た事によって、平衡感覚も大きく乱れて足元が覚束なくなる

もはやベルの体は、糸の切れた傀儡と変わらなかった。

 

(……ま、負ける……)

 

既に相手は次のモーションに移ろうとしている

ソレを放たれたら、自分の負けは確定するだろう。

 

頭の奥で、誰かの声が響く。

ならばどうする?と、どうすればこの状況を打開できる?と

絶え間なく、ベルの脳内に疑問の声を投げかける。

 

そして、相手が止めの一撃を放つ…その直前だった。

 

 

 

――苦しい時こそ、ニヤリと笑え――

 

 

 

その声が頭の奥底で響いた

それはいつかの師の言葉であり、大魔王の教えだった

だから、ベルは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……何て、頑丈……)

 

リューは呆れた様に、頭の中で呟いた。

この白髪の少年は既に何度か『決定打』を叩き込んだ筈なのに、まだ相手は二本の足で立って自分の攻撃を凌いでいる

脅威のタフネス、桁違いの耐久値だ

先程までの戦い振りを見るに、状況次第なら『Lv4』クラスの冒険者にも勝てる実力を持っている

この年齢でこの領域に辿り着くには、生半可な事では出来なかった筈だ。

 

(……だが、もう持たない筈……)

 

眼に見えて相手の力と速度がダウンしている、ダメージ自体も相当溜まっているだろう

念入りに足を狙った事で、一気に戦況が傾いた

攻守共に足の踏ん張りが利かなくなって、かなり体の軸がブレてきている。

 

(……これで決める!……)

 

相手の振り下ろしに合わせて、こちらも迎撃に出る

狙いは剣ではなく、それを支える手もしくは腕…相手の速度が落ちている今なら、狙うのは容易い。

 

確かな手応えと感触、棍を払うと共に少年の手から剣が弾かれ飛ぶ

これで攻撃力は半減、リーチに至っては半分以下だ

無論、この機を逃す筈もない。

 

ガラ空きになったその横顔に、渾身の一撃を放つ

その一撃は吸い込まれる様に、少年の頬に食い込んだ。

 

「ご、がっ…!」

 

紅い飛沫が舞う、頬を或いは口の中を切ったのだろう

少年の体はグラリと傾いて、力なく横に流れる

完全なる無防備、今ならどんな攻撃でも綺麗に入るだろう。

 

(……次で、止め!……)

 

狙いは鳩尾、この一撃で終わりにする

そう思って、リューが踏み込もうとした時だった。

 

 

――ニヤリ、と少年が笑ったのは。

 

 

「っ!」

 

思わず踏みとどまる、繰り出そうとした攻撃に一瞬ブレーキをかける

その絶対の勝機を前にして、リューは攻撃の手を一瞬止めてしまった

その不適な笑みを見て、薄れつつあった警戒心が蘇ったからだ。

 

数瞬の時間の空白。

 

そして、その数瞬の間が相手にとっての生命線となった。

その僅かな間で棍の先をナイフで強引に横薙で叩いて、そのまま体を横に逃がす

結果として、自分の攻撃は相手の脇腹を掠めただけで終わった。

 

(……今、確かに笑った……)

 

この状況で笑みを浮かべる理由などない。

だがもしも、それに足る理由があるとすれば…まだ相手には余裕や余力があるという事

今のこの状況から逆転し得る、勝機を持っている可能性があるという事だ。

 

(……援軍や伏兵の気配は無い……)

 

可能性があるとすればその辺りだが、今の少年の状況を考えると最早出し惜しみする理由はない筈

恐らくその方面はないだろうが、どうやらまだ油断はできないのは確かな様だ。

 

(……だけど、これ以上時間を掛けるのも愚策……)

 

ならば、取るべき行動は一つ

油断せず警戒しつつ、速やかに勝負をつける。

 

その事を頭に刻み込んで、リューは再び構えた。

 

 

(……どうして、この人は攻撃を一瞬止めたんだ?……)

荒く息を吐きながら、ベルは相手の不可思議な行動に疑問を覚えた。

今のは自分の視点から見ても、絶好の勝機だった筈だ

もしも先の一撃をそのまま放たれていたら、自分はもう為す術もなく道に転がっていただろう。

そして、相手がそんなチャンスを前に躊躇する筈がない

自分が出来た事と言えば、それこそ無意味に笑う事くらい――。

 

(……まさか、たったそれだけで?……)

馬鹿な、とベル自身も自分の考えを否定する。

たったそれだけで、絶好のチャンスを躊躇うものか…と、思わず否定するが

(……じゃあ、僕ならどうしてた?……)

今のこの立場が逆だとして、止めの一撃を放とうとして…もしも相手が笑ったら?

(……有り得ない、話じゃない?……)

自分でも、躊躇したかもしれない

警戒して、行動が半歩送れたかもしれない

本来なら存在し得ない『一瞬の空白』が存在していたかもしれない。

その事に思い至った瞬間、再びベルの頭にとある言葉が過ぎった。

――苦しい時こそニヤリと笑え――

――虚仮やハッタリも時には武器の一つになる――

――疲れた時こそ、呼吸を整えよ――

(……そうか……)

此処に来て、ベルは自分の思い違いに気付いた

自分は今日、念願の迷宮都市オラリオにやってきた

冒険者になるために、自分の夢と理想の新たな一歩としてやってきた。

そう、今までとは違う『特別』な場所にやってきた

冒険者という『特別』な職に就くのだから、何か新しい『特別』な事をしなければ

そんな風に、心の何処かで思っていた。

(……心の何処かで浮かれていた、浮ついていた……)

間違っていた、とは言わない…だがもっと早く気づくべきだった。

何も『特別』な事をする必要はない。

(……呼吸は深く大きく、体は熱くとも頭は冷やす、疲れた時こそ呼吸を整える……)

頭の熱を排出するように、ゆっくりと深呼吸をする。

(……如何なる困難でも思考は止めない、如何なる危機でも冷静さを失わない……)

師の教えを心の奥で反芻しながら、現状を確認する。

(……今の自分じゃ、この人の攻撃をもう避けられない……)

――ならば避けない――

(……この足じゃ、撤退ももうできない……)

――ならば逃げない――

(……この人は僕よりも早い、逆転するには相手の足を止める必要がある……)

――ならば止める――

 

相手が攻撃を再開する前に頭を冷やせたのは、幸運以外の何物でもないだろう

頭は冷えた、考えも纏まった、ならば後は実行するだけだ

残った得物であるナイフを構えながら、ベルは静かに決意を固めた。

 

 

 

 

 

僅かな静寂を挟んで、再びリューが動く。

相手がどんな余力や勝機を隠し持っているのか知らないが、もはや関係ない

相手が既に死に体なのは確実、迅速に確実に決着をつける。

路上を滑走して、一息に間合いを詰める。

それとほぼ同じタイミングでベルも動く。

リューが得物を振るい白銀の閃光が縦横無尽に駆け回り、ベルに唸りを上げて襲いかかる。

(……何とか、間合いに入らないと!……)

ナイフでの防御が間に合わず、二度三度と攻撃を受けるがベルは構わず距離を詰める

相手の得物と自分の得物では、リーチと間合いに絶対的な差がある

ならば被弾覚悟で飛び込む事しか、ベルには活路がない。

もとよりダメージを抱えた体では満足に回避をできない、残る手段は最短距離で突っ込む事だけ

そしてそれはリューも理解している。

(……やっぱり、防御力に物を言わせて突っ込んできた……)

故に自ずと狙うべき物が見えてくる。

リューの瞳が、ベルの手の中にある白刃に定められる

敵が持つ最後の得物、アレが失くなれば相手の攻撃力は皆無となる。

ベルが更に距離を詰める、その一歩を踏み込んで漸く己の間合いに入る

走りの勢いをナイフに伝わらせて、逆転の一手を図る。

そしてベルの一撃に合わせて、リューは銀棍を思いっきり振り抜いた。

「っつぅ!」

再び紅い飛沫が舞う、ベルの顔が苦痛と激痛で歪む。

カウンターの一撃、手首の先が粉々に吹き飛ぶ様な衝撃だった

ベルの手からナイフは弾かれ、次いで鮮血が吹き出して、何本かの指があらぬ方向に曲がっていた。

だが、それでもリューは止まらない

この絶好の勝機を、二度は見逃さない。

渾身の一撃を、相手の腹部目掛けて思いっきり突き込んだ。

「―――っ!」

声にならない悲痛な音が、ベルの喉から漏れ出る

その体が『く』の字に曲がり、その動きが止まる

肩まで走るような渾身の手応えに、リューは己の勝利を確信する。

(……やっと、終わった……)

思わず息を吐く、勝敗が決した事について一瞬だけ安堵する。

その時だった。

――やっと、止まってくれた――

ヌルリ、と紅い瞳がリューに照準を合わせていた

その眼光を見て、リューは相手の心がまだ折れていない事に気づいたが――既に遅かった。

ガシリと、ベルは腹に突き込まれた銀棍を堅く握る

次いで棍を体から外して、そのまま全力で棍ごと相手を引き寄せる。

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

ベルは獣の様に咆哮して、空いた片手…砕けた掌を相手の胸に思いっきり叩き込んだ

砕けているとはいえ、ベルが全力の闘気を込めた掌底

その一撃はリューの胸に食い込んで、衝撃が打ち抜き、奇襲にも近いダメージを与える

だが…

(……玉砕覚悟のカウンター、でもこの程度なら!……)

リューは倒れない、その一撃は決定打に成りえない

体術は否応なしに体重や筋力によって威力は増減する。

ベルは小柄で体重も軽く、足も踏ん張りが効いていない状態での、砕けた掌の打ち込み

如何に闘気で強化した一撃であっても、それは相手を倒す決定打にならなかった。

故に

 

 

「―――ライトニング―――」

 

 

ベルは更に咆吼した。

「バスタアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!」

その瞬間、ベルの掌から闘気が射出される

零距離でリューの胸に食い込んだ掌から、ソレが撃ち込まれる

次の瞬間、リューの体は弾かれた様に後方に飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者の言い訳

リューさんの悪名時代とそれに関する事について
・リューさんは復讐対象として『疑わしい』者全員を襲った
・ヘルメス様が『疾風のリオン』の事をチラつかせただけで敵意を飛ばす
・リューさんの懸賞金は身内を殺されたギルド職員や冒険者や組織によって懸けられた

というのが、原作で明記されているので復讐時代のリューさんはかなり闇落ちしていた様子
仮にも神であるヘルメスにあからさまに敵意を飛ばしている時点で、今でもリューさんの中では根深い問題
ベルくんもかなり疑わしかったので、リューさんも過去の過ちを繰り返さない為に少し暴走しました

リューさんはベルくんに殺意があるのか?
少なくとも尾行当初の時点ではありません、ベルくんは「怪しい」だけでクロ確定ではなかったので
仮に黒だとしても、ベルくんに師匠がいる事や人間関係と現在の状況を知るために殺意はありませんでした。
戦闘中でも、できるだけ殺さない様にはしていました。殺し目的なら原作通り小太刀の様な刃物の方が確実です。

今回の戦闘は、色々な偶然が重なって発生した…という感じです。


とまあ、言い訳はこの位にして後書きです。
とりあえず、大魔王師弟の戦いはこれにて決着です。次回はCパート的な話を書く予定です。
ちなみにリューさんとベルくんの間柄において、ギスギスさせる予定はありません。

……だってベルくん、襲撃者の正体がリューさんって気づいていませんので(笑)

リューさんも正体ばれない様に念入りに準備をしたので、チラっと見られたくらいでは素顔バレはしてないです。
次回あたりの話で、リューさんの誤解が解けるためのネタも書く予定です…いつになったらダンジョンに潜るんだろう…(汗)

そしてバーン様の方も、余興は終了です。
オッタルさんに何か仕込んだ?というのも一切ありません。
あくまで純粋に『迷宮都市最強の力』を知りたかっただけです。
『バーン様ちょっと強すぎじゃない?』と思った方、この人は老人形態でもオリハルコンを紙の様にブチ抜く槍を指一本で止める人です。今回は指五本で腕一本です。

今回も割りと早く更新できたので、次回も早めに更新を目標にやっていきたいと思います。それでは!


追伸 知らない間にベルくんが師匠の行動をなぞっていた件について

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