仮面ライダーディケイド ~The Darkness History~   作:萃夢想天

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どうも皆様、そろそろ地獄の釜の蓋が開くので陰鬱とした日々を
止むなく送っている萃夢想天です。あぁ、働きたくないでござる。

前回ようやく三つ目の世界に突入しましたので、これからもどうにか
更新ペースを落とさぬように投稿していきたいと思っております。

それと前回やってきた海東について質問された方がいましたが、
ちゃんと彼視点での【ドライブの世界】も書かせていただきます。


それでは、どうぞ!






Ep,25『Wの世界 / 街を泣かせない男』

 

 

 

 

 

 

風が絶え間なく吹き抜ける街、風都。その街の一角である、運河沿いの河川敷。

無論そんな場所であっても分け隔てなく風は吹いているのだが、この時に限定して言えば

風以外にも漂っているものがあったのだ。戦いに身を置く者のみが放つ、濃厚な敵意が。

 

 

「困った時に来てくれたもんだね」

 

 

本能的な野生の敵意と、理知的で人為的な敵意の間に挟まれたディエンドは心の底から

迷惑だと言わんばかりの仕草と態度で、新たに乱入してきた仮面の戦士にそう告げた。

普通ならば彼の神経を逆撫でするかのような物言いに、少なからず言葉を返したりしても

おかしくはないのだが、そこにいる紅蓮の装甲をまとう戦士に関しては、無意味だった。

いつの間にか右手に握っていた長めの剣、『エンジンブレード』の切先をディエンドへと

向けて、実に彼らしい威圧感に満ちた言葉を言い放つ。

 

 

「何が何だかさっぱり分からんが、この化け物たちとお前とは関係があるようだな。

話は署の方でいくらでも聞いてやる。大人しく抵抗すれば、の話だがな」

 

「あのね、僕はもう君に興味は無いんだよ。もう君の力は持っている(・・・・・・・・・・・)からね。

僕から話すことは何もない。さっさと失せたまえ、今なら見逃してあげるよ」

 

 

無数の怪物_______インベスの群れが不気味な鳴き声を発しているのを横目で見やりながら

互いに一切妥協するつもりがない会話が繰り広げられる。そして、そこで会話が途切れた。

片や警察に属する刑事、片や泥棒を自負する無法者。相容れるなど、初めからありえない。

さらに言えば、二人はそれぞれ自分の生き方に対して、鋼の如きプライドを有しているのだ。

法を犯す者を見逃せない義侠の男と、法を犯しても自分の生き方を貫く風来坊。

例え出会い方がもう少し穏やかだったとしても、結果的には矛を交えたに違いはない。

 

機嫌が良いのか悪いのか、相手を見逃すという余裕を見せるディエンドの言葉だったが、

それを向けられた当の仮面の戦士________アクセルは無言のまま右足を前に踏み出す。

彼の行動の意味が分からないほどディエンドは愚かではなく、今度は威嚇の意味も兼ねて

インベスたちに向けていた愛銃の銃口を、迫るアクセルの目線の高さに向け直して語る。

 

 

「まさか、僕と戦うというのかい? だとしたら、止めておいた方がいい」

 

「警察官が怪物騒動の容疑者を見逃すわけがないだろうが。署に連行してやる」

 

「………分かったよ。だったら、君を始末するしかないんだが、覚悟はいいかい?」

 

「俺に質問をするな」

 

「……………決まりだね」

 

 

交渉という言葉を知らないのではないかと思えるほどに意固地な二人の会話は、

両者の絶対的な不和を生んだという結果に終わったと同時に、そこで途切れる。

ディエンドは自分の言葉が言い終わるよりも数瞬速く銃のトリガーを引き絞り、

内部に充填されている青いエネルギー弾をマシンガンの如き速度で発射した。

ところがその弾丸の標的であるアクセルは、重厚そうな長剣を持ち前の剛力で乱暴に

振り回して攻撃の一切を弾き落とすという荒業を見せ、ディエンドに突撃を仕掛ける。

接近を許したディエンドは左手に収めていたライダーカードを銃のスリットへと挿入し、

前方へスライドさせる機構を動かして一体となっているドライバーに装填した。

途端に右手に持つディエンドライバーからは、ディケイドのバックルと同じ電子音声が

発せられ、何事かと警戒して一瞬動きを鈍らせたアクセルに答え合わせのように告げる。

 

 

「さぁ、腕試しと行こうか。行ってらっしゃい、僕の新しいお宝!」

 

【KAMEN RIDE CHASER】

 

ディエンドライバーの銃口からエネルギー弾とは違う別のエネルギーが発射され、

剣による攻撃が届く範囲まで接近していたアクセルは不意の一撃を何とか回避した。

後方へと下がって距離を置いたアクセルは、そこでようやく相手が何をしたのかを知り、

その蒼いコンパウンドアイに映された光景を疑うほど、驚愕に身を震わせた。

 

 

「なんだそいつは…………今まで一体どこに⁉」

 

「どこにもいなかったさ。僕が召喚したんだから」

 

「召喚、だと? そんなふざけた記憶を持ったメモリがあるのか…………」

 

「さてと、それじゃあ場も盛り上がったところで、聞きたいことがある」

 

 

アクセルの呟きに耳を貸すこともなく、自分の話を一人で進めていくディエンド。

そんな両者の間には、つい先ほどまで影も形も無かったのに、仮面の戦士が立っていたのだ。

微動だにしないまま、仁王立ちの姿勢で立ちはだかるその様は、さながら守護神の如く。

その身を覆う装甲や肉体を保護するスーツに至るまで、輝きを無くした鋼銀に統一され、

胸部や腕部、脚部などの装甲の一部と頭部の右側面にはメタリックパープルが垣間見える。

頭部の額に位置する場所には、細い部品で端正に組まれたような四本のアンテナが鎮座し、

アクセルからは見えないが、背部には小型に作られたバイクのホイールが装着されていた。

鋼銀と紫紺に身を包み、オレンジの双眸を持つその戦士の名は【仮面ライダーチェイサー】

 

自らの召喚者を、敵であるアクセルから守るようにして立ちはだかる彼の後ろで、

ディエンドライバーと空いた左手をひらひらさせながらおどけるディエンドは快活に笑う。

 

 

「走り続ける加速(アクセル)と、追い続ける追跡者(チェイサー)。どちらが(はや)いのかな?」

 

 

言葉遊びを楽しむかのようなセリフを残し、ディエンドは待ち切れないとばかりに迫っていた

インベスの群れに身体の正面を向け、応戦の意思を見せる。まるで、アクセルを無視するように。

眼前に鋼銀の戦士を召喚したと(うそぶ)いたディエンドを蒼いコンパウンドアイが睨むが、

一切気に掛けることなく怪物と戦い始めたため、仕方なくアクセルは眼前の戦士を相手取る。

しかしどんな分野であれど他者に対して負けん気が強い彼は、自分に背を見せるディエンドに

向けて、もはや条件反射と化したようにお決まりの文句を叫ぶ。

 

 

「俺に質問をするな!」

 

 

エンジンブレードを振り上げながら、アクセルは吠えるような雄叫びと共に駆け出す。

わずか数秒でチェイサーとの間合いを詰めた彼は、その重く鋭い長剣を力のままに振るったが、

目の前の戦士はその攻撃から目を逸らし、あろうことかアクセルに対して背を向けたのだ。

剣を振り下ろす瞬間の行動にアクセルはわずかに動揺したものの、踏んできた場数の多さからか、

このまま全力を以て振り下ろせば問題はない、恐れる必要もないと確信し、その通りに動く。

アクセルが振り下ろしたエンジンブレードの切先は、少しのズレもなくチェイサーの無防備な

背中へと振り下ろされた。そのはずなのだが、そこから剣はピクリとも動かせなくなっていた。

 

 

「なに⁉」

 

「…………無駄だ。俺の<ホイーラーダイナミクス>は、砕けない」

 

 

驚愕に目を見張るアクセルを無視して、背中を見せたままのチェイサーが淡々と話す。

そんなチェイサーの背部では、長剣の切先とマウントされていたバイクのホイールとが火花を

散らしながら拮抗しているという、なんとも不可思議な現象が起こっていた。

アクセルは振り下ろした剣をそのまま斜め下へと袈裟斬りに振り抜こうと力を込めだが、

彼の行動に抵抗するように、チェイサーの背部にあるホイールが突然回転して剣を弾き返す。

まさか自身の主力武器が弾かれるとは思っていなかったアクセルは、エンジンブレードが弾かれた

勢いそのままに、またも後ろへと距離を置くことになってしまった。

その外見からは思いもよらぬほどに重量のあるエンジンブレードの剣先が地面に深くめり込み、

それを引き抜こうと一瞬チェイサーから目を離したアクセルだったが、それは間違いだった。

 

「砕け散れ!」

 

「な__________ぐあぁ!」

 

 

ほんの二秒ほどの間に距離を詰めていたチェイサーが、その握りしめた右拳をアクセルへ振るい、

戦っていた河川敷の上の方にある道にまで大きく吹き飛ばした。大の男を一撃で吹き飛ばせる

彼の拳の威力は、計り知れない。地面を転がって体勢を立て直すアクセルは、警戒心を高めた。

急いでさきほどの場所まで戻ろうとする彼の前に、チェイサーが跳躍一つで再び立ちはだかる。

しかし先程と違う点は、鋼銀の戦士の右手に、エンジンブレードが収まっているということだ。

 

自身の主力武器を奪われたアクセルは、内に湧き上がる動揺を表に出さないように務める。

だがこれは非常にまずい状況だった。チェイサーからすれば、その剣はただの剣でしかない。

アスファルトにクレーターを作るほどの重量を、自分と同じように片手で持つという膂力に

関しては勝敗が着かないと悟ったが、あの武器を取り戻せば自分には勝機が見えてくるのだ。

チェイサーには使えず、アクセルには使える利点。それこそが、主力武器たる所以なのだから。

どうにかして奪い返さなければ、と思案するアクセルにチェイサーはまたも淡々と語る。

 

 

「その姿、お前も仮面ライダーなのだろう。何故、お前は戦う?」

 

「…………何だと?」

 

「人間を守るのが、仮面ライダーの使命ではないのか⁉」

 

まるで機械のように平淡な口調のチェイサーだったが、最後の一言にだけは人間臭さとも言える

熱意が込められているようにも思えたのだが、アクセルにはそんな心のゆとりは皆無だった。

むしろ、自らが【仮面ライダー】であることの誇りを、けなされたようにさえ感じられた。

故に、アクセルは常にうわずり気味だった声色をさらに張り上げ、激昂したように叫んだ。

 

 

「貴様に言われなくとも、俺はこの街を守る仮面ライダーだ!」

 

「街を、守る? 人間は守らないというのか! それがお前の、正義なのか⁉」

 

だが今度はアクセルの言葉に、チェイサーが憤りのような感情を露わにした。

紅蓮の戦士は愛する街を守ると叫ぶが、鋼銀の戦士は人を守らないのかと怒号を発する。

形は違えど、同じ『何かを守る』という精神に誇りを重んじる二人の戦士は分かり合えずに、

まさしく言葉遊びを楽しむかのようだったディエンドと同様に、眼前の戦士を敵と認識した。

 

目の前にいるのは、敵だ。自らの守りたいものを害しようとする、敵なのだ。

 

アクセルはただ、チェイサーを倒すことだけを考える。チェイサーも同じことを思考する。

相手が仮面ライダーであれ、自分の敵ならば倒す。自分の守りたいものを、守り抜くために。

剣を奪われた、ならば拳で粉砕する。

剣を奪った、ならばその剣で切り払おう。

両者の視界にはもはや、街の風景も背後の怪物たちも映ってはいなかった。映す気すらない。

ただ眼前の鋼銀を、紅蓮を。

この拳で、この剣で。

叩き伏せよう、切り伏せようと。

 

 

「さぁ…………振り切るぜ‼」

 

【ACCEL】

 

「俺は、仮面ライダーとして戦う‼」

 

【ズーット! チェイサー‼】

 

 

二人の戦士は全く同じタイミングで、自身のベルトに備わっている機能を発動させる。

アクセルはバイクのハンドルを模したバックルの右グリップ部を、さながらバイクのエンジンを

吹かせるようにして二、三回ほど手首を使って捻る。すると、彼の体に変化が現れた。

まるで全身から放熱しているかと見紛うほどに蒸気を発し始め、アクセルの姿が大気に揺らぐ。

またチェイサーもバイクをしまう車庫を模したバックルの、上部にあるスロットルボタンに

めがけて左拳を軽く、けれど素早く五回ほど振り下ろしてドライバーの機能をオンにした。

両者が準備を終え、再び視線をぶつけ合う。

 

アクセルは文字通りに<加速>の力を引き出し、同様にチェイサーも<追跡>の力を引き出した。

どこまでも速くなるアクセルと、どこまでも追いつけるチェイサー。

二人の全身から迸る力が、それぞれに絶対ともいえる自信と力を発現させているのだ。

 

 

「貴様、街を守るのが正義なのかと俺に聞いたな」

 

「……………?」

 

 

ほんの小さな挙動ですら互いの均衡を破る引き金となりうる状況で、アクセルが尋ねる。

彼の意図を理解できないチェイサーだったが、聞かれたからには問いに応えるしかない。

返答を待つアクセルに対して、チェイサーは無言のままに首を縦にしっかりと振った。

その行動を是と捉えたアクセルは、剥き出しの敵意を抑えようとしないままで語る。

 

 

「いいか、一度しか言わんからよく聞け」

 

「………………」

 

「俺に___________質問をするな‼」

 

 

決して信念は曲げない。たとえそれが、ただのつまらない意地の張り合いだったとしても。

 

堂々と豪語したアクセルはそのまま一歩を踏み出し、チェイサーへと肉薄する。

まともな返答が来ることを期待していたチェイサーは、今までとまるで変わらない態度に

辟易しつつも、そう答えを受け入れていた。そんな人間もいる(・・・・・・・・)と、彼は知っていたから。

並の人間であれば当然だが、通常の状態であれば仮面ライダーであるチェイサーですらも

反応しきれないほどの速度で迫るアクセル。だが、それはあくまで通常の状態であればの話だ。

相手が<加速>したのなら、自分はそれを<追跡>し続けるのみ。

 

だからこその、追跡者(チェイサー)なのだから。

 

 

「はあッ‼」

 

「ふんッ‼」

 

 

一秒にも満たない刹那の時間。その間に、彼らの攻防は一進一退を繰り返していた。

拳よりも広い攻撃範囲を得たチェイサーがエンジンブレードを振るえば、アクセルは自身の

凄まじいまでの<加速>の力によってその剣先を回避し、相手の懐へと一息に潜り込む。

そこからはただひたすらに、勢いに任せた拳の乱打を叩き込む。左右二つの拳の二重奏は

一つも外すことなく鋼銀の装甲に着弾した。だが、チェイサーにダメージは見受けられない。

お返しとばかりに、今度はチェイサーがサイドステップの要領で真横へ移動して重心をズラし、

その反動を勢いに乗せて右手に握ったエンジンブレードを容赦なくアクセルへと振り下ろす。

一撃目の切先は紅蓮の装甲に火花を散らせ、すくい上げるようにして切り上げた二撃目は

胸部の装甲に傷をつけ、そこから流れに任せて三撃目を加えようと、腕を大きく振るう。

しかしその大振りの攻撃を見極められてしまい、アクセルに右腕をがっしりと掴まれた。

 

 

「むっ⁉」

 

「コレは俺の剣だ!」

 

「くっ!」

 

 

右腕を拘束されたチェイサーはどうにか逃れようとするものの、アクセルはまるで動かない。

ならば蹴りを入れて離脱しようと考えたチェイサーは、実行しようとして足に力を込めるが、

先に考えを読まれていたらしく、肘打ちを腹部に受けた後で右足の蹴り飛ばしをくらった。

全身に<加速>の力を発動させているアクセルの蹴りは、恐ろしく速いうえに、重い。

そのため、特性上は速度に追いつけるチェイサーでも、もろに受ければ一たまりもなかった。

最初の攻防の時とは逆に、大きく吹き飛ばされたチェイサーはエンジンブレードを失い、

それを目の前で拾い上げているアクセルを、立ち上がりながらも見つめ続けている。

ほんの一瞬ですらも気が抜けない。どこまでも加速する相手である以上、油断は禁物だ。

自身にそう言い聞かせ、次に来る攻撃には追いつけるだろうと再び構え直した時だった。

 

 

「やれやれ、速さ勝負は引き分けということか」

 

 

チェイサーの背後でインベスと競り合っているディエンドが、拍子抜けとばかりに呟いた。

たった一人で十数体以上の怪物を相手取っているにも関わらず、自分たちの戦況すらも把握

していたように語るディエンドの言葉に、アクセルのみならずチェイサーですらも内心で驚く。

 

しかし、彼ら二人がさらに驚くことになるのは、ここからだった。

 

 

「仕方ない。一人でダメなら二人にすればいいだけさ」

 

「何⁉」

 

「速さで勝負が着かないなら、賭け事(ギャンブル)で勝負といこうか」

 

あっけらかんと語るディエンドに対して、アクセルはただただ混乱の深みに嵌っていく。

一体自分は、誰を相手にしているのか。一体自分は、何と戦っているのだろうか。

無数の怪物に攻撃を加えつつも、こちらを気にかけるほどの余裕を見せる仮面の戦士を前に、

既に<加速>の力の発動時間を終えてしまった彼は、妨害すらも不可能となっていた。

 

そんなアクセルを尻目に、ディエンドはさらなるカードを装填して情報を読み取る。

ディエンドライバーが電子音声を発し、新たな戦士が出現することを無感情に告げた。

 

 

「さぁ、賭けたまえ。どちらのA(エース)が強いのかをね」

 

【KAMEN RIDE GARREN】

 

 

淡白な電子音声と高らかな銃声が鳴り響いた直後、新たな戦士が姿を現した。

 

大部分を白金の重装で覆い、細部に金色の意匠をきらめかせる独特な風体。

全身を包むパワードスーツは、歴戦をくぐり抜けたためか酷く褪せた小豆色に染まり、

佇む姿だけでも只者ではないという、威圧感に近いオーラを放っているかに見える。

その頭部は、まるでトランプのダイヤを縦に裂いたような形状の角が白金色に映え、

角の真下にある円形に近いモスグリーンの双眸が、射貫くようにアクセルを見据える。

 

ダイヤのAに封じられし不死生物(アンデッド)によって変身する戦士【仮面ライダーギャレン】

 

こんな場面だというのに、またしても言葉遊びのつもりか。アクセルは憤りに心を燃やす。

自分が直接手を下すでもなく、それどころか手を加えるつもりもない。自分は高みの見物で、

敵と相対させるのは自身の部下に丸投げする。アクセルにはディエンドがそう見えていた。

あれは人の悪意の塊だ。邪な力を得た、悪辣な屑だと吐き捨てたくなる気持ちを抑え込み、

自分が戦う理由を忘れて暴走しないためにと、冷静を装って高圧的な口調で話し出す。

 

 

「怪物騒ぎの容疑だけでなく、どうやら他にも聞かなきゃならんことが増えたようだな」

 

「僕は何も話す気はない。だから見逃してあげると言ったのに」

 

「貴様には、自分から話したくなるほどの苦痛をたっぷりと与えてやる」

 

「御免だね。僕はいつだって奪う側さ。僕が欲しいから盗む、苦痛なんていらないよ」

 

「安心しろ。署に連行したら一歩も外に出られん牢獄暮らしを与えてやる!」

 

「それこそ御免被る。僕が一番嫌いなのは、自由を奪われることなのさ」

 

 

アクセルの言葉も、ディエンドには届かない。まるで街に吹く風のように通り抜けるだけ。

これ以上の会話は無意味だと痛感したアクセルは、二人に増えた敵を油断なく睨みつける。

蒼いコンパウンドアイが眼前の戦士たちを視界に収め、闘争本能にガソリンを流し込む。

 

「そっちは仮面ライダーへの強盗傷害、そっちは公務執行妨害で逮捕だな」

 

「………人間の決めたルールが、俺にも当てはまるのか?」

「俺は俺の強さを証明するために戦う。それが、国家権力であってもだ」

 

「随分立派なご高説だな。留置場でも同じセリフが吐けたら褒めてやるぞ‼」

 

「…………罪を犯した相手には、更生させる機会を与える人間のルールがあるはずだが?」

 

「そもそもお前は、俺たち二人を相手に勝てると思っているのか?」

 

「くどい! 俺に質問をするな‼」

 

 

並び立つチェイサーとギャレンを前に、アクセルは何度でも同じ文句を言い放つ。

同じように雄叫びを上げながら、今度は新たに現れたギャレンに向かって距離を詰める。

その理由は二つ。チェイサーならともかく、ギャレンには自分の太刀筋はばれていない。

加えてもう一つは、相手の右腰部にホルダーされている銃らしき武器を警戒したからだ。

アクセルは駆け出すと同時に、右手のエンジンブレードに備わった機能を動かした。

彼のエンジンブレードは、刃の部分と柄との間に普通の剣ではありえない間があり、

そこにはこの世界のライダーが使う、とあるツールを装填できるスロットが備わっていた。

懐から取り出した物を左手に収め、それを慣れた手つきでその空白のスロットに差し込む。

半ばから刃が折れたような状態のブレードの背を左手で押し込んで元の形状へと戻し、

剣の柄を握っている右手の人差し指で、本来そこにあるはずのないトリガーを引いた。

 

 

【ENGINE / ELECTRIC】

 

瞬間、エンジンブレードからアナウンスが響き、刀身に電光が騒がしく迸り始めた。

アクセルがスロットに差し込んだものは<機関部(エンジン)>の記憶を司るメモリであり、

その能力の一つに、蓄積した電力を一気に放電させるという強大なものがある。

それを最大解放させる一歩手前で力を引き出すこの方法ならば、力を温存させたままで

実力が未知数の敵を迅速に倒すことが出来ると、彼は考えて実行したのだ。

自身の加速に追いつけるチェイサーへの対抗策も、あるにはあるが不確定過ぎる。

ならば遠距離武器を装備した未知の敵から排除しようと思い至るのは、普通の思考だろう。

誰もアクセルを非難はできない。彼もまた、幾多の死闘を繰り広げた英雄の一人なのだから。

しかし、彼は知らなかった。いや、知る由も無かったのだ。

 

呆然と佇んでいるように見える戦士こそ、自身を上回る死線を越えた戦士だということを。

 

 

「終わりだ…………はああッ‼」

 

 

紅蓮の装甲に覆われたアクセルが放つ斬撃に、今は青白い電光が対照的な彩りを加えており、

さながら燃え盛る炎が雷鳴をまとった剣を振るったかのようにも、見えたのかもしれない。

そこに一般人がいたのならば、きっとそう見えたに違いないだろう。しかし、現実は違う。

 

左下から右上へと逆袈裟気味に切り上げたアクセルは、何度目かになる驚愕で硬直してしまう。

自身が剣を振り上げたのは、既に攻撃の届く範囲内にまで敵に近付いたからであり、決して

その彼我の距離を見誤るようなことは、歴戦の経験上からほぼありえないはずだった。

しかし、現実は違う。彼が振り上げた剣の届く距離に、ギャレンの姿は無かったのだ。

 

「_________遅い」

 

 

底冷えするほどに冷徹な声が聞こえたのは、エンジンブレードの切先の、遥か先。

数メートルは離れているだろうギャレンの声が、アクセルには何故かはっきり聞き取れた。

確実に捉えたはずの射程範囲に何故敵の姿がないのか、ここで彼は初めて気がついたのだ。

 

ジャンプしていた。それも後方に、思いっきり。

 

言葉だけならば大したことではない。ライダーでなくとも誰にだって出来ることではある。

しかしそれだけではない。それだけならば、アクセルがここまで狼狽することなどありえない。

では何が彼を驚愕に身を固めさせたのか。それは、ギャレンの姿勢が物言わず語っていた。

 

ギャレンはジャンプするその瞬間まで、実は後ろを向いていたのだ。

やってくる敵に対して正面を向いたまま後方に飛んでも、そこまで距離は稼げない。

だから彼はアクセルを視界から外して、背を向けるように振り向いて跳躍したのだ。

そしてその直後、身体を捻るようにして無理やり空中で振り返り、右腰にマウントしていた自身の

専用武器であるギャレンラウザーを手に取って滞空したままその照準を、狙いを定めた。

 

つまり、アクセルが剣を振り上げた時にはもう、ギャレンは空中で攻撃を開始していたのだ。

 

 

「ぐおおあぁッ‼」

 

 

落下し始めているというのに、ギャレンの正確無比な射撃は全てアクセルに着弾した。

跳躍し、そのまま振り向き、滞空中に武器を手に取り、そのままの姿勢で照準を合わせる。

全ての動作がコンマ以下の世界で行われていたことを、銃撃による衝撃と痛みに膝を折らざるを

得なくなったアクセルは文字通りに痛感する。この敵は、自分以上に相手を観察していたと。

そして、自分の慢心を、的確に撃ち抜かれたのだと。

 

近距離戦と遠距離戦との違いはあれど、戦士としての技量の高さを思い知らされたアクセルは、

続けざまに繰り出されたチェイサーの近接攻撃にすら対応が遅れ、数回の欧打を許した。

チェイサーの重い攻撃を受けて大地を転がって距離を開けさせられたアクセルは、何とか

エンジンブレードを杖のようにしながらも立ち上がり、眼前の戦士二人を精一杯睨む。

だがその視線に戦いが始まる前ほどの気迫は無く、わずかに諦観が見受けられるほど小さかった。

 

「手痛くやられたようだね。どうだい? 僕のお宝の実力は」

 

 

そこにまたしても軽薄な声が割り込んできた。その声の主は、今も戦いを続けているのに。

一体いつこちらを見ているのか、自分にその余裕が無いのに確かめる術などありはしないが、

まるで実態の掴めない敵を目の当たりにしているようで、アクセルの心の炎が微かに揺れた。

ギャレンとチェイサーによって追い詰められている自分に、あの蒼い戦士が倒せるのだろうか。

その答えはアクセルには出せなかった。だが、それでも彼は自身に言い聞かせ続ける。

 

 

「________俺に、質問をするな…………‼」

 

 

曲がらない。歪まない。折れない。自分はこの街を守る、仮面ライダーなのだから。

 

胸部に受けた切り傷も、全身に浴びせられた銃撃も、痛みは引かずに身を蝕み続けている。

それでもアクセルは立ち向かうことを止めない。警察官であり、英雄である内は絶対に。

 

 

「嫌ぁ! 来ないで‼」

 

『グルゥ…………グギャアァ!』

 

 

ゆっくりと詰め寄る戦士を前にたじろいでいた時、不意に河川敷に悲鳴がこだまする。

次いで聞こえた人ならざるものの呻き声を耳にした直後、アクセルの体は動いていた。

悲鳴の発生源は、道路を挟んだ逆側の広場。そこにいたのは、人間の母子と異形の怪物。

ディエンドが討ち漏らした内の一匹が逆側へ転がり、たまたま居合わせてしまった彼女らへと

襲い掛かっていると、アクセルは疾走しながら冷静に状況の把握に努めた。

傷だらけの身体を動かし、襲い来る怪物の姿に怯えて目を閉じる市民の下へ向かう。

チェイサーによってつけられた切り傷が、装甲をまとっている彼に痛みを伴わせる。

ギャレンによって撃ち抜かれた全身が、痛覚神経を巡り巡って肉体に悲鳴を上げさせる。

 

痛い。苦しい。痛い。辛い。痛い。痛い。痛い。

 

脳裏に浮かんでは消える泣き言は、戦士ではなく人間の部分が発している警報に思える。

吐き捨てたらどんなに楽か。走るのを止めたらどんなに楽か。助けなかったらどんなに。

痛みを回避しようと発せられる警告を、アクセルは意に介することなく駆けて行く。

諦めれば楽になる。これ以上の痛みを身体に与えずに済む。理解はしている。

けれどアクセルは足を止めることなく走り続け、そして怪物へとその剣を振るった。

 

 

『ギャギャア!』

 

「……………早く、逃げろ!」

「か、仮面ライダー…………?」

 

 

斬り払った怪物が悲鳴を上げて地に伏し、アクセルの言葉に母子がようやく目を開ける。

状況を把握するのに数秒を要したようだったが、それでも彼女らは一つ確信していた。

迫りくる謎の怪物から自分たちを救ってくれたのは、この街の英雄なのだということを。

そしてアクセルもまた、涙目になって虚ろ気にこぼした言葉を聞き、心を震わせた。

これでいい。これでいいのだ。これこそが自分の、自分たちが貫くと決めた道なのだと。

自身に降りかかる災厄と、不幸と、絶望と、恐怖と、それら全てと立ち向かうという決意。

並々ならぬその決意を実現可能にしたのは、彼自身もまた、仮面ライダーに救われた(・・・・・・・・・・・)からだ。

人知れず街に蔓延る悪と戦い、時に傷つき、時に悲劇に身を落とし、時に絶望したとしても、

必ず最後は立ち上がり、この街に暮らす人々の笑顔と平和を守り抜く仮面の英雄。

街の人々の希望の象徴、それこそが彼の知る仮面ライダーなのだ。

 

彼を救ったライダーは自身を、「街の涙を拭う二色のハンカチ」だと例えている。

 

街の涙を拭うということは、街に住まう人々の不安と恐怖を拭い去るということ。

街の流す涙とは、風の吹く街で暮らす罪もない人々が強いられる理不尽に対する涙。

普段はどこかとぼけているが、彼は決して間違た事は一度もしていない。

何度もぶつかって、何度も戦った。それでも、彼は自分以上に曲がらない男だった。

 

自分が受けている痛みや悲しみを、抗う力もない無辜の住民には味合わせたくはない。

無慈悲な暴虐に曝されるのであれば、いっそこの身を傷つけてでも守り通したい。

愛する街で生きる人々は、愛する街の一部なのだ。だから、何があっても必ず守る。

 

 

それが彼の、彼らの『仮面ライダーの流儀』なのだから。

 

 

「俺がこの街を守る‼ 俺は、仮面ライダーだ‼」

 

【ENGINE / MAXIMUM DRIVE】

 

『ギギャアアァ‼』

 

 

警察官として、仮面ライダーとして、そして一人の男として。

アクセルは恐怖に怯える母子を背に守り、起き上がる怪物に再びその剣を振るった。

トリガーを引いて<機関部>の力を最大解放させた剣には、異常なほど供給された

エネルギーが蓄えられており、それは振るわれた一閃ごとに衝撃波となって敵を切り裂いた。

両脚部に装着されているタイヤ型のムーブアシストが作用し、まるでUターンしているように

見えるほどの鮮やかな回転を加え、アルファベットのAに身体を切断された怪物が爆散する。

荒い呼吸を繰り返しながら、背中にいる風都市民の安全を確認する。

母子は目立った外傷は無く、寸前で怪物の手で命を奪われる悲劇は回避されたようだ。

苦痛の中に見い出した二つの命を肩越しに見つめ、これで良かったと改めて身に刻む。

 

「ご苦労様。これでもう、君に抵抗する余力は無いはずだね」

 

【ATTACK RIDE CROSSATTACK】

 

 

ところが、そこに割り込んできたのは、やはりディエンドだった。

終始変わることのない煽るようなセリフと共に、彼は新たなカードを発動させる。

また別のライダーを呼ぶのかと警戒するアクセルをよそに、敵は行動を開始し始める。

 

 

【ヒッサツ! ライダー・フルスロットル! チェイサー!】

 

【DROP・FIRE・GEMINI_________BURNING DIVIDE】

 

「痛みは一瞬だ。あとはもう、何も感じなくなる」

 

 

チェイサーはバックルのスロットルボタンを親指で押し込んで構えを取り、

ギャレンは三枚のカードをギャレンラウザーに読み込ませてコンボを成立させる。

たった今ディエンドが使用したのは、自身の攻撃の支援が主となるアタックライドのカードの

中でも凶悪な部類に入る、『クロスアタック』というものだった。

効果は単純。自身が発動前に召喚していたライダーの必殺技を同時に発動させるというもの。

言葉だけで見れば脅威は伝わりにくいかもしれないが、アクセルから見れば非情極まりない。

満身創痍とまではいかなくても、傷ついた身体へ向けて必殺技を撃ち込ませるのだ。

チェイサーは両足のバネを最大限に利用して空高く跳躍し、ギャレンもまた同じように

力の限りに跳躍し、二人のライダーは完全に同じタイミングでライダーキックを放つ。

紫色のエネルギーに包まれた右足による飛び蹴りを繰り出す、チェイサーエンド。

空中で二人に分裂し、身体を翻らせてオーバーヘッドの要領で放つ、バーニングディバイド。

ギャレンの使ったジェミニの効果で分裂した結果、実質三人分のライダーキックが全て、

たった一人で傷ついたアクセルへ向けて無慈悲に繰り出されたのだ。

 

「……………所長、済まない」

 

 

迫る三人の蹴りを前にして、アクセルはポツンとそう呟き、右手の剣を投げ捨てる。

怒りからか、それとも他の何かなのか、彼は声帯を嗄らさんばかりに雄々しく咆哮を上げながら

ベルトのバックルにある左グリップを力強く握り、<加速>の力を最大解放させた。

 

 

【ACCEL / MAXIMUM DRIVE】

 

「はああぁぁあぁああッ‼」

 

 

バイクのエンジン音が幾重にも重なるような音と共に繰り出されたのは、紅蓮の一蹴。

高空から落下してくる三人を相手に、アクセルはその場で後ろ向きに跳躍してから

空中で回し蹴りをするように身体を捻り、右足のかかとから紅蓮の残光をまとう蹴りを放った。

彼の多用するライダーキックにして、<加速>の最大解放、アクセルグランツァー。

紫紺と炎赤と紅蓮がぶつかり合い、周囲に凄まじい衝撃の余波を撒き散らす。

風の吹く街に吹き抜ける風の全てを焼き焦がすが如き熱風は、街中を駆け巡った。

こうしてまた、街の一角で人知れず、仮面ライダーは戦う。

 

 

「………まぁ、やっぱりこうなるよね」

 

 

近くにあった芝生を燃やし尽くすほどの熱風を受けて、ディエンドは呟く。

彼の視線の先には、変身を強制解除されて倒れたアクセルがいた。

本来ディエンド、海東は自身の邪魔をした相手に対して慈悲をかけるようなことはしない。

その証拠に、差し向けられたインベスはアクセルが倒した一匹以外は全て倒している。

しかし今の彼にとって大事なのはアクセルとの勝敗ではなく、新たな自分の『目的』なのだ。

だからこそディエンドは変身を解除して、世界を渡り歩くための『膜』を呼び出していた。

ゆっくりと近付いてくる『膜』を前にして、海東はふと思い出したように口を開いた。

 

 

「そう言えば、最初に言った賭けの話だけど、僕の勝ちで良いよね?」

 

 

そう言い残して海東は『膜』の中へと姿を消した。

 

 

しかし、彼の質問に言葉を返せる者など、そこにはいなかった。

ただ一人、ダメージによって意識を失ったアクセル、『照井 竜』以外は。

 

 






いかがだったでしょうか?

恐らく皆様はいくつか疑問に思われたことでしょう。ええ分かります。
アレでしょう? 皆様そろって「ギャレン強過ぎぃ」とか仰るんでしょう⁉
久々に剣本編見て感動しましたよ! 橘さんの戦闘センスは凄まじいですよ!
ブレイドはネタが多いですけど、ギャレンの強さは本当に渋さを感じます。

ちなみにですが、アクセルと戦ったライダーに何かしらの共通点が
あったのに気づいた方はおられますでしょうか?
もしお気付きになった方は感想に書いて送ってください(露骨なコメ稼ぎ)


それでは次回、Ep,26『Aの消失 / 不思議な依頼』


ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎でございます!

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