明るくて、場の空気を読んで周囲に気を遣って、人に嫌われるのがこわくて。
いつも自分より周囲を優先してしまう、そんな自分があんまり好きじゃない。
そんな彼女は、ある決意をする。
6 由比ヶ浜結衣は決意する
由比ヶ浜結衣 Side
ドキドキしながらゆきのんとの電話を終えた後、あたしは考えた。
「どんな曲がいいかなぁ。やっぱ、みんながわかりやすいのがいいよね」
わかりやすい曲っていうと、ドラマとかCMの曲かな。
「あと、伝わりやすい曲、かぁ…」
伝える。誰に。何を。なぜ。
「ヒッキー…」
ヒッキーのことを想う時間。
それが今のあたしを支えている。
受験勉強の合間や、通学の途中、買い物の店内。いろんな場面でヒッキーを想う。
想うたびに気持ちは大きくなる。
入学式の朝。あたしのサブレを助けてくれたヒッキー。
一年の時は、全く話が出来なかったな。
二年で同じクラスになれて、奉仕部に入っているのを知って、なんとか口実を作って相談しに行って。
それからは同じ奉仕部の部員として、あんまり喋らないけどクラスメイトとして、ずっと見ていた。
ヒッキーって、ぼっちのくせに、あんな腐った目をしてるくせに、意外とモテるんだ。
それに気づかないヒッキーがまた可愛らしくて、ちょっと嫉妬して、ついつい過剰なスキンシップを取っちゃって、ビッチなんて言われて…寂しくなって。
それでも優しくて、ときどきものすごくカッコよくって。
でも、人のために自分を傷つけて。
ヒッキーの中の人間関係は、基本は『ヒッキー自身と、その他』なんだろうな。
もちろん妹の小町ちゃんは大切にしてるし。その溺愛振りにはたまに引くけど。
基本的に優しい人だから、みんなを救おうとするんだ。たとえその為に自分が傷つくとわかっていても。
二年生の…去年の文化祭の時もそうだった。
立候補で実行委員長になった相模南…さがみん。
自分の思うようにいかなくて逃げ出したさがみんを探し出してステージに戻したのは彼。
時間が無い中、怒りの矛先を自分に向けさせて、さがみんを動かした彼。
その後、さがみんの友達がヒッキーを悪く言っていたときは本当にムカついた。
でも文句を言ってやろうとするとヒッキーは止めるの。余計なことするなって。
すごく悲しかった。
ゆきのんだって悲しがってた。
ゆきのん。
あたしに出来た、本物の友達。少なくともあたしはそう思ってる。
歯に衣着せぬ物言いで、最初はムカついたこともある。
でも、そういうことを言う時は、決まってあたしのために言ってくれていたんだ。
それに気づいてから、ゆきのんが好きで好きでたまらなくなって。あたしもゆきのんに言いたいこととか言えるようになってきた時、ゆきのんの態度が変わったんだ。
態度が変わったっていうとアレだけど、もっともっと距離が近くなった、気がした。
あたしを頼りにしてくれるときもあった。すごく嬉しかった。
でも、気づいた。
ううん、最初から気づいてた。
ゆきのんも、ヒッキーが好きなんだって。
やっと出来た本物の友達が、恋敵。
仕方ないよね。
ヒッキーの良い所、悪い所、強い所、弱い所、ダメな所、そしてカッコいい所。
奉仕部の中で、全部を同じように見てきたんだもんね。
何度も抜け駆けしようとしたんだ。
でも、一歩踏み出す直前で、ゆきのんのことが、三人で過ごす部室が頭をよぎる。
だから、最後まで踏み込めなかった。
ヒッキーが鈍感で、そのくせガードだけは固いせいもあるけど。
ちがう。
全部、言い訳。
だってこわいもん。
振られるのも、壊れるのも。
ヒッキーがこの先、ゆきのんかあたしの、どっちを選んでくれるかわからない。
もしかしたら、どっちも選ばれないのかもしれない。
だってヒッキーは、親しい人を傷つけることを極端に嫌うから。
どちらかを選べば、どちらかが傷つくのだから。
彼も、臆病だから。
でも、後悔はしたくないんだ。
だから、あたしは。
ゆきのんに。
雪ノ下雪乃に、宣戦布告をしたんだ。
お読みいただきありがとうございます。
第6話、いかがでしたか。
比企谷八幡視点で進む物語に、由比ヶ浜結衣の心情を描きたくてこんな形になりました。
もっと表現力があれば他の方法もあったのでしょうけど。