それに、もしかしたら平塚静も…
な、お話。
5 女子集えばどうしても恋バナに花が咲く
雪ノ下雪乃 Side
放課後の奉仕部部室。
由比ヶ浜さんを始め、今回のバンドの面々が集まっていた。
「せっかく女の子だけのバンドだからさ、やっぱ女の子だけのバンドの曲がいいかな」
由比ヶ浜さんの提案から始まった会合だけれど。
「じゃあ、由比ヶ浜はどんなバンドがいいんだ?」
川崎さんが率先して話し合いを仕切る。意外だわ。
「やっぱ好きなのはラブソングかなぁ」
あれ、今の質問はどんなバンドが良いか、よね。どんな曲が良いかではない筈よね。
「いやいや、どんなバンドかなんだけど。質問の意味わかってる?」
代わりに川崎さんが突っ込んでくれるから助かるわ。
「む~、そのくらいわかるもん。だから、ラブソングやってそうなバンドなのっ」
赤面して頬を膨らましている由比ヶ浜さん。彼女の表情筋が感情豊かに動くのは、あのよく膨らむ頬の弾力も影響しているのかしら。
「はいはい、じゃあ雪ノ下はどんなのがいいと思う?」
川崎さんは、こういう場を仕切るのが本当に上手い。出席者全員に均等に話を振っているし、少々無愛想だけれどちゃんと受け答えしている。やはり弟さん妹さんたちのお世話をする、しっかり者のお姉さんなんだわ。彼女への認識を改めなければ。
「私は、不特定多数の人々の前で演奏するのなら、わかりやすい曲が良いと思うわ。端的にいえば、短調よりも長調、あとはわかりにくい転調をしない曲ね。」
「…あのな、もうちょっと不特定多数にも解り易い言葉で説明してくれよ」
「あら、これは中学校の音楽の授業で教える基本…」
熱弁を振るいかけた私を、教師であり最年長者である平塚先生が窘める。
「あー、雪ノ下。具体的な曲を挙げてみてくれないか」
ずっと無言で成り行きを見ていた平塚先生の発言に私は少しだけ困窮する。あくまでほんの少しだけれど。
「え、と、…」
困ったわ。二の句が告げない。
「例えばなんですけど、先生の年代ってどんな曲を聴くんですか?」
一色さんの空気を読まない質問に、図らずも救われた形になってしまった。
「私か? 私は、そうだな。昔はユーロビートにはまったな。峠を攻めるときに聴くと気持ちいいんだよ、これが。スーパーユーロビートとか知ってるか?」
国語の先生なのに、『峠を攻める』という日本語はおかしいことに気がつかないのかしら。『攻める』という語句を使用する際の主な対象は『敵』であるのに。峠を敵に見立てた比喩表現なのかしら。それに年代差が痛々しいわ、先生。
「先生、カビが生えたような武勇伝は結構なんで、曲をあげてくださいよ」
意外と辛辣ね川崎さん。私でさえ口にするのを憚ったのに。ほら先生が落ち込んでしまったわ。
涙目の平塚先生をぼんやりと見ていると、不意に由比ヶ浜さんの視線が私を捉える。
「ゆきのんは…好きな人にどんな曲を聴かせたい?」
一斉に皆の視線が集まる。
そんなこと、言える訳ないじゃない。彼の音楽的趣向も知らないのだから。でも答えられないのも癪だわ。こういう場合はどうしたら…
「す、好きな人なんて…解らないわ」
結果、口篭ってしまった。
由比ヶ浜さん、じとっとした目で見るのはやめてちょうだい。一色さんも先生も、にやにやしないで欲しいわ。
「あたしはヒ…好きな人には、好きっていう想いが伝わる曲を聴いて欲しい、なぁ」
今『ヒ』って言ったわね。本当は何と言いたかったのかを出席者全員が気づいていることに気づかないのかしら。
「あたしはぁ、先輩にはラブラブな曲を贈りたいですね~」
いかにも乙女、といわんばかりのはにかんだ仕草で一色さんは言う。
「…一色さん、あなたは比企谷くんの音楽の趣向を知っているの?」
思わず問い質すような口調になってしまった。しかしそれを歯牙にもかけない一色さん。
「あれぇ? あたし、比企谷先輩なんて一言も言ってないですよ。」
え?
「あーあ、ゆきのんが一番最初にヒッキーの名前出しちゃったね」
え??
「そーかそーか雪ノ下、おまえ比企谷を…」
ええ??
みんなして、にやにやしながら私を見ている。ばつが悪い、いいえ針の筵(むしろ)とはこの状態。
何かしら、すっごく悔しいわ。まんまと一色さんの罠にはまるなんて。
「…あたし、『愛してるぜ』って言われたのに」
ぼそっと洩らした今の呟き、聞き捨てならないわ川崎さん。
「ま、いいじゃん。ここにいるみんな全員、ヒッキーのこと好きなんだし」
開き直った。バ…由比ヶ浜さんって強いわ。
「ば、馬鹿をいうな。私は教職にある身で、そんな、特定の生徒と…なんて」
「あたしだって、下の兄弟が同級生ってだけだし、予備校だって…たまたま同じなだけだし」
「…あたしはぁ、比企谷先輩に何度か告白されましたけどね」
一斉に視線を、いや殺気めいたものを向けられても動じない一色さんって、強いわ。ただ、今の発言だけは否定しておく必要があるわね。
「一色さん、それはあなたの勘違い、いいえ思い込みよ。あなたが勝手に比企谷くんを振っているだけでしょう。だいたい比企谷くんはあなたと関わるのをあまり快く思っていない筈よ」
あまり、と付け加えたのは、確固たる自信が無いから。
「そ、そうだよ。ヒッキーはいろはちゃんなんかには渡せないんだからっ」
主旨がかなりズレてきているわ由比ヶ浜さん。賛同はするけれど。
「ふう、どうして比企谷みたいなヤツがこんなにモテるのかね、まったく」
それは私も不思議だった。私の気持ち云々は置いておいて。
「せんぱい、優しいんですよ。頼み事すると、嫌な顔ひとつだけで結局やってくれるし」
一色さんったら、比企谷くんを一体なんだと思っているのかしら。生徒会の備品とでも思っているのかしら。
「嫌な顔はする、というのは比企谷らしいな」
結局この日の話し合いは、比企谷くんの話で終始してしまった。
「比企谷くんに…聴いて欲しい曲、か」
帰宅早々、私は小町さんへ電話をかけて比企谷くんの音楽の趣向を聞いてみた。
「おにいちゃんはですね~、よくお父さんのCDを聴いてましたよ。昔のバンドとか男性のJ-POPとか、古い曲ばっかり聴いている時期がありましたね。」
小町さん。教えてくれるのは有り難いのだけれど、電話口でも解るニヤニヤ顔は遠慮して貰いたいわ。彼の可愛い妹さんだからあまり強く言えないけれど。
とにかく。小町さんの話を基に曲を考えてみることにする。
「古い曲はさすがに知らないわ。男性の曲は論外だし」
誰かのために選ぶのって、大変だし苦手だわ。やはり相談するほうが早いわね。
勉強の邪魔かしらと思いつつ、由比ヶ浜さんへ電話をかけてみる。
「やっはろ、ゆきのん♪」
彼女は3コールで電話に出てくれた。
お読みいただきありがとうございます。
第5話、いかがでしたか。
やっと女子バンドの登場です。が、結局何も決まらずただの女子会に。