「ずっと好きだった」   作:エコー

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ついに最終話。
比企谷八幡が考え抜いて出した結末は…

きっとみんな納得してくれないんだろうなぁ…

では、どうぞ。


21 彼と彼女と彼女の物語はまだ終わらない

 

21 彼と彼女と彼女の物語はまだ終わらない

 

 言ってしまった。

 ついに、俺は取り返しのつかない事を告げてしまった。

 自分の願望を、叶う筈のない、目の前の二人が承服する筈の無い、願望を。

「…あなたって、どうしようもないわね」

「ほーんと、ヒッキーって最低」

 無理は無い。俺自身、こうなることを予測していた。

 

 奉仕部の居心地の良さ。

 そこには当然のように雪ノ下雪乃がいて、由比ヶ浜結衣がいた。

 二人とも、俺のかけがえの無いものになってしまっていた。

 

 俺は悩んだ。他人のことをこんなに考えた日々はなかった。

 日々結論は違った。

 由比ヶ浜が優しくしてくれた日はそちらを考え、

 雪ノ下が微笑みを見せてくれた日はそちらになびく。

 俺が自身のどうしようもない優柔不断さに気づいた時期だ。

 だから。だからこそ今日という日、この場所まで自分を追い込んだ。

 そして一応の結論は出た。

 しかしそれは到底受け入れられるものではなかった。

 目の前の二人も。自分自身でさえも。

 

 でも。

 文化祭のステージで、二人は心を見せた。想いを見せてくれた。

 こんな俺に。自分の気持ちを絞り込めないような、駄目な俺に。

 決められない俺に残された方法はひとつ。

 正直でいることだ。

 だから告げた。

 

 二人とも好きだ、と。

 

 しかし、その解が正しかったかどうかは、目の前の二人を見れば一目瞭然だ。

 いや、その前から解っていた。

 

 まちがっている。

 

 でも、その間違いを正す術を今の俺は持っていなかった。

 愚考している間、二人の溜息だけが耳に響いていた。

 

 溜息交じりの沈黙を破ったのは由比ヶ浜だった。

「ゆきのんは…これでいいの?」

 由比ヶ浜の問いかけに答えながら、冷たい目で俺を睨んだ雪ノ下が一歩、歩み寄る。

「良いわけないでしょう」

 由比ヶ浜も真っ直ぐ俺を見据えて俺に近づく。

「そうだよねー」

「ええ、彼には失望…いいえ絶望させられたのだから」

 目の前で会話を繰り広げる二人の視線は、俺に固定されたように動かない。宛らそれは、獲物を狩る肉食動物の眼に思えた。

「じゃあ、どーしよっか、ゆきのん」

 にやり。由比ヶ浜の口角だけが上がる。

「そうね…じゃあ」

 同様に口角を吊り上げた雪ノ下が由比ヶ浜に耳打ちをする。

 俺はどうなるのだろうか。いや、二人はどうするのだろうか。

 何をされても、どんな酷い仕打ちをされても甘受するしかない。俺はそれだけの間違いを、罪を、犯してしまったのだから。

 二人の想いを踏みにじるという罪を。

 やけに長い耳打ち、いや密談か。それが終わったと同時に二人は歩調を合わせてゆっくりと俺に近づく。

 いや、正確には俺を追い詰めている。その証拠に俺は二人に気圧されて後ずさりをし、もう背中には今は使われていない黒板が迫っていた。

 二人との距離はあと数メートル、いや、数歩。一足飛びなら殴りかかれる距離だ。

 俺は、二人に対する申し訳なさと恐怖で、目を開けていられなくなった。

 上履きのゴム底が床を鳴らす音だけが左右の耳に鋭く響いて、やがて心臓を刺す。その度に動悸が乱れて息苦しくなる。

 これは…新たなトラウマ決定だな。

 二人の足音が止まる。俺の目の前に来てしまったのだろう。

 相変わらず目を硬く閉じた俺は、ついに背を黒板に預けてしまう。

「…比企谷くん」

「…ヒッキー」

 自ら閉じた暗闇の中、左右の耳から別々の声が鼓膜を揺らし、脳を揺さぶる。

 再び訪れた静寂の闇の中、微かに衣擦れの音がした。

 やられる。平手打ち、いやグーパンか。もしかしたら腹を蹴られるかもしれない。

 情けない。さっき、どんな仕打ちも受け入れると決めたのに、俺の身体はダメージを軽減しようとしている。

 もういやだ。こんな自分。罰さえまともに受けられない自分なんか、嫌いだ。

 強張った全身の筋肉を意図的に緩める。

「すまない。今身体の力を抜いた。どんな仕打ちも全部受け入れるから…気の済むようにしてくれ」

 右の耳に、フッっと鼻で笑う声がした。

「良い覚悟ね。では遠慮なくそうさせてもらうわ」

「オッケーゆきのん、こっちは任せて」

 左右からの同時攻撃、か。こんなときまでこいつら仲良しだな。

 最悪、この二人の友情だけは守られるだろう。いや、そうであって欲しい。

「いくわよ、比企谷くん」

「覚悟してよ、ヒッキー」

 左右から刑の執行が宣告される。

 

 両頬に…指?

 いや、顔に息がかかってる。

 なんだ、なんの序章だ。これから何が起きるんだ。

 

 恐る恐る薄目を開けてみると、眼前、いや、もう二人の顔が当たってる。

 じゃあ、この両頬に当たる柔らかい感触は――

「…ふう」

「…んはぁ」

 二人の吐き出す息が両耳をくすぐる。

 両頬から唇を離した二人は、しばし熱を帯びたように惚け、それからすぐに俺を睨んで笑う。

「お、おまえら…」

「あなた言ったわよね。どんな仕打ちも受けると」

「うん、あたしも聞いた。だから、これはその仕打ちの…んー、イントロ?」

「お、おかしいだろ。俺はおまえらに、その…酷いことを言ってしまった、のに、なんで」

 理解の範疇を超えた俺は、為す術なく頭を抱えてしゃがみ込む。

「おー、ヒッキーが混乱してるっ」

 おい。

「なかなか見られる光景ではないわ。貴重ね」

 おいっ。

「さてヒッキーくん。キミのこれからの罰を発表します」

 両脇を抱えられて、再び黒板を背に立たされる。

「まさかあれで終わりだとは思っていないわよね?」

 あ、ああ。勿論。どんな仕打ちも受ける覚悟は――

「罰は、あたしたち二人を、これからもちゃんと見続けること」

「そして卒業式の日に、どちらを選ぶかを決めてもらうわ」

 さっきの密談は、その話だったのか。

「ま、まあ、今回はさ、あたし達が勝手に告白…しちゃったじゃん?」

「だからあなたにも執行猶予、時間を与えるわ。それに」

 雪ノ下の表情が柔らかくなっていく。

「好きと言ってもらえたこと自体は、その、う、嬉しかったのは確かなのだし」

「そうだよねー、ヒッキーが気持ちを伝えてくれただけでも進歩だよ」

 由比ヶ浜に抱きつかれるが、いつものように拒否できない。

「ゆきのんゆきのん、あたしたち、三角かんけーだねっ」

「はあ、何故あなたが喜んでいるのか、少々理解に苦しむわ」

「いーじゃん、卒業式までは三人でいられるんだし。あ、三人でいちゃいちゃしちゃう~?」

「…おい、三人でって」

「あなたに発言権は無いのよ比企谷くん。少なくとも今日はね」

 相変わらず両脇を抱えられた俺に新たな脅威が押し迫る。

 廊下に足音が響く。

「おにいちゃん遅い、って……え? ええ?」

 元気よく部室のドアを開けた小町の前には、満身創痍の兄とその両腕に絡みつく美少女二人。

「ま、まさかのリアルハーレム!?」

 呆気にとられている小町を見て由比ヶ浜が笑う。釣られて雪ノ下も噴き出している。

 俺は…笑えない。まだ整理がつかないどころか、現状把握も覚束ないのだから。

「小町さんには後でゆっくりと説明するわ。この期間限定の三角関係の理由をね」

 俺の両脇を抱えたまま、雪ノ下と由比ヶ浜はニヤリと微笑む。

「ふぇ…え、ええ~!? これはどういうことなのっ、ごみいちゃんっ!」

 どうやら俺の青春ラブコメは…卒業まではまちがい続けられる、らしい。

 

                             了

 




今回もお読みいただき、ありがとうございます。
そしてこの物語は今話で幕を閉じます。
今までお読みくださって、本当にありがとうございました。

少し言い訳をさせていただきます。
この物語の結末についてご意見を伺ってまいりました。
雪ノ下雪乃エンド、由比ヶ浜結衣エンドとも気持ちの籠ったご意見をお寄せいただき誠にありがとうございました。
そして…すごく迷いました。

実は、雪ノ下エンド、由比ヶ浜エンド、そして今回の優柔不断エンドと3パターンの結末を書いてみまして、その中で一番しっくり来たのが今回の結末でした。
結局、筆者である私も優柔不断だったということです。
だって、雪ノ下雪乃も由比ヶ浜結衣も、どっちも好きなんですもん。
駄目な筆者ですみません。
この結末に納得がいかない、このダメ筆者め、その他の文句など、読後の感想を活動報告にお寄せいただけたら幸いです。


では、駄文拙筆にて失礼いたしました。




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