「ずっと好きだった」   作:エコー

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部室での打ち上げの最中、葉山隼人に呼び出された比企谷八幡。

ぼっちとリア充の戦いが今始まる!?

ではどうぞ。




19 比企谷八幡は決意する

19 比企谷八幡は決意する

 

「…ちょっといいか比企谷」

 葉山が真剣な顔を向けて部室の外を見遣る。どうせロクでもない話だろうが、俺は葉山と二人で廊下に出る。

 リア充とアイコンタクトなんて、俺もやるようになったものだ。

 階段の近く、もう暗くなった窓の外を葉山は見ている。くそ、絵になるなこいつ。

「そういえばおまえ、機材トラブルなんて嘘じゃ」

 部室から離れた階段の辺りで、俺の言葉を遮るように葉山は俺に向き直る。

「君も、そろそろ答えを出す時期なんじゃないか?」

 さんざん周囲に聞かされた言葉だ。

「おまえには関係ない。それより機材」

「あるさ。雪ノ下さんは幼馴染だし、結衣は友達だ」

 うざい。これだからリア充どもは。

「はいはいわかったよ。ご忠告感謝…!?」

 顔に衝撃が飛来し、俺の身体は後ろに弾かれて倒れた。 

 冷たい床から上半身を起こすと、そこには葉山の拳と怒りの顔があった。

「ふざけるな!」

 音を聞いて駆けつけた戸塚に支えられて、やおら立ち上がる。なんかムカムカしてきた。

 そして気がついたら俺は葉山を殴り返していた。

 部室の入口の方から悲鳴が上がる。

「お節介も大概にしやがれ! 俺はお前みたいに万能じゃねえんだよ!」

 同じく後方に倒れた葉山に、思いの丈をぶつける。起き上がった葉山に胸倉を掴まれる。

「君がはっきりしないから雪乃も結衣も苦しんでるんじゃないかっ」

 もう周りは目に入らない。痛みに酔ってしまった俺も葉山の袖を掴んで揺さぶっていた。

「馬鹿野郎、俺だって苦しんでんだよ。二人を考えると頭が…爆発しそうなくらいにな」

 そこで、俺の勢いは潰えた。

 糸が切れた操り人形のようにリノリウムの冷たい床にへたり込む。

「それに…二人とも、俺なんかには勿体無い」

 その言葉が更に葉山の火力を強くする。

「そうやって自分を蔑んで! 他人と線を引いて! …それで比企谷は満足かも知れないがな。いい加減気づけよ」

 俺は、もう葉山の顔を見られなかっった。葉山の言葉に対する反論は、もう出来なかった。

「お前はもう、自分を卑下する必要は無いんだよ。お前は、あの二人に認められた人間なんだぞ」

 解った様なことを言うな。利いた風な口を利くな。

 お前がしたことは、俺の否定だ。

 長い長い闇の中で、やっと見つけて掴んだ蜘蛛の糸を、お前は否定したんだ。

 蜘蛛の糸すら見つけようとしなかったお前が。

「…るさい、うるさいうるさいっ! てめえに俺の気持ちが! …苦しみが…」

 

 解って欲しかった。

 俺が独りでどれだけ苦しみ、恨み、悲しみ、諦めてきたかを。

 解らずにいて欲しかった。

 俺が俺である為に見つけた、作り上げた妥協という欺瞞を。

 見過ごして欲しかった。

 俺が俺に吐き続けてきた嘘を。

 見逃して欲しかった。

 弱さゆえに求めた虚ろな強さを。

 もう逃げ場はない。

 そんなこと解ってるんだよ。

 最初から俺に逃げ場なんか無かったんだ。

 俺は俺から逃げることは出来やしないんだよ。

 俺の中の感情から。

 俺の抱いてしまっている自分勝手なおぞましい期待から。

 それをお前なんかに理解したような顔をされたくないんだ。

 理解しろよ。クソリア充め。

 

「葉山、比企谷、そのくらいにしておけ」

 喚き散らす俺とそれを見下ろす葉山の間に割って入ったのは平塚先生だった。

「葉山よ、お前がこんなに怒っているのは初めて見たな」

「比企谷、まさかお前が葉山を殴り返すとはな」

 満足気に微笑む平塚先生の後ろで怒気を放つ影ひとつ。

「ヒキオ、あんたなに隼人のこと殴ってんの」

 炎の女王こと三浦優美子。

 俺を見据えたその目は、明らかに苛立っていた。

「ヒキオさぁ、いいかげん自分の価値を認めなよ。隼人が本気で誰かに意見するなんて、あーしだって見たの初めてなんだから。そんだけ気にかけてんだよ、あんたを」

 炎は尚も勢いを増す。氷の女王の視線など歯牙にもかけずに。

「それに、あーしだってあんたを認めてる。今日のあんたも、その、カッコよかったし」

 全てを焼き尽くすかの如き強烈な熱は、既に陽だまりのような柔らかな温かみに変わっていた。

「とにかく、焦んなくていいからさ。あの二人のこと考えてやんなよ。出来たら結衣を選んで欲しいけど、それはあんた次第だからね」

 言いたい事を言い終えた炎の女王三浦が去り、毒気を抜かれた葉山と俺だけが冷え込む廊下に残る。

「比企谷…悪かった」

 本当に済まなそうに頭を垂れる。その表情には、こうなる筈ではなかったと言いたげな後悔の念が見て取れた。

「比企谷のことを解った様なことを言ってしまった。すまない」

 そこにはリア充葉山の面影は無い。あるのは悩み多き高校生の、ごくありふれた顔だった。

「あ、ああ。人に殴られると、超いてーんだな」

 殴られた左頬を撫でながら、悔し紛れに葉山の足を軽く蹴っ飛ばす。

「…おまえのパンチも結構痛かったよ。比企谷」

 がしっと肩を組まれる。そこには青春を謳歌する、誰もが知る葉山の顔がある。

 てか葉山って結構いい匂いすんのな。さすがリア充イケメン。

「…なに友達ヅラしちゃってんの。別にいいけどよ」

 正直こういうのは、嫌いというか苦手意識があった。そもそもぼっちの俺には殴り合う相手もいなかったし、こんなのは架空の世界の創造物だと思っていた。

「機材の件、悪かったな。ちょっと意地悪したくなったんだ」

「もういい、それは。おかげで…なんだ、あいつらに歌を聞かせられたし。恥かいたけど」

「…やっぱりキミは随分変わったな」

 葉山に肩を抱かれて歩きずらい俺に平塚先生の微笑が近づく。

「互いの拳と拳で語り合う。うん、これが青春だ」

 顛末を見届けた平塚先生がしきりに頷くそのまた後ろで、人知れず海老名が発症していた。

「ぐふふふ…隼人くんと比企谷くんが互いの身体を…キマシタワー!」

「おい姫菜っ」

 三浦の声が遠くの廊下に響くが、海老名の発作と鼻血は止まらない。

 こいつもう、何でもいいんだな。リーズナブルなヤツだ。

 

 葉山と部室に戻ると何故か歓声で迎えられた。

「おかえりお兄ちゃん、いやぁ青春しちゃってるね~小町嬉しいよ」

 兄が殴られて嬉しい妹って。しかも涙流して喜ぶって。その横には目を赤らめた由比ヶ浜。

「ヒッキー…大丈夫? でも、ちょっとカッコよかったよ」

 おいおまえ、葉山の友達だろ。葉山の心配もしてやれよ。

 少し離れたところで川崎と談笑していた雪ノ下も俺を見て微笑む。

「あなたにそんな暴力的な一面があったなんて…意外だわ」

 そこだけ切り取るんじゃねえよ、赤い顔した雪ノ下さんよ。お前が川崎と打ち解けて談笑してるほうが意外だわさ。

 

 ふと、『深夜高速』という曲を思い出した。

 この曲の歌詞に「青春ゴッコ」という言葉がある。

 さっきまで展開していたこと。それは俺が忌み嫌っていたその「青春ゴッコ」なのだろう。

 若さ故に逸り、未熟さ故に苛立つ。

 それは「ゴッコ」などでは無く、一種の通過儀礼みたいなものなのだろう。

 恋愛も然り。

 未熟な者同士の恋愛に間違いは付き物で、それを経験し糧とし、人は成熟していくのだろう。

 だったら、俺は、この時点での答えを出せばいい。

 答え合わせなんか未来の結果に委ねてしまえばいい。

 たとえ、それが間違っていたとしても。

 

 




今回もお読みいただきありがとうございます
第19話でございました。
原作のマラソン大会の話を読んで、
どうしても葉山隼人と比企谷八幡をケンカさせたかったので
こんな話を書きました。

ではまた次回。

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