「ずっと好きだった」   作:エコー

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ぼっちを自負する比企谷八幡にとっては公開処刑のような女子ライブが終わり、
彼は、今まで避けてきたことを受け入れざるを得ない状況に立たされます。
先に進むしかない奉仕部の三人。
たとえその先に何が待っていようとも。

では、どうぞ。


18 彼ら彼女らの舞台は仮初の終焉を見る

18 彼ら彼女らの舞台は仮初の終焉を見る

 

 雪ノ下雪乃。

 万能。完璧。冷徹。彼女を形容する言葉だ。

 だがステージでピアノを弾きながら歌う彼女の姿はどれにも当てはまらない。

 柔らかな歌声は心への浸透圧を持ち、そのピアノの音色は丁寧で、臆病で、どこか儚い。

 そこにいるのは、どんな言葉にも形容しがたい、ただの等身大の少女だった。

 

 雪ノ下のピアノの弾き語りが終わると、会場に水を打ったように静寂が訪れる。

 まるでピアノの演奏会やクラシックのコンサートのような感覚。

 そして。

 一気に巻き起こる大歓声。

 客席を見ると、立ち上がった人の群れの中で涙を拭うような仕草や、泣きながら拍手をする女子の姿が見える。

 それ程までに雪ノ下雪乃の演奏、歌声は素晴らしかった。

 

 ステージ上では、『HIKKEYZ』(ヒッキーズ)のメンバー全員が再び立ち、一列に並んで挨拶をしている。

 そして再び大歓声。

 

 ステージ袖に避難していた俺の前に、雪ノ下が立つ。

「聴いて…くれたかしら」

 感情を抑えて言葉少なに答える。

「ああ、昔の歌だったな」

「ヒッキー、もっとゆきのんを誉めてよ」

 由比ヶ浜も雪ノ下と並ぶように歩み寄る。

「いいのよ由比ヶ浜さん」

「なんで、ゆきのんあんなに頑張ったじゃん。ほらヒッキー…ヒッキー?」

 俺の方を見て、由比ヶ浜は言葉を止めた。

「ほら、ね」

 自分の頬に手を充てる。濡れていた。

「お、俺…」

 気がつかなかった。涙が流れていた。

 世代ではない俺は、この曲に特別な思い入れなどない。

 しかし、雪ノ下雪乃の演奏、歌声、そしてその歌に込められた二人の、二人分の想いが、俺を泣かせていた。

 そう自慢げに語ったのは打ち上げ後の小町だったが。

「せんぱーい、何泣いてるんですか気持ち悪いです勘弁してくださいごめんなさい」

 一色が茶化すように言い、俺はまた振られる。

「ぐぬぬ八幡! なぜお主ばっかり…ぐううっ!」

 材木座が意味不明なことを叫ぶのはスルーするとして。

「ところで由比ヶ浜さん」

 さて、油断していた由比ヶ浜に対する雪ノ下さんによる追求が始まる。

「なぜあなたは最後の曲を歌わなかったのかしら」

 いつもなら恐怖に顔を引きつらせる由比ヶ浜だが、今日は違う。

「だって、泣いちゃいそうだったんだもん。それに」

 少し俯いて、しっかりと雪ノ下の目を見て告げる。

「あの曲は、ゆきのん一人で歌うべきだと、そう思ったの」

 優しい笑みを雪ノ下に向けた由比ヶ浜はすっと振り返り、俺に笑顔の照準を合わせる。

「ヒッキー。ゆきのんと上手くいかなかったら、あたしと付き合ってね。あたしが幸せにしたげる」

「由比ヶ浜さん…」

「由比ヶ浜…」

「なあに、ヒッキー?」

 フフンと、してやった感満載の由比ヶ浜に、雪ノ下の溜息と俺の溜息がハモる。

「おまえ、みんながいるこの状況でよくそんなことを言えたな」

「え、あ、あ…」

 きょろきょろして途端にオロオロしだすが、もう遅いぞ由比ヶ浜。これが「覆水盆に返らず」だ。英語だと「こぼれたミルクは戻らない」だっけ。原文は帰国子女の雪ノ下に聞け。

 周囲を見渡すと、ニヤニヤ顔の男子連中、少々複雑な笑顔を浮かべる女子一同。そして、顔を真っ赤に染めて何かうわ言を呟く雪ノ下。

「先に言ってしまうなんて、ずるいわ…」

とか言っていたらしいが、俺にはわからなかった。

 

 文化祭の打ち上げは、男子のバンドと女子のバンドで合同で行うことになった。

 会場である奉仕部の部室へ移動すると、なぜか生徒会の面々や、三浦、海老名、小町、それに、関係ない戸部とか他の奴らまで来ていた。

 先に来ていたバンドのメンバー達と合流する。

「比企谷、今日は大活躍だったな」

 まず最初に小町や戸塚を愛でたかった俺の気持ちを阻むかの如く葉山がちょっかいを出してくる。思えば、このバンドのせいで随分葉山と話す機会は増えたな。

「ばーか。練習とか楽器とか曲のアレンジとか、全部お前の手柄じゃねえか」

「ははは、でどうだった?」

「何が」

 ジンジャーエールの炭酸にむせ返りながら葉山を軽く睨む。

「たまにはいいもんだろ、自分が表舞台に立つのも」

「おう、人生で一回くらいはいいかもな」

 つまり、これで最後だ。

「はちまん、かっこよかったよ。感動しちゃった」

 戸塚可愛いとつかわいい。同じく天使の小町もキラキラした笑顔を向けてきた。

「うんうん、おにいちゃんすごかった。まさかあの”ごみいちゃん”がステージでヒッキーコールを浴びる日が来るなんて、もう思い残すことは何もないねっ」

 小町が可愛く俺の人生を閉じようとするその横から、可愛くない癖にやたら大きな声が響いた。

「八幡よ! それでお主、どちらの女子と契りを交わすのか決めたのか?」

 背後で飲み物を噴き出す音がした。由比ヶ浜と雪ノ下だ。小町が慌てておしぼりを取りに走っていく。てか的を絞って言うんじゃねえよ。契りとか。

「あ?てめえにゃ関係ねーだろっ」

「いや、我だけ幸せになるのも、その…」

「は?」

 材木座の斜め横を見ると、確か生徒会の役員だったか、頬を赤らめた女子がいた。

「私の名は酒匂川佐和。本日より材木座義輝さまの眷属になった者ですわ」

 あ。リハの時のタイムキーパー。しかし眷属って、こいつそっち側の人種だったのか。ダンジョンに出会いを求めるクチか。関係無いけど例の青い紐を由比ヶ浜に着けてみたい。

「いやぁ、ドラムを叩く我に見惚れたらしいのだが…」

 妄想から引き戻されるとそこには、材木座の何ともしまりの無い、でかい顔面がある。

 聞けばリハーサルの時から材木座が気になっていたらしい。

 類は友を呼ぶ、か。類が見つかってよかったな材木座。あとで正座な。

 

「…ちょっといいか比企谷」

 声をかけてきたのは葉山隼人だった。

 

 




今回もお読みいただきありがとうございます。
第18話、いかがでしたでしょうか。
筆者は、幸か不幸か二人の女子に同時に好意を寄せられた経験はありません。
なので比企谷八幡の気持ちなんか解る筈もありません。
でも、悩むでしょうね。彼は捻くれていても生真面目ですから。
その悩みは次回以降に持ち越すとして、
ではまた次回。

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