「ずっと好きだった」   作:エコー

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やってきました女子バンド。
なんたって名前が恥ずかし過ぎる。

今回も比企谷八幡、責められ放題です

ではどうぞ。



17 想いは遥か彼方へ

17 想いは遥か彼方へ

 

”名前の由来は好きな人

 ヒキタニくんてばマジすげぇ!

 三年 二年に 先生も

 恋の火花を散らしちゃう

 女子バンド、HIKKEYZ! ”

 

 その声、戸部か。マジ勘弁してくれよ。俺の個人情報だだ漏れじゃんかよ…あと恥ずかし過ぎるからやめて。リングアナ風にヒッキーズとか叫ばないで。

 

 「総武高ライブ」のトリは、女子だけで構成されたバンド『HIKKEYZ』(ヒッキーズ)。

なぜこんなバンド名にしやがった。しかもスペル微妙だし。由比ヶ浜クオリティかよ。

 先程ステージ上で由比ヶ浜に「ヒッキー」とマイクを通して言われた今、女子バンドの名前を叫ばれる恥ずかしさは青天井である。

 俺には彼女たちの演奏を見届ける義務があると平塚先生はいう。俺は、そんな義務とか関係無しに彼女達の勇姿を、晴れ姿を脳裏に焼きつけるつもりでいた。

 

『HIKKEYZ』(ヒッキーズ)

 一曲目は「Transistor Glamour」

 1990年発表の、ノリの良い楽曲。このユニットはこのシングルしかリリースしていないのが非常に残念だ。

 つーかよくこんな古い曲知ってたな。ああ、平塚先生の選曲か。なら納得。

 川崎が叩き出すリズムマシンのような軽快なドラムと、リフを繰り返す雪ノ下のギター。そこに由比ヶ浜の表情豊かな歌声が上乗せされると、心地好い音となって会場に響く。

 

 2曲目は「OVER DRIVE」

 ギターのイントロから始まるこの曲は、なんかの飲料のCMでも使われた曲。

 明るい曲調と、何故か物悲しさを感じさせる歌詞。

 ぼっちだった俺には体験し得なかった青春が詰まった、心地よい楽曲。

 原曲も雰囲気があったが、この曲を歌う由比ヶ浜からはそれとは異質の艶っぽさを感じてしまった。

 

 3曲目は、「ラブソングはとまらないよ」

 女の子の気持ちをストレートにかつ繊細に歌った曲。これも某飲料のCMソングでもある。

 

 4曲目も同じバンドの「センチメンタル・ボーイフレンド」

 優しい音と軽いリズムに、女の子の気持ちを乗せた曲。

 3曲目、4曲目は由比ヶ浜の強い希望らしいが、いかにもあいつらしい。思い返せば由比ヶ浜はいつだって一生懸命だ。その真っ直ぐな歌声は胸に仄かな痛みを感じさせる。

 

 最後の曲の順番になると、一色、川崎、そして平塚先生は楽器を置いて袖に戻ってきてしまう。

 舞台には弾き手を失った楽器たちと、由比ヶ浜結衣と、キーボードの前に座り直す雪ノ下雪乃。その残された二人だけを浮かび上がらせるように照明も変わる。

 

 その曲が始まる前、俺はステージの隅に立つ平塚先生に手招きされる。

 え、ステージに来いっていってるの? 俺、女子じゃないよ?

 中々動かない俺に痺れを切らせたのか、つかつかと歩いてきて俺の手を、いや俺を身体ごと引きずるようにステージへ出させる。もういい加減ヒッキーコールはやめて欲しい。

「…ヒッキー。聴いててね。あたしの、あたしたちの想いを」

 おまえ、なに公衆の面前で恥ずかしいこと言っちゃってるの? てか雪ノ下さんも止めなさいよ。

「しっかりと…胸に刻みなさい。私を、私達のあなたへの想いを」

 雪ノ下の言葉のほうが、直接的だとは思いもよらなかった。

 気持ち的には公開処刑だ。しかも裁判無し。独裁国家かよ。

 てかおまえら、そういうことはマイク切って言えよ。またヒッキーコールが来ちゃうじゃないの。

 

 雪ノ下雪乃(Piano)&由比ヶ浜結衣(Vo) 

 「月とあたしと冷蔵庫」

 

 ちなみにこの曲の歌詞は恋愛を歌ったものではない。

 ふとした日常の中で、自分の心情を独白するような歌詞だ。

 綴るような雪ノ下の繊細なピアノと、語りかけるような由比ヶ浜の優しい歌声。

 こいつらが居てくれたから、俺はここまで変わってしまった。いや、変われた。

 ぼっちを尊重し、罵倒しながらも共有してくれた雪ノ下雪乃。

 ぼっちの壁を、溝を、無くそうとしてくれた由比ヶ浜結衣。

 どちらが欠けていても、俺は今の俺ではなかった。

 

 演目にある全ての演奏が終わる。由比ヶ浜は一礼をしてステージの前へ行く。

 が、雪ノ下はピアノから離れない。

 

「会場の皆さん、わがままを聞いてください。もう1曲だけ、お付き合いください」

 由比ヶ浜がボーカルマイクを通して観客に申し出る。

「この曲は、ゆきのん…雪ノ下雪乃さんと、あたし…由比ヶ浜結衣の気持ちを、大好きな人への気持ちを込めた曲です。でも…」

 会場がざわめく。ヒッキーとか叫ぶなよ会場。

 ん? 今叫んだ奴、あれ戸部か? なんだ腐女子連れかよ。よかったな。

「ゆきのん、やっぱりここは…ゆきのんに任せる」

 驚きの顔を由比ヶ浜に向ける雪ノ下。

「だって、ヒッキーも一人で歌ってくれたんだよ」

 だから…またそういうことを。マイクを通して。ほらみろ、場内からヒッキーコールが聞こえちゃってるじゃないかよ。俺まだ舞台の隅っこにいるんだからね。いやスポット当てるなよ照明さん。

「あたしの気持ち、ゆきのんに預けたからね。ヒッキー。ちゃんと聴いててね」

 雪ノ下と目が合う。時間にして五秒ほど。長く、短く、切ない五秒。

「…由比ヶ浜さん、あなたって人は」

 赤鬼のような表情の雪ノ下を尻目に、由比ヶ浜はニコニコしている。

「…はぁ、仕方ないわね。聴いてください……『糸』」

 

『 糸 』 雪ノ下雪乃(Piano&Vo)

 

 それは、雪ノ下自身がアレンジをしたであろう、叙情溢れるイントロから始まった。

 多くのアーティストがカバーしているこの曲。原曲は俺たちが生まれる遥か前に生まれた。

 

 縦糸を愛しい人、横糸を自分、そして織物を人生に喩えた曲。

 この歌詞の中では「仕合せ」という言葉を使っている。

 

 「幸せ」ではなく「仕合せ」。

 

 出会ったことが善いことなのか否か。それは誰にもわからない。

 それを決められるのは出会った当人だけなのだ。

 その人を思って為したことが善いことか否か。それは誰にもわからない。

 答えは、遥か未来にしか無いのだ。

 

 人を思う事は簡単なのかもしれない。難しいのは人を思って行動することだ。

 だからこそ人は悩み、苦しむ。

 現在の俺たちのように。

 

 




今回もお読みいただきありがとうございます。
第17話、いかがでしたか?
雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣に想いを伝えられた比企谷八幡。
そして由比ヶ浜結衣は、最後の最後で雪ノ下雪乃にステージを譲ってしまいました。

さて次回で文化祭ライブは修了。
八幡の、三人の選ぶ結末はいかに。

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