ついに開演の幕はあがる。
最初で最後?の比企谷八幡のステージはいかに。
では、どうぞ。
16 比企谷八幡は窮地に立つ
文化祭は二日目に突入し、ついに双方のバンドの対決の日となった。別に対決形式にした覚えは無いがチラシの煽り文句にはそう書いてあった。
有志の卒業生の前座バンド(卒業生の方々すいません)が終わり、先にステージに上がるのは戸塚がリーダーを務める、俺達のバンドだ。
「ヒッキー、がんばってっ」
トリを務める女子バンドに舞台袖から見送られ、俺たち四人はステージに立つ。
あ、ドラムは座るのか。
やけにテンションが高いアナウンスが流れ出す。
”次のバンドはこいつらだ
受験勉強そっちのけ
文化祭を楽しみまくる…
ハヤハチ…男子バンドSAI:CAだ!
ん―――っ、キマシタワ~”
海老名さん、ふっといマイク握ってなに言ってんの。あんたも楽しんでるよな…鼻血的な意味で。
『SAI:CA』(サイカ)
最初の曲は、戸塚の強い意志で決まった「Walk This Way」
重いギターの音から始まるこの曲は英語の発音が得意な葉山がボーカルを務めた。つかみとしては上々の出来だったと自画自賛。
1曲目を無事終えたことで、全員にほんのりと安堵の表情が浮かぶ。
2曲目は、これまた戸塚の選曲なのだが「悲しみの果て」
この曲は俺も葉山も好きな曲で、実は材木座もこっそり聴いていた曲だった。この曲の詞はどこか文学的で儚く脆く、情緒を感じさせる。
俺としては「ガストロンジャー」や「浮雲男」のほうがよかったのだが、誰も知らないという理由で却下された。
この曲は、俺がボーカルを担当した。すっげー緊張した。3ヶ所声が裏返った。
3曲目は「会心の一撃」
リア充葉山の選曲だ。
誰にでも優しい、優等生の葉山らしい一曲。しかし会場の観客、特に女子を盛り上げるのには効果的だった。無論ボーカルは葉山の担当。
4曲目も葉山が選んだリア充曲「大切なもの」
勿論ボーカルは葉山が担当なのだが、この曲はとにかく勢い、らしい。
つまり俺の一番苦手とするジャンルなのである。
でも確かに盛り上がってるな。特に女子。なんか飛び跳ねてる。
あ、前の奴の頭が邪魔で、葉山が見えないだけか。
意外なことに材木座がいたく気に入ったようで、このバンドの曲は全部ネットで購入したらしい。
ネット購入というところが材木座クオリティ。
そして、いよいよ最後の曲。
今まで比較的練習どおりに演奏できて順調だったのだが、ここでトラブルが起きた。
「困ったな…」
各楽器やマイクの音をまとめる機械、ミキサーが飛んでしまったらしいのだ。
「ああ、代わりのミキサーは音楽室にあるが、到着まで最低5分はかかるらしいんだ」
慌てる裏方達とは対照的な、葉山の落ち着いた、不気味ともいえる態度。実際他のライブでもこういうことは経験しているのだろうけど。
そんな場数に勝るはずの葉山の、意外な提案。
「比企谷くん、少々ズルい手を使わせてもらうよ」
何をする気だ葉山。まさか…
「奉仕部のキミに依頼する。ミキサーが届くまで、この場をつないでくれ」
「おい、それは無茶振りだろ」
断固拒否の俺に、葉山が囁く。
「君の『歌うたいのバラッド』、聴きたいな」
急場しのぎで、ミキサーを通さずにアンプから直接スピーカーに接続。接続してあるのはアコギの音を拾うマイクと、俺の口元にセットされたスタンドマイクだけ。
「ヒッキー…」
舞台の袖で見守る由比ヶ浜、そして雪ノ下。その後ろには双方のバンドの面々。
一瞬その二人だけを見つめると、俺はセットされたマイクの前に立つ。
この曲を人前で歌うのは初めてだ。というか、こんなに大勢の前で弾き語りをする自体、考えたこともない。だいたいバンドだって一杯一杯の状態だったんだ。
足が震える。喉が異様に渇く。きっと口臭もかなり強烈だろう。
舞台に一人で立って、30秒が経った。緊張が半端ない。まだ歌い出せない。
その時。
「ゆきのん」
「ええ、由比ヶ浜さん」
二人の美少女が駆け寄り…俺の両脇に立った。
由比ヶ浜結衣と、雪ノ下雪乃。
二人は、左右から俺に微笑みかける。
「大丈夫だよ、ヒッキーなら…できる。信じてる。ヒッキーの歌、聴かせて」
「そうよ、自信を持ちなさい。どんなに卑屈な歌になろうと、あなたの歌だもの。最後まで聴かせてもらうわ」
若干告白じみた二人の美少女の応援に、会場の観客はざわついている。
「…はあ、おまえら、マイク入ってるぞ」
俺に向けられた二人の声は、俺の目の前のマイクを通して講堂内に響き渡っていた。
一瞬静まった場内が、次第に笑いに包まれる。
顔を赤らめて焦る雪ノ下。由比ヶ浜に至っては真っ赤な顔で訳のわからない動きをしている。
「あ、あなたが早く歌わないからでしょ…もう」
また爆笑。袖で見つめる平塚先生のニヤニヤが止まらない。俺の汗も止まらない。
覚悟を決めて。ひとつ、深呼吸。そして。
「…少し、話を聞いてください」
会場が少し静まる。
とりあえずこいつらのフォローだけはしておかないとな。
俺を挟んで立つ二人は、黙って俺を見つめている。
「この二人は、俺が籍を置く『奉仕部』の…仲間、です。こんな俺がこのような華やかな場に立っているのは、この二人を始め、いろんな方々のせい…いやおかげです」
由比ヶ浜の啜り泣きが聞こえる。
つーか泣くな。感極まるなよ。動揺すんだろ。
「今から歌う曲は、演目には無い曲です。その、機材のトラブルを解消するための場つなぎです。決して上手くはないですが、今まで俺を叱咤してくれ、見守ってくれた方々と、その…二人の為に歌います。聴いてください。」
二人を見る。反応を見たいわけじゃなく、俺自身が安心したいから。
「あ、お前ら二人はそこで聴け。一緒に恥をかけ。もう俺をぼっちにするなよ」
『歌うたいのバラッド』
カポタストをギターのフレットに装着し、Cのコードの押え方で6弦から順に鳴らす。
緊張と熱で、汗がギターの胴に滴る。
照明が暗くなり、スポットライトが俺と、雪ノ下、由比ヶ浜を照らし出す。
ちなみにこんな演出、俺は望んでないぞ。
数箇所間違えてしまったギターに乗せた俺の卑屈な歌声が終わると、場内から静かな拍手が起こった。
演奏を終え、深く息を吐く。
我に返って両横を見ると、由比ヶ浜は目を潤ませて抱きついてくる。
「お、おい、時と場所を…」
観客から歓声と冷やかしが巻き起こる。戸部のテンション高めの声がやけにイラつく。
雪ノ下はというと額に手を充てて溜息を零し、その後柔和な、なんとも美しい笑顔をくれた。
後で聞いた話だが、機材のトラブルは葉山が仕組んだことだった。後でグーパン決定。やっぱり勝てそうもないからやめとこう。
機材を交換し、そして俺達の、本当の最後の曲。
『ずっと好きだった』
ボーカルは俺が務める。ストレートなロックの曲調に乗せて淡い過去の恋愛を歌った曲。
いつかこの曲のように、俺も過去を淡い思い出にすり替えられるのだろうか。
トラブルのせいで少しタイムオーバーしてしまったが…何とか盛り上がって、俺たちの即席バンドの幕は降りた。
お読みいただきありがとうございます。
第16話、いかがでしたでしょうか。
男子バンドの曲は、生徒も生徒の両親も楽しめるような選曲にしました。
その結果、構成はバラバラ。
仕方ないです。みんな個性が強いんですから。
それではまた次回。