しかしまだ比企谷八幡の思考は迷路の中。
では、どうぞ。
14 比企谷八幡は未だ逡巡している
文化祭初日。
普段とは違う校庭の景色。
校内には参道のように露店が並び、訪れる人々に期待を抱かせる。
一歩足を踏み入れると、そこはすでに異世界だ。
俺は、妹の小町と学内を回っていた。小町は今年無事に総武高に合格。めでたく後輩になっていた。奉仕部にはたまに顔を出す程度だけど。
「ほらおにいちゃん、あれ入ろっ」
小町に引きずられながら入った教室は3年F組。俺のクラスだ。
「うわぁ、かわいい~」
そこは、コスプレ喫茶と化していた。その中で一際目を引く存在。
「あ、ヒッキー、小町ちゃん。やっはろ~。じゃなくて、いらっしゃいませ~」
こいつ、これを知っててうちのクラスに引っ張り込みやがったな、ねえ小町さん。
「かわいいねっ、結衣さんかわいいねっ」
モジモジするな由比ヶ浜。抱き締めたくなるだろうが。そして捕まるだろうが。
「あー、結衣さんたら。おへそが見えてますよっ、ほらほらおにいちゃんっ」
豊満なバストの下、上下に分かれたコスチュームの間から小さなへそが見え隠れしている。
うわぁ、これ欲しい。てかどんな服だよ。セパレートのメイド服って。
「…ヒッキー目がえっちぃよ。あんまり見るなし」
ぷいと顔を背けるが、決して露出したへそを隠そうとはしない。
なので思わず目が行ってしまう。そしてその視線はすぐに露見する。
「ヒッキーのえっち。へんたいっ」
小町がニヤニヤしながら俺と由比ヶ浜の顔を交互に覗き込む。
「あれあれ~、おにいちゃん顔が赤いですねぇ。あ、結衣さんも真っ赤だ~」
心臓が跳ねまくって、何を言えばいいか、何をすればいいかが全く解らない。その隙に俺の後ろに回り込んだ小町が黒い笑みを浮かべ。
「えいっ」
俺の背中を思いっきり押した。
ばふ。
「…え?」
小町に押されたせいで俺は由比ヶ浜に体当たりをする格好になり、いや正確には由比ヶ浜に抱きとめられていた。天然のクッションって良いモノですね。ふっかふかだし、良い香りだし。
「ヒ、ヒッキー、近いよ…」
吐息が胸をくすぐる。
「あ、ああ、ゴメン」
すぐに離れて小町を睨む。吹けない口笛を吹いて涼しい顔をしてやがる。
「まぁまぁおにいちゃん、例のアレだよ。ラッキースケベだよっ」
どこで仕入れたんだよ、そんな言葉。でも柔らかかったし良い匂いもしたから、兄としてあとで少しだけ小町を褒めてあげようと胸に誓う。
「あれ? 小町はおにいちゃんの願望を叶えてあげただけなんだけどなぁ」
「がっが…願望って、ヒッキー…あたしを抱きたいって…こと?」
女子がそんな直接的な言葉を使うんじゃありません。すっごくしたいけど。あ、あとで小町を褒めるのナシな。
「はあ…おまえ、やっぱビッチか」
「ビ、ビ、ビ、ビッチって言うな~!」
俺の数倍は大きな声で「ビッチ」という単語を叫ぶ由比ヶ浜。集まる視線。視線に気づいて真っ赤になる由比ヶ浜。いわゆる赤っ恥。
「あ、あわわ…もう、ヒッキーのばかぁ」
俺のせいじゃねえし。あ、発端は俺か。
「わかった悪かった、あとでリンゴ飴買ってやるから」
ぱあっと笑顔が由比ヶ浜に咲いた。リンゴ飴は去年の花火大会で覚えた、対由比ヶ浜用の決戦兵器だ。
「ほんと? ありがとヒッキー。あと少しで休憩だから、ね?」
ほら。これですよ。こうやってすぐ抱きつくからビッチなんて言われるんですよ、ビチヶ浜さん。
「離れろ、クラス中の視線が痛い」
離れたところでキッと睨むのはメイド姿の女豹、いや川…沙希。
また赤くなる由比ヶ浜。
「そんなに赤い顔してリンゴ飴食ったら、まるで共食いだな」
由比ヶ浜の休憩を見計らって再び教室を訪れる。さっき余計なことを言ったせいで抓られた頬がまだ痛い。
「あ、ヒッキー、明日の総武高ライブのチラシ、見た…?」
いつもの見慣れた制服に着替えた由比ヶ浜が、俺の顔をちらちら覗く。
「いや、まだ見てないが、もう配ってるのか」
「み、見てないなら…いい」
何でこいつは奥歯に物が挟まったような物言いなんだ。
遠くで、文実の、リハの時にタイムキーパーを担当した女子委員がチラシを配っている。
「おう、一枚もらえないか」
声をかけられた女子委員は、瞬間驚きの顔を見せる。
「あ、比企谷先輩と結衣先輩、お疲れさまです」
そういって、手元のチラシと俺の顔を見比べる。
「ん?どうした?」
何度もチラシと俺の顔を往復して、首を傾げている。
「もう、ヒッキー、行こ!」
その瞬間、女子委員が放った。
「あー。この『HIKKEYZ』って、やっぱり比企谷先輩から取った名前ですよね」
向けられたチラシを見る。確かに書いてある。由比ヶ浜たち女子バンドの名前の欄に『HIKKEYZ』と。
カタカナにすると『ヒッキーズ』。
読みを直訳すると、ヒッキーのもの…だと?
由比ヶ浜に目を遣ると、明らかに様子がおかしい。挙動不審だ。目がバタフライで泳ぎまくっている。手なんか某海浜なんとか高校の生徒会長ばりにキョドリまくっている。
「由比ヶ浜、これはどういうことだ?」
恐らくではあるが、俺はジト目というのを由比ヶ浜に向けていた。
「あ、あー、いや、その…みんな…ヒッキーに助けられたっていうか、ファンっていうか…」
擬音で表すとしたらボンッ! 自分でも顔が紅潮しているのがわかった。それ見て笑うな女子委員。
「ごめん、いや…だったかな」
「つーか今更だし」
せめてもの抵抗に、由比ヶ浜の頭を掴んで押さえつける。
「ふぎゅ…ごめんね」
申し訳なさそうに頭のお団子を触りながら上目遣いで謝る由比ヶ浜と、未だ顔が熱い俺。それを笑って見ている女子委員。
「先輩って本当にモテるんですね。材木座さんと違って」
何度もいうが、俺はモテてはいない。少なくともその自覚は無い。材木座よりはマシかもしれないが。人として。
「ヒッキー、リンゴ飴~」
リンゴみたいに真っ赤な顔をした由比ヶ浜に強引に手を引かれ、再び露店を目指す。
そういえば、雪ノ下はどうしているんだろう。
てか小町はどこ行った。
お読みいただきありがとうございます。
第14話、いかがだったでしょうか。
「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」
この作品の真骨頂は、それぞれの行動よりも心理描写だと勝手に解釈しております。
ですが、あえて行動に出てもらいます。
それは誰か、ですって?
次回を読んでいただければ…まだわかんないかも。
そういえば今日って、雪ノ下陽乃の誕生日ですね。
てか…七夕忘れてた!?
では批評、ご意見、ご感想お待ちしております。